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71. お見舞い

更新遅くなり申し訳ございません。

「7A病棟…7A病棟……。」


 メモを片手に、歩き回ってようやく見つけた案内板とにらめっこをする。

 私が今いるのは、この街に昔からある割と大きな病院だ。増改築を繰り返して規模を大きくしていったせいか、なかなか複雑な造りをしている。


 しばらくして、やっと見つけた7A病棟の文字。ほっとしたのも束の間、現在地から少し離れた別棟にある事が判明。

 こんな事なら、やっぱり詳しい経路もメモに書いてもらえば良かったかもしれない。

 とは言え「行けば分かるから」と、その申し出を断ったのは私だ。

 素直に甘えられなかった自分を少し恨んで、数分前にも通った人のまばらな病院の廊下を進んでいった。






 ***


 美咲ちゃん、それから予想外に倉内さんとランチをした日、私は美咲ちゃんと別れたその足で職場へ向かった。


 早めに出勤した私は、支配人から雑用を請け負うことで、話をする時間を作ってもらう。


「うちで二次会ねぇ…。個人的には即OKしたい所だけど、定休日なのがネックだな。1日分の売り上げ相当が見込めないと、店を任されている身としては首を縦に振れないのは八重山も理解してるだろう?ぶっちゃけ人数次第って事だよな。それから…スタッフの休みをどうするか。…とりあえず料理長(シェフ)に頼んでみるからしばらく時間をくれ。」


 最悪、断られる事も想定していたので、思っていた以上の好感触に顔がほころぶ。


「もちろんです。それで、1人当たりの価格と何人以上なら可能なのかを参考までに教えて頂けたら…と思うのですが…。」

「立食、乾杯のみスパークリングで、ハウスワインとカクテル数種、ビール、ソフトドリンク飲み放題ってところか?前は幾らでやってたっけかなぁ…。えっと…資料は…。」


 あちらこちらの棚やら引き出しを漁っていたかと思えば、急に資料を探す手を止めて、ハッと顔を上げる支配人。


「お前、どうするのか決めたか?」


 やはりそうきたか。


 自分の進退の話が出るのは仕方ないし、想定済みだ。しかしながら、この件について、私ははっきりした答えを持ち合わせてなどいなかった。


「すみません。決めかねています…。」

「だよなぁ…。ゆっくり話を聞くと言いながら話せてないからな…。このまま続ける、パートに切り替える、辞める。この3択なんだけど…色々あるよな。」


 支配人は再び視線を書類がまとめられた棚に戻し、私に背を向けてポツリと呟いた。


「まぁ、期待していないし…な。」


 顔さえ見てもらえず、「期待していない」と言われるのはかなり堪える。

 私、そんなに使えないスタッフだったんだ…一生懸命頑張ってたつもりだったんだけどな…なんて事を考えてショックを受けていると、振り返った支配人が私を見て慌てだした。


「おいおい、誤解するなって。八重山が『正社員として続ける事』を期待してないってだけだから…。仕事ぶりは評価しているつもりだぞ?…だけど、いずれは自分達の店を持とうとしている長尾だったり、仕事が趣味の延長にある瀬田とは違う。…昔の俺なら、八重山が辞めない様に必死だっただろうな。今でも、立場上は辞めないで欲しいとは思う…。私情を挟むと店の為にはならないのはわかっているんだが、どうにもお前と静香がかぶるんだよなぁ…。」


 そう言えば、長尾さんと瀬田さんにもそう言われたことがあったっけ。

 何かを言いかけて辞めた様子の支配人が気になる。一体何を言おうとしたのだろうか?

 短くない沈黙の後、思い出したように支配人は口を開いた。


「なぁ、次の休みは何か予定あるか?無ければ個人的な用事を頼まれて欲しい。午後1時から6時の間で都合のいい時に1〜2時間程度。買い物をして届けて欲しいんだが…。」


 私はその申し出を二つ返事でOKした。






 ***


 休日の為、閉め切られた外来の総合受付前を通り過ぎ、割と最近完成したらしい新館に入る。エレベーターで7階まで昇ると、目的の病棟はすぐに見つかった。

 先ほどまで閑散としていた1階に対し、ここはそれなりに人がいて活気もある。

 見舞いに来る人も、その多くが明るい表情だ。




 すれ違った看護師さんに軽く会釈をして、ナースステーション前の案内板からメモに書かれた部屋番号の位置を確認する。目指すは病棟の1番奥にある706号室。

 2人部屋らしきその部屋だが、入り口に掲示されている名前は1人だけ。


『立花 静香 様』


 支配人の奥様で、前フロアチーフ、そして直接ではないけれど私の元上司にもあたる静香さん。

 詳しくはわからないが、妊娠に伴うトラブルで入院中の彼女の話し相手になって欲しいと支配人にお使いを頼まれ、そのついでに指示された仕事や、今後の仕事について相談する様に勧められた。


 スライドするタイプのドアをノックすると、「どうぞ」と返事があったので、私はゆっくりとドアを開けた。


「お久しぶり。変わってないわね。」

「ご無沙汰しています…ご懐妊おめでとうございます。」


 私を迎えてくれたのは、記憶の中の彼女とは随分違う静香さんだった。




 髪をキッチリと纏め、ばっちりメイクに、細身のジャケットとタイトスカートのセットアップ。

 そんな彼女に憧れて、髪型やメイクを真似していたっけ。


 目の前にいるのは、柔らかそうなセミロングの髪を下ろして、病衣の上に薄手のカーディガンを羽織った静香さん。お化粧もしていない。

 以前の彼女を「ビシッ」と表現するならば、今の彼女は「ふんわり」。

 記憶の中の静香さんも素敵だったけれど、今の彼女も綺麗でつい見惚れてしまう。

 美魔女と呼ばれる人達のそれとは違う、年相応の飾らない美しさ。やはりこの人は私の憧れの人だ。


「ごめんね。こんな格好で。ここはメイクもネイルもしちゃいけないって言われてるのよ。顔色とか爪の色でも体調のチェックするんですって。せめてネイルが出来たら暇つぶしになるのにね。…この格好で昔の知り合いに会いたくなかったんだけど、余りに暇でおかしくなりそう。あなたならいいかな?って思って立花にお願いしたのよ。それに、私に聞きたい事もあるんでしょう?」


 自らのご主人、つまり支配人の事を下の名前や「主人」や「旦那」と呼ばずに自分の苗字である「立花」と呼んだのは、私が彼の部下だからなのだろうか?

 少し違和感を覚えた私に、彼女は説明してくれた。


「やっぱり変かな?自分の夫を苗字呼びするって。でもね、立花は立花なの。ずっとそう呼んでたから下の名前で呼ぶのはなんとなく抵抗があって…人前だけじゃなくて家でもそう呼んでるのよ。もともと同期で、ライバルで、親友だったから…。」

「親友…だったんですか?」


 少し意外な話に驚いてしまう。

 私は、男と女の友情は成立すると思ってはいる。けれど、親友から人生の伴侶になるケースは珍しいのではないだろうか。


「お互い40過ぎても相手が居なかったら、さみしい老後を迎えない為にも結婚しようか?なんて冗談言ってたんだけどね。良いことも悪いことも、仕事の悩みもプライベートの悩みも打ち明けられる位、親しい友人だったのよ。だけどある時から純粋にそれだけの関係ではいられなくなって…。結局、冗談が冗談じゃなくなって、しかも約束より5年も早く籍入れちゃった。」


 悪戯っぽく笑う静香さんに、支配人から頼まれて持って来た本やフルーツを渡した。

 それから、店の資料も手渡す。静香さんがフロアチーフとして店を仕切っていた頃、彼女が纏めたパーティプランについてのものだ。


 店にある殆どのマニュアルは、静香さんが纏めたものらしい。

 いかに支配人が、仕事面に於いても彼女を信頼してていたかがよく分かる。


「これを元に、二次会のプランとそのマニュアルを作るように言われたんです。それで、静香さんの意見をお聞きしたいと思いまして…。」

「立花から聞いているわ。そっちも見せてくれる?」


 私は手に持っていたもう一つの書類を渡した。

 これは『大人向けの二次会』をテーマに私が作成したものだ。

 まだまだ改良の必要があるけれど、良いものが出来れば、二次会だけでなくリゾートウエディングを挙げたカップルや、式は親族だけで…というカップル向けの1.5次会とか、結婚披露パーティのプランとしてもご提案していく予定になっている。


「良く出来ていると思う…。ねぇ、これ作ってる時どんな気持ちだった?」


 てっきり、プランについての具体的な感想や意見、もしくは詳細について聞かれるものだと思っていたので、静香さんの質問は予想外なものだった。


「どんな…気持ち…ですか?」

「そう。率直な感想を聞かせて?」


 静香さんの眼光は先程までよりと比べてずっと鋭い。

 私の経験上、こういう眼をしている人に対して、「上手い答え」を考えたところで、意味が無い。

 思った事をそのまま口にした方が上手くいくのだ。


「純粋に楽しかった…です。」

「楽しかった…か。やっぱりプランナー時代思い出した?」

「…はい。改めて、あの仕事が好きだった事を実感しました…。」


 私の答えを聞いた静香さんが、一瞬苦しそうな表情を見せた気がした。


「『好きだった』って…過去形なの?私にはそうは見えないけれど…。」

「…え?」

「『好きだった』じゃ無くて、今でも『好き』なんじゃないのかな?」


 言葉を失った私に、静香さんは続ける。


「立花は私とあなたがとてもよく似てるって言うわ。実際、共通点も多いと思う。だけど、決定的に違うところがあるの…」


 何かを言いかけて言い淀む静香さん。まるで、先日の支配人の様だった。

 その時、ドアをノックする音がしたかと思えば、静香さんが返事をする前にゆっくりと開いた。


「静香、体調はどう?…あら、お客さんがいるなんて珍しいじゃない?」


 入ってきたのは静香さんのお母様だった。

 静香さんに紹介され、簡単にご挨拶を交わす。そして、私はお母様に勧められるがままお茶とお菓子を頂くこととなった。

 お茶とお菓子を頂きながら、たくさんの話を聞いた。なんて事のない世間話だったけれど、3人で過ごす時間は楽しかった。

 静香さんとは波長が合うというか、落ち着くというか…。




 静香さんのお母様の話は途切れる事なく、気が付けば日が傾いていた。


 6時から春ちゃんのお家にお邪魔する約束をしている。

 そろそろお暇しなくては…と思っていると、静香さんの夕食が運ばれて来た。良いきっかけなので、お礼を言って帰る事にする。


 お母様が席を外すと、静香さんは申し訳なさそうに切り出した。


「せっかく来てもらったのに、きちんと話しも出来無いどころか、母の相手までさせてしまって本当にごめんね。近いうちにまた来てもらえないかしら?当分ここにいる予定だし、あまりに話し相手が居なくて気が狂いそうだから、時々来てもらえると嬉しいわ。平日は母も来ないから、夕方出勤の日とか…予定の無い日曜日とか…。今日はとても楽しかったし、こんなに笑ったのは久しぶり。」


 私も、まだ相談したい事も、気になる事もあったので、次の夕方出勤の日にまた訪ねる事を約束する。


「あの、私と静香さんが似ているとか似ていないと言うのは…」

「えっと…その話はひとまず忘れて。そのうち機会があれば話すわね…。」


 思い切って気になった事を尋ねたけれど、お母様が戻られたせいか、静香さん自身に躊躇いがあるのか、その件については有耶無耶にされてしまったのだった…。

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