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84. Presente di Natale

 細々としたミスが幾つかあったものの、どれもお客様に気付かれたり迷惑になる前にフォローし、無事にクリスマスイヴの営業が終了した。

 ホッとしたのも束の間、片付けと翌日の準備が待っている。ナプキンやテーブルクロス、おしぼりを回収し、グラスやカトラリー、食器を下げる。掃除機をかけ、クリーニング済みのテーブルクロスを再びテーブルにかけたところで、支配人に声をかけられた。


「お疲れさーん、上がれる奴から賄い食って上がれよー。明日の昼はかなり落ち着くだろうから今日はもう最低限の片付けと仕込みで良いぞー。みんな早く帰って寝ろよー。」


 丁度キリの良い所で作業を止め、厨房へ向かう。厨房の一角に賄いコーナーが設けられ、皆思い思いに食べたい物を取っていく。

 事故があったときのため、予備として確保してあったコースのメニューは若い子達に譲り、賄いの定番ミネストローネとフォカッチャのサンドイッチを少しつまんだ。

 ずっと美味しそうな香りの中にいたせいかあまりお腹が減っていないし、お店で出しているものを食べる事も勉強だから、私が食べるより、学生3人に食べてもらったほうが有意義に決まっている。

 それに加え、式まであと3ヶ月。先日選んだドレスのデザインを考えたら、ちょっと控えようかな?なんて気分になってしまうのがオトメゴコロというもの。


 式は和装だからいいけれど、問題はこの店で行う二次会だ。

 先日選んだドレスは、ビスチェでエンパイアで背中がガッツリ開いている。とりあえず背中の肉は落としたい。

 最近のドレスのデザインとして、上半身はビスチェタイプのものがかなり多いので、ビスチェはまぁ想定内だとしても、ガッツリ開いた背中と、エンパイアラインは自分でも意外な選択だった。

 選んだドレスは、一見シンプル且つナチュラルに見えるもの。だけど、よく見れば胸元のビーズの刺繍とか、スカートに散りばめられたパールとか、背中のリボンとかディテールに拘ったデザインが素敵過ぎて実は一目惚れしたドレスなのだ。母達も気に入ってくれて本当に良かったと思う。

 とは言え、背中の肉も気になるし、二の腕も気になるし、エンパイアラインって一歩間違えれば妊婦っぽく見えてしまうので、着こなすためには努力が必要なのである。


 美味しいものを食べたり飲んだりする機会も多いこの時期、気を緩めたら大変な事になるのが目に見えている。それを防止する為にも、賄いはさっさと済ませてこの場から離れるのが正解だ。




 その後、細々した今日のうちに片付けておいた方が良いであろう仕事を片付け、着替えて店を出たのが日付の変わる15分前。

 ギリギリ日付が変わる前には帰宅出来そうだ。それにしてもみんなソワソワしているのは気のせいだろうか?


 店の近くに停まっていた1台のバイクを見て瀬田さんは表情が変わり、長尾さんは「じゃ、お疲れ!」と急ぎ足で去っていく。支配人はそそくさとタクシーを拾って笑顔で乗り込み、ソムリエはワインボトルを抱え、足取り軽く帰って行く。


 そんな皆に「お疲れ様でした!」と笑顔で挨拶して私も家路を急ぐ。誰が待っているでもないけれど、急ぎたい気分だ。皆のソワソワとかウキウキがうつったせいかもしれない。


 起きているか分からないけれど、春ちゃんに電話をしてみようかな?


 無性に彼の声が聞きたくなり、カバンの中から手探りでスマホを探す。指先でそのフォルムを確認し、取り出そうとした時だった。


「麗、お疲れ。」


 今正に、聴きたいと思っていた声が背後から聞こえる。なにこれ!幻聴?そうじゃないといいなぁ…なんてワクワクしながら振り向くと、その声の主が笑顔で立っていた。


「春ちゃん!?どうしたの?」

「残業。で、今帰り。ちょっと話があるんだけど…。」

「……どこもみんな閉まってるし…うちでいい?」

「ごめん、そのつもり。ケーキも用意したし。」


 思いがけぬクリスマスプレゼントに1日の疲れも吹っ飛ぶ。手袋越しに繋いだ手も、心もぽっかぽか。風の冷たさすら気にならないくらい、嬉しくて頰も目尻も緩んでしまう。




 帰宅して、エアコンとアロマオイルを数滴垂らした加湿器のスイッチを入れる。

 疲れて帰って部屋が汚いと疲労感が倍増した気がするから…そう思い、出勤前にある程度部屋を片付けてから家を出る習慣をつけておいて良かった。


「ケーキ用意してくれたなら、紅茶淹れよっか。ダージリンとアールグレイ、どっちが良い?」

「実はこんなんも用意してるんだ。せっかくだから、紅茶じゃなくてこっち飲まないか?」


 春ちゃんはそう言ってピンク色のエチケットのハーフボトルを取り出した。

 私は、フルートグラスとお皿とナイフ、フォークを用意する。

 テーブルの上には、直径12cmのチョコレートのグラッサージュが輝くケーキ。頭に金箔をちょこんとのせたフランボワーズと、モミの葉の飾りとゴールドの"Merry Christmas"のピックが飾られている。

 グラスにロゼのシャンパーニュを注ぎ、付属の細いキャンドルをケーキに立てて火をつけ、部屋の照明を少し絞る。


「Merry Christmas!」

「春ちゃん、残業お疲れ様。」

「麗こそお疲れ。こんな時間にごめん。」

「そんな事ないよ。会えると思ってなかったからすごく嬉しい。」

「そう言ってもらえて俺も嬉しいよ。ところでさ、誕生日ケーキのロウソクは吹き消すけど、クリスマスケーキのロウソクってどうするんだろうな?そもそも、クリスマスケーキってロウソク立てるもんだっけ?」

「そう言われたら扱いに困るね。だけど、綺麗だからいいんじゃない?」

「それもそうだな。」


 2人で笑うたび、炎が揺らめく。ロウソク越しの春ちゃんの笑顔はいつも以上に温かくて癒される。どちらからともなくロウソクを吹き消して、ケーキを切り分ける。それからなんとなく乾杯して。

 サーモンピンクのグラスの底から立ち上る一筋の泡。口に含むと鼻腔に抜ける赤いベリーの香りと程よい酸味。甘酸っぱくて濃厚なチョコレートのムースと合わさると、相乗効果で香りが広がる。疲れた体に染み渡る甘味と香りとアルコールで、あっという間にほろ酔い気分。


 大好きな人と美味しいものを一緒に食べて過ごす幸せ。


 夜中に食べてはいけない気もするけれど、今日はクリスマス。せっかく春ちゃんが用意してくれたんだから固い事は言わない。「ダイエットは明日から」とか「明日から本気出す」とはまさに名言。


「来年は…一緒に過ごしたいな。もっとクリスマスっぽく…さ?」


 遠慮がちに言う春ちゃん。やっぱりそうだよね。こうして今一緒にいるのは彼が今年もそうやって過ごす事を望んでいたかった何よりの証拠だろう。


「残業って言ってたけど…本当?」

「本当だよ、今週の金曜が仕事納めだからさ。まぁ定時に上がっても麗が終わるころ会いに来るつもりでいたけど。」

「来年もクリスマスは仕事かもしれないけど…もっとクリスマスっぽく過ごそうね。」

「来年は一緒にツリー買に行って部屋に飾ろうな。」

「うん。約束。」


 笑顔で小指を差出せば、彼も同じように笑顔で小指を絡め、約束の厳守を誓う。来年はどんなクリスマスを過ごすんだろう。






「麗、ここに座って。」

「なになに?」


 洗い物を済ませて部屋へ戻ると、春ちゃんがソファをポンポンと叩く。心なしか緊張したような、だけどワクワクを抑えられない、そんな嬉しそうな表情だ。

 言われた通り、私はソファに腰を下ろす。春ちゃんは目を瞑り、深呼吸をする。目を開けた春ちゃんの顔から笑みは消え、すごく真剣な眼差しを私に向けている。


「麗…」


 私の名前を呼んだかと思えば、急に私の正面の床に膝をついて身を屈めた。え…ちょっと待って…と思った瞬間、私の左手を取る。春ちゃんの瞳に映る私。


 これって…もしかして…


「もう答えは知ってるんだけどさ、言わせて……”WILL YOU MARRY ME?”」

「うん、もちろん…春ちゃん…ありがとう…。」


 春ちゃんからの再プロポーズ。ちゃんと答えなくちゃと思っても、声が震えて、うまく言えない。目の前でニカッと笑う春ちゃんの顔がどんどんぼやけていく。

 左手の薬指の指先にに感じるヒヤリとした感覚。それが指の付け根まで来た時、温かくて柔らかいものが指に触れる。

 右手で涙を拭えば満足そうな表情で私の顔と左手を交互に見ている春ちゃん。


「これって………」


 私の左手薬指には、大粒のダイヤが輝いていた。


「本当は欲しかったでしょ?婚約指輪。」

「何で知ってたの?」

「結婚指輪探してるとき、麗めっちゃ見てたし。」

「これ、いいなぁって思ってたやつ?…なんでわかったの?」

「だって、麗こればっかり見てた。」

「春ちゃん…大好き!本当にありがとう!ショーケースで見るよりも、ずっとずっとダイヤモンドが大きい…すごく綺麗…。春ちゃんって、私の事なんでもわかっちゃうんだね?」

「まぁ俺は麗しか見てないからな。」


 今まで見た中でも、1番と思える程、嬉しそうな春ちゃんの笑顔。その笑顔をもっとちゃんと見たいのに、嬉しすぎて、涙が止まらない。


「ちょっと、外して内側見てよ。」


 春ちゃんに涙を拭いてもらい、私の指にぴったりはまった指輪をゆっくり外す。


「きゃー何これ?”SHUNTARO LOVES URARA”?」


 指輪の内側に刻印された文字。イニシアルではなく、ハッキリと刻まれたメッセージ。そこに含まれているのは紛れもなく彼の名と私の名前。

 嬉しくて、だけど恥ずかしくて。


「これなら使い回し出来ないだろ?」


 悪戯っぽく笑う春ちゃん。照れ隠しのブラックジョークが私にとってはすごく嬉しくて。だって、それだけ色々考えてくれたって事だから。


「流石春ちゃん!」


 もう、幸せすぎてどうしたら良いんだろう…。


「じゃあ、俺帰るよ。夜中にごめんな。」

「帰るって…どうやって?終電はとっくに…」

「タクシー拾ったらあっという間だし、気にするなって。」

「帰っちゃ…ヤダ…。」


 思わずこぼしてしまった本音。私達の間に微妙な空気が流れる。


「ほら、私、まだプレゼント渡してないし…」


 気まずさに慌てて立ち上がり、用意していたプレゼントを取りに行く。


「帰っちゃダメってさ、泊まって良いって事?」

「これ…気に入ってもらえたら嬉しいデス…」


 返答に困った私は、用意していたプレゼントを差し出した。


「俺、色々自信ないよ?」

「色々迷ったけど、普段使ってもらえるものが良いかな?って思って…」

「例えばさ、我慢する自信とか?それに寝る時寒いの苦手だし。」

「サイズ、弥生さんに聞いて調べてもらったから、多分ぴったりだと思うんだ…」

「それでも…泊まって良い?」

「とにかく、開けてみてよ。気に入ってもらえたら嬉しいな……」


 ちょっと私をからかうような、ちょっぴり意地悪な口調の春ちゃんと、恥ずかしくて、春ちゃんの質問に素直に答えられない私。そんな噛み合わない会話に終止符を打ったのは少し困った顔をした春ちゃんだった。


「…やっぱさ、麗からのクリスマスプレゼント開けて見たら今日は帰るよ。…ほら、明日も仕事だけど、俺、着替え持ってきて無いし。下着とか靴下はコンビニでも買えるけどさ、流石に2日間同じ格好で出社するのはさ、なんて言うか…色んな意味で微妙だし………」


 そう言いながら私のプレゼントを開け、中を見て硬直してしまった春ちゃん。


「麗さん、俺が帰る口実、無くなっちゃったぞ…?」


 少しの沈黙の後、春ちゃんはそう言った。


「春ちゃんさえ良ければ…。冬用の布団は一組しか無いけど…私、寝相はそんなに悪くない筈だから。」

「確認するけど…俺、我慢出来ないと思うよ?それでも麗は大丈夫?」


 お互い年甲斐もなく頬を赤らめてしまっている。自分の顔を鏡で見たわけではないけれど、見なくてもこんなに熱いのだから、真っ赤な顔をしているのは明らかだ。


 私はその熱に心地良さを感じつつ、彼の言葉にゆっくり頷いた。

今回に引き続き、次回もイチャイチャ回の予定です。

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