葬儀屋への引っ越し
ディオスは自室で引っ越しの準備を終えたところだった。
「これでよし」
荷物の数は少ない。主に衣服と小物だけ。調度品は引っ越し先にあるから必用ない。あとは迎えに来てくれるファズマを待つだけ。
「お兄ちゃん!」
「ディオ、終わったの?」
「はい」
ディオスの様子を見に来たシンシアとユリシアにディオスは頷いた。
シンシアはディオスの顔をじっくり見ていた。そして、抱きついた。
「か、母さん!?」
驚いたディオスだがシンシアは構わず言った。
「しっかりね」
「……はい」
ディオスの言葉を聞いたシンシアはゆっくりとディオスから離れた。
「お兄ちゃん、気をつけてね。頑張ってね!」
「ああ」
ユリシアから励ましの言葉を聞かされディオスは頷いた。
ちょうどその時、誰かが扉をノックした。
三人はそのまま歩いて、扉を開けた。
「こんにちは」
立っていたのはファズマだった。
「こんにちは。準備は出来てます」
「分かりました。表に車を停めていますので先に行ってます」
ファズマの言葉にディオスは頷くと自分の部屋へと戻り荷物を持って外に出た。そして、停められている車を見て驚いた。
「どうして霊柩車?」
「仕事を終えてすぐに来ました」
どのように答えればいいのか分からず無言になるディオス。それよりも迎えに来てくれた相手に文句を言うのは間違っている。
「荷物は車の中に」
ファズマの言葉にディオスは自分の荷物を車の後部座席に置いた。
そして見送りのシンシアとユリシアに振り返った。
ずっと考えていた。二人に何と言ったらいいのか。そして、考えた末に出た言葉は……
「行ってきます」
「気をつけて」
「いってらっしゃいお兄ちゃん!」
振り絞られて言われたディオスの言葉にシンシアは静かに頷き、ユリシアは手を上げた。
ディオスはその様子を見ていたファズマと目を合わせると同時に車の中へと入った。
そして、エンジンがかかり車は葬儀屋へと向けて走り出した。
シンシアとユリシアはその車を見えなくなるまで見送り続けた。
ディオスは車から流れる街の様子を見ていた。
「いい家族だな」
突然ファズマから声をかけられディオスは驚いて振り向いた。
「はい」
ファズマの言葉に肯定したディオスに突然ファズマが笑いだした。
「あははは!もうそんな堅苦しい言葉はいらないんだ。気楽にしろ」
唐突に言われた言葉の意味が分からずディオスは目を丸くした。
「え、でも、俺ファズマさんよりも年下だと思いますし……」
「だから何だ?これから一緒に住む事になるんだ。堅苦しい言葉なんか使っていたら肩が凝るだけだ。んな言葉は店長か仕事の時だけ使えばいいんだよ」
遠慮するディオスの姿勢にはっきりと言ってのけたファズマ。ディオスも薄々は感じていたがファズマは仕事以外では口が悪い。しかも喧嘩、と言っていいのか力も強い。この人に歯向かうのは間違っていると悟る一方でその言葉に甘える事にした。
「それじゃ……こんな話し方でいいかな?」
「何かまだ堅苦しいが、いいか」
ディオスの話し方に納得いかないファズマだったが思い出したように口を開いた。
「それで、ディオスはいくつなんだ?俺は17」
「えっと、15だけど」
「大体そのくらいか」
「え?」
歳を聞かされ、ファズマが一体何を納得したのか分からないディオス。
「……一体何だったんだ?」
そして、本音が口から漏れた。
* * *
店の車庫に車が停められるとディオスは車から出た。
「店長仕事に行ったのか?」
車庫にもう一台停められるであろうスペースが空いているのを見てファズマは呟いた。
「いいか。とにかく入ってくれ」
「あ、はい」
ファズマに促され店へと入るディオス。
店内に入るとそこにいたのはミク一人だけ。
「お帰りファズ」
「ただいまミク。店長は仕事か?」
「うん。電話があってね、病院に行った」
「そうか」
その会話にやっぱり人が死ぬのに時間は関係なく、死んだらいかなければならないのかと思うディオス。
「あ、ディオお兄ーさんこんにちは!」
そこに扉の近くに立っていたディオスに気がついて元気よく声をかけるミク。
「それじゃ俺はディオスを部屋に案内するからもうしばらく店番頼む」
「はーい」
ファズマの言葉に返事をするミク。
ファズマはディオスを手招きして店の奥へと導いた。
ファズマはついでだからと部屋に案内するまでに各部屋の案内もしていた。
「ここがリビング。てか、ここで飯食っているから知ってるよな?」
「はい」
まだ抜けきっていないディオスの言葉遣いに眉間にシワを作りながらファズマは案内を続けた。
まず一階の居住スペースはリビングを入れてキッチンにトイレにシャワールーム。特にトイレとシャワールームにディオスは驚いていた。
トイレがディオスが知っているものではなかった。いわゆる椅子のようなもので側には拭くのであろう紙が置かれていた。極めつけは排泄物を水で流すということだ。今では下水道が完備されているから排泄物をそこに捨てる事になっているが水がそこまで流すと聞かされた時は何でこんなにすごいものがここにあるのかと驚いた。
シャワーにいたっても同じことで水を溜める桶に水、もしくはお湯入れるものなのだがその必要がなかった。常に水とお湯が出るシャワーでそんなシャワーはどこにもないし聞いたことのない。ディオスの目にはここが本当に住宅街にある店なのかと映っていた。
そして階段を上がり二階へ。扉は全部で四つ。
「これが倉庫。仕事で必用な道具が入っている。それからそこが俺とディオスの部屋。部屋数少ないから同室だ。それから奥が店長とミクの部屋。以上だ」
「あれ?」
ファズマの説明にディオスが疑問を口に出した。
「この扉は?」
ディオスは階段から程近い場所にある扉を指差した。
「あれは開かずの扉だ。無視してくれ」
「開かずの扉って……」
どうも異質には見えない扉。そういえばと葬儀屋フネーラがどの様な構造をしているのか思い出すディオス。
開かずの扉がある位置には部屋に値する空間がなかったはず。それならこの扉は謝って取り付けられて開けても意味がないから開かずの扉と呼ばれているのかと考えながらこれから使用する部屋に持ってきた荷物を置いた。
その時、店の扉に付けているドアベルがなった。
「多分、店長だ」
そう言ってディオスとファズマは一階へと階段をかけ降り店内へと向かった。
店内にはファズマの言った通りモルテが仕事から帰ってきた所だった。
「どうやら引っ越しはすんだようだな」
ディオスの姿を見て言うモルテ。その肩には箱を下げた紐がかかっている。
「明日から働いてもらうから心しておくことだ」
「は、はい……」
妙に威圧感があるモルテの口調に怯みながら返事をするディオス。
こうしてディオスは葬儀屋フネーラの一員として働く事となった。
「ところで店長。それ、何ですか?」
ファズマがモルテの肩にぶら下げられている箱について訪ねた。
「何とは?箱を見て分からんか?魚だ」
「なんのですか?」
「グアルーギョだ。海まで釣ってきた」
まさかの言葉に絶句するディオス。そもそも、ここから海は近くない。
「それじゃ今日の夕飯はグアルーギョのフルコースにします」
「野菜も入れてね!」
「煮込みも頼むぞ」
それとは別に平常運転の三人。ディオスは再び、いや、改めて常識外れの店であると思った。
ディオスはまだ知らない。葬儀屋というものがどういったものなのか。そして死神がどのような存在なのかまだ知るよしもなかった。
車の運転は作中では15歳から可能です。こういった設定については後日の作中で説明をします。
そして、トイレ(水洗式トイレ)やシャワーについてもいずれ。
1章 完




