取り立て
市場から少し入り組んだ道を行くと住宅街へと通じる。家賃相場は少し高いが便利の良さから住まう者が多い。
その内の一軒のアパートにディオスは入った。半年前に引っ越したそこがディオスの家だ。
「ただいま」
「お帰りお兄ちゃん」
扉を開けるとディオスの妹が出迎えてくれた。
「ただいま、ユリシア」
ディオスは妹であるユリシアの頭を撫でた。
「お帰りなさいディオ」
「ただいま帰りました。母さん」
次に出迎えたのはディオスの母シンシア。ユリシアとは違い丁寧な口調で帰宅を言った。
「今日は遅かったわね。それで、今回はどうだった?」
シンシアがディオスに期待の眼差しを向ける。ディオスはそれが何を意味しているのかすぐに分かった。もう何度も向けられている眼差しだから。
「まだ分からないです」
ディオスの言葉にシンシアは目を丸くした。これまで採否は直ぐに言われていた。けれど、分からなと言われたのは初めてなだった。
「それと……」
続きを言おうとしたが慌てて口を閉じた。
ここにはユリシアかいる。ユリシアの前では言えない事だ。
シンシアもディオスの意図を読み取り一旦この話を終わらせる事にした。
「ごはん出来ているわ。食べましょう」
「ごはーん」
シンシアの言葉にユリシアが食卓へと駆け出した。
その光景にディオスとシンシアは顔を見合わせた。けれど、そこには笑顔がなかった。
事の発端は九ヶ月前に遡る。
ディオスの父、グランディオが事業に失敗し多額の借金を背負う事となった。それから二ヶ月後にグランディオは借金を残したまま自殺をした。
残された母子三人は今まで生活していた家を、敷地を担保としていたために差し押さえられ狭い部屋で暮らす事となった。今まで使用人に囲まれていた生活から一変、不馴れな生活を余儀なくされた。
だが、これでまだ終わらなかった。
グランディオが残した借金は莫大で家や敷地、更には財産をつぎ込んでも返しきれなかったのだ。
借金返済の為にディオスは働き場所を探しているのだが就く事に至っていない。
その理由は……
ユリシアが寝静まった頃、ディオスは重い口を開いた。
「……石を投げ入れられました」
「そう……」
ディオスの言葉に空気が重くなる。
ディオスが職につけていない理由は嫌がらせである。
父グランディオが借金をした所が悪かった。そこは一年おきに利子が付くのだが利子の額が莫大だった。
何が目的かは分からないがディオスが借金を返せなくしようとあの手この手でディオスが就く事が出来た職場に嫌がらせをしているのである。
最初に就いた職場でその様な事が起き早々感ずいたディオスが退職するとその職場への嫌がらせは止んだ。就かないと言う選択肢はなかった。それをしてしまえば思うつぼであるからだ。おかげであの手この手で職場に就いて退職する事を続けているのだ。
「今回行った場所ですが、店長が気づいていると思います。だから採用される見込みがありません」
採否を聞かされていないから分からないと言ったが状況から見れば絶望的である。
それを聞いたシンシアは手を顔に覆うように当てた。自分も借金を返す為に働いているが何もされない。何故自分ではなく息子が危害を加えらるのか。何も出来ない自分が怨めしい。
「……また探さないとダメなのね……」
慰めも何も言えない。かなり追い詰められている。
ディオスもそれを感じているから向けられ続ける男達の暴力をシンシアには言わすに堪えているし懸命に職を探している。何よりも、男は自分だけで母と妹を守っていかなければならないと責任感を抱いている。
けれど、それを口にしたところで見栄でしかない事をディオスは感じていた。重たい空気が漂う。
その時、扉から乱暴に叩かれる音と乱暴な声が響いた。
「おい!開けろ!」
その声にシンシアはビクリと肩を上げ、ディオスは身構えた。
続いて扉を蹴る音が響いた。
「居ることは分かってんだ!出てきやがれ!」
さっきとは違う乱暴な声だ。
扉からの音に目を覚ましたユリシアをシンシアは急いで抱き囲えた。
(このままじゃ扉が壊れる……)
今まで押し寄せて来たことがなかった為にディオスは半ば混乱していた。
扉は木製。扉の向こうに何人居るか分からない。扉が壊れるのは時間の問題である。
そのように考えていると扉からの音が止んだ。
ディオスは覚悟を決めて扉へと向かった。
「ディオ!ダメ!」
扉へと向かうディオスにシンシアは慌てて叫んだ。
それでもディオスは止まらず、扉の鍵を解錠して恐る恐る開けた。
「あれ?」
扉の向こうには誰もいなかった。扉の前で乱暴に叫んでいた者達はどこに居るのかと思い扉を全開した。
「借金取りは僅に開いた扉の隙間に足を挟めて無理矢理開ける。易々と開けない方がいいですよ」
突然と聞き覚えのある声にディオスは驚いて声が聞こえた方向を見た。
「こんばんは」
そこにいたのは、葬儀屋の従業員ファズマが足元に倒れている五人の男達をよそに挨拶をした。




