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70. よく分からない人

「よく考えたら、直接会うのって花火の時以来だよね?時々メールするせいかな?浅井さんから麗ちゃんの話を聞いてるせいかな?久し振りな感じ、全然しないよ。」

「本当だね。ついこの間って思っていたけど…その花火って2ヶ月前だもんね。」

「ところで…話って何?」


 旅行へ行った数日後の夕方出勤の日。私は美咲ちゃんと互いの職場近くのカフェでランチする約束をしていた。

 夕方からの出勤は久しぶりだった。なぜか私が夕方からの出勤の日に限ってトラブルやフォローで呼び出される事が続いていたのだ。

 実は一度、そんな理由で美咲ちゃんとの約束をキャンセルさせてもらっている。




 いつも通り、約束の時間の少し前に店に入り、日替わりを2つ注文したところで美咲ちゃんがやってきた。


 今日、彼女と約束をしたのは、春ちゃんと結婚することを報告するため。美咲ちゃんには直接言いたかったから、春ちゃんには上司への報告を待ってもらっている。

 彼女と知り合ってから、まだ日は浅い。しかも私も彼女も互いの第一印象はあまり良くなかったというのに不思議なものだ。

 濃い時間を過ごしたせいか、胸の内を打ち明け合ったせいか、まるで10年来の友人のような感覚すら覚えてしまっている。同じような悩みを持った同志と言うか、自虐ネタで楽しくお酒が飲める仲間と言うか、今までの私にとってあまりいないタイプの友人。


「美咲ちゃん、倉内さんと上手くいってるらしいじゃない?よく、1階でランチしてるって聞いたよ?」

「…近場であまり人目に付かないで食事できるのはあの店の奥の席位だから…。だけど、上手くいってる…のかな?何も進展ないよ。…って、今日の話ってこれじゃないよね?」


 2人の関係は以前よりも親しくなったとはいえ、「上司と部下」のままで進展はない。けれど、美咲ちゃんとしては「いい感じ」だって事なんだろうな。ちょっと照れながら、「上手くいっている…のかな?」と恥ずかしそうに疑問形で返してきたあたり、間違いないだろう。ほんのりピンクに頬を染める姿が可愛らしい。


「ごめん、本題に移るね。実はさ…」

「麗ちゃん、浅井と結婚するんだよね?」

「「!?」」


 私と美咲ちゃんは、同時に声がした方に顔を向けた。

 声の感じや、話の内容からそれが誰であるかはすぐに分かった。そこには想像通りの人物が、想像通りどことなく意味ありげな笑顔で立っている。


「倉内さん…なんで言っちゃうんですか…美咲ちゃんには直接言いたかったから、春ちゃんにも口止めしてたのに…。」

「あはは、ごめんごめん。」

「何で倉内さんが?…麗ちゃん、今の本当?」


 彼に言われてしまったのが不本意だった私は、美咲ちゃんの質問を無言で肯定した。


 何でいつもこの人はこうなんだろう?どこからともなくひょっこり現れて、意味ありげな笑みを浮かべ、いつの間にか輪の中に入ってくる。

 今だってそうだ。ニコニコ笑いながら美咲ちゃんの隣に座ると、通りかかった店員さんに日替わりを注文し、当たり前のように一緒にランチを取ろうとしている。


 周りをよく見ていて、空気も読めて気が利くくせに、あえて時々空気を読まない。決して悪い人なんかじゃなくて、寧ろ良い人なんだけど……飄々とし過ぎているというか、つかみどころが無さ過ぎるというか、よく分からない。


 美咲ちゃんは、突然目の前に現れた倉内さんに混乱してた。つい先ほどまで彼の話をしていた事も大きいだろう。それに加え、彼の口から語られた、私の結婚の話にも驚いたらしい。


「土屋にさ、野沢さんはお友達とランチに行ったって聞いて。野沢さんがランチに行くようなお友達って麗ちゃんしかいないじゃん?で、場所はここかなって思って来てみたら本当にいるからさ、びっくりしちゃったよ。」


 だからって来なくても…と密かに思っていると、彼にニヤッと笑いかけられてしまい、冷や汗が止まらない私。


「ごめんね、俺だけで。残念ながら麗ちゃんの大好きな春ちゃんは日帰り出張で不在なんだよね。って言うか俺邪魔だった?」


 私はそんなに不満そうな顔をしていたのだろうか?それとも心の中を読まれてしまっているのだろうか?はたまたただの偶然か…。

 倉内さんの笑顔が黒い。この状況で、「邪魔です」と言える強者なんていないだろう…と思ったが、春ちゃんなら普通に言いそうだって気付いたら少し笑えた。


「麗ちゃん…なに笑ってんの?ところでさ、ここひと月くらい浅井がおかしかったんだけど…結婚決まったって電話では嬉しそうに言ってたくせに、盆明け以降は妙に暗いし。つい最近、連休前にマリッジブルー?って聞けば不機嫌そうに否定されて。なのに今週になったら急にすっきりした顔してるし。…麗ちゃん、浅井に何したわけ?」


 ……お盆明けから妙に暗かった?


 私、何で気付かなかったんだろう。クラス会の後、春ちゃんは山内くん達に博之とのことを聞いて、私がつぶれるまで飲んだ理由も知っていたって言っていたっけ。

 自分の事しか考えていなかった。ううん、自分の事さえちゃんと考えていなかった。

 春ちゃんに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 もっと早く話していれば良かった。もう後悔しても遅いのは分かっているのに、そう思わずにはいられない。


「麗ちゃん、大丈夫?顔色悪いよ?」

「美咲ちゃんありがとう、大丈夫だよ。春ちゃんが暗かったって聞いて、もっと早く話をすればよかったって後悔しただけだから。」


 美咲ちゃんに指摘され、慌てて笑顔を作る。

 ふと、倉内さんの方を見れば、彼は無表情で私の目をじっと見ている。…怖い。さっきまでの彼とは別人だ。

 私は、恐る恐る彼の質問の答えを口にした。


「…春ちゃんがすっきりした顔になったのは、お互い、本音をぶつけたからだと思います。」

「ふーん。その本音、気になるけど教えてくれないよね。…麗ちゃん、そんな不安そうな顔しないでよ。無理に聞くとか野暮なことはしないから安心して。」


 再びニッコリ笑った倉内さんの言葉にハッとしてしまう。

 私は春ちゃんの前でも、不安そうな顔していたんだろうか…。




 今日の日替わりはキノコと牛肉の和風パスタとサラダ、スープにかぼちゃプリンだった。

 先に出てきた2つを美咲ちゃんと倉内さんに譲って食べてもらう。

 2人が食べている間に、美咲ちゃんに本来話す予定だった話や、倉内さんに聞かれても差し障りのないような最近の話をした。

 そうこうしているうちに、あっという間に残り一つの日替わりもサーブされる。


「やっぱりパスタは麗ちゃんとこの方が断然美味しいよね。今度ランチに行きたいなぁ…あんなに近いのに平日は時間的に無理なのが残念。」

「それがさ、上手くすれば行けちゃうんだよ。今度行こうか?重里さん直伝の裏技で。」


 花火の時より、ずっといい雰囲気の美咲ちゃんと倉内さん。倉内さんの表情はいつの間にか穏やかなものになっていた。進展はないけど上手くいっているという意味がよく分かった気がした。

 両思いなのにもったいない、なんて老婆心を抱いてしまう。


「よかったら当日予約もできますよ?11時半までにお電話いただけると助かります。」

「麗ちゃん、そのニヤケ顔やめようか?…それよりさ、二次会は麗ちゃんのとこでするんでしょ?良かったらさ、俺達仕切るよ?準備も司会も任せておいて。俺、結構そういうの得意だし。」


 美咲ちゃんを見れば、頬を染めて目で訴えられてしまう。どうやら私は相当怪しげな笑みを浮かべていたらしい。


 それよりも、倉内さんのその後の申し出に余計ニヤけてしまう。「俺逹」ってつまり、美咲ちゃんと一緒に準備も司会もしてくれるって事だ。

 倉内さんと美咲ちゃんがより仲良くなるチャンスだよね?


「…『俺達』って私もですか?」


 恥ずかしそうに聞き返すあたり、美咲ちゃんも意識しちゃってるに違いない!

 これはもう任せるしかないでしょ!


「ぜひお願いします。美咲ちゃんも…お願いできないかな?」

「私で良ければ…。倉内さん、よ…よろしくお願いします。」

「とはいえ、場所は決定じゃないんです。まだ支配人にお願いできてなくて。忙しいみたいで、なかなか話せなくて。ちゃんと許可が取れたら改めてお願いします。」


 後で春ちゃんにメールしておこう。2人に二次会をお願いすることは春ちゃんもきっと賛成してくれるだろう。


 とにかく早めに支配人に相談しなくちゃ。半年先の話だからまだ大丈夫な気もする。けれど、半年先だけどたくさんの人が関わることだから早いに越したことはない。

 わかっているんだけれど…。なかなかタイミングが合わなくて話そう話そうと思ってもう1ヵ月が過ぎてしまっている。相変わらずダメダメな私。




 美咲ちゃんと倉内さんは、今まで出席したお友達の二次会の話で早速盛り上がっていてすごく楽しそう。

 そこに私も加わり、しばらく3人で話していたけれど、話題が一段落着いたところで倉内さんは立ち上がった。


「野沢さん、俺が資料用意しておくから、これも食べてゆっくりしておいで。出発する少し前に戻ればいいよ。じゃあ麗ちゃん、邪魔してごめんね。……そう言えば、浅井が化粧落とした麗ちゃんがすごく可愛かったって言ってたけど、一体どういう意味だろうねー?」


 倉内さんはさっき私がニヤニヤしていた仕返しとばかりに、物凄いニヤけ顔で私を見ていた。そして、ランチについていた彼のかぼちゃプリンを美咲ちゃんの前に置くと、颯爽と去って行った。


 どういう意味か…ニヤニヤした顔の倉内さんに言われると何故だかいやらしく聞こえるのは気のせいでしょうか?何か誤解されてませんか?


 春ちゃんそんな事言ってたんだ。好きな人に可愛いと言われるのは素直に嬉しい。…だけどやっぱり、本人の口から直接聞きたかったな。

 嬉しくて恥ずかしくて俯く私に、美咲ちゃんが尋ねた。


「麗ちゃん、もしかして…克服できたの!?」


 美咲ちゃんまで倉内さんのニヤニヤが感染(うつ)ってしまったようだ。


「美咲ちゃんが思ってる様な事はなかったから!…だけど、ちゃんと話したの。さっきの本音をお互いぶつけたっていうのは、美咲ちゃんと仲良くなったきっかけの…あの時にした様な話なの。」

「ちょっと残念…だけど、よかったね。浅井さん、何だって?」

「なんか、色々気付かれてた。それに、元彼との事知ってる友人がある程度話していたみたい。自分は大丈夫だから無理しなくて良い…ってニュアンスの内容の事言われたよ。聞いているだけで恥ずかしくて…あんまり覚えてないんだけど…。」


 あんまり覚えていないっていうのは嘘だ。言われたことははっきり覚えているけれど、思い出しただけで顔が熱くなってしまうくらい恥ずかしくて、美咲ちゃんに覚えていないなんて言ってしまった。


 その時は素直に嬉しいだけだったんだけど…時間差で恥ずかしさはやってきた。最後の一言はその時も恥ずかしくてクラクラしちゃったけど、やっぱりその時よりも、今みたいに思い返した時の方がずっと恥ずかしくて照れてしまう。とても私の口からなんて話せない。


「麗ちゃんはちゃんと前に進めているのに、私は全然ダメだなぁ…。グイグイ来られると怖くなって逃げちゃうんだよね。…だけど、ありがとう。麗ちゃんのお陰で、今日はいつもよりも素直になれた気がするよ。」


 恋をすると女性が綺麗になると言うのは本当だと思う。美咲ちゃん、キラキラ輝いてるよ。


「傍から見たらどう見ても両思いにしか見えないよ?美咲ちゃん、お互い頑張ろうね。私も逃げてばっかりだから美咲ちゃんの気持ち、良く分かるよ。」




 あっという間に美咲ちゃんが戻らなくてはいけない時間になったので、私と美咲ちゃんはお互い後ろ髪引かれながらも店を出た。そして、それぞれの仕事に向かったのだった。

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