8. ウキウキ
ラッキーな事に、次の土曜日は夕方からの出勤だった。
早起きして、家中の掃除をして…家中と言っても、単身者用の狭いマンション。2時間程で窓も床もピカピカになった。
身支度を整え、出かける。まだスーパーマーケットは開いていない。途中、コーヒーショップに寄り、ラテとスコーンで少し遅めの朝食を取る。
今日も良いお天気。明日も晴れるといいな。
スーパーマーケットについて、店内をフラリと1周して、明日のメニューを考える。
春ちゃんのリクエストは和食。今まで2人で6回食事をしているけれど、和食、イタリアン、和食、中華、フレンチ、ハンバーガーだったっけ。和食が他よりも多い。
好みは私と似ている気がする。1度も外していないし、中華のときも、ビストロでも、食べたい物一緒だったし。この間だって…。
鮮魚売り場を通りかかった時、威勢の良いおじさんの声に足を止め、目に飛び込んできたのは30cmくらいの真鯛。
春ちゃんって、なんだかお目出度いイメージ。もちろんいい意味で。高校の時だって、打ち上げとかは春ちゃん中心に盛り上がってたなぁ…なんて。
そんな春ちゃんには鯛がよく似合う気がする。
おじさんも、今日は安くて良いものが入っているよ!なんて後押ししてくれるので、1匹お買い上げ。
真鯛を中心にメニューを考える。
メインの食材が決まってしまえばメニューはスムーズに決まる。
新鮮だって言うから、やっぱりお刺身?だけど、食べるのは明日だから昆布で〆ようかな。それに鯛めし。頭とカマは兜煮?アラはお味噌汁かな?
野菜売り場で、牛蒡と大根、ほうれん草、水菜、蕪、柚子など旬の物をなるべく選んでかごに入れていく。それに分葱と大葉…生姜も。
お肉もあったほうが嬉しいよね?ピンク色の鮮やかな地鶏のモモ肉が目に入ったのでこれもかごに追加。
お会計を済ませて、両手にたくさんの荷物を持って帰る。途中、和菓子屋さんで「栗金団」の文字に惹かれて立ち寄り、購入。緑茶は家にあった気がするし、ほうじ茶もあったはず。
ほうじ茶のラテと栗金団合わせても美味しい。明日のオヤツはほうじ茶ラテと栗金団にしよう。
食事してすぐオヤツ…ってのも微妙だから、何かDVDでも借りようかな?
レンタルDVDショップにも立ち寄って…何が良いのかな?
好みがわからないし、気まずくなっても嫌なので、無難にコメディかな?有名で分かりやすい映画を選んで…これなら見たことあってもまぁ楽しめるし…念のため、同じ監督の作品を数作借りておこう。
帰宅したら早速明日の下準備。
鯛はしっかり鱗を落として…手持ちの三徳包丁でどうにか捌いていく。3枚に卸すのは難なくできたけど…梨割りにするのはなかなか難しい…これを梨割と呼んで良いのか?ギリギリOK?くらいの感じではあるがどうにか形になった。
半身は柵にして、軽く戻した昆布で挟んで保存。他も用途ごとに分けて冷蔵庫にしまって…。
鶏肉は、塩胡椒と酒で下味をつけて…。大根は下茹でしてて。蕪も浅漬けにしておこう。
これで前日の準備はバッチリ。
ここまで済ませたら結構いい時間。
集中していたせいか、楽しんでいたせいか、時間はあっという間に過ぎていた。
さっと片付けて、よく手を洗い、支度をして出勤する。
早く明日にならないかな…?なんてウキウキしながらいつも通り仕事をこなす。
「八重山、なんか良い事でもあったのか?」
なんてにやけ顔で支配人に言われてしまう程分かりやすかったらしい。
実はこの支配人、偶然にも以前私が勤めていた結婚式場で可愛がってくださっていた上司の先輩にあたる人で、私が前職を辞め、ここで働くまでの経緯を今の職場で唯一知っている人だったりする。
「すみません。気を引き締めマス。」
「いや、そういう意味で言った訳じゃないから安心しろ。…彼氏でも出来たのか?」
「まだそんなんじゃないですって…。」
「まぁ頑張れよ〜!今度は上手くいくといいな。」
***
翌朝、いつもよりも早く目が覚めてしまった。
布団を畳んでしまって、部屋をさっと片付けて掃除する。昨日念入りに掃除をしたので今日は楽ちん。
ホットミルクを飲んだらお腹いっぱいになってしまったので、朝食はこれで良しとしよう。
顔を洗って髪をまとめ、着替えをしてエプロンを付けてキッチンに立つ。
まずはお米を研いで、ザルにあげて…。水がしっかり切れたら、土鍋に入れて昆布とお水を入れて置いといて…。
鯛の頭とアラは霜降りをしてキレイに洗ってからそれぞれお鍋に入れる。昆布出しを注いで、酒もたっぷり入れて火にかけ、丁寧に灰汁をすくって…兜煮の方には生姜を効かせて、牛蒡もたっぷり入れて甘辛く煮ていく。アラ汁は、灰汁が出なくなったら火を止めて置いておく。お味噌は春ちゃんが来てから入れよう。
大根はコトコトお出汁で煮て、ほうれん草はさっと湯がいて味付けをして…。水菜は洗って食べやすい大きさに切ったら、サラダスピナーでしっかり水気を切る。柚子の絞り汁とオリーブオイルでドレッシングも作る。
家中の鍋を総動員して煮炊きをし、盛り付け用の食器を用意して盛り付け出来るものから盛り付けをして、空いたお鍋や調理器具は洗って片付けて…。
約束の時間の30分程前になったら、醤油と酒、塩を振って焼いておいた鯛の切り身を土鍋に入れてご飯を炊き始める。
春ちゃんから、駅に着いたというメールをもらったので、鶏肉を焼き始める。フライパンに皮目を下にして焼いて、途中、お湯を沸かしたアツアツのやかんを重石にして皮をパリパリに仕上げる。兜煮や大根も弱火で温め始めて、アラ汁に味噌を溶いて…。
そうこうしているうちに、インターホンが鳴る。
「いらっしゃい。狭いけど…どうぞ。」
「これ、お土産。」
「ありがとう。可愛い。」
ピーチピンクのガーベラとバラ、アクセントにユーカリがあしらわれた可愛いブーケをお土産だと言って渡してくれた春ちゃん。
男の人にお花をもらうのは初めてで、しかもそれがすごく可愛くて私好みだなんて、テンションが上がる。
こういう事さらりとしちゃう癖に、モテないとか信じられない。
ガラスのフラワーベースに簡単に生けて、早速お部屋に飾る。
「物が少ないでしょ?博之がいた頃使ってたものはテレビ以外処分させられちゃった。」
「やっぱりまだ好き…なのか?」
「恋愛感情はないよ。でも、9年間って長すぎるからさ…家族愛、ともちょっと違う…上手く言えないけど何かはまだ少し残ってる。でも、春ちゃんがあの時、話を聞いてくれたお陰で、随分楽になったよ。ありがとう。」
「あの時、ごめん。あんな事して…。」
「ううん。別に嫌じゃなかったから…………座って待ってて。すぐ用意するね。」
なぜ私は、春ちゃんの前で博之の名を出してしまうんだろう。
春ちゃんはなんだか気まずそう。微妙な話だし良い気はしないよね。
座布団に座って待ってもらっている間に、温めた料理を盛り付けて、仕上げをして、簡単に洗い物も済ませてテーブルに並べる。
お料理を見た春ちゃんの顔からは気まずそうな雰囲気は消えて、笑顔が戻っていた。その笑顔を見て、私は心底ホッとする。
「土鍋、開けていい?」
「ちょっと待って。熱いから私が開けるよ。春ちゃん、座って座って。」
蓋をあけると、蒸気が立ち上り、いい香りが部屋中に広がる。昆布を取り出して、身を大きめにほぐしながら切り混ぜてる。
「良かった…お焦げもいい感じ。」
今日は満足のいく仕上がり。我ながら上出来。春ちゃんどんな顔で食べてくれるのかな?なんて期待に胸が膨らむ。
お茶碗によそって、春ちゃんの前に置くと、すごく嬉しそうな顔でそれを眺めていた。
「どうぞ、召し上がれ。良かったらお代わりもしてね。」
「いただきます!!」