81. 専門家
「こいつ中学の時からの友達の直太郎。時々一緒にテニスしてるんだ。直…彼女が俺の婚約者の麗。」
「…マジか!?っつうか、彼女も一緒なら事前情報をくれ!」
春ちゃんとお付き合いして早10ヶ月。
もうすっかり慣れたとは言え、お約束のリアクション。春ちゃんのイメージって一体…と、彼の友人に紹介される度思ってしまう。
それにしても、今日私が一緒に来て良かったのかな?
リノベーションの話はどこいった?
春ちゃんがお友達と待ち合わせをしていたのは、彼の家の割と近くの焼き鳥屋さん。昔ながらの赤提灯が下がっていて、店内は炭火で鶏を焼く香ばしい香りと煙で充満している。カウンターは常連らしきお客さんでいっぱい。みんな楽しそうに大将と話している。
だけど私も一緒で良かったのかな?色々予定狂うよね。なんか申し訳ない…。
「初めまして…八重山 麗です。今日は急に私までご一緒する事になってすみません。」
兎にも角にも、ご挨拶をしなくては。私のせいで春ちゃんのイメージが悪くなったら嫌だもんね。
「いやいや、こっちこそこんな汚くて男臭い店でごめんね。女の子が一緒ならもうちょっと気の利いた店で…って思っただけだから。それに初めましてじゃないよ。啓の家で何度かご一緒してるから。…啓の家の設計に携わった友達って言ったらわかるかな?」
「おい直太郎、汚なくて男臭い店で悪かったな!」
どうやら彼も常連らしい。すかさず大将のツッコミが入る。こういうお店こそ、普段は入りにくいからありがたい。きちんと手入れされた店内は清潔感もあって、決して汚くなんてないし。
初めましてじゃないと言われ、急いで思い返してみる。岡崎くんの友人で…家の設計…?思い当たる人はいる。記憶の中のその人のイメージと、目の前にいる人とはイメージが違うけれど、その人も岡崎夫妻に「直」とか「直くん」と呼ばれていた事を思い出し、恐る恐る尋ねた。
「もしかして…建野さん?」
「そうそう、去年の夏、啓んちで流し素麺とかタコパとかに乱入していた直くんです!」
どうやら私の記憶は間違っていなかったらしい。良かった。
去年の夏…私が精神的にかなりまいっていた頃。
岡崎くんや山内くん、貴子が私を元気付けようとしてくれて…。ちょうど家を建てたばかりの岡崎くんのところで集まる事が多くて、何度か建野さんとはご一緒している。
今思うと、決して愛想が良かったとは言えない。あの頃の私の精一杯ではあったけれど。
それはさておき、建野さんってこんな人だったっけ?ビジュアルのイメージが違うような…。もっとピシッと言うか、カチッとした感じだった気が…。
「建野さん、なんか雰囲気変わりましたよね…?」
思い切って聞いてみたら恥ずかしそうに笑って答えてくれた。
「今日はテキトーな格好だからね〜。前は割と気合を入れて…今日はコンタクトじゃなくて眼鏡だし。こんな格好でごめんね。春が結婚するらしいって話は噂には聞いてたけど、まさか麗ちゃんだったとはね〜。」
女の人だけじゃなく、男の人も服装とかでこうもイメージが変わるものなんだ。見た目こそイメージとは違うけれど、建野さんは相変わらず底なしに明るい。
以前お会いした時は、正直疲れてしまうと思ってしまった建野さんの明るさも、今日は単純に人好きのする明るい人だなぁと思える。あの頃の私は、自分で思っていた以上に弱っていたらしい、と改めて思い知らされる。
これも春ちゃんのお陰だよ、ありがとう!なんて心の中で思ってちらっと彼に視線を向ければ、春ちゃんがちょっぴり拗ねた顔をしていた。
私が顔を覗き込んだら、「なんでもないから!」なんて聞いてもいないのに慌てるのが可愛い。
…もしかして、妬いてた?もしそうなら嬉しい。ヤキモチ妬いちゃうのはいつも私だから…。
「もしかして春ちゃんの言ってた専門家って…?」
「そう、こいつな。麗、さっきお父さんにもらった書類の中に図面も入ってたよな?」
「なになに?仕事の依頼?」
「リノベーションしてここに住むことになってさ。結構大がかりにしたいんだけど。」
鞄からファイルを取り出し、それらしきものをすべて取り出し、テーブルの上に並べる。建野さんはそれを1枚ずつ手に取り眺めていく。今までの雰囲気とは違う鋭い視線。プライベートモードから仕事モードに切り替わった感じ。
岡崎くんもゆかりちゃんも、建野さんにお願いして本当に良かったって言っていた。
岡崎邸はすごく居心地がいい。陽の光が良く入るし、窓も大きく解放感があって気持ちいい。それでいて、きちんとプライバシー面でも配慮されている。それからみどりちゃんに危険がないように配慮して設計してくれたそうだ。家事動線も良いし、実際の面積よりも広く感じる様な工夫、岡崎夫妻自慢の家。
「水回りの位置さえ大きく変えなきゃいくらでも自由は利くと思うよ。この造りなら壁ぶち抜いてリビング広くしたりとかも可能だね。で、希望は?予算とかも決まってるなら聞かせて。」
「それがさぁ、実はさっき降って湧いた話で何にも話ししてないんだよね。だけどさ、話が盛り上がってこうしよう!って決めたのに出来ませんってなったらショックじゃん?で、いろいろ聞きたいなぁって思ってさ。予算も…未定。だけど、家買ったり、借りたりする必要がなくなったからそれなりに用意できるとは思うんだけど。」
「出来ないことでも出来る限り施主さんの希望に沿うのが俺らの腕の見せ所なんだけどね。春のそれなりがどんなもんか分からないけど…ここと同程度の物件に賃貸で10年住む事を考えたら、結構好きにできるんじゃないかな?延べ床面積なら戸建ての啓のとことほぼ変わらない…むしろこっちの方が広いかも。」
なんかプロっぽいよ、建野さん。プロっぽいじゃなくてプロなんだけど…。そんな建野さんはテーブルの上に並べられた書類をいくつか手に取った。
「これ、コピーさせてもらっても良い?OKなら飲む前にそこでコピー取ってきたいんだけど…原本汚したら嫌だし。テキトーに料理頼んで待っててくれない?」
もちろんOK、私達がそう答えるとすぐに彼は席を立って店を出て行った。
「なんか今更だけど…直にお願いするって事で良いかな?」
「勿論だよ、岡崎くんもゆかりちゃんも建野さんのこと大絶賛してたし。実際建野さんが設計した岡崎くんち見ても、良いなぁって思うもん。それに春ちゃんの友達なら安心でしょ?」
生活の基礎である衣食住の住は大事なこと。大事なことは信頼できる人にお願いしたい。春ちゃんが話を持ちかけてからのレスポンスもいい感じだし、言葉の端々にプロとしての意識の高さも感じる。
そんな建野さんは私達が料理も注文する間もなく戻ってきた。
「で、とりあえずそれぞれの希望聞かせてくれる?漠然としてても、具体的でも、意見が違ってても良いから。酒の席で思いつくままに話すってノリで構わない…っていうかそういうのが欲しいかな。それと、先に言っておくけど、気に入らなかったりとか、親関係の知り合いとか余所で頼まざるを得なくなったら、俺に気を遣うことなく余所にお願いしてもらって良いから。そりゃ仕事もらえたらありがたいけどさ、まぁ色々あるじゃん?付き合いとかしがらみとか。断られてもこういうのって勉強になるし。今後の仕事にもつかえるアイディアに繋がったりもするから無駄にはならないから。」
そういう事言える人ってきっと自分の仕事に自信があるんだよね。なんだか余計にこの人に頼みたいって思うのは私だけじゃないはず。
「リビングは広い方が良いなぁ…。」
「私もリビングは広い方が良いな。それで、壁は漆喰か珪藻土の塗り壁にしたい。」
「お、賛成。キッチンは麗の好きにしていいぞー。」
「キッチンかぁ…収納がたくさんあったら嬉しいかな。掃除は楽な方が良いし…アイランドキッチンにも憧れるけど、あの天井からぶら下がった換気扇が嫌なんだよね…匂いとか汚れも広がるって言うし…」
「それ俺も嫌だな…。」
「それならね、いいのがあるよ。この部屋の作りにも最適。ここの壁を取っ払って、向きを90度変えてこっちをキッチンにしちゃうの。で、既存のキッチンの一部を家事室にして、洗面所とも行き来できるようにしてね。…シンクとコンロはこの壁側に寄せて…どうしても対面が良いならこちら側にしても良いんだけど、敢えて対面じゃなくするメリットは大きいよ。」
「でもそうするとリビング狭くなるんじゃねぇの?」
「だからこっちの和室の壁も取っ払ってさ、フローリングにして…イメージとしてはこのアイランド風のとこがダイニングテーブルを兼ねてだね、ダイニングとリビングが割とはっきりエリア分けされるし、ここに観葉植物でも置いて、パーテーション立てれば独立型キッチンっぽくもなるし。まぁ4LDKが3LDKになっちゃうデメリットもあるけど。」
「確かに、デメリットかもしれないけど、リビングとつながった和室ってぶっちゃけ微妙だよな。独立した和室として使うの難しいし、部屋としてカウントする必要ない気がするし。」
「家族で住んでた時も、ここはリビングの一部って感じだったよ。独立した部屋として使うのは誰かが泊まりに来た時位かな。だから3LDKになるデメリットってほとんどないと思う。」
ビール片手に焼き鳥や野菜の串焼きをつまみながら、思いつくまま希望を挙げる。
建野さんはコピーを取りに行ったコンビニでノートとペンを買ってきたらしく、春ちゃんと私の話した内容をどんどん書き込んでゆく。そんな私達の希望を汲み取った上で、建野さんが素人では思いつかないアイディアを提案してくれる。
あれがいい、これはちょっと、そういうのも捨てがたいよね…なんてワイワイ話すのは楽しい。夢や妄想は膨らむばかり。
春ちゃんと私の希望も今のところ、だいたい同じ様な感じ。なんとなくそんな気がしていたけれど、実際そうだとわかると嬉しい。
「こっちとこっちが将来的には子供部屋になるのかな。で、こっちが夫婦の寝室?バス、トイレの場所はそのまま。大きく変えるのはリビングと和室とキッチン。…平面図っぽくしたらこんな感じ?」
フリーハンドでサラサラと彼が描いたのは、住宅情報誌や不動産屋などでよく見かける部屋の見取り図のような物だった。
それから、スマホを取り出し、写真を見せてくれた。
「キッチンはこんな感じね。施主さんにも結構好評だったよ。使いやすいって。」
話を聞いただけでは、ぼんやりとしかイメージできなかったキッチンも、写真で見るとなかなか良さそう。
さっきまでは漠然としていたことが、どんどん現実味を帯びてゆく。
「へぇ…こういうことなんだ。なんかいいじゃん、広そうだし。これなら2人で洗い物しても狭くないよな。」
「2人で洗い物しても狭くないと思うよ。だけど、食洗機は欲しいでしょ?麗ちゃん。」
「食洗機は欲しいなぁ。もちろんビルトインで。それからオーブンもビルトインのガスオーブンだったら良いなぁ…なんてわがまま?」
「食洗機、付けないで後悔する人多いよ。ビルトインじゃないと結構場所とるからね。オーブンも、ガスは火力が違うらしいね。俺は料理しないからわからないけど、料理好きな人は付けて良かったって声聞くなぁ。」
「じゃ、どっちも付けようぜ?洗い物は食洗機に任せる、うん、それが良い。」
「洗い物する手間が省ける分、イチャイチャしちゃうわけ?」
「そりゃ新婚だからな!」
春ちゃんはものすごく良い笑顔で肯定した。
いやいや、そこは否定しようよ…もうちょっと恥じらいを持ってもいいと思うよ…。建野さん、ニヤニヤし過ぎです。そんな顔で私と春ちゃんを交互に見ないで下さい。恥ずかしくて、顔から火を噴きそうです。
「とりあえずそんな感じで。本当にうちでしてくれるなら、酔ってない時に連絡してよ。事務所に直接来てもらっても良いし。…それにしても、麗ちゃん、なんか前とイメージ違うんだけど…明るくなったって言うか。やっぱ春の影響?こいつ、明るいだけが取り柄だからな〜。」
「それ、直にだけは言われたくないな…直だって似た様なもんじゃん。実際、俺ら2人まとめてそんな扱いされてたし?」
「いやいや、一緒にするなって。」
2人のやり取りが微笑ましい。
春ちゃんの中学校時代の話とか、最近の話とか、建野さんは私の知らない春ちゃんをたくさん教えてくれた。
楽しくて有意義な時間はあっという間に過ぎる。それにしても今日は本当に濃い1日だったなと、地下鉄に揺られながら思い返し、帰宅したのだった。




