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67. 温泉旅行・前編

『…と言うわけで、よろしくお願いします。申し訳ないけれど、言うこと聞かなかったり、ワガママ言うようだったら怒って下さい…。私たちも行きたいのはやまやまなんだけど…さすがに絶対安静じゃ行くわけには…。私は啓とみどりで行けばいいんじゃないかって提案したんだけど、啓がダメだって。2人目が出来てから、あの子にはずっと我慢させてばかりだったから…すごくありがたい。』

「みどりちゃんさえ良ければ私達は構わないよ。彩ちゃんもいるし、大人の手はたくさんあるから。なかなか普段は身体休められないでしょ?ゆかりちゃんゆっくり休んでね。落ち着いたらまたみんなで温泉行こう。」


 ゆかりちゃんからの電話は、連休に皆で行こうと誘った温泉旅行の件についてだった。

 貴子が岡崎くんに声をかけた時、ゆかりちゃんの体調不良を理由に今回は見送るとの返事をもらっており、山内家3人、貴子夫婦、春ちゃんと私の7人で行くことになっていた。

 しかし話が出た時点で、山内くんが彩ちゃんに「みどりちゃんも誘った」と言ってしまった。そうなれば、同じ幼稚園園に通う仲良しの2人の話題はもちろん旅行の話でもちきりだ。

 みどりちゃんも彩ちゃんも、一緒に行けるのをすごく楽しみにしていたらしい。

 ところが、後からみどりちゃんが行けない事が発覚。すると山内家と岡崎家で幼児による暴動が起こり、両家の話し合いの結果、みどりちゃんだけ参加することになったのだった。






 ***


「うららちゃーん、おむかえにきたよ!」

「みどりちゃん、春ちゃん、おはよう。お迎えありがとうね。」


 貴子の家と山内くんの家が近く、春ちゃんの家と岡崎くんの家が近いため、山内くんちの白いワンボックスカーと春ちゃんの青いSUVの2台で行くことになった今回の旅行。

 岡崎くんちに寄ってみどりちゃんを乗せてから、私を迎えに来てくれた春ちゃん。


「隣に誰もいないと淋しいな。」

「しゅんちゃん、おとなでしょー?」


 いつもは助手席に乗る私が、今日は後部座席に乗り込んだのを見て残念そうな声をあげる。そんな春ちゃんをみどりちゃんがたしなめる様子についつい笑ってしまう。

 和やかな雰囲気の中、貴子や山内くんたちと待ち合わせをしている高速のサービスエリアに向かう。初めはチャイルドシートにちょこんと座って澄まし顔だったみどりちゃんだけど、今日の予定について話をしているうち、だんだんテンションが上がってはしゃぎ始める姿が微笑ましい。

 そんなみどりちゃんが思い出したように質問してきた。


「きょうとあした、うららちゃんとたかこちゃんがママのかわりにみどりのおせわをしてくれるんだよね?」

「そうだよ。何か困ったことがあったらすぐに教えてね。」

「うん!じゃあさ、しゅんちゃんは?きょうとあした、パパのかわりになってくれる?」

「啓のかわりにみどりちゃんとたくさん遊んであげるからな!」

「わーい!やったぁ!!しゅんちゃんがパパのかわりで、うららちゃんがママのかわり。みどり、きっとさみしくないよ!たかこちゃんもママのかわりだし、あやちゃんもいっしょだもん。」


 あくまで代理とはいえ、なんだか照れくさい。気になって運転席の春ちゃんに目を向けると、私と同じように照れ笑いを浮かべていた。




 ご機嫌なみどりちゃんと話しながら車に揺られること1時間。待ち合わせをしているサービスエリアに到着。普段生活しているところより、少し標高が高いせいなのか、緑に囲まれているせいなのか随分涼しくて過ごしやすい。

 そして、空の高さにもう秋であることを気付かされる。


「みどりちゃーん!」

「あやちゃんだ!!」

「うららちゃん!しゅんちゃん!」

「彩ちゃん、久しぶり。」

「ちょっと見ない間に彩ちゃんもおねえさんぽくなったね〜。」


 車を降りて歩道に上がるとすぐ、大きな声で駆け寄ってきたのは彩ちゃんだった。2人はまるで久しぶりの再会を喜ぶかのようなはしゃぎっぷり。

 山内くん、舞ちゃん、貴子とも合流して、春ちゃんに貴子の旦那様の達哉さんを紹介する。久しぶりに会う達哉さんは心なしかぽっちゃりしていたけれど、以前と変わらず貴子にベッタリだ。


「奥さん同士が親友なわけだし、僕たちも是非仲良くしよう!僕のことは達ちゃんと呼んでくれ。よろしく、春ちゃん!」

「…はぁ…よろしくお願いします…」

「ちょっと、達哉、初対面でいきなりそのテンションはないわぁ…浅井くん引いてるから…。」

「ごめんごめん。今朝、貴子ちゃんから麗ちゃんが結婚するって聞いて嬉しくて…」


 初対面の達哉さんのテンションに呆気にとられていた春ちゃんだったけれど、達哉さんをたしなめる貴子と恥かしそうに笑う達哉さんとのやり取りに和んだらしく、すぐに笑顔になった。


「麗ちゃん、おめでとう。貴子ちゃんから聞いたよ。それにしても酷いよ、2人とも僕に教えてくれないなんてさ。」

「達哉さんお帰りなさい。なんかキャラ変わってません?今日、やたらハイですけど…。」

「そりゃあハイにもなるよ!大好きな貴子ちゃんと温泉なんて久しぶりだからね。」


 10年前、貴子から初めて達哉さんを紹介された時の彼とはまるで別人だ。あの時は無口で物静かで無表情なちょっと冷めた人って印象だった。

 そんな達哉さんだったけれど、実はただ単に女性と話すのが苦手で、さらに人見知りだったため、まともに話せなかっただけだと仲良くなってから打ち明けられた。貴子を介して、山内くんや岡崎くん、舞ちゃん、ゆかりちゃん、私、それから博之とも付き合っていく中で、達哉さんはいつの間にか人見知りも女性が苦手なのも克服。今ではすっかり愛妻キャラが定着しているが、今日の彼はちょっとハイテンション過ぎる。

 達哉さんの言う通り、3年も大好きな奥さんと離れて暮らしていた人が、やっと一緒に暮らし始めたら嬉しくておかしくなっちゃうのかもしれないけれど…。


「いつもの中村となんかイメージ違う…。」

「貴子も達哉さんが大好きだからね。」


 ベッタリなのは達哉さんだけじゃなくて貴子も同じ。普段はサバサバしていて、「男前」とか「かっこいい」って表現の似合う美人だけど、達哉さんと一緒だとすごく可愛くなる。私と山内くん、舞ちゃんにはすっかりお馴染みの光景だが、そんな貴子を初めて目の当たりにする春ちゃんならば、イメージが違うと困惑するのも頷ける。

 思い返せば、2人が付き合い始めの頃、子どもの頃から貴子を知っている山内くんに「気持ち悪い」だの「かまととぶるな」だの貴子は言われていたっけ。結局、山内くんの中では「バカップルだから仕方ない」との結論に達したらしく、その後はそんな事言わなくなったけれど。




「悪い、春太郎。彩もこっちに乗りたいって言って聞かないんだけど、乗せてもらってもいいか?」

「俺は構わないけど…麗、いいか?」

「勿論だよ。」


 山内くんから彩ちゃんのチャイルドシートを後部座席に固定してもらい、それぞれにみどりちゃん彩ちゃんを乗せ、私も助手席に乗り込み出発した。みどりちゃんと彩ちゃんは2人で楽しそうにお話ししている。


「やっぱり麗にはそこに座っててもらった方が落ち着くな。」


 嬉しそうにそう言う春ちゃん。そんな春ちゃんに私の頬もつい緩んでしまう。私達も貴子と達哉さんの事言えないな…なんて思ったり。実際、同級会の時、バカップルの称号を与えられてしまった訳だし。

 私と春ちゃんの間に会話があったわけではなかったけれど、みどりちゃんと彩ちゃんの会話がBGM代わりになって、穏やかな時間が流れる。

 楽しそうな笑い声や可愛らしい歌声、ちょっぴりお姉さんぶった言い回しをしているけれど、内容は至極子どもらしい2人の会話が微笑ましくて春ちゃんと顔を見あわせてくすっと笑ってしまった。


 だけど時々、彼の笑顔が不安そうに見えるのは何故だろう…。私の思い違いならば良いんだけど…。






 ***


 本日のメインイベントであるぶどう狩りとそば打ち体験を楽しんで、宿に着いたのはまだまだ日も高い午後4時半。朝からはしゃいでいたせいか、自分達で打ったお蕎麦を遅めの昼食として食べた後、すぐに車で寝てしまったみどりちゃんと彩ちゃん。しかし、「温泉に着いたよ」と声をかけた途端、すっきりした顔で目覚めたかと思えば、すぐに2人は元気いっぱいで、ちょっとした移動も冒険気分で楽しんでいる。


「結局、部屋に空きが無くてさ、やっと取れたのがここだったんだよね…。」

「広くていい感じじゃん?」

「食事は6時半からだよ。お部屋で、だけど良かったかな?」

「子どもたちいるからその方が楽で助かるよ、貴子ちゃん。」


 チェックイン後、私たちが案内されたのはベッドが2台とエキストラベッドが1台置かれた洋室に、12畳の和室が設えられた「和洋室」と呼ばれるタイプのお部屋だった。

 じゃんけんと話し合いの結果、私と貴子と舞ちゃんが洋室のベッドで、それ以外の人が和室のお布団で寝ることになった。

 春ちゃんはみどりちゃんと彩ちゃんに一緒に寝たいとご指名されるほどモテモテ。

 一方で愛娘に振られた山内くんと、なかなか2人に懐いてもらえない達哉さんからひんしゅくを買っていた。


 赤ちゃんの頃に何度か会っているとはいえ、みどりちゃんと彩ちゃんにとっての達哉さんは「知らないおじさん」で、今日がほぼ初対面も同然。しかも、彼の朝のテンションに圧倒されたせいで、2人は引いてしまい、彼から一定の距離を置いている。どうにか「たっちゃん」と呼んでもらうことには成功したが、残念ながら春ちゃんとは雲泥の差の扱いを受けていた。




「食事の前に温泉入ろー!」

「その前に浴衣選びに行かない?好きなの選べるって言ってたよ。」

「みどりちゃん、彩ちゃん、一緒に温泉行こっか?」

「「うん!」」

「貴子ちゃん、混浴は無いんだよね…。」

「達哉…あってもさすがに無理だわ…。」

「そんな冷たい事言わないで欲しいよなぁ、春ちゃん?」

「達ちゃん、俺に話を振らないでくれー。だけど、どう考えても混浴は無理だろ?」

「達ちゃんは相変わらずの変態っぷりだな…。」

「まぁ、こーすけも人の事言えないけどね?」


 ワイワイガヤガヤみんなで温泉に向かう。朝は達哉さんのテンションに呆気にとられていた春ちゃんも、あっという間に彼と打ち解けて「達ちゃん」「春ちゃん」と呼び合う仲になっていた。

 途中、男女で分かれて、私たちは浴衣を借りに行った。部屋にも浴衣が置いてあるけれど、そんなパジャマ代わりのものじゃなくて、そのまま外を散策できそうな可愛い浴衣。様々な色や柄があって、眺めて選ぶのもすごく楽しい。


 温泉はとろみのある柔らかなお湯で、いわゆる「美肌の湯」と言うやつだ。みどりちゃんと彩ちゃんは「なんかヌルヌルしてきもちわるい…」と嫌がったので、ひとまず早めに切り上げて上がることにした。


「彩とみどりちゃんが寝たら3人で温泉リベンジしようね!」


 こっそり貴子と私に耳打ちする舞ちゃん。私と貴子も「勿論!」と返事をした。

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