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75. 頼まれ事

お久しぶりです。

更新が遅くなり申し訳ありません…。

「八重山、ちょっと良いか?」

「スミマセン、今はまだ接客中です。後でも良いですか?」

「じゃあ悪いけど、休憩入ったら事務室に来てくれ。」


 春ちゃんとの結納から数日後。ランチ営業の時間を10分過ぎた頃、支配人に声をかけられた。あいにくまだ、お帰りになっていないお客様の接客中。

 余程でない限り、営業時間が過ぎたからと言ってお客様を急かすような事はしない。

 せっかく来ていただいたのだから、気分良く帰ってもらいたいという支配人の方針でもある。


 最近、こうして仕事の合間や休憩中に支配人に呼ばれることが多い。

 主に、二次会とかウェディングパーティのプランについての件が多いけれど、休憩中に呼ばれるのは、私的な用事…入院中の静香さんに支配人が頼まれたけれど、男の人にとって調達が難しい物を代わりに調達する、頼まれ事がメインの事が多い。


 静香さんとは時々会っているし、メールや電話で直接やりとりだってしている。会う約束をしている時は、直接静香さんから買い物を頼まれる事もある。

 だけど、そう頻繁に行けるわけでもないので、断然静香さんから直接頼まれるよりも支配人から頼まれる事の方が多い。

 …私も、静香さんとの本の貸借りや、資料の受け渡しなど、支配人に色々お願いしてるから支配人としても私に頼みやすいのだろう。


「こないだ、結納したんだって?さっき下に来てた浅井さんが嬉しそうに教えてくれたぞ?」


 あれから春ちゃんには会っていないけれど、舞ちゃんやゆかりちゃん、美咲ちゃんから「結納したんだって?いよいよだね!おめでとう♬」的なメールを立て続けにもらったって事は、みんなにそんな感じで言ってるんだろうな…なんか恥ずかしい…。


「なんで支配人がにやけてるんですか?…えっと、これが頼まれていた化粧水と乳液と…こっちがボディクリームです。」

「まぁ照れるなって。…ありがとうな。本当に助かるよ。こういうのは似たようなのが多いからややこしくて…それに買うの恥ずかしいしな。」


 支配人は私が渡した紙袋の中身を確認すると苦笑しながらそう言った。


「そうそう、これ、静香から預かってきた。あいつの知り合いの店なんだけど…。」


 支配人に渡されたのは、A5サイズの冊子になったパンフレットだった。


「式で着たドレス、二次会でそのまま借りれないケースも多いし、1.5次会のプランを設定するなら衣装付けたらどうか…つまり、自分の店を使って欲しいって知り合いに言われたんだとさ。」


 パラパラとめくったそれには、1ページに1着、籐製のトルソーに着せられたドレスの写真が写っていた。

 デザインは様々。ゴージャスな物も数点あるが、どちらかといえばシンプルで清楚、ラインの美しさで勝負しているデザインが多いように思えた。


「現物見てないですけど、この写真見る限りだと、店の雰囲気にも合っているし、お値段も良心的なので…プランに組み込むかどうかは別として、提携するには良いんじゃないでしょうか?」

「……率直な感想としては?」

「……率直な感想ですか?」

「自分がここで借りたいかどうか、ここのを着たいかどうかだってさ。」

「それは実際行ってみないと分かりませんよ。」

「だよな。静香もお前ならそう言うだろうって。目が肥えている筈だから、自分が退院したら一緒にその店行って欲しいってよ。」


 目が肥えてる…か。あはは、素直に喜べない…。

 多分、試着を含めたら着たドレスの数は3桁を超えていると思う。その9割が仕事関係で、マーケティングだったり、グループ会社の接客の抜き打ちチェック的なものだったり、模擬挙式での新婦役だったりと理由は様々。

 特にグループ会社のドレスショップに客を装って行く場合は、チェック項目が多かったから…細かいところまで見てしまう癖が抜けない…つまりそれが目が肥えてるって事なのね。決して一度結婚に失敗しているからって理由じゃないハズ。失敗する前からそうだったし!うん、きっとそういう意味だ。


 実際、前の時はなかなか「これ!」っていうのがなくてオーダーしたんだっけ…。


 今思うとバカみたい。

 ドレスに拘って、指輪に拘って、会場に拘って…。そんな事ばっかりに気を取られていたから相手の事、ちゃんと見ていなくて…。

 結局、あの頃の私は「結婚」がしたいんじゃなくて「結婚式」がしたかっただけなのかもしれない。

 しかも、それまで仕事柄たくさんのカップルの挙式を見てきたなかで、「こうしたい!」っていうのをたくさんの詰め込んだものを望んでいたんだ。




「このまま順調であれば来週退院。時々うちに行ってやってくれないか?少ししたら出掛けられるようになると思う。そしたらここに静香を連れて行って欲しい。あいつが1人で出かけるのはちょっと心配で…頼まれてくれないか?」

「支配人って意外と心配性なんですね。」

「心配性…か。まぁ静香に関しては心配事が多いから否定はしないよ。」


 あっさり認めた支配人が少し意外だった。

 だけど、以前静香さんから聞いていた事から推測するに、支配人は親友だと言いつつもずっと静香さんの事が好きで、それは今でも変わらない…どころか、奥様《静香さん》が大好きで仕方ないのだろうな。






 ***


 不規則に揺れる車内、真っ暗の窓に映る自分の顔。その顔は、以前のものと比べるとずっと穏やかだった。


 今私が乗っているのは、かつて毎日通勤に使っていた路線の地下鉄。

 一時期は、乗ることを避けていた路線でもある。今となっては、なんて大袈裟な…とも思えるが、当時の私にとって、それが戻りたくても戻れない日常の象徴のような気がしていた。


 毎朝一緒に家を出て、同じ電車に乗り、博之が乗り換えのため先に降りる。

 帰りは、時間が合えば同じ電車で帰宅する。

 時間が合わなければ、夕食のメニューを考えながら乗っていた電車。


 そして何より、心底好きだと言える仕事の、通勤のために使っていた路線だ。乗れば嫌でも、大好きだった仕事の事を思い出してしまう。

 だからこちら方面に用事があっても、それが嫌で、わざわざ倍以上の時間をかけてバスを使ったりした事もあった。

 いつまでもそんな事を気にしていられないと、避けるのを止め乗るようになってからも、車窓に映る自分の顔は酷いものだったっけ。


 そんな事を考えていたら、あっという間に目的駅に到着。危うく乗り過ごすところだった。




「あれ?もしかして同じ電車に乗ってた?」


 改札の手前で声をかけられ、振り向くとそこに立っていたのは静香さんだった。待ち合わせの場所に到着する前に、約束をしていた彼女に会った事に非常に驚いた。

 当初、支配人の希望で私が家まで迎えに行く予定だったのに、静香さんがタクシーで向かうことを条件に、支配人が渋々現地集合にOKした経緯があったのだから、まさかこんなところで会うなんて思ってもいなかった。


「地下鉄で来たんですか?」

「立花には内緒ね。外出が久しぶりだからついでにお買い物。ついゆっくりしすぎて…タクシーなかなかつかまらないし、結局地下鉄で来ちゃった。あまりにタクシーがつかまらなさ過ぎて、実はコレ(地下鉄)もギリギリだったのよね〜。」

「あんまり無理しないで下さいよ、静香さん1人の体じゃないんですから。」

「やだ、立花と同じ事言わないでよぉ。」


 無邪気に笑う静香さんを見ていると、支配人が家まで迎えに行って欲しいと私に言った理由がなんとなくわかった気がする。多分静香さんは無理をしても無理をしている自覚が無いタイプだ。


「大丈夫、無理してないから。自分の事は自分が1番よくわかっているしね。」


 静香さんの何気ない一言に、私は思わずドキリとした。まるで心の中を覗かれているようだったのだから…。






「えっと…なんだか予定と随分違う気が…。」

「ごめん、私もまさかこうなるとは思ってなかった…。」


 私と静香さんが待ち合わせをしていたのは、3週間ほど前に支配人から受け取ったパンフレットのドレスショップを訪れ、仕事の話をするためだった…はず。

 だというのに、到着して挨拶したら、「せっかくだから着てみて欲しい」と言われ試着する事になってしまった。

 それは私だけでなく、静香さんも同じ。静香さんが3着ほど試着をした後、私の番となって今に至る。


「それ、すごく似合うわよ?」

「かなり予想外です…この手のデザイン、似合わないから敬遠してました…。」

「どうしても好みや思い込みというか先入観がありますからね。意外に皆さん、自分に似合うものを把握していないんですよ。」


 肌触りや着心地も悪くない。種類こそそんなに多くはないけれど、どれもステキなデザインなので迷ってしまう。

 気付いた時には二次会のドレスはここで借りる方向で話がまとまっていて、来月には新作も入るからと、次回またここへ試着に来る予定まで入ってしまった。


 試着した際に、レンタルの条件やら搬入やらについての説明を聞き、その内容から提携の話はうちにとってもプラスとの判断が出てほぼ決定となった。

 プランに組み込むかどうか、割引などの具体的な話し合いは次回持ち越し。一度持ち帰ってこちらからの条件を練り直すらしい。




「結婚式は一生に一度…ですから、これだっていうものが見つかるまで何度でもいらして下さいね。」


 オーナーさんの何気ない一言に私は苦笑するしかなかった。相手が私の事情を知る筈もないし、あくまで一般論なのだから仕方のない事だ。それに、知っていて逆に気を遣われるのはもっと嫌だし。


 ふと隣のしずかさんを見ると、静香さんの表情が曇っているのが気になった。一生懸命笑顔を作っているけれど、なんだかすごく気まずそうで、苦しそうで…。

 もしかしたら私の事を気遣ってくれているのかもしれない。そう思ったらなんだかとても申し訳ない気持ちになってしまった。私は平気だから、そんな顔しないで欲しい。

 だからって、今この場でそんな話をすべきではないし、したくもないので、なるべく早めに話を切り上げると、ご挨拶をしてドレスショップを後にした。






「静香…さん?…大丈夫ですか!?静香さん!?」


 ドレスショップを出て200m程歩き、信号待ちをしている時だった。

 急に静香さんがふらついてバランスを崩し、倒れ込んだ。

 幸い、私の方に倒れてきたので、すぐに気付く事が出来、受け止める事が出来たが、呼吸が荒くて顔色も非常に悪い。

 意識が朦朧としているのか、呼びかけてもはっきりとした返事がない。

 ただただ苦しそうで、どうしたら良いかわからない私は、必死に彼女の名を呼ぶ事しか出来なかった。


「静香さん!静香さん!…分かりますか?…静香さん!!」

「……だ…い…じょぶ…だ…か…ら…。」


 辛うじて聞き取れたその言葉。

 心配をかけまいと「大丈夫だ」と言う静香さんだったけれど、その姿はどう見ても大丈夫そうに思えるはずなどないのだった。

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