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86. 男同士 (春太郎視点)

前回投稿よりかなり時間が空いてしまい申し訳ありません。

「今日、麗ちゃんとこから出社しただろ?」


 昼休み、倉内に誘われ2人で外に出た。

 比較的空いている定食屋に入り、注文を済ませたところで倉内にそう指摘される。


「その様子だと、昨日受け取ってもらえたみたいだな。良かったじゃん。」

「お陰様で。」


 恥ずかしさもあって、そんな短い礼を返す。倉内には色々相談に乗ってもらっていたのだ。






 一緒に指輪を買いに行ったあの日、彼女の視線は幾度となく、ダイヤが一粒輝く指輪に向かっていた。うっとりと心を奪われた様な表情だって垣間見えた。

 その一方、一瞬暗い表情も浮かべた。彼女が頑なに婚約指輪を要らないと言う理由も分からないでもないし、仕方ないとは思う。だが、今でも彼女が引きずっているのは正直面白くない。


 きっと彼女自身、欲しい気持ちがない訳ではないのだろう。だけれど、もう既に、婚約指輪代わりの腕時計を買ってしまった手前とか、過去の嫌な出来事を連想させるとか俺に言ってしまった手前、素直に欲しいと言えないだけな気もした。

 それならば、嫌な出来事がぶっ飛んでしまうくらい、彼女を喜ばせればいいだけの話だ。


 結局のところ、俺はプレゼントしたい。

 自己顕示欲とか独占欲だとか言われたらその通りだと思う。周りに麗は俺のものだって牽制したい意図もあったし、あいつが麗の為に婚約指輪を用意していたのはみんな知っているし、俺の中で、あいつが用意した指輪よりも喜ばれるものを贈りたいという、変なプライドとか見栄とか意地があった。

 高校時代、俺はあいつに敵わなかった。今、麗が一緒にいるのだって、悔しいけれどあいつのお蔭で。なんだかんだ言いつつ、今でも博之の事を気にしているのは麗よりも俺だったのかもしれない。

 我ながら器の小さい男だと思う。


 そんな俺は、麗と結婚指輪を買いに行った翌日、同じ店を1人で訪れた。前日接客してくれた店員はやっぱり俺を覚えていて、彼に相談しつつ、麗がうっとり眺めていた指輪よりも二回りほど大きなダイヤの指輪を贈ることにした。俺から麗へ贈った事実を、明確に刻んでもらって。

 刻印をどうするか聞かれた時は、めちゃくちゃ恥ずかしかった。店員が男性で本当に良かった。そして、無理を言ってクリスマスイブに間に合わせてもらうようにしたのだった。


 実際、指輪が手元に届いたのはギリギリの23日。

 出来上がって受け取るのが間に合うかという不安と、頑なに婚約指輪は要らないと言っていた麗が受け取ってくれるかという不安。そんな不安を、俺は何度か倉内に話していたのだった。


 同期入社で、新人研修が一緒だったり、色んな部署にたらい回しにされていて、似た様な状況にあった倉内。

 今の職場になるまでは、なかなかゆっくり話す機会が少なかったが、会えば必ず飲みに出かけ、仕事上の悩みを相談したり、多少はプライベートな話もしていたし、同期の中で1番仲は良かったと思う。


 気付けばすっかりプライベートな悩みまで相談する仲になっていた。物理的な距離だけでなく、心の距離も近くなっていた…と言うと、ある種の嗜好をお持ちの方に誤解されそうではあるが、正直ここまで腹を割って何でも話せる関係になるとは思わなかった。

 入社して2〜3年目の頃、2人揃って先輩に言われた言葉が妙に残っているせいかもしれない。


『仲良くしていられるのもどうせ今だけ。あと5〜6年もすれば嫌でも腹の探り合い始める事になるぞ。まぁ、それまで2人ともうちに残っていれば…の話だけれども。』


 その5〜6年後を過ぎた今、倉内とは当時よりも親しくなっている訳だが、もう同期の枠だけの付き合いじゃ無いと言い切れる。


 信頼できる奴に相談して、背中を押してもらって、望んでいた以上の結果がついてきた。本来ならきちんと感謝を伝えるのが筋だろうが、今回は勘弁して欲しい。記憶が鮮明すぎて、思い出したら平常心でいられなくなるのだから…。






「そう言えば重里さんがさ、浅井の事褒めてた。」

「マジか!?」


 話題が変わった事に胸をなでおろす俺がいた。それだけでなく、自分が尊敬する上司に認められるのは素直に嬉しい。


「正確には浅井の事…じゃ無くて麗ちゃんの事かな?」

「は?どういう意味?」

「最近浅井が今まで以上に頑張ってるって、結婚決まったせいかな?だってさ。ついでに、今朝もセンスが良い、オシャレだって言ってたぞ。それ、麗ちゃんの見立てだろ?」

「ああ、クリスマスプレゼントにもらった。」


 結局、話題が変わっていない事に心の中で落胆しつつも、それを隠し、極力平常心を心がける。


「多分、重里さんも気づいてるぞ?浅井が2日連続同じスーツ着てるの珍しいってニヤニヤしながら言ってたから。しかも、シャツとネクタイが浅井っぽくないって。」


 俺、一体どんな顔して重里さんに会えば良いんだ?そう言えば、オフィスを出る時、やたらと微笑ましい笑顔を向けられていた気がしないでもない。もう今更か。


「その直後、土屋が重里さんにバラしてたけどな。『浅井さん、クリスマスにダイヤの指輪用意したらしいですよ〜!改めてプロポーズするそうです!!』ってな。」

「何で土屋が知ってるんだ!?」

「こないだ3人で飲んだ時、酔っ払って言ってたぞ?麗ちゃんが好きだとか惚気ついでに。」


 あの時惚気たのはうっすら覚えている。指輪の事は…記憶にない。それはさておき、そんな話を上司にバラすことないだろう…。


「そう言えば倉内は昨日どうだったんだよ?帰る時、野沢さん飯に誘ってたじゃん?」


 これ以上自分の話をしたく無くて、慌てて倉内に話を振る。


「それ聞いちゃう?」


 倉内は苦笑いだ。何があったというのだろう?


「実はさ、邪魔が入って2人じゃなかったんだよ。昨日あたり、気の利いた店なんて入れなかったから良いっちゃ良いんだけど…結局、土屋が行きたいって言ったラーメン屋に3人で行って、ビールとつまみとラーメン。何故か土屋にまで奢らされて。クリスマスの欠片もないだろ?」

「そりゃ散々だったな。」


 思わず笑ってしまった。土屋らしいといえば土屋らしい。


「だからさ、明日ランチで麗ちゃんとこ行こうと思って。明日あたり、空いてそうだろ?」

「野沢さん、行きたがってたし喜びそうだな。麗にメールしとくよ、昼休み短いから席押さえてもらっておいたほうが良いだろ?」

「悪い、頼むよ。」


 麗にメールを入れようとスマホを取り出すと、大介からメールがあった。明日の夜、飲まないか?という誘いだった。

 大介からのこういった誘いを、俺は3〜4回断っている。実際予定があって断ったのは1回で、後は適当な口実を作って断っていた。嘘をついている様な後ろめたさはあったものの、大介の口から、博之の話を聞くのが怖かったのだ。


「そろそろそういう訳にもいかないよな。」

「浅井、どうした?」

「飲みに誘われた。何度か断ってる友達。結構前に倉内と飲んでて、偶然会った…」

「ああ、麗ちゃんの元彼の話してた…」

「そう。まだ麗との事話してないから、いい加減、話そうと思って。」

「そうか。元彼と会うわけじゃないんだろ?まぁ、気負わず行ってこい。」

「そうだな。そうするよ。」


 丁度会話を終えたその時、注文していた定食が運ばれて来て、俺も倉内も無言で食べ進める。

 昼食を終えオフィスに戻ると、案の定、俺は重里さんに微笑ましい視線を向けられてしまうのだった。






 ***


 翌日、仕事が終わると直ぐ指定された店に向かう。遅れる旨は連絡したものの、ゆうに15分は過ぎている。店に入ると、俺に気付いたらしく笑顔で手を振る大介。もう一方の手にはジョッキが握られているが、既に殆ど空だ。


「遅くなって悪かった。」

「気にすんなって。仕事だろ?だけど、ひっさしぶりだなー。」

「大介、俺、結婚する!」

「そっか、春も結婚かぁ…って結婚!?」


 突然の俺の宣言に、驚きを隠せないらしい。麗と付き合っている事はおろか、彼女が出来た事すら話していなかったので、予想通りの反応ではある。

 なぜ、このタイミングで打ち明けたかと言えば、大介があいつの話をする前に話してしまいたかったからに過ぎない。


 大介に麗との事を話す機会は何回もあった。だが俺は話さなかったどころか彼を避け、隠していたのだ。隠していた事にもちろん後ろめたさを感じていた。それなのに打ち明けなかったのは、博之と大介が繋がっていたからだ。

 俺は博之の存在が怖かった。

 大介に打ち明けたら、博之に知れて、麗に会いたいなんて言い出すんじゃなかろうか…。

 麗が傷付くのが怖かった。博之に傷付けられるのが怖くて、もしそうなってしまった時、俺には何が出来るのか分からなくて、自信がなくて。

 記憶の中の博之と自分を比べては、更に自信を失って…。


 だけれど、時間が解決したというか、彼女との絆が深まったというか、幾つかの要素が相まって…と言いつつも、一昨日の出来事がやはり大きい訳で。


 自惚れとか惚気ではなく、今、そしてこれから、麗にとっての1番は俺なのだ、それを改めて感じて、ようやく自分に自信が持てたのだ。単純すぎて自分でも笑えるが、それが俺なのだから仕方がない。


「彼女が出来たとか聞いてないのに結婚!?俺、春太郎より先に結婚する自信あったのに先越されたのかよ〜!!もしかして、2月頃に言ってた…付き合ってる訳じゃないけど結婚したい…って相手?」

「うん、その時話した相手。」

「マジかー!良かったな!!そのうち紹介しろよ?とりあえず写真見せろ!!」

「…紹介する必要無いかも。大介も良く知ってる相手だからな。」


 そして、俺はスマホのアルバムアプリを起動して、大介に渡した。結納の時の振袖姿の麗と一緒に撮ってもらった写真。

 大介は、ピンチアウトした画面を確認して、驚きの声を上げた。


「ちょっと待て、どゆこと?何で麗ちゃんと春太郎が?」

「高校の同級生。俺と麗と、それに博之も。」

「博之と麗ちゃんって、高校の同級生?…大学の頃から付き合ってるって聞いてたから、てっきりその頃の知り合いだとばかり…」


 少しの沈黙の後、大介はいつもの調子を取り戻した。


「最近付き合いがやたら悪りぃと思ったら…そういう事になってたのかよ!?」

「黙ってて悪かった。」

「今思えば、俺が言い難い状況作ってたんだよな。博之(元カレ)の未練がましい話なんて聞きたくなかっただろ…。」

「…まぁ、聞いていて気分の良いもんじゃなかったけど、何も知らないより知っておきたかったから。それに、俺が麗と付き合うきっかけになったのも、大介から聞いた婚約指輪と結婚指輪の使い回しの話だし。俺、博之と麗が付き合ってたの知らなくてさ、正月に高校の同級生と飲んでた時、本人の前でその話したんだよ。周りはみんな知ってたから、翌日呼び出されて滅茶苦茶非難されて…麗の番号教えてもらって、謝罪を口実に会うようになって…だから大介には本当に感謝してるよ。今の俺たちがあるのはお前のお陰。お前が博之の事教えてくれなかったら俺と麗が結婚することなんてなかったと思う。麗も、『竹内くんありがとう!』だってさ。まぁ、大元を辿れば、麗との婚約を破棄してくれた博之にも感謝だな。」

「麗ちゃん…幸せそうだな。」


 大介は大きく息を吐いた。その表情には安堵の色がうかがえる。


「麗ちゃんの事、気になってたんだ。俺だけじゃなく、俺の彼女も。すげぇお世話になってたし、博之はあんなんだし。だけど、本当に良かったー。春太郎なら安心して任せられる!って俺が言うのも変だけど、彼女も麗ちゃんが元気だって知ったら絶対喜ぶ。マジで安心したわー。」

「色々あったけどな、今はもう大丈夫。麗は俺が幸せにするから任せとけ!」


 すると突然、大介の表情がガラリと変わる。珍しく真剣な面持ちだ。


「だったら、それ直接本人に言ってやってくれよ。可能であれば麗ちゃんも一緒に。」

「は?どういう事?」

「博之は未だに麗ちゃんの事愛してるらしいぞ。そんな不毛なこと辞めて、嫁を愛してやれと言ってるんだが全く聞く耳持たなくてな…。あいつは現実を見るべき。そして、自分のやってきた事とも、嫁とも向き合うべきなんだよ。そのキッカケを春太郎が与えてやってくれないか?」

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