酒場の披露会
「あの、私達もよかったのですか?」
「ふむ、問題ない。それに、貴方には色々と感謝をしている。それを含めて貴方をこの場へと呼びたかったのだ。ここにいる者達は気がいい者ばかりだ。気兼ねなくしてほしい」
「そうですか」
テーブル席に座っているシンシアが今回の集いを催したモルテにいていいものかと尋ねた。
周りにいる者達とは初見で誰とも知らない自分が本当にいてもいい者なのかと気が小さくなっていたが、モルテからの一言に肩の力が抜けるのを感じた。
「それにしても驚きました。その……モルテさんが女性の方とは……」
「何も気にして話す必要はない。好きでこの格好をしているだけだ」
改めてモルテが訪れた時にした会話の内容が未だ驚いているシンシア。
モルテと初めて顔を会わしてからずっと男と思っていたのだ。それが昨日、モルテの口から女と言われてしまえば驚かない訳がない。
ちなみに、その反応はまさしくディオスそっくりであるがシンシアの方が幾分抑えぎみであったとモルテは思っている。
「ですが、ユリシアも連れて来てよかったのですか?」
「構わん、ここは酒場だが酒以外の物も出す。それに、今回の集まりはユリシアもいなければならない」
「それは分かります。ユリシアもモルテさんから聞いた時は喜んでおられましたし」
「本当に優しい娘だ。感謝をしている。協力に、いや、これからもよろしく頼みたい」
この場にいないユリシアに催しの目的を聞かせるとあっさりと受け入れてくれたことをモルテは嬉しく思い、ユリシアの母親であるシンシアに礼を述べた。
あまりにも堅苦しい述べ方にシンシアはついクスリと笑ってしまった。
「お気になさらずにモルテさん。私の方からもどうかユリシアを、ディオス共々よろしくお願いいたします」
子を思う母親同士の会話は穏やかな表情を残した。
モルテから一席空けたカウンター席では全く違った騒がしさを占めていた。
「マスター、こっちにビーフシチュー!」
「俺はマリネ!」
「チーズプラト頼みます」
「フリットお願いします!」
「カナッペ追加で」
そこにはヒース、ザック、ギベロック、リチア、リアナのファズマの仲間五人が食事にカクテルとカウンターを占領していた。
「かしこまりました」
他の席ではカクテルに軽い食事で会話を楽しんでいるのにここの五人は会話をしていても食べる勢いが半端でない。正直なところ、何の為に集まったのか分からない状態である。
それなのにエノテカーナのマスターであるレナードは嫌な表情を一切せず、むしろ酒場として飲み食いしてくれるのが嬉しいのか呆気なく注文を聞き入れて手際よく作業へと取りかかった。
「それにしても」
「何だリチア?」
「もしかして、まだ不服なのですか?」
「不満に決まってるじゃない!」
リチアのぼやきにやっぱりと四人が肩を落とした。
「リチアはダメ」
「どうしてよリアナ?」
「リチアじゃ襲い掛かる」
「襲ってないよ。どこが襲っているように見えるの?」
「いや、端から見たら襲った様にみえるからな」
リアナのダメ出しに反論をするリチアだが、ギベロックが遠い目をしてリアナのダメ足しをサポートした。
「私はただ、抱きついているだけなのに……」
「その行為が襲っている」
「せめて飛びついているって言って」
「何同じ様なこと言ってんだよ」
「それがあるから外されたんじゃねえか」
「何で皆そんな虐めのように言うの!」
仲間からのダメ出しに今度こそリチアは拗ねてしまった。
ファズマからの誘いを聞いた時、その目的を聞いたリチアが目を輝かせ、今すぐにでも飛んでいこうとしていた。
さすがに問題は起こらないだろうが行為自体が長引いたり独占になっては不味いと全員で止めに入り、酒場での行為一時中止を言い渡したのだ。
その行為がまだ出来ないリチアは不貞腐れてさらに注文をする。
「アスパラのグリル焼きお願いします……」
「かしこまりました」
リチアが追加注文をしたことにザックとギベロックもと手を上げた。
「あ、俺にも!」
「俺にはチップスを」
「お前ら一体何しに来たんだよ!」
食って飲んでばかりの仲間達にファズマが呆れた様子で叫んだ。
あまりのタイミングのいい突っ込みと言葉に店内に笑いがこぼれた。
レオナルドはお代わりしたノンアルコールのカクテルを飲んで今回の催しについて思い浸った。
「それにしても、かなり呼びましたね」
「俺達だけと思っていたが、死神以外も呼ぶと聞いた時は驚いたな」
「かぁ~なり、奮発しているよなぁ~これ?」
「確かに。モルテが全額払うって言ってるから金払いが良いって父さん喜んでたし」
「いえ、言いたいところはそこではありません」
「分かってるよ。今回は力の入れようが半端じゃないってのが分かるから」
そう言って四人はモルテを見た。
四人だけではない。催しの目的と理由を何となく察している者達が同時にモルテを見た。
(よほど嬉しかったんだ)
モルテらしからぬ行動に悟る者達がその異常に驚くのだった。
その時、カウンターの奥にある扉が静かに開かれ、中からアンナが首を出してきた。
「準備出来たよ」
「そうか」
アンナから知らせを受けたモルテは表情を綻ばせた。
エノテカーナに呼んだ者達もアンナの言葉に気がついてカウンター奥の扉へと注目をする。
扉からはアンナを始め、アリアーナ、何故か学園の制服を着ているユリシアが出て来た。
そして、
「おお!」
「これは!」
「いぃ~ねぇ~」
「キャーーー!!」
本日の主役、ミクがユリシアに手を引かれて扉から出て来ると歓声が上がった。
ミクの姿はブラウスにプリーツスカートの上下。ブラウスの胸元にはアシュミストに存在する学園の校章が印されており、プリーツスカートは膝元まであった。
そう、ミクの姿はユリシアと同じ学園の制服を羽織っているのだ。
「ふむ」
「なかなかで」
「似合っているな」
「本当に」
「目の保養になる」
「可愛い!」
「ああ、もう、可愛い!!」
皆の評価は上々。しかも、ユリシアと一緒ということもあり、クルクルと回って制服姿を披露しているのが愛らしく見えてくる。
ミクとユリシアのツーショット制服姿にディオスとファズマは目を細めていた。
「それにしても驚いたな」
「驚いたってあれ?」
「ああ。まさか、ミクが自分から学園に行くと言うなんて思わなかったから驚いたんだが……」
「あれなら上手くいきそうだね」
「ああ」
ミクが言い出した言葉を思い浮かべながら、今にもミクに飛びかかろうとするリチアをファズマの仲間達が必死で抑えている様子に笑ってしまった。
それは突然だった。
モルテが盟約について話したその日にミクはユリシアが通っている学園に行くと言い出したのだ。
今までで学びの場所に行くのを嫌がっていたミクが一体どの様な心境があったのか。聞けば、
「師匠を安心させてあげたい」
と、モルテの為にと決意をしたようだ。その言葉はまるで子が親の為に決めて行動をしたというところである。
本当は行くのが嫌なのではないかとも尋ねたのだが、ミクは首を横に振って答えた。
「ユリシアがいるから行きたい」
と。この言葉にも驚きを隠せなかった。
学校を辞めてから同い年の子と接点を作ろうとしなかったミクが個人がいるから行きたいと言い出したのだ。
それからモルテの行動は早かった。
ミクの心境を知っているのか分からないが、あっという間に編入手続きと制服の手配を行ったのだ。
そして、ミクが学園へ行くという嬉しさから制服姿の披露へとなり、今に至っている。
制服姿のミクをモルテは目を細めて見ていた。
同じ年頃の子供と共にあれほどにも眩しい笑みを浮かべているのはいつ以来なのかと。
思えば今までのミクは離れたくない一心でいたのではないかと思う。一緒にいたいという一心で全てを辞めて近くにいたいと。
だが、話を聞いてそれが不可能に近いことが分かったのだ。
だからミクはモルテに自分の姿を覚えて欲しいと再び立ち上がることを決めたのだと。それが一番喜んでもらえることなのだとも。
(私とは違う道に歩いてくれてよかった)
ふと、ミクがこちらを見ているのに気がついてモルテは笑みを浮かべた。
その笑みにミクはモルテに笑みを返した。
眩しいほどの笑みが何よりも幸せであると語ってくれた。
文章多かった……
この後は閑話を載せて6章が終了となります。
あ、登場人物の設定を書かないといけないんだ……(ガクリ)




