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死神の葬儀屋  作者: 水尺 燐
6章 死神と少女
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理由

 ディオスは難しい顔をしながらテーブルに広げた本を睨み付けているかと思うと手に持ったペンで紙に書き始めた。


 ファズマに連れられて死神の弟子達と墓参りを終えてから久し振りだから話そうとエミリアの提案で夕方まで市場のお店を転々として話し込んでいた。

 ディオスとしては死神の弟子ではない自分が話しをする為に連れ回されたり参加するのもどうかと思っていた。それに店の仕事もあるのだから早々に切り上げた方がいいとも思っていたのだが、意外に会話が楽しく、さらには考えさせられることもあり気がついたら夕方となってしまっていた。

 店を丸一日開けることとなってしまい恐る恐る帰るとモルテが怒る様子もなく出迎えたことに驚いた。

 モルテからユリシアが冬服全てを持って帰ったと聞かされて急いで部屋に戻った。見られてはまずい物が入っているわけではないがそれでも確めないわけにはいかず、タンスにしまっていた服が全て春物へと変わっていることを確めた。

 それからはいつも通り何も変わりなく夜まで過ごした。

 一通りやることを終えてディオスは日課となっている勉強の復習を行っていた。

 本当は疲れているから明日に回したい所なのだが、昨晩の復習を早めに切り上げた為に貯めてはいけないと思い今出来る分の復習を行っている。


 しばらくしてペンを動かしていたディオスの手がゆっくりと止まった。

(どうしてなんだろう……)

 昼間に死神の弟子達と交わした会話を思い出したディオスは思い詰めた表情を浮かべてペンを静かに置いた。


 死神の弟子達の会話は殆ど日常的であった。日常的でどの様なことがあったのか、普通の人とは変わらない会話。死神の話しはほんの僅かしかしていない。

 その僅かな会話を聞いたディオスは驚き、同時に悩まされた。

 誰一人として死神を一度でも嫌になったことを言わなかったことに。

 死神の全てがいいことではない。むしろ辛いことが多いとディオスは思っている。それでもディオスが見た死神の弟子達は自分から辛いとも苦しいとも言わなかった。

 だからディオスは戸惑ってしまった。自分から見た死神とはどういうものなのか本当はしっかりと見ていないのではないかと。


 分かっているようで分かっていなかったと思うとペンを持って動かす気にならない。ただ長い沈黙がディオスに流れるだけだった。

「何だ、深刻そうな表情を浮かべているな」

 その時、突然声をかけられたディオスはまるで水をかけられたかのように急いで顔を上げた。

「それが難しいのなら違う本を貸すが?」

 ディオスに声をかけたのはモルテだった。

 モルテは何事もないようにディオスの前にコーヒーが入ったカップを一つ置くと、自分も椅子に座りもう一つのカップに入っているコーヒーを飲んだ。

「大丈夫です」

「そうか」

 モルテの突然の登場にディオスは警戒をしながら答えた。反射的に身に付いてしまった受け答えである。

 ディオスはペンを持って再び書こうとしたが、どういうわけか書く気にならず、再び思い詰めた表情を浮かべた。

「進まんようだな」

 コーヒーを飲んでいたモルテはディオスの様子を見るとテーブルにカップを置いた。


「店長、一つ聞いてもいいですか?」

 自分の今抱いている思いが一人ではどうすることも出来ないと思ったディオスは警戒をしながらモルテに口を開いた。

「何だ?」

「どうして死神の弟子達は死神になりたがるんですか?辛いと分かっているのにどうして?」

 ディオスの質問にモルテは目を閉じるとすぐに開いて答えた。

「死神になりたい理由があるからだ」

 もっと深い理由があると思ったら意外に簡単な理由が帰って来たことにディオスは拍子抜かれた。

「死神は条件さえ揃えば誰でにでもなれるものであるが、その目的はあまりにも辛いことは確かだ。だが、知ってもなお死神になりたいと思う者がいるから死神になるのだ」

「……簡単すぎませんか?」

「簡単なのだよ。それこそ子供が将来に就きたい仕事を夢見るようにな」

「それと同じことじゃないと思うんですが」

「同じことだ。なりたいと思ったその時からな」

 モルテの言葉に戸惑うディオスだが、モルテはディオスが考えている戸惑いを切り捨てた。

「死神になりたいと思う多くの者は尊敬する者、親や仕事における先輩を見たからと言う。そして次に多いのは周りの者の為だ」

「周り?」

「大切な者の為にだ」

 カップの縁を指でなぞりながらモルテは例を上げた。

「例えばマオクラフは父親であるレナードの背を見て死神を志し、アドルは周りの警察の者に被害が及ばない為にとなった。なりたい理由に深い意味などいらない。一番必要なものはそれを続けられる覚悟だけだ」

 覚悟と聞いてディオスは一瞬怯みかけたがまだ納得していないことが口から漏れた。

「堕ちた死神を殺さないといけない、殺されるかもしれないと分かっていてもですか?」

 ディオスのいつの間にか消えている戸惑いが目から消えているのを見たモルテは今まで余裕があった表情を一瞬で消した。

「どちらもなりたくないと思うのが当たり前だ」

「だったらどうして……」

「それを知っているからだ」

 意味の分からない答えにディオスは口を止めた。

「死神は禁忌を犯すとどの様な末路を辿るか知っている。だからこそなりたくもなく、やらせない様に心掛けている」

「けれど、それをしてしまったら意味なんて」

「ないな。だが、だからこそ己の覚悟が試される。起きてなおも意志が揺らがず死神であり続けようとするのか。いずれ回る役割をやり遂げられるかを」

 強い口調で話すモルテにディオスは黙り込んでしまった。

「それって、全部受け入れているってことじゃないですか。辛すぎます」

「そう思うのは人それぞれだ。もちろん、死神になりたい理由もだ」

「……人任せですね」

「理由を自分の答えにしようとするのも人任せと思うが?」

 モルテの言葉に自分が死神をどの様に捉えてそれを納得しようとしているのを見破られたディオスは言葉を失った。

 モルテの事はまだ不満であるが、それよりも今は死神のあり方がどういうものであるのかと答えを速く知りたくなってしまい求めすぎた。


「話が終わりならこちらも聞きたいことがある」

「何ですか?」

 突然の話の変化、それもモルテからの質問に驚いたディオスはまだ見破られた動揺から立ち直れず警戒を忘れた。

「難しいことではない。ディオスの母親、シンシアの仕事がいつ休みか聞きたいだけだ」

「母さんの?」

 意外な質問にディオスは驚いたがすぐに頭にある記憶を辿った。

「明日と三日後お休みのはずです。一体……」

「ふむ、そうか。聞きたいことはそれだけだ」

 一応シンシアの休みを教えたディオスは何なのかと思うも、モルテは聞くやいなや空になったカップを持ってキッチンへと行ってしまった。

 その背後をディオスは一体どうしたのかと見届けた。

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