表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の葬儀屋  作者: 水尺 燐
6章 死神と少女
168/854

誘拐

 ―――ミクが拐われる。いや、拐われている。


「ミク!」

 一瞬で脳裏に浮かんだ言葉にディオスは駆け出していた足をより一層速くした。


 何故こんなことがと疑問に思ったがそれもすぐに思い至った。

 モルテへの復讐であると。

 葬儀屋フネーラ、正確にはモルテであるが、アシュミストの改革時に一部の人間から怨みを買われている。

 その人間が復讐などで手を出してくることもあるが殆どはモルテがあしらっている為に被害らしい被害は出ていない。

 だが、モルテがいなかったらどうだろうか。答えは周りが狙われる。

 むしろ、今まで周りが狙われることなく何も被害がなかった方がおかしい。恐らく、周りを狙っても意味がなかったのだろう。

 それが今回に限って周りに手を出してきて、ミクが狙われた。


 嫌な予想ほどよく当たると言うが、これは予想などではなく、直接目にして状況から見てとった理解であるから緊迫感が全く違う。

 ディオスは頭の隅でこの様な緊迫感はいつ以来であるのかと余計なことを考えてしまう。

(あの時は店長が助けてくれたけど……)

 借金のせいで身売り目的で拐われかけた時はモルテが助けてくれた。

 だが、モルテがいない今は自分が何とかしなければいけない。責任感と正義感がディオスを前へと突き動かす。


 車の近くで見張りをしていた男が驚いた様子で気を失っているミクを車内に入れていた男に伝えた。

「急いで車に入れ!」

 その言葉に何がと見ると、一人の少年が大急ぎでこちらへ向けて走って来ていた。

 男は返事もせずに車内に入った。見張りをしていた男も急いで車内に入るとエンジンをかけて車を走らせた。



「ミク!」

 車が走り出してもディオスは足を止められなかった。

 まだ追いつけるとかそんなことではない。とにかく近づかなければという思いから。

 けれども車は無情にも追い付けない速さでディオスとの距離を開けていった。その途中、ディオスの叫び声に気づいて何事かと見ていた住人(ギャラリー)が猛スピードで走り抜けて行く車に驚きと不快感を示していた。

 追い付くことが出来なかったディオスは店の前で足を止めると上がってしまった荒い息を肩を上げて整えた。

「どうしたら……」

 追い付けなかった悔しさよりも次に何をしたらいいのかとディオスは考え始めた。

 出た答は誰かに知らせないといけない。自分一人では何も出来ないからだ。


 急いで店内に入ったディオスが目にしたのは散らかった店内であった。

「うわっ……」

 あまりの散らかりように一瞬引いたがすぐに顔を引き締めてカウンター上で無事である電話へと向かった。

 その間、店内の散らかりようから捕まらないように粘っていたのだろうと考える。

 散らかって落ちている物を踏まないようにカウンターに近づいて電話の受話器を手に取り、ダイヤルを回した。

 この場合、かける場所は一つしかない。

「もしもし、アドルフ警部はいらっしゃいますか?」

 警察である。

 モルテは警察を信用していないことをディオスは知っている。だが、アドルフは同じ死神であるから信頼している。それに、モルテが店にいない今はアドルフに頼るしかなかった。

 しばらくして、

「もしもし、俺だが誰だ?」

 アドルフが出てきてくれたことに安堵する暇もなくディオスは切羽詰まって話し始めた。

「アドルフさん、大変なんです!」

「ディオスか?随分と慌てているようだがどうした?」

「ミクが拐われたんです!」

「はあ!?」

 ディオスの発言に受話器越しからアドルフが驚いた声が響いた。

 そして沈黙が流れた。本当に短い沈黙なのだがディオスにはとても長く流れた。

「分かった。こちらで警戒線を張っておく。だが、あまり期待はするな」

「は、はい?お願いします」

 最後に言われた言葉の意味が分からなかったがアドルフから協力を得られたディオスは今度こそ安堵して受話器を置いた。


 次にしなければならないことをディオスは考えた。アドルフに伝えたらディオスが出来ることは殆どない。

 考えた末にディオスは散らかった店内を見渡してなくなったものがないかと確認を始めた。

 狙いがミクだけとは思えない。金品や貴重品も盗まれているのではと思うと心配になってきてしまい確認するまで安心出来なかった。

 幸いというか、貴重な物は何も盗まれていなかった。だが、まだ不安であった。


「ディオス」

「……うわっ!て、店長!?」

 そんなことをしばらく続けていると背後から声をかけられたディオスが振り返るとモルテがものすごい剣幕で睨んでいた。

「この惨状は何だ?」

「実は……ミクが拐われたんです……」

「どういうことだ?ミクが拐われたと?」

「二人組の男に拐われる所を見たんです」

 いつの間にと尋ねる暇もなくモルテの質問にディオスは先程見た出来事を伝えた。さらに、店内の惨状が言葉をより一層と強くさせる。

 ディオスの言葉を聞いたモルテはカウンターの前に立つと目を閉じた。

 長い沈黙。本当に長い沈黙が店内に満ちた。

 そして、モルテの無言の拳がカウンターを真っ二つに叩き割った。

「えっ……!?」

 状況が状況であるだけにモルテが行った行動にディオスは驚いたが初めて悲鳴を上げなかった。

 何故この様な行動に移ったのか分からないからだ。

「奴等はどこへ向かった?」

「中央住宅街方面に車を走らせて行きました」

「そうか」

 再び尋ねられた質問にディオスは慌てて答えると、モルテは早足で店内から出て行った。


 その時にモルテを見たディオスは驚きと相まって言葉を失った。

 モルテの目が今まで見たことのない目をしていた。

 一方は眼帯を前髪で隠しているからもう片方の裸眼でしか見てとれないが、明らかに怒りを纏った目をしていた。恐らく、その内に怒りも蓄えているのだろうとも思う。

 モルテが出て行った店内でディオスは力なくその場に崩れ落ちた。

 あんなモルテを見たことがない。

(店長を怒らせない方がいいかも……)

 モルテを怒らせた誘拐犯の末路がどの様になるのか考えたくないディオスは別のことを考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ