7. 答えはシンプルだった
「…変な事聞いて悪かった…麗、大丈夫か…?」
「ごめん、今の聞かなかったことにして。せっかくの楽しい雰囲気なのにごめん…。」
「いや、俺が聞いちゃったのが悪いし。聞かなかった事にするから。だから麗も言わなかった事にしてくれ。」
「ありがとう…そうさせて…。」
春ちゃんのこういう優しさと笑顔に私は癒されている。少し気まずくなっても、彼の笑顔にはそれを払拭する力があると思う。
そのおかげで、今、私は泣かずに済んだのだから。
「お待たせいたしました。」
絶妙なタイミングで運ばれてきたアボカドベーコンチーズバーガー。添えられたポテトの量が想像以上に多い。ピクルスとミニトマトも嬉しい。バンズからはみ出したベーコンがカリカリで美味しそう。
「すごいねー、アメリカンだね?こんなに食べれないよ…。」
「ポテトもらおうか?」
「うん、半分くらいお願い。」
ナイフとフォーク、それから紙の袋というか、肉まんとかハンバーガーの包装に使うようなものが用意されているので、ナイフとフォークで小さくカットしてからその袋に入れて食べる。
春ちゃんはそのまま袋に入れて食べてる。なかなか男らしくて好感が持てる。
春ちゃんの食べてる姿って良いなぁ…すごく美味しそう。いつも残さず綺麗に食べてるし。
春ちゃんのためにご飯作ってみたいな…きっと楽しいんだろうな…。
ふとそんな事を考えてしまった。
毎週、すごく楽しいし食事もすごく美味しい。
春ちゃんのお店選びのセンスが良くて美味しい所に連れて来てもらっているからというのも大きいけれど、それと同じくらいかそれ以上に、春ちゃんと一緒だからそう感じられるんだと思う。
春ちゃんと話して、春ちゃんの笑顔を眺めて、一緒に笑って…だからこそこんなに食事が美味しく感じられるんだ。
春ちゃんも、そう思っていてくれたら良いな。そして、ずっとこうして一緒に食事をする事が出来たらどんなに良いだろう…。
「今日もご馳走様でした。いつもありがとう。ちょっぴり早いけど…これ。バレンタインだから。中にね、柔らかいキャラメルが入っていて美味しいの。…春ちゃん、甘いの苦手だったらごめん…。」
今日もやっぱり春ちゃんにご馳走になった。
毎週、プレゼントを選ぶ楽しみも出来たし、このスタイルで行こうと思ったらご馳走になるのも随分気楽になった。
「ありがとう。俺、甘いの好きだし、チョコもキャラメルも好き。それから紅茶も。今回はバレンタインってことでありがたく頂きます。でも、今度からこういうの用意しなくていいよ、気ぃ使わないで。ほら、言ったじゃん?俺モテないから女の子に飯奢るのが新鮮だって。俺が奢りたくて奢ってるからさ。」
「でも…それじゃなんか悪いし…一緒にご飯に行きにくいよ…。」
「じゃあさ、時々麗の手料理食べさせてくれない?」
さっき考えていたこと実は口に出していたなんて事無いよね?そう思ってしまうくらいびっくりした。
でも、そんな春ちゃんの提案が嬉しくて、何作ろう?なんて事まで今から考えてしまう。
「ほら、あの、大介…竹内 大介から料理が上手いって聞いてるからさ、是非一度食べてみたいっていうかさ…決して家に行きたいとかそういうんじゃないから…ほ…本当に嫌ならはっきり断って。ごめん、急に図々し過ぎるよな。」
私が浮かれて考え事をしてしまったせいか、春ちゃんに気を遣わせてしまった。もう何してるんだろう、私。ちゃんと返事しなくちゃダメなのに…。
「良いよ。じゃあさ、来週はそうしよう。何が食べたい?」
「麗の作ったものならなんでも良い。」
「そういうの困るなぁ…せめて、和・洋・中・イタリアン・エスニックくらい決めてくれないかな?」
「じゃあ和食がいい。」
嬉しいよぉ…来週も春ちゃんと会って食事ができる。しかも、春ちゃんが私の料理を食べてくれる…。そう考えただけで胸が高鳴る。
料理は好きだけど、自分の為にしか作っていない現状。1人で食べてもあんまりおいしくないし、自分の為だけに作るのってつまらない。
やっぱりお料理は誰かの為に作りたい。
それがもし…大好きな人の為だったら…なんて幸せなことだろう。
「麗ん家、ここからそんなに遠くないよな?散歩しないか?歩いて送って行くよ。そしたら、来週、俺、1人で行けるし。今日は絶対入らないから。」
「お腹苦しいし、腹ごなしにそれも良いかもね。」
浮かれた私が更に浮かれてしまう様な春ちゃんの提案。
いつもより早いけど…もう食事終わっちゃったし、バイバイかな?寂しいな…一緒に居たいな…なんて私の心の声はまた筒抜だったのだろうか?
2月も中旬に差し掛かかり、暦の上ではすでに春。風は冷たいけれど、お日様がぽかぽか照らす日向はとても暖かい。
楽しくて美味しい食事をしたせいもあり、お腹一杯で幸せな気持ち。だから心はぽっかぽか。指先はちょっぴり冷たいけれど、全然気にならない。
「ちょっと左手出して。」
信号待ち、春ちゃんに急に言われ状況を飲み込めないまま左手を差し出すと、彼は自分がはめていた手袋を外して私の左手にはめてくれた。
春ちゃんの温もりが伝わる、私には大きなミトンの手袋。すごくあったかい。
「それじゃ春ちゃんが寒いよ?」
「こうすれば、2人共寒くない。」
神様…私はこんなに幸せで良いんでしょうか?…って、無宗教に近い私が神様なんていうのもおかしいけれど…。
春ちゃんの気遣いが本当に嬉しい。彼の手の温かさや大きさを感じて、彼の笑顔をこんなに近くで見ていられるのがすごく嬉しい。
なのに…なんでこんなに苦しくなってしまうんだろう…。
「ごめんね…冷たいでしょ?…でもありがとう。春ちゃんの手、あったかい…。」
春ちゃんは私の事どう思ってくれているんだろう?手をつないでくれるって事は、期待してしまって良いんだろうか?
もう、私は自分の気持ちに嘘はつけない。
その位春ちゃんに惹かれている。大好きなのを認めざるを得ない。
「気になる」とか、「好きかも」とかそんな言葉でごまかしてきたけど、そんなんじゃない。
私は春ちゃんが大好きなのだ。
地下鉄でいう所の、2駅分という距離は今日の私にとってはあっという間だった。
来週は迷わずに来てもらいたい。だから、駅からどう来たら分かりやすいのか考えて道案内をしながら家に向かう。
「今日は送ってくれてありがとう。じゃあまた来週。時間は…今日と同じで良いかな?」
「うん。楽しみにしてるから。」
楽しみにしている…そんな言葉に思わず顔がほころんだ。
その日の夜、今までの自分の気持ちについて考えてみた。
好きだという自分の気持ちを実感するたび、彼からの好意を感じるたび、喜ぶ私だけではなくて、困惑してしまう私もいた。
好きだって認められないのに、会うたびに春ちゃんへの気持ちは募っていくばかり。
彼の優しさや温もりに触れるたび、嬉しいのに苦しかった。
幸せなのに、素直に喜べず困ってしまっていた。
期待して良いのか戸惑ってしまう私。
彼への気持ちをごまかしてきた私。
傷付きたくなくて、結局自分に甘い私。
そんな自分が嫌だった。考えすぎて苦しくなってばかりいた。
でも、今日わかったんだ。
私は春ちゃんが大好きで、春ちゃんと一緒に居たい。
そんなシンプルな事だった。
苦しくても向き合おう。
傷付いたって良いじゃないか。
傷付く事を怖がったり、戸惑ったりする必要なんて無い。自分に素直になれば良いだけ。
きっとあの時以上に傷付く事なんてもう無いんだから…。
来週は大好きな人の為に、春ちゃんの為に、心を込めて、美味しいって食べてもらえるように一生懸命ご飯を作ろう、それで良いんだ。