圧倒的
モルテの言葉に全員が分からなかった。
沈黙。そして、猫背男の背後に控える男達から笑い声が上がった。
「傑作だこれは!」
「く、首!こいつ首と言ったぞ!」
「まさか首とはな!首を切って貰うつもりか?」
「それでもいいなら貰うが?」
モルテの言葉に男達の笑い声が突如と止んだ。その言葉は母子三人にも聞こえ茫然とさせた。
そんな中で猫背男の後ろに控えている一人の男が声を出した。
「お前……本気で言っていやがるのか?」
「私は嘘が苦手でな。首でいいなら貰うが?」
その言葉に男達は悟った。目の前にいる奴は本気で言っていると。
言葉だけなら嘘だと感じる事も出来ただろう。だが、目の前の人物は表情を一切変えていない。感情がこもっていない表情に不気味さしかない。
母子三人は不気味さではなく恐れを感じていたが不思議とモルテに対する恐怖はなかった。
「頭を守れ!」
一人の男が言った瞬間、男達が一斉にモルテへと向かった。
モルテは一つ溜め息をついた。
「そこにいろ」
そう言ってモルテは三人から離れた。
それは一方的であった。
「ぐわっ!?」
「がっ!?」
また一人とモルテによって倒されていた。
ディオスの目から一体どの様に倒しているのか分からなかった。ただ、気づいた時には男が体制を崩しておりモルテによって投げ飛ばされたり叩き落とされていた。
今では飛びかかっていた男達だったがモルテが前へと出る度に後退をしていた。
「めんどうだ。一度に来い」
つまらないと言う表情でモルテは恐怖心を浮かべている男達に言った。その言葉に男達がまた一歩と退く。
「退くな!」
頭が男達に叫んだ。
頭は男達の上司で絶対的発言を持つ頭。頭の命令には絶対の彼らは夜中にも関わらず叫ぶとモルテへと走り出した。
モルテは向かってくる男達を一人一人、時には二人、三人と同時に相手をした。
見るものでなけらば分からないがモルテは相手の勢いを利用している。
少し避けると相手の足に足を引っかけて転倒させる。付き出された拳を受け流すとそのまま相手を突き飛ばしたりと、最小限の動きで最大限に立ち回り優位に立っていた。
そして、たった二人を残しモルテの足元には向かって来ていた男達が倒れていた。
「す、すごい……」
あまりに一方的な強さにディオスの口からモルテの強さに対する感想が漏れた。
どうして一人で複数の相手を出来るのかと疑問に思いながらも純粋にモルテの強さに驚いていた。
「ぐっ……」
頭は一方的に部下を倒してしまったモルテを憎いと感じていた。
モルテがいなければ今頃は用事が全て終わっていた筈なのにと。
「頭、俺がやる」
「おお!そうだった、おまえがいたな!」
背後に控えていた大男の言葉に頭の表情が晴れた。
「こいつは片手で人一人を軽々と持ち上げる事が出来る!」
頭はこれで勝ったと言う表情でモルテに差し向けた。
「あいつを倒せ!」
頭の言葉に大男は無言でモルテへ近づいた。
大男がモルテへ近づくのを見てディオスは慌て出した。
「あ、あれってどうにかなるんですか!?」
ディオスは自分達の面倒ごとにただでさえモルテは巻き込まれて、首を突っ込んでいるのに更に厄介な相手を見て叫ぶ。
しかし、モルテは全く慌てていなかった。
「しないと駄目だろう」
「何でそんなに余裕なんだ!?」
「余裕?まさか。奴はやり手に分類される」
全く表情を崩さないモルテはそう言うと前へと歩き出した。
恐怖というものがないモルテにディオスは後ろ姿を眺めていた。
「お兄ーちゃん、店長さん大丈夫?」
いつの間にかユリシアがディオスの側まで来ており袖を掴んだ。
「大丈夫……大丈夫だから……」
不安はある。巻き込ませてしまった罪悪感もある。だけど、一つだけ分かっている事がある。
モルテは三人の為にここまでしているのだと。どうしてかは分からない。けれど、モルテが守ってくれている事は確かだ。だから、安心していられると。
モルテと大男は距離を開けて立ち止まった。
「仲間を倒した腕前。そして、俺を前にしても微動だにしないその心意気誉めてやる」
「言いたい事はそれだけか?」
敬意を評して誉める大男にモルテはつまらなそうな表情を浮かべた。
「まさか。俺が自ら手を下す事になるとは!」
そう言いながら大男はモルテに拳を突きつけた。
モルテは簡単にそれを避けると大男が腹に蹴りを入れようとするのを見て後退した。
「これを、避けるか」
余裕を持って避けたモルテに大男は感心したような言葉を言った。
(やりにくいな)
一方でモルテは大男をどのように対処しようかと悩んでいた。
背丈で見れば圧倒的に大男の方が上で握力も上である。だが、モルテが遅れをとるような相手ではない。やり手と言ったが現に二度の攻撃を見切った上に余裕でかわしているし、大男はモルテの実力を理解していない。はっきり言って手加減しているモルテは大男に負けるとは考えていないし思ってもいない。
では何がモルテを悩ませているかと言うと、決め手となる一撃を与えられない事だ。時間をかけて隙を見て一撃を与える事は出来るだろうが、モルテは早々に決着を着けようと考えていた。そうしなければ窓ガラスの弁償として求めた頭が旗色が悪いと見て尻尾を巻いて逃げる可能性があるからだ。
だからモルテは頭の中でどのように一撃を与えようか思考を巡らせた。腹に一撃を入れて後ろに回り込んで倒す方法、脳天を突き倒しこむ方法、何度も違うシミュレーションをするが決め手に欠ける。
そして、一つの思考をシミュレーションすると溜め息をついた。
(やはりこれだな)
それは始め辺りにシミュレーションした一手。これよりもいい一手はないのかと考えたが結局はこれが最善であった。
大男に一撃を与える為にモルテは体中の力を抜いた。




