弁償金
ディオスはモルテが自分の本当の名前を知っている事に驚いていた。
「どうして俺の名前を……」
「戸籍を管理している役所に行けば分かる事だ。例え偽名を使ったところですぐにばれる」
実際に調べたのはファズマだがそうとは知らないディオスはあっさりとモルテに見破られてしまったと感じていた。
「それに、経歴書に住所を馬鹿正直に書いているんだ。誰かにばれたくなければ偽名だけでなく住所も偽った方がいい。」
まさか住所でばれたとは思わなかったディオス。現に元貴族と呼ばれる財閥の者達は家名である姓を重要視する為に自身に関係する家名意外のものを軽んじて見る傾向があった。
それが今回はディオスの素性を決めつける決め手となった。
「だが、名前や住所と言うのは今の時代ではそれほど重要なものではない。この時代では仕事に必要とされているのは主に態度と能力だ。仕事を探すと言う点では重要でないから仕方のない事だが、受けた場所が悪かっただけだ」
元貴族の考えとは違う考えを述べたモルテにディオスは常に驚いた表情のままだった。
「あの……」
その時、完全に会話から外されていたシンシアがモルテに声をかけた。
「はじめまして。葬儀屋フネーラ店長のモルテ。お初にお目にかかるレオーネ夫人」
モルテの自己紹介にシンシアは首を横に振った。
「もう貴族という地位はありません。シンシアとお呼びください」
「失礼。同業者に財閥を相手にしている者がいるので。そいつから貴族に礼儀を述べるように相手をしなければならないと聞いた事があったのでな」
礼儀はいらないと言うシンシアだが次の瞬間にはモルテに期待の眼差しを向けた。
「ところで、ディオの採否は……」
店長から直々に息子の採否を聞き出そうとするシンシア。だが、モルテは人差し指をシンシアの口の前に立てた。
「危機感がなさすぎる。あんたは今がどの様な状況か理解をしているのか?危機は去っていない」
低いが重みのある声にシンシアは次に言おうとした言葉を失った。
「それよりも、どうしてここに?」
ディオスは何故モルテがここにいるのか尋ねた。
「割った窓ガラスの弁償金をもらおうと思ってな。割った奴の仲間がお前に付いているのは予想していた。見事その通りだったがな」
それを聞いてディオスは頭が痛くなるのを感じた。思いっきりモルテに利用されたような気がしたからだ。
その時、コツンと音が聞こえた。人の足音が複数。
ディオスは驚いて足音がする方を見た。
「これはレオーネ夫人。こんなところで奇遇ですね」
現れたのは複数の男を引き連れた無駄に装飾品を着飾った猫背男である。
猫背男の登場にディオスとシンシアの表情が強張った。
「深夜になんですがお金の方を……」
「ないと言ったらないと言っているわ!」
「では、夫人の二人の子供をこちらに渡していただきましょうか」
威嚇するように叫んだシンシアだが猫背男の言葉に表情が硬くなった。
葬儀屋従業員のファズマと言う青年から子供を身売りしようと狙っていると聞かされていた。それが再び、真正面に憎くてたまらない猫背男から身売りと取れる言葉を聞かされ恐怖しか感じない。
この状況に怖くなったユリシアがシンシアの後ろに隠れた。
「ふざけるな!」
猫背男に向けてディオスが叫んだ。
「では、すぐに払ってもらいましょう。今、ここで!」
だが、猫背男の言葉に言葉が出ず歯を噛みしめた。何も言い返せない。悔しく拳を握る。
そんなディオスの肩にモルテが手を乗せた。
「悪いが、こいつらを渡すわけにはいかない」
モルテが口を出した事に猫背男は眉をしかめた。
「何ですかあなたは?関係者は引っ込んでください」
「残念だが関係者だ。私はこいつが面接をしに来た店の店長でな。採否を言っていない。採否を言ってない以上勝手に引き抜こうとしては困る」
「それはそれは失礼。では、ここにいるという事は採否を言いに?」
「まさか。こいつがいる時に割った窓ガラスの弁償金をお前達からもらいに来たのだ」
あくまで弁償金にこだわるモルテ。その言葉に猫背男が笑い出した。
「はははは!我々が割ったと?言いがかりもいいところです。我々が割ったという根拠はあるのですか?」
「近所に見ていた者がいてな。すでに特定して捕まえている」
モルテの一言に猫背男の笑が止まった。
「洗いざらい話したぞ。金で貴様らに雇われたとな」
「言いがかりだ!」
「言いがかり?貴様が雇った者は警察に目を付けられていた奴だ。根拠があろうがなかろうがそういった奴の言葉に警察というものは動くぞ。少しでも犯罪の気配がするならな」
止めを刺すような言葉だが猫背男はまだ余裕の表情を崩してはいない。
「私は警察というものを信じてはいないが信用している知人がいる。かなりの発言力がある奴だ。すぐにでも背後を調べる為に動くぞ」
モルテの言葉に猫背男が口を出せないのをディオスは感じた。言葉で完全にモルテが勝ったのだと理解した。猫背男が肩を落とした。
「では、いくらを希望しますか?」
「金は要らん」
「は?」
認めて弁償金を払うと言い出した猫背男の言葉にモルテは予想外の言葉を口にした。
金ではないなら一体何を望むんだ。そもそも金ではないのかと猫背男の後ろに控える男達が叫んだ。
「では、何を希望とするのですか?」
その言葉にモルテは猫背男を指さした。
「貴様の首だ」
その場にいた全員、モルテが何を言い出したのか分からなかった。




