番外編 『貴子ちゃんと僕』 (達哉視点)
学生時代の貴子と、達哉さんの馴れ初めのお話がメインです。
達哉視点でお楽しみ下さいませ。
暗い、キモい、ダサい。
話がつまらない。ボソボソ喋られても何言ってるか分からない。
周りが僕に抱いているのはそんなイメージばかり。
夢中になれるものがあっても、それが相手にとって理解し難いものであるせいか、「オタク」のレッテルを貼られて、肩身の狭い思いをするのが日常。
僕はコンタクトレンズが嫌いで眼鏡をかけている。正確には嫌いというより合わないと言った方が適切か。目が乾くのが辛くて仕方がない。
ハリー・◯ッターとか、の◯太くんみたいだってバカにされるのは不本意だが、見た目よりも機能性を重視して、掛け心地の良い、レンズの大きなメガネをかけている。流行りの眼鏡は、レンズが小さいため、視界が狭くて不便なのだ。
目立つのが嫌い。なのに無駄に身長が高いため、嫌でも相手の視界に入ってしまうらしい。なるべく目立たないように、小さくあろうとした結果、どんどん猫背になった。
眼鏡は仕方ないとして、服装だって、髪型だって、地味で目立たないものが好ましい。
出る杭は打たれるのならば、それを未然に防ぐまで。
僕は女の子が苦手だ。
特に、可愛いとか美人と呼ばれる部類の子が苦手。かと言って、ブスが好きかと問われればNOだ。
男子校出身だから、女の子と話す事に慣れてないというのは建前で、実際のところ、女の子が何を考えているかわからなくて怖い。
女の子に限った事だけじゃない。キラキラした…いわゆる、「イケメン」って奴等も苦手。イケメンじゃなくても、グループとかクラスの中心にいて、周りを振り回す奴が苦手。彼らの思考回路がわからない。
振り回されるこっちの事も考えて欲しいが、そもそも振り回している自覚がない奴が多いから、出来れば関わりたくないと言うのが本音。
チャラチャラした奴等は尚更だ。こっちの都合なんて御構いなしで絡んでくるとか迷惑以外の何物でもない。悪意さえ感じる事もある。
僕はただ、ひっそりと穏やかに過ごしたいだけ。
話の合う友人が少しいればそれで十分なんだから、放っておいて欲しい。
もっと人生楽しめだとか、青春しろとか、彼女が出来れば考え方変わる…だなんて大きなお世話。
青春?何ソレオイシイノ…?
彼女?ソレッテ本当ニヒツヨウデスカ…?
恋愛なんて糞食らえ。
どうせ、女の子に告白なんてされたところで本心なんかじゃないんだ。
モテない奴をからかって、どんな反応するか面白がっているだけ。最悪、賭けのネタにされているんだろう。
そうじゃなければ、ATM代わりか。
少なくとも、僕の知っている恋愛はそういうもの。
そんな「恋愛ごっこ」になんのメリットがあると言うのだろう?
それを否定する奴はどうせ綺麗事並べてるだけ。
卑屈で、偏屈で、人見知り。
それが僕、中山 達哉という人間だ。
***
「まぁ、今までの話聞いてたら仕方ないと思うけど…今後の事も考えて、付き合いを広げて考え方改めていった方がいいと思うぜ?みんながみんな嫌な奴じゃないわけだし…。」
こいつは大学に入って出来た、心を開ける唯一の友人、鈴木。羨ましいくらいに平均的な容姿の彼は、ものすごく目立たない。話も合うし、居心地が良かった。
彼とは、似たような経験があるという話がきっかけで意気投合した。
どういった経緯でそんな話になったのかは覚えていないが、彼は俺にとって勇者だ。
初めての彼女だと思っていた子に、「罰ゲームで嫌々付き合ったふりしてた」と別れを告げられたり、友達以上恋人未満な関係な女の子にATM扱いされていたり、やっと出来た相思相愛の彼女が実は浮気しまくりだった…なんてトラウマになりそうな経験をしているのにも関わらず、明るく、青春を謳歌している。
現在付き合っている彼女は、特別可愛いとか美人というわけではないが、決してブスでもない。地味か派手かならば、間違いなく地味に分類されるが、それなりに可愛い。顔は「中の中」だと彼は言う。だけど何より性格美人。お淑やかでさりげない優しさが魅力らしい。
もしも万が一、僕が女性と付き合う事があるなら、そういう子と付き合いたいと思う。
そんな鈴木の勧めもあって、2年の夏、僕はサークルに入った。
映画好きが集まって、飲んだり、語ったり、講堂を借りて映画鑑賞したり、試写会に行ったり、もちろん映画を観に行ったり…。鈴木が彼女と付き合うきっかけとなったのも、このサークルで好きな映画の話で盛り上がった事らしい。
映画鑑賞が唯一の趣味らしい趣味である僕にとって、サークル活動に参加する事は有意義な事だった。
人見知りの僕だが、真面目に活動しているメンバーとはそれなりに打ち解けられたし、居心地が良かった。
良好な人間関係を築くことも出来た。
人と関わる事がこんなに楽しいと思えたのは小学生の時以来かもしれない…。
***
「達哉、新歓コンパは全員参加な?人見知りだからって免除なしだからよろしくー!」
3年になってすぐ、鈴木にそう釘を刺され、嫌々ながらも参加した新歓コンパ。人見知りにとって、大人数、しかも初対面の人と酒を飲むことがどんなに辛い事か察して欲しい。…まぁ、鈴木の事だから、それを理解した上で強制参加って僕に言ってるんだろうけど…。
僕は隅っこの席で、気の知れた仲間と楽しく飲んで映画談義に花を咲かせていた。
楽しい時間はあっという間で、そのままお開きになり、解散。
参加する前は苦痛だった筈のコンパも、終わってみれば、参加して良かった!楽しかった!と思える程。
鈴木に感謝だ。
しかし、帰り道、気分を良くした僕は、普段の自分ではあり得ない行動を取ってしまうのである。
「貴子ちゃーん、これから2人でゆっくり飲み直そうよ。俺、オサレな店たくさん知ってるよー?」
「いえ…私はまだ未成年ですし、もう遅いので帰ります…。」
「そんな堅いこと言うなって…夜は始まったばっかだよ?」
「遅くなると、電車の酔っ払いも多くなりますから…。」
「酔っ払いの多い電車乗るの嫌ならさ、朝までカラオケとかでも良いよ?なんならどっか泊まる?」
「…………。」
店から出て路地を進むと、僕の嫌いな奴が新入生に絡んでいた。
滅多にサークル活動には参加しないくせに、イベント毎の飲み会にはやってきて、好き放題やっている奴だ。名前は興味がないので知らないが、チャラチャラした格好と、嫌悪感のある話し方ですぐにそいつだと分かった。
一方、絡まれている新入生は、口調から真面目そうな印象を受ける。
彼が問題を起こせば、サークルの運営にも影響が出てしまう。
僕の大切な場所を守りたい。
困っている後輩を救いたい。
ただ、それだけだった。
「そういう事されると、うちのサークルの評判が悪くなる。真面目に活動してるこっちが迷惑被るんだよ。…新入生が嫌がってる…離せよ。」
僕は、自分の居場所を守り、新入生を救う事と引き換えに、長年愛用していた眼鏡を失った。
***
「達哉先輩、いい加減ちゃんと話を聞いてもらえませんか?」
「どうせ君も僕をからかってるんだろう?」
「先輩をからかうほど暇じゃありませんよ?私。」
「だいたい、根暗で人見知りで、キモい僕なんかが中村さんみたいな美人に好かれる筈ないよ!」
「達哉先輩、鏡ちゃんと見ましょうよ?もっと自信を持って下さい。先輩、カッコ良いんですから。気が向いたら1度騙されたと思って付き合って下さいね。私は本気で、達哉先輩ならいつでもウェルカムですから。」
あれから2年が経ち、僕は院に進み、彼女は3年になった。
助けた翌日、僕はなぜか彼女の見立てで眼鏡を新調した。自分を助けたせいで眼鏡が壊れてしまったのでどうしても弁償をしたいと言って聞かない彼女の強引さに負けたのだ。
慣れればレンズの小ささなんて気にならなかった。
彼女は僕が思っていた通り、映画が好きで、サークルの出席率も良く、熱心に活動する子だった。
映画の話で僕と盛り上がることも多く、徐々に先輩後輩としての距離は縮まっていった。
あの時僕が助けた新入生、中村 貴子さんはかなりの美人だ。
背が高くて、スラリとしていて、スタイルも良く、少しキツそうにも見えるが、整った顔立ち。
性格だって悪くない。
どちらかといえば、ハッキリと物を言うタイプだけれど、真面目で、良く気が利くし、なんだかんだで優しい。友人も多そうだ。
そして、目立つ。
ついでに、モテるらしい。
だと言うのに、なぜか僕が彼女に告白された。1度や2度じゃない。
最近は、顔を合わせる度、彼女からのアプローチを受けている。
初めはてっきりからかわれているものだと思い、やんわりと断った。
だけど、めげずに何度もアプローチをしてくるので、お付き合いする気は無いとはっきり告げた。それでも、彼女は僕が好きだと言う。
告白されるようになってもう1年以上。
流石に、彼女が冗談ではないことくらい分かっているし、僕だって悪い気はしない。
むしろ彼女に惹かれている。
だが、彼女が付き合うのを強制したり、催促しないのを良いことに、僕はその返事をあやふやにしていた。
どう考えたって、僕と彼女は釣り合わない。僕と彼女が付き合ったら、周りが良く思わないだろう。僕が僻まれて、叩かれて、彼女が嘲笑されるのが関の山ではないだろうか…。
たとえそれが、僕の考えすぎだったとしても、恋愛経験がほぼゼロの僕にとって、どうアクションを起こせばいいのかなんて知る由もなく、僕の中ではぐらかし続ける事以外の選択肢がなかったのだった。
「達哉、いい加減貴子ちゃんの気持ちを汲んでだな…」
「無理だって。僕なんてどうせキモいとかオタクとかって思われてるんだから。僕と付き合ってたら後ろ指を指されるのは彼女だよ…男の趣味が悪いとか、ブサイク専とか…。」
「じゃあ彼女と釣り合うようにお前が変わればいいじゃん?…だけど自分で思ってる程、達哉はキモくないぜ?オタクって言うけど、一般的なオタクの定義には当てはまってねーし。…よく言えば学者肌?」
「鈴木…気ぃ遣ってくれてありがとう…だけど周りの人達が僕を見る目はそうじゃないよ…」
「…ネガティブにも程があるだろう?…貴子ちゃんが不憫だ…。」
鈴木は僕が彼女に言い寄られるたび、彼女の気持ちに応えるよう説得してきた。
彼は僕を慰めてくれているつもりなのかもしれないが、彼の言葉を素直に受け入れることが出来ない。変に気を遣われているようにしか思えなかったし、何か裏があるんじゃないかとさえ考えてしまった。
友人を疑って、素直に喜べない自分。我ながら最低だと思う。
***
「達哉先輩、そろそろ髪の毛切りたいって言ってましたよね?友人が、美容師になったばかりで、カットの練習台探してて…今から一緒に切ってもらいませんか?」
それは僕の誕生日だった。
突然かかってきた電話に驚きもしたが、断る理由もなかったので、彼女の誘いに乗ることにした。
彼女に指定された場所で待ち合わせをして、連れて行かれたのは、僕が1人では決して入ることがないであろう、小洒落た美容院だった。
その日は定休日だったようで、シャッターは閉まっていたが、彼女が電話をかけると従業員用のドアから中に入れてくれた。
「お任せにさせてもらっても良いですかー?カラーも出来たらさせてもらいたいんですけど…。」
慣れない場所で緊張する僕に拒否する事など無理だ。
1時間半後、鏡の中にいたのは僕の知らない僕だった。
「ほら、達哉先輩はカッコ良いんですから。自分を卑下するのはやめましょうよ?」
満足げに笑う彼女に僕は見惚れていた…。
その日、僕は完全に彼女のペースに飲まれていた。
一緒に食事をして、一緒に映画を観た。
鏡やガラスに自分が映る度、変な感じだった。
「達哉先輩、背筋伸ばさなくちゃ。少しは自信持てました?これ、今日1日付き合ってもらったお礼です。」
差し出されたのは、安くはないブランドの包みだった。それに"Happy birthday"と書かれたカードが添えられている。
「お礼なんて…受け取れないよ…。」
「じゃあ、こうしましょう。来月、私の誕生日に、デートして下さい。それでチャラって事で。…出来たら、今日1日一緒に過ごして更に先輩の事好きになっちゃったんで…責任とって彼氏になって欲しいって言いたいところなんですけど…私、そんなわがままは言いませんよ?」
少しさみしそうに笑った彼女に、僕の心は酷く痛んだ。
鼓動は速まり、心臓は大きな音を立てる。
周りにどう思われるかよりも、大切なのは、彼女の気持ちと僕の気持ち。
僕がするべき返事は、とてもシンプルなものだとやっと気付くことが出来たのだった。
「僕も貴子ちゃんが大好き…だから僕の彼女になってください!」
◇◇◇
「そんな風に付き合い始めてもう10年以上経つんだよね。それからはもう僕が貴子ちゃんにベタ惚れ。貴子ちゃん無しじゃ生きていけないってくらいに…ね。僕の人生を180度変えてくれた彼女に本当に感謝してる。初めてこーすけや麗ちゃんに会ったのって今日みたいな感じの旅行だったよね。…あの時はどうしようかと思ったなぁ…。こーすけ、なんか怖かったし、貴子ちゃんは麗ちゃんとイチャイチャするし…思わず麗ちゃんにヤキモチ妬いちゃうくらい。…そもそも、第一印象は僕の苦手なタイプ大集合ーーー!って感じだったし…。貴子ちゃんの周り、美男美女多すぎ…と思ったよ…。」
「達っちゃんの美男美女のハードルは低いからな。別に美男美女じゃねぇだろ、俺ら。」
「康介に関しては否定しないけど、麗は間違いなく美女だろ?…だけど、イチャイチャって中村は麗に一体何をしたんだ?」
「あの時の貴子は酷かったな…麗も全力で拒否ってたし…。」
温泉に浸かりながら、僕はしみじみと貴子ちゃんとの馴れ初めを思い起こしていた。
これからきっと、長い付き合いになるであろう春ちゃんに、貴子ちゃんと出会ってお付き合いに至る経緯、逆プロポーズされて婿入りし、中山 達哉だった名前が中村 達哉になった事、そして単身赴任からに至るまでの話をしていたのだ。
10年前、貴子ちゃんに連れられて、彼女の友人達に会った。
まさか、10年経った今でも、メンバーに多少の変更があるとは言え、こうして一緒に旅行するなんて思ってもいなかったな…。
当時は初対面にもかかわらず温泉旅行とか、どんな拷問かと思ったけれど、終わってみれば楽しくて、今となっては良い思い出だ。
この10年間で本当に色々なことがあった。
僕の人生を左右するような大きな出来事から、些細な日常の出来事。
良いことだけじゃなくて、もちろん悪いこともだってある。
貴子ちゃんがいたから、今の僕がいる。
考え方も、性格も、彼女と出会う前とは別人だと周りに言われる。もちろん、それは良い意味でだ。
僕に直接関係のあることではなかったけれど、貴子ちゃんの親友の麗ちゃんの一件は、僕達夫婦にとっても大事件だった。
友人とは言え、他人の恋愛であんなに怒りを感じたのも、悲しくて落ち込んだのも初めてだった。
貴子ちゃんと出会う前の僕なら、「気の毒だけれど、僕には関係のない事」としか思えなかったと思う。
麗ちゃん、本当に良い人が見つかって良かったね…。
麗ちゃんがあんな事になって、貴子ちゃんまで胸を痛めて毎日泣いていたのに、2人ともすっかり元気になって、僕としても嬉しい。
そして何より、春ちゃんが裏表のない付き合いやすい好青年で良かった。
彼となら、仲良くなれそうだ。いや、既に仲良くなっている?
「なぁ、達っちゃん、中村は麗に何したんだよ?」
「そんな、春ちゃんに言えるわけないよ…。貴子ちゃんが酔った勢いで麗ちゃんに抱きついて、麗ちゃんにあんな事やこんな事を…。」
「まぁ、麗も半泣きで抵抗したし、達っちゃんや俺等も止めに入って未遂で終わったけどな。」
「一体何があったんだー!!?」
「春太郎、知らない方が幸せな事もあるぜ?」
貴子ちゃん、今夜は麗ちゃんを襲うのはやめてあげてね。春ちゃんも僕も大好きな人の浮気現場なんて見たくないからね!
「あー、喉乾いた。ビールが僕を呼んでいる!!」
「そろそろ出るかー?」
「昔は風呂上がりの飲み物と言えばフルーツ牛乳が鉄板だったのにな。」
「仕方ねぇよ、俺らオッサンだしな!」
その15分後、オッサン3人の手に良く冷えた缶ビールが握られていたのは言うまでもない。




