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83. お仕事なクリスマスイヴ

「ランチはマダムが多くて良かったです…。カップルばっかり見てたらメンタルやられちゃいますよぉ…。」

「昨日の夜はしんどかったっす…リア充を爆発させたくなる気持ち、初めて理解出来ました…今日もカップルだらけなんだろうな。」

「クリスマスにこういうオシャレなレストランでディナーとか憧れるんで、気持ちはわかるんですけど…やっぱりカップルばかりだと思ったら気が滅入ると言うか…辛いです。自分が負け組って思い知らされた〜みたいな感じです。」


 今日はクリスマスイヴ。怒涛の13連勤の中で最も重要というか過酷な1日となるであろう日だ。

 ランチ営業は無事に終了。ここからが本番だというのに、ディナーの営業前から音を上げているのは入社予定の学生3人組。先週末から冬休みになり、フルで出勤してくれている。


 テーブルセッティングはベテランのバイトさんに任せ、学生3人組とその教育係である長尾さん、瀬田さん、私は店にあるグラスを端からひたすら磨き上げている。

 営業中は接客で手一杯な上、いつもとは比べ物にならない程ワインが出るので、グラスは可能な限りたくさん用意しておきたい。


「始まる前からそんな事言ってたら余計キツくなるよ〜。この仕事はクリスマスも仕事ってのは宿命だからさ、早いところ諦めた方が身の為よ~。それにこの3日間は自給2割増しでしょ、若人よ、頑張れ!」


 フロアチーフの長尾さんが笑顔で喝を入れ、瀬田さんがそれに続く。


「クリスマスディナーしてるカップルが勝ち組とは限らないよ?クリスマスディナーするよりも時期外して普通にディナーした方がゆっくりできるし良いじゃない。クリスマスはうちみたいにコースのみって店も多いしね。そのコースもクリスマス価格でコスパはイマイチだし…食材もこの時期クリスマス価格になっちゃうから仕方ないんだけど。」


 間違いない。純粋に食事を楽しみたいなら、敢えてクリスマスを外すのが正解だと私も思う。


「メニューだけじゃなくてサービスもそうですよね。…サービスする側の疲労度もいつも以上ですから、同じ気持ちでとは思っていも、思うようなサービスは出来ませんよね。実際自分もミスとかトラブルが起こらないようにするので精一杯というか…。普段の方が余裕ある分、納得のいく接客が出来ますし。」


 お客様が増えれば、サービススタッフ1人当たりの担当するテーブルが多くなるので、普段ならこちらから気付ける事にも気付かず、お客様に声をかけていただくことになってしまうなんてのはよくある話。

 あの時ああすれば良かったということが増えると、やっぱりモヤモヤするんだよね。

 クリスマスに限ったことではないけれど、混雑時は2時間の時間制限を設けさせていただいているから、時間になると店を出てもらわなくちゃいけなくて…そのお声掛けする時はなんだか追い出すみたいで嫌だし。


「だけど、虚しくなりませんかぁ?アレもこれも精一杯でテンパっているのに、目の前でカップルがイチャイチャしてるの見ると、私ってクリスマスに何してるんだろう…って。」

「確かに…俺、クリスマスはバイトで会えないって言ったら彼女にキレられたんすよ。だから余計虚しいって言うか…。」

「うわぁ…それもキツイですね。私の場合、一緒に過ごす人がいないからバイトなのが逆にありがたいですけど…でも、至近距離でイチャつかれるのは正直メンタル削られます…。」


 お客様のイチャイチャ…あんまり気にならないかも。どうでもいいって言うか興味ないって言うか、プランナー時代にある程度耐性も出来ているせいかもしれない。

「クリスマスは仕事」って感覚がしっかり植えつけられちゃってるんだろうな。社会人になって10年。クリスマスが休みだった事はない気がする。去年は勿論ここで思いっきり仕事だったし、一昨年以前も仕事。クリスマスとかイヴに夕方から式を挙げるカップルの担当も何度かしてるし、クリスマスに試食&説明会って年もあったし。

 若者3人の意見に全く共感できない私。


 だけど…春ちゃんもクリスマス、一緒に過ごしたかったよね。指輪買に行った時、私が仕事だって言ったらすごく残念そうだったし…。

 一応、プレゼントは用意してある。バカの一つ覚えみたいだけど、今回もネクタイ。せっかくなら喜んで使ってもらえるものが良い。それにシャツを組み合わせてみました。今度会う時…年末になっちゃうけど…渡すつもり。


「フロアチーフや先輩方はそういうの無いんですかぁ?」

「勿論無いわね。」

「そもそも、クリスマス休みでも大したメリットは無いからなぁ…他人のイチャイチャにもキョーミ無いし。」

「飲食店に於いてクリスマスは掻き入れ時ですしね。」

「マイナス思考じゃ良いサービス出来ないよ~!ほら、目の前でイチャつかれてもお客様はお客様。割り切って楽しまなきゃ損だよ~!!」


 長尾さんが再び喝を入れる。マイナス思考じゃどうしてもミスとかしちゃうしね。


「3人とも質問する相手間違ってるよ。理解ある彼氏がいる人たちにそんな質問しても同意はしてもらえないから…。どうせ帰ったら彼氏が待ってて、一緒に過ごしてたりして…?」


 珍しくソムリエが会話に加わったと思ったらとんだ爆弾発言を…あれ?長尾さんも瀬田さんも目が泳いでる…長尾さんは彼氏と同棲中だからそうだろうけれど、瀬田さんも図星ですか!?


「「「……あぁ…なるほど。」」」


 妙に納得する3人。心なしか、先程よりもテンションが下がってる気がするのは気のせいでしょうか…?


「クリスマスにデートするって日本人だけって言うし。カップルなんて気にせず、クリスマスならではの仕事の楽しみ方を見つけたら良いんじゃないかな。」

「…楽しみ方、ですか?」

「ちなみにソムリエの『クリスマスならではの仕事の楽しみ方』って何ですか?」

「そりゃワインだよ。クリスマスこんな所に来る男性のお客様は大概気合入ってるからね。自分ではなかなか手を出せない銘柄とか、運が良ければ凄いの開けて下さるお客様もいらっしゃるし。クリスマスは僕にとってワイン祭り。だからカップル大歓迎!だよ。」


 ソムリエの楽しみ方に納得。今年も思いっきり楽しんでいらっしゃるようで…昨日はスーパートスカーナの注文が入ったってスキップしそうな勢いでセラーに向かってましたよね?


「おーい、少し早いけどブリーフィング始めるぞー。」


 支配人に呼ばれ本日の打ち合わせ開始。予約状況、メニュー変更の際の注意点、キャンセル対応について再度全員で確認をする。


「今日乗り越えたらだいぶ楽になるからなー。忙しいからって手を抜くなよ。くれぐれもお客様へ失礼のないように、気を引き締めていくぞー!」






 ***


 アミューズはカクテルグラスに入ったアボカドとサーモンのタルタル。表面には少し塩をきかせて7分立てにした生クリームがうっすら流してあり、赤と黄色のマイクロトマトと、イタリアンパセリのトッピングがカラフルで食欲をそそる。

 食前酒にはアミューズにもよく合う辛口のスプマンテをお勧めしている。


 アンティパストミストは色々な味わいを少しずつ、たくさん楽しめる一皿。小ぶりなミディトマトの中をくり抜いて角切りのモッツァレラとジェノベーゼソースを詰めたカプレーゼ。フィロ生地のタルトはオマールとマスカルポーネ。ターキーのスモーク、クランベリーのソース添え。キウイの生ハム巻き。フォラグラを閉じ込めたブロッコリーのムースと盛りだくさん。


 プリモピアットはズッパ・ディ・ペッシェ。イタリア風ブイヤベースをアレンジして、魚介のダシが効いたサフラン風味のトマトのスープに、ソテーしたスズキ、イカ、エビ、ワイン蒸しにしたムール貝とカニの爪、それからコンキリエを浮かべて。

 アツアツのスープにはきりりと冷やした白ワイン。ちょっとお高めだけど、魚介と良く合う。魚介には白が定番だけど、ワインによっては合わせた時に魚介の生臭さが悪目立ちしてしまうものもあるから、白なら何でも良いわけじゃない。自他共に認めるイタリアワインマニアのソムリエが選んだ1本。クリスマス限定でグラスで提供しているのもポイント。


 セコンドは北海道産短角牛のタリアータ。赤身を楽しむお肉をガーリックとローズマリーの香りを移しつつ焼き上げ、薄くカット。添えられたルッコラたっぷりのグリーンサラダは、ほんのり甘いバルサミコドレッシングで和えてある。

 軽めの赤はフレッシュ&フルーティで、あっさりしたタリアータとの相性抜群。


 ドルチェは盛り合わせ。白いリコッタのセミフレッドにはピスタチオと赤いベリーがたっぷり。クリスマスらしいスパイスクッキーは雪の結晶モチーフで、アイシングとグラニュー糖のお化粧がキラキラして凄く可愛い。店の定番、トルタ・ディ・チョコラータとオレンジソースのパンナコッタ。イタリアの有名なクリスマス菓子、パネトーネもスライスして添えられた5点盛り。

 エスプレッソまたはアメリカーノ、紅茶のうちいずれかをお選び頂いてコースは終了。


 瀬田さんの言う通り、通常時と比べたらコスパは良くないけれど、手間暇かけて丁寧に作られているので、見た目も味も折り紙付き。

 あ、もちろん自家製フォカッチャも付きます。美味しいからって食べ過ぎると、デザート前にお腹いっぱいになってしまうので要注意。


 試食で色々食べさせてもらったけれど、どれもこれも美味しい。学生3人はお客様のイチャイチャが辛いと言っているけれど、クリスマスデートで連れてきてもらったら、夜景こそ見えないけれど、店内の雰囲気も良いし、料理も美味しいし、盛り上がっちゃうのは仕方ないと思う。それってつまり、店に好印象を持ってもらったって事だから喜ばしい事だと思んだけどな。


 お客様の傾向としては、初めてのお客様がほとんどで、あのお客様見た事あるかも…という方がちらほらといらっしゃるものの、顔と名前が一致する常連さんはお見かけしない。年齢層も何時もよりも低め。普段こういう所で食事しない人が、これを機に気に入って、「記念日はここ!」って利用してくれたら素敵だよね。


 丁寧に、だけどあくまでデートの邪魔にならないように料理の説明やワインをオススメする。タイミングを図るのが難しいけれど、それがぴったり噛み合った時、凄く楽しい。料理を出した時の反応や、下げる時に頂いた感想はタイミングを見て厨房のスタッフに伝えながら。戦場の様な厨房でも、ふっと笑顔が溢れ、私も笑顔に。そのままお客様の前に立ち、お客様からも笑顔を頂く。この仕事の楽しいところ。それが私なりのクリスマスの楽しみ方かもしれない。


 あの3人も、何か感じるものがあったのかもしれない。今日の笑顔はいつもと違う気がした。

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