79. 連鎖する
私はずっと迷っていた事の答えを出した。
勇気を出して一歩踏み出したら、いろんな事に前向きになれた。
前向きになったら、自分から次の一歩を踏み出すよりも先に、次のきっかけが舞い込んできた。背中を押してくれた人がいる。手を差し伸べてくれる人がいる。
偶然、たまたま、もしかしたら勘違いとか思い込みだと言われるかもしれないけれど、それらは連鎖している気がしてならない。
***
「じゃあ、3月末まで正社員って事で…式の直前は結局1度しか取れていない有給を消化するとして…実質3月半ばまでか。」
「4月以降についてはまた相談させて下さい。続けるにしても住居次第なところもあるので…。」
「だよなぁ。場所によっちゃラストまではキツイもんな。」
12月初頭のある日。
私はいつもよりも1時間早く出勤して、正社員として続ける意志がない事を支配人に報告すると、支配人の中ではとっくに決定事項だったらしくすんなり受け入れられた。
「長尾と瀬田には言ったのか?」
「ええ。昨日チラッとそんな話を…。」
「ふーん。他のスタッフには?結婚する事含めて話した?」
「プライベートな話ですし、そこまで親しくもないので…。」
「ならとりあえず現状のままで。言うなとは言わないけれど、忙しい時に誰かが辞めるかもって話で動揺する奴もいるから…。」
「そのつもりです。長尾さんと瀬田さんともそんな話しになりましたし…。」
12月に入り、クリスマスの問い合わせや予約も増えている。通常営業時のお客様も多い。
20日からは、予約限定ではあるけれど、テイクアウトでオードブルの盛り合わせやチキン、ケーキの販売もする。
その準備やら問い合わせの対応などで急に忙しくなった。
夏にアルバイトで入った専門学校の学生の子達は就職を希望しているらしく、先日面接をしてサービスは3人に内定を出したらしい。
研修という形で、12月の繁忙期は毎日出勤してくれるそうなので去年よりは余裕を持ってクリスマスを迎える事が出来るだろう。
長尾さん、瀬田さん、私はその学生さんたちを1人ずつ担当して細かい仕事を教えている。
今日は何を教えたとか、明日はどうするとか、そういった情報を共有するため、最近は仕事終わりに3人でミーティングをしており、その時に今日支配人に話したような話しをしたところ、長尾さんにも瀬田さんにも好意的に受け入れてもらえた。
それまでに、担当してる子達を立派に育てなくてはいけないよね、という話になって、やはり支配人と同じ様に、仕事を任せられる様になるまで、特に忙しいうちは彼らに言うべきではないとの結論に至った。
安心して仕事を覚えてもらいたい。そんな時、教育係が辞めるかもしれないなんて話は不安要素になりかねないからだ。
「八重山も色々決めたみたいだけど、静香も心境の変化があったらしいんだよ。」
「心境の変化…ですか?」
「子どもが産まれる前に、ウェディングドレス着て写真を残したいって言い出した。…それから、子どもが産まれて落ち着いたら復帰するってさ。それで、八重山が辞めるなら、自分がこの店のウェディング関係の担当をしたいって…。だから俺としてはぶっちゃけ、八重山には辞めてもらっても構わないというか、むしろ辞めてもらいたいと言うか…」
「支配人でなかなか酷い事さらりと言いますよね。だけど、こちらとしても、そう言ってもらえると次を探しやすいのでありがたいです。」
支配人は嬉しそうに話してくれた。「辞めてもらいたい」なんて言われるのはちょっと心外だったけれど、そう言って私の背中を押してくれているのだろう。
一歩踏み出したのは私だけじゃない。静香さんだってそう。
私と静香さんの一歩は何処かで繋がっていて、互いに良い影響を与えているのではないだろうか。
「もし、見つからなかったらバイトとして雇ってくださいね。静香さんの仕事、取ったりしませんから。」
笑ってそう返すと、笑って「それなら大歓迎。非常にありがたい。」と返された。
それから、静香さんが作成中のHPも見せてもらった。写真は支配人が撮影したのだという。
「ここが出来た時と少しずつ状況が変わってきている。知名度も随分上がったし、立地が良くはないと言われていたけれど、実際悪くもなかった。潜在的な顧客も少なくないし、既存顧客のリピーター率も高い。ありがたい事だ。だけれどずっと今のままで良いかと言えば良くはない。良いところは残しつつ、お客様の声にも耳を傾ける。ぶれない事も大切だけれど、変えていく事も大切だ。ちょうど今、その時期なんだよな。それがHPであり、1.5次会と2次会のプランであり、定休日の変更という訳だ。」
「定休日の変更は決定なんですね。」
「まぁそうなるだろうな。変わるとしたら4月からだから八重山には関係ないかもな。」
それから支配人は静香さんの体調がすこぶる良い事、どうやらお子さんは女の子らしい事などを嬉しそうに話してくれ、一通りの話が終わるといつもの出勤時間となったので、お互い通常の業務に戻ったのだった。
***
支配人と今後の仕事について話した数日後の休日。
今日は3回目の打ち合わせ。私は春ちゃんと朝から一緒に出かけている。
少し早いけれどペーパーアイテムと招待状についての打ち合わせだ。年末年始は業者さんがお休みになってしまうので通常よりも納期がかかってしまう。
「余裕を持って早めに発注しましょうか」と、前回の打ち合わせで佐伯さんから提案されたのだ。
「本日は、ペーパーアイテム担当の山口と打ち合わせしていただきます。うちは、招待状や席次表専門のスタッフがいるんです。その後、私が今後の予定についてご相談させていただきます。ではまた後ほど…失礼します。」
「初めまして。山口です。早速ですが、招待状はどういったものがよろしいでしょうか。カタログをお持ちしてはいるのですが、何しろ種類が多いもので…。デザインの系統ですとか、サイズですとか、カラーですとか、予め絞ってお選びいただいた方が、スムーズ進むので…。もちろん、全て見て決めて頂いても結構ですが、時間は限られておりますので…。」
いつも(と言っても2度だけど)佐伯さんと打ち合わせをしているテーブルの向かいに座った山口さん。
春ちゃんが希望を伝えると、数冊用意してあったファイルの中から1冊取り出し、私達が見やすい様に広げて下さる。
「桜がモチーフの和風のもの…色々ございますよ。ちょうどお式を挙げる季節もピッタリですし、お祝いらしくて良いですよね。」
桜のモチーフだけでも10種類以上。
金の箔押し、エンボス加工、押し花風、モードな感じのプリント、水彩画風…。
色々な桜があったが、私と春ちゃんの意見は一致したため即決。
手漉き和紙に花弁を漉き込んだ様なデザインのものだ。
デザインが決まれば、次は招待状の文面、差出人、同封する返信用ハガキや招待状に添える付箋、地図などについての相談。
あらかじめ互いの両親に相談していたため、こちらもすんなりと決まる。
予定よりも随分早く終わった招待状についての打ち合わせ。お茶とお菓子を頂きながら佐伯さんを待っていた。
今日は柚子の形のお饅頭。
「もうすぐ冬至だから柚子なのかな?」
「なるほど…てっきり蜜柑だと思ったけど柚子か…。ほら、冬と言ったら炬燵に蜜柑だし?…お、柚子の香り。」
中にはほんのり柚子の香りの餡が入っていて、玉露によく合う。
餡だけではなく、上用饅頭独特のキメが細かいややマットな艶のある皮にも柚子の果皮が練り込まれているようだ。
「麗ってさ、美味そうに食べるよな。特に甘い物…時々真剣な顔してるのが可愛い。」
「何それ?なんだか私ってすごく食いしん坊みたいじゃない?」
「いやいや、そうじゃなくて…味の分析的な事してるのかな…なんて勝手に思ってたんだけど。ほら、麗の真剣な表情を見る機会ってなかなか無いからさ…新鮮っていうか…その…」
私がちょっと膨れたら、春ちゃんは途端に焦りだした。そんな姿が可愛い。最近はずっと春ちゃんのペースだったから、してやったりというかちょっとした優越感。
以前に比べて、最近は特に春ちゃんは余裕たっぷりな気がする。私自身に余裕がなかったから余計そう思ってしまうのかも知れないけれど。
佐伯さんが戻ってからは、披露宴の大まかな希望についての説明を受ける。
さすが料亭。披露宴の演出のオプションも和風。
樽酒を鏡開きして招待客の名入れの升で乾杯したり、みんなで餅つきをしたり、達磨の目を入れたり、番傘で相合傘しながら入場などなど。
それから、プロフィールやエンディングのムービーを流すのかどうか。流すのであれば業者に依頼するのか、自分たちで用意するのかについて聞かれたので、プロフィールは友人が、エンディングムービーは自分達で作成する事を伝えたところ、DVDのディスクやサイズについていくつか注意された。
その後、次回の日程を決め、宿題の説明を受けた後、佐伯さんとしばし歓談。
今日もお菓子が美味しかったとお伝えしたら、引き出物のカタログギフトで、いただいているお菓子やお茶を選んで注文出来るものがあるそうで、それの試食を兼ねているのだという事を教えて頂いた。
それを聞いて、引き出物は悩まずに決まりそうだと確信。実際決めるのはもう少し先だけど。
「イタリアンレストランにお勤めだと12月はお忙しいですよね。」
「ええ。年末年始のお休み前は12連勤なんですよね…。1番の掻き入れどきだから仕方ないんですけど…やっぱり1週間以上休み無しはキツイですよね。」
「私の兄が八ヶ岳のフレンチレストランでパティシエをしているんですが、麗さんと同じ事言ってました。うちは和食なので比較的影響は小さいですけれど、それでもそこそこ忙しくなります。」
飲食店のクリスマスはどこも皆大差無いようだ。佐伯さんも、クリスマス当日含め数日は、極力打ち合わせを少なくして料亭のヘルプに回るそうだ。
「ところで、ご結婚されてからも今のお仕事続けるんですか?飲食のサービス業は帰りも遅いですし、続けるの旦那さんの理解と協力が無いと難しいですよね。」
「実は転職しようと思ってるんです。今の仕事、忙しい時期は終電に間に合わない事も少なくないですし…。せっかく結婚しても、すれ違いの生活は嫌ですから。」
「もしかして…」
佐伯さんが話し始めた時、私のスマホが振動した。父からの着信だった。




