心配する気持ち
店内が足場の踏み場もないほどに散らかってしまっては営業出来ないとディオスは店を閉めて片付けに入った。
片付けは単なる気晴らしである。ミクの安否が心配であらのだが、どこへ連れて行かれたのか分からない。警察が、アドルフが居場所を特定出来るまで待つしかなかった。
「店長はどこに行ったんだろう……」
ただ車が走って行った方向を伝えただけなのに後を付けるように出て行ったモルテにディオスは疑問を感じた。
片付けと心配を交互にしていると、突然ドアベルが鳴ってドアが開いた。
「おじゃましま……お兄ちゃん、何これ!?」
「ユリシア!?」
店内に入って来たのは学園制服姿のユリシアだった。
店を閉めたと言ってもドアに鍵などしていない。カーテンを閉めて今日の営業を終了させているだけ。それも店内の惨状を見せない為である。
だから、そのせいでユリシアが来るということを少し前まで思い詰めていたのはずが完全に忘れてしまっていた為にディオスは慌てたのだ。
「お兄ちゃん、何なのこれ?」
「いや、これは……」
店内の惨状を目にしたユリシアは心配の表情を浮かべて質問をしながら駆け寄って来て、ディオスは返答に困ってしまった。本当のことなど言えないからだ。
「ユリシア、悪いんだけど今日は帰ってくれないか?」
「どうして?そういえばミクちゃんは?」
状況が状況である為にディオスは家へ帰るように促したが、ユリシアが答えるのに困る質問をしてきたことでディオスの表情がさらに苦しくなる。
苦しんでいると、再びドアがドアベルを鳴らして開いた。
「もど……って何だこれは!?」
「ファズマ!?」
ファズマの驚く声にディオスは意識がユリシアから逸れた。
「おいディオス、何だこれ?ユリシアと喧嘩でもしたか?」
「昨日ファズマとミクがした様な喧嘩なんてするわけないじゃないか!」
「今のは余計だ!」
ファズマの冗談を含んだ言葉にディオスはものすごい剣幕で反発をした。
「えっと、ファズマさん、こんにちは」
「おう、いらっしゃい。それでこの喧嘩じゃねえならこれは何だ?あとミクはどうした?」
ユリシアの挨拶に返事を返したファズマは訪れた目的を思い出してディオスにミクはと尋ねた。
すると、ディオスの表情が目に見て分かるように困り果てた様子を浮かべた。
「お兄ちゃん?」
「……何かあったのか?」
ディオスの様子にファズマとユリシアは何か問題があったのではと不安な様子を浮かべた。
と言っても、ファズマは半分、ユリシアは本気でミクを心配していた。ユリシアが本気なのは友達であるから。ファズマが半分なのはミクと喧嘩をしていた影響とそれほど問題とも思っていないから。
「とりあえず、ユリシアは家に帰って……」
「どうして!」
「おいディオス、ユリシアを仲間外れにするのはどうかと思うが?」
「問題が問題なんだ!ユリシアに聞かせられるような……」
「どんな問題だ?」
ユリシアを省いて説明を延ばそうとするディオスにファズマはポキポキと指を鳴らし始めた。
「ちょっ、ファズマ!それ何!?」
「あ?何でもねえぞ」
「何でもなくない!明らかに実力行使……って、ファズマってそんなこと……」
「いいから話せ!本当に殴るぞ!」
「はい!!」
ファズマの脅しにディオスは完全に折れてユリシアがいる前で白状した。
「……ミクが誘拐された」
「は?」
ディオスが大問題と捉えているだけで本当は問題らしい問題ではないと思っていたファズマはその言葉に突拍子もない声を上げて自身の考えが浅はかであったことを恨んだ。
「え……?お兄ちゃん、ミクちゃんが?どういうこと?大丈夫なの?」
ディオスの言葉を聞いたユリシアは震える声で尋ねた。
「今、警察の方で捜索してくれているから報告待ちだよ」
「でもお兄ちゃん、心配だよ。ミクちゃんを探しに行きたい!」
「ユリシア、探しに行きたい気持ちは分かるけどどうやって探すんだ?」
「いっぱい歩いて探す!」
「それで見つけられるとは思えないよ」
「でも……」
「今は報告を待つのが一番いいんだ。分かってくれ」
「……うん」
探しに行きたいと言うユリシアをディオスは懸命に止めた。
方法としては間違ってはいないが気持ちとしては納得出来ないものである。それでもディオスは気持ちよりも最良の方法を選んだ。
ユリシアもディオスの言葉からそれを感じて素直に頷いた。
「警察って、……店長が知ったらどうなるか……」
「アドルフさんに連絡をしたんだ。それと、店長は少し前に戻って来たんだけど飛び出して行ったんだ」
警察と聞いたファズマは警察嫌いのモルテがどの様な反応を示すか何となく予想できた。そして、ディオスの追加の説明にアドルフならまだギリギリ許容範囲であると納得した。
だが、次に気になったのはモルテが飛び出したということだ。
「ディオス、店長が飛び出したってことは話したんだよな?」
「ああ」
「様子はどうだった?」
「様子?ものずごく怖かったよ」
思った通りの様子にファズマは顔を歪めた。
「そりゃ怒ってるな。完全に」
「やっぱり?」
ファズマの言葉にディオスはやはりモルテが怒っていたのだと納得してしまう。
「店長が怒るなんていつぶりだ?とにかく、店長を怒らせたとなったらその誘拐した奴らには悪いが運がないとしか言えねえな」
遠い目をして何処か他人事、いや、他人なのである。そして、その先に待ち受けているものを見据えて哀れみを口にした。
「店長さんは怒ると怖いのですか?」
「怖いってもんじゃねえよ」
ユリシアの質問に何処か意味ありげに答えるファズマ。モルテが本当に怒ったらどうなるか分かっており、それを口で教えるにはあまりにも酷だからである。
「確かに。店長は怒らせない方がいいって思ったよ」
「だから誰も本気で怒らせねえように慎重何だよ」
モルテの怒れる様子に触れたディオスと怒るとどうなるか知るファズマは同時に頷いた。
モルテを怒らせるのは禁忌であると。
「そういえば、アドルフさんが期待をするなって言ってたけどどういうことなんだろう?」
「え?」
「あと、店長に車が走った方向を伝えただけなんだけど、見つけられると思えないし……」
すっかりモルテが怒ったらどうなるかで忘れかけていたアドルフの言葉とモルテの行動を思い出したディオスはファズマに尋ねた。
すると、ファズマは少しだ考えて、納得した。
「そりゃあれだ。店長がミクを見つけるからだ」
「え?」
「本当に?」
ファズマの言葉に疑問に思うディオスと喜ぶユリシア。二人の反応は全くの逆である。
「どういうことファズマ?店長がミクを見つけるって?」
「店長ならミクがどこにいようと居場所が分かんだよ」
その言葉に今度こそディオスか驚いた表情を浮かべた。
「今頃はもう着いているだろうよ」




