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6. 泣きたい気持ち

「麗、パーマかけたんだ。可愛い可愛い、よく似合ってる。」

「お姉ちゃんいらっしゃい。ごめん、座って待ってて。あともう少しで掃除終わるから…。」


 木曜日の午前、姉が私の部屋に遊びに来た。今日は夕方からの出勤なので、私が姉の家に行こうかなと思っていたら、姉から電話がありうちに来てくれるという。なんでも話があるとか…。


「相変わらずこの部屋にはデカ過ぎるテレビだね…。最近顔出さないから心配してたけど、元気そうで良かったわ。」



 掃除を終えて、温かいお茶を淹れ姉に渡す。


「ありがとう。休みの日、何してるの?」

「ここ最近は、毎週友達とご飯に行ってる。引きこもって泣いてる訳じゃないし、ちゃんと食べてるから安心してよ。」


 チョコレートを小さなお皿にのせ、テーブルに置く。

 一粒つまんで口の中に入れる。ゆっくりと体温で溶けて中から溶け出すキャラメル。少し冷やしたものを齧ってパリっとした食感と柔らかなキャラメルとのコントラストを楽しむのもいいけど、こうやってチョコレートとキャラメルの一体感を楽しむのも好き。

 春ちゃんにあげるならこのチョコレート。今度会うとき、ショコラトリーを覗いてみようと思っている。


「麗、チョコレート誰かにあげるの?」

「お姉ちゃん?急にどうしたの?こないだ貴子達にあげたし…お父さんにはお酒送ったし…帰りに巧さんに…実際はすみれにほぼ食べられちゃうだろうけど、用意してるから持って帰ってね…。」


 姉は呆れ顔でため息を吐くと、苦笑いした。


「質問の意味分かっていてそういう事言うわけ?…まぁいいわ。この間、お父さんのとこに行ってきたのよ…そしたらね…」


 姉は非常に言いにくそうに私に話し始めた。


「お父さんの従姉のさ、千代子おばさんって分かるよね?あの人が来てたのよ、お見合い写真持って。あの人、縁談をまとめるのが趣味みたいな所があるでしょう?お母さんによるとその時が初めてじゃないみたい。…お見合い相手、正直微妙だったわ。…年収はやたら良いらしいけど、麗にはさすがに…って感じ。お父さんも千代子おばさんの世話にはなりたくないって言ってるくらいだもん。…父の方で良い縁談のアテがあるからって断ってるのに、麗に勧めてくれって私にまでしつこく言うもんだから…麗は今、巧の後輩とお付き合いしていて縁談は不要だって嘘ついておばさんには帰ってもらったの。…麗さえ良かったら…本当に会ってみない?巧の後輩。麗の2つ歳上で…。」


 千代子おばさんはどうにか断るとして…父がもうお見合い相手を見つけているなんて思わなかった。

 お見合いの話が思っていた以上に具体的に進んでいるみたいでショックだった。父にお見合いをしたくないと言ったら、お見合いをせずに済むだろうか?


 急に春ちゃんの顔が思い浮かんでしまって泣きそうになる。


「麗?どうしたの?…もしかして、いい人いるの?」

「…お見合い…しなくちゃダメかな?」

「麗…嫌なら断るべきだと思う…ちゃんと理由があるならお父さんも分かってくれるよ…私はお見合いに反対。巧もお母さんもそう。」

「お姉ちゃん…。」

「困ったらちゃんと相談するんだよ?」

「ありがとう…。」


 思い切って姉に好きな人がいる事を打ち明ける。


「あのね、実は良いなぁって思える人がいるんだ。でも、まだお付き合いするとかそんなんじゃないよ。一緒にご飯食べるだけ。片思いだし。まだ片思いを楽しむ段階。」

「そっか…上手くいくと良いね。上手くいったらちゃんと紹介してよ?一緒にお父さんのとこお願いしに行ってあげるから。」


 姉に言ったら少し楽になった。

 姉はにっこり笑って、それ以上この話についてはふれなかった。



 それから、2人で姉が買ってきてくれたサンドイッチを食べながら、のんびり過ごした。


「ケーキありがとう!すみれには全部は渡さないわ…。」

「仲良く食べてね。一応バレンタインなんだから巧さんにもあげてよ?」

「分かってるって。麗、頑張ってね。影ながら応援してるから。」





 ***


 姉と話した数日後。

 のんびり買い物なんてしていたら、春ちゃんとの待ち合わせ時間ギリギリになってしまった。


 チョコレートはコレって決めていたので良かったものの、それと何かを…と思い、紅茶専門店を覗いたらついうっかり悩んでしまった。ちょうど私も紅茶が欲しかったし、春ちゃんはコーヒーよりも紅茶派みたい。食後の飲み物がコーヒーか紅茶を選べるところでは、必ず紅茶を頼んでいる。

 自分用には、フレーバードティーを2種類、50gずつを買った。試飲させてもらったり、香りを確かめたりしながら悩んだ結果、春ちゃんには結局ティーバッグのアソートメントにしたんだけれど、思った以上に時間がかかっていたらしい。

 ラッピングしてもらって店を出たのが約束の5分前。


 待ち合わせはそう遠くないとはいえ、普通に歩いていたら5分ではつかない、その為必死で走っている私。

 春ちゃんの姿を確認し、速度を更に早める。


「お待たせ。遅くなってごめんね。」


 ちょっと走っただけで息が切れるなんて恥ずかしい。絶対運動不足だよ…。一応時間には間に合ったらしく、春ちゃんに笑いながら急がなくても良かったのにと言われた。


「なんか今日、可愛いな…。」

「やだなぁ、30目前のおばさん相手に可愛いなんて、褒めても良いことないよ?」


 春ちゃんに言われた言葉に私の胸が踊る。

 照れ隠しでそんな事言ってしまったけれど、好きな人に可愛いだなんて言われたら嬉しくて仕方なくて、思わず顔がほころんでしまう。


「髪型のせいかな?先週、食事した後、なんとなく美容院行ってみたんだよね。それで、なんとなくお任せにしたらこうなった。」

「すげぇ似合う。可愛いよ。」


 そう言いながら頭をポンポンってされてしまった…やだ…そんな事されたら嬉しくて恥ずかしくて…それに…余計好きになっちゃうよ…。


「今日はどうしようか?何が食べたい気分?」

「うーん。とりあえずウロウロしてみる?春ちゃんは何が食べたい気分?」

「そうだな…コレってのは思いつかないし、とりあえずフラフラするか?」




「炭火焼き自家製ビーフ100%パティと自家製ベーコン…アボカド…チェダーチーズ…なんだかすごく美味しそう…。」

「ここにしようか?雰囲気も良さそうだし。」

 フラフラし始めて10分も経たないうちにお店が決まる。

 店に入り、席に着くとすぐにアボカドベーコンチーズバーガーセットを注文した。春ちゃんも同じもの。


 白く塗られた壁と板張りの床。暖色系の落ち着いた照明で、テーブルや椅子、ソファは茶色系統でまとめられた店内。ところどころに観葉植物が置かれ、色々な映画のポスターが貼られているのはオーナーの趣味だろうか?

 私達が案内された席の脇の壁にもNYを舞台に4人の女性の恋と友情を描いた、元はドラマだった映画のポスターが貼られていた。


「懐かしいなぁ…。」


 そのポスターを見た途端、春ちゃんが言った。


「留学してた頃、寮が同室の奴に教えてもらってドラマ見てたわ。あの頃…マジで衝撃だったからな…。」

「あれ?似たような話、前にも聞いたことある気がする…誰に聞いたんだっけ…?」

「………それってさ…もしかして大介じゃないか?」

「大介?」

「そう、竹内 大介。実は、指輪の事教えてくれたのそいつなんだよ。留学仲間。」

「……そうだ!竹内くんに聞いたんだ…もしかして、毎回真っ赤な顔でドラマ見てたっていうの春ちゃん?」

「あー、それ多分俺だわ…。マジで恥ずかしい…。」


 数年前、博之と同棲している時遊びに来た博之の同期の竹内くんが、私が借りて置いてあった映画のDVDを見つけて話してくれたんだ。

『留学してる時にドラマ見てたんだけどさー、同室の奴が毎回顔真っ赤にするのがおかしかったんだよねー。』なんていう話。

 まさかこんな所で繋がるとは思ってもみなかった。


「世間は狭いね。そう言えば竹内くん元気?彼、面白いよね。ブラックジョークキツいけどいいキャラしてると思う。」

「あいつ、相変わらずだぞ?大介とそんな話したって麗も見てたのか?」

「うん、貴子と借りてきてシーズン1から見たよ。映画も1作目は見に行った。2作目はレンタルだったけど…。あの頃さ、面白いんだけど、共感は出来ないよね…5年後10年後は共感出来るのかな?なんて言いながら見てた…。」

「確かに……今見たら共感出来そう?」

「あれからもう5年以上経つけど…あの頃以上に無理だろうな…多分まともに見れない…色々嫌な事も思い出しちゃいそうだし…。」

「そっか…ちなみにどんな?」

「…………浮気されてた事。…私以外の人を抱いていたくせに…何食わぬ顔で博之は私を抱いていたのかと思うと…私は何も知らずにそんな博之に抱かれていたんだって思うと…思い出しただけで吐き気がする…。」


 つい、心の声が漏れてしまう。なんてこんな事言っちゃうんだろう…せっかくの楽しい雰囲気が台無しだ…春ちゃん引いてないかな…嫌われてないかな…私…最低だ…。

 泣きたくなってしまった。泣いてもどうにもならないのに…。



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