葬儀屋の一息
引っ越しは夕方前には終わった。
身の回りの物は意外に少なく、殆どはリビングやキッチンに置かれている調度品や仕事で使う仕事道具が占めていた。途中でモルテによりねちねちと言葉攻めにされて落ち込んでいるつららを加えて全員で運び、ついでに掃除をやったら思ったよりも早く終わったのであった。
こうして全ての作業が終わると引っ越しに参加していた全員が新しいリビングに置かれた長くて広いテーブルの椅子に座って休憩をしていた。
「終わった~」
出されたコーヒーを飲んで一息ついたリアナか呟いた。
リチアに付き合う形であったが無事に今日中に終わってホッとしている。終わらなければまた明日とリチアが言ってそれを止めるのに苦労するのが目に見えていた。
そのリチアは隣の椅子に座っており、さらに隣に座っているミクを愛らしいとお菓子を進めては微笑んでいる。
「ミクちゃん、これも食べる?」
「うん」
出された菓子をもくもくと食べていくミクにさらに表情が緩くなっていくリチア。
「ミク、晩飯近いからあまり食い過ぎるなよ」
「は~い」
「……分かっているんだか」
言った側からお菓子を食べる手を止めないミクにファズマは少しだけ不安になった。
お菓子が乗せられている皿につららも手を伸ばして一口食べた。
「うん、美味しいね」
普段食べている茶菓子とは違うがこの菓子も美味しいと満足して、カップに注がれた緑茶を飲んだ。
「まさかお茶が飲めるなんて思わなかった」
「こっち好みだろうと思って家から茶葉と急須持って来たんだが、気にってくれて何よりだ」
つららが飲んでいる緑茶は道具屋息子がわざわざ持って来たものであり、美味しさと飲める幸せを感じていた。
「こっちの菓子とこのお茶合わないって思ってたけど、試してみるとそうでもないね」
「俺は普通に飲んでいるが?」
「そうね?」
文化的違いか分からないが組み合わせの避ける傾向がつららにあったが、いざ試してみるとそうでもないことに気づかされるのであった。
「ところで、しばらくここにいるのか?」
「そのつもりね」
「ならしばらく茶葉と急須は置いとくから帰る時にモルテに言って帰してくれ」
「いいの?ありがとう」
これでしばらく緑茶が飲めるとまた幸せを感じるつららであった。
皆がわいわいと話している中でディオスだけは疑問を抱いていた。
「ところで店長、このテーブルどうしたんですか?」
「何を言う。これは前のリビングに置いていた物だ」
「え?」
モルテの言葉に驚くディオス。
旧店舗に置かれていたテーブルは詰めれば六人ていっぱいになる程度である。だが、今のテーブルは八人座っても余裕がある。
そんなテーブルがあるとは思わないとモルテに視線を投げた。
「このテーブルは元々組み合わせ出来るものでな。道具屋に頼んで残り半分をあらかじめここに置いてもらっていたのだ」
「組み合わせ……」
組み立てなら高級品で知っているが組み合わせ出来るテーブルがあることを知らないディオスは呆けてしまった。
テーブルは本来一枚板である。足りなければ他のテーブルを合わせるものだが、リビングに置かれているテーブルは二枚板で一つのテーブルであるとディオスの認識は半分混乱していた。
カップに入っているコーヒーを飲んでモルテは口を開いた。
「さて、引っ越しの手伝いをしてくれたことに礼を言う」
「当然ですよ、モルテさんの為なら何でもします!」
「もう半分はミクちゃん目当てでしょ?」
「リアナそれ言わない!」
せっかくかっこよく言ったのにリアナの毒舌に涙目になるリチアに道具屋息子が短かく笑った。
「面白い二人だな」
「暴走とストッパーの組み合わせだからな」
「ちょ、ファズマも酷い!」
「だれもリアナと言ってねえだろ!」
リアナの突っ込みに突き放すように答えたファズマだが、内心では自覚をしていると考える。
「それと、向こうの設備だが……」
「それは俺と親父で片付けておく」
「頼む。終わるまではあそこの扉は置いたままにしておく」
「そうしてもらえると助かるかな?」
風呂やトイレと言った設備は新店舗にも備えられている。しかも、格段にいいものが。そうなると旧店舗の設備は要らなくなる。その片付けを道具屋と息子がこの後に行うことになっているのだ。
「それと、親父からの伝言なんだが、必要な物があったら言ってくれ。すぐに準備して持って来るとさ」
「ふむ、今のところ不足しているものはない。あったらその時に頼むと伝えてくれ」
「了解」
モルテが言ったことを頭に記憶させた道具屋息子。
「あ、今回かかった金額、後で請求するからな」
「分かった」
忘れてはならないと道具屋息子は慌てて付け加えた。
モルテは窓から外の様子を伺った。既に外は夕焼け空となっていた。
「さて、今日はここで夕飯を食べていけ」
「いいんですか?」
「無論だ」
モルテの言葉に先程のやり取りで僅かに落ち込んでいたリアナが気を取り直した。
「ファズマ」
「はい」
「あ、キッチン新しくなっているから使い方教えるな」
「おう、ディオスも付き合え」
「えぇ!?」
夕飯に取りかかるとファズマは嫌がるディオスを引きずって道具屋息子と共にキッチンへと入って行った。
「さて、料理は三人に任せて私達はもう少し休もうとしよう」
「は~い」
モルテの言葉に元気よく返事をするミク。
こうして、夕飯が出来るまで女性達はくつろぐのであった。




