64. やっぱり不安
「巧さんと小春さんって仲良いよなぁ…。」
「私たちがお邪魔する直前、すみれに『イチャつくな』って言われたらしいよ?」
「すみれちゃんがヤキモチ妬くほど仲が良いって事だよな。俺と麗もそんな夫婦になりたいなぁ…。」
昔話に、春ちゃんと付き合い始めてからの話、父に結婚を許してもらった日の話、見学した式場の話や、式を挙げることにした料亭の話などなど…姉の家で色々な話をして、ワイワイ食べて飲んで楽しい時間を過ごした帰り道。
姉と巧さんは結婚14年目。だけれど、いまだに「新婚さんか!?」と周囲に言われるほど仲良し。ベタベタしていると言うよりも、友達夫婦的な仲の良さで、私も常々「羨ましいな」とか、「私もそうなりたいな」と思っていたので、春ちゃんが私と同じように思ってくれたのが嬉しくて、足取りも軽くなる。
「もう夏も終わりかぁ…。」
「まだしばらく暑いけど、もうすぐ秋なんだよね。」
「色々やることあるんだよな。とりあえず…結納か。なぁ、今からどっか寄って話さないか?今後のこと。」
「そうだね。でもお腹すいてないや……。」
「確かに飯は要らないよな。じゃあ喫茶店とかカフェにでも入ろうか?」
なるべく長居しても嫌がられないところが良かったので、混んでいる駅近くのコーヒーショップではなく少し歩いて紅茶専門店直営の喫茶店へ入った。
コーヒーよりも紅茶派の私と春ちゃん。ティータイムは混み合っている人気店でも、もう夕食時に近いこの時間は狙い通り空いていた。
座り心地の良いソファが置かれたゆったりした作りの店内は冷房がやや強め。肌寒かった私はダージリンとフレッシュフルーツを合わせたポットサービスの温かいフルーツティーを、春ちゃんはアールグレイのアイスティーを注文した。
「とりあえず、親に希望の日程聞いてきたんだけど、10月中が良いかなって思ってる。でさ、場所なんだけど……。麗、電話鳴ってないか?」
春ちゃんに言われてスマホを確認すると見慣れない番号、固定電話からの着信だった。
念の為、春ちゃんに断って恐る恐る電話に出ると、聞き覚えのある女性の声。ウェディングプランナーの佐伯さんだ。先日、時間がギリギリになってしまい、説明を途中で切り上げてもらっていたので、打ち合わせを兼ねて改めてお話を…との電話だった。
春ちゃんに確認して、翌週の日曜に打ち合わせの予約を入れる。
『結納のプランもございますがいかがでしょうか。宜しければ次の打ち合わせの際、資料をご用意してお待ちしております。』
何ともタイムリーな佐伯さんからの電話越しの提案。春ちゃんに相談すると、驚いた顔をしていた。
「俺、そこが良いかなって思ってたんだよ……」
というわけで、もちろん佐伯さんにお願いをして電話を切った。それにしてもすごいタイミング。余程相性がいいのかもしれない。
「とりあえず、結納については来週佐伯さんと相談って事で。うちの親は折角だから、お互いの兄弟の夫婦も一緒にって言うんだけど…。」
「うん。もちろん。じゃあお姉ちゃん達誘っとくね。すみれも一緒でもいいかな?あの子だけお留守番は可哀想だから…。」
「そりゃ呼んであげなくちゃ。俺にとっても可愛い姪っ子になるんだから。兄弟の夫婦じゃなくて兄弟の家族だな、ごめん。」
きっとすみれが聞いたら泣いて喜ぶ事だろう。
前回お邪魔した時は全然話が出来なかったからと、今日、春ちゃんはすみれにつかまって高校時代の話とか留学していた頃の話をしてほしいとねだられて、春ちゃんはついでだからと夏休みの宿題の添削までしてあげていた。すみれは終始ご機嫌だったし、春ちゃんだって楽しそうだった。
自分の家族に春ちゃんが溶け込んでいくのは嬉しい。思わず笑顔が溢れてしまう。
「なぁ、麗。婚約指輪の事なんだけど……」
春ちゃんは私の顔色を伺うように訪ねてきた。
きっとお正月の事で気を遣ってくれてるんだろうな。もう吹っ切れたとはいえ、あれは嫌な思い出だ。あれがきっかけで、春ちゃんとお付き合いするに至ったわけだけど、思い出したいか思い出したくないかと言われたら、もちろん思い出したくない。
「この前も言ったでしょ?要らないよ。」
「本当に要らないのか?意地とかじゃなくて?」
「うん。本当に。」
「じゃあさ、代わりにペアの腕時計贈るって事にしないか?何もないのはなんかさみしいし。腕時計なら仕事中でもつけてられるだろ?」
「それ良いね。せっかくだから結納に間に合うように探さなくちゃ。」
婚約指輪は本当に要らない。あってもつける機会なんてそう滅多に無いし、無くて困るものでもない。
ダイヤの大きさが愛の大きさだなんて言う人もいるけれど、そんなの嘘だ。
春ちゃんの言う通り、腕時計の方が仕事中も気兼ねなく着けていられるし、お揃いなのが良い。婚約指輪はそうじゃない。
結納の時、現物がなくても特に問題ないけれど、せっかくなら「目録」よりも現物を交換したいよねという話になり、来週探しに行く約束をした。
「招待客の本格的にリストアップもしておいた方がいよな。」
「そうだね。」
「高校の時の友人はどうする?」
「貴子と山内くんと岡崎くん…かな。舞ちゃんと出来ればゆかりちゃん…彩ちゃんとみどりちゃんも一緒にって事になるよね。」
相談すべきことは次から次へとどんどん出てくる。
この前、岡崎くんにゆかりちゃんの予定日を聞くのを忘れたので、何とも言えないけれど、体調が良いならぜひ来てもらいたい。
「そうだな。委員長とオガちゃんと長谷川も出来れば……。他のメンバーは悪いけど2次会って事にしようか。じゃないと際限ないもんな…。」
「親戚関係は親に相談するとして、専門の時の友人とか元同僚…今の職場の人たちも…って思うと高校の時の友人ばかり呼べないもんね……。申し訳無いけどそうするしかないかな。」
「なぁ、2次会なんだけど麗の職場ってのはどうだろう?」
「定休日だから出来るかどうか聞いてみるね。会費、ちょっと高くなっちゃうかもしれないけど。」
結婚式だけではなく2次会の事も考えなくてはいけない。
私は実際に経験したことはないが、以前はたまーに結婚式の2次会とかで立食の貸切の予約が入っていたことがあるらしい。人数もそんなに多くならなければ、テーブルと椅子も人数分用意できるって話だし、何より料理も美味しいので2次会を職場でする事には私も賛成だ。ターミナル駅からは地下鉄に乗る必要があるけれど、アクセスだってそんなに悪くない。
問題は、定休日に空けてもらうことになるので、スタッフに負担がかかってしまう事。とにかく、支配人へ相談するしかない。
「あとは新婚旅行か……。俺、直後に休みとれんのかな。年度が替わるころだし…会社自体は8月末が決算だから何とかなる気がするんだけど…その辺は上に相談しとかないとだな。」
「春ちゃんの上司って、重里様なんだよね?」
「あ、うん。そのうち紹介もしないとだよな。麗も知り合いだから、紹介って言うよりも報告か?」
「まだ言ってないんだよね?」
「ああ。重里さんに言ったら麗にちゃんと教えるから。じゃないと店で会った時、どうしたらいいか微妙だろ?」
「そうしてもらえるとありがたいデス。」
春ちゃんの上司の重里様はお店の常連のお客様だ。私も顔見知りで、お話しする機会も多い。なので、どう対応するべきかが変わってくるので、そういう情報は重要だったりする。
「なぁ、麗って新婚旅行に行けるくらいの休み取れるのか?」
考えた事も聞いたことも無かった。そういうシステムあるのだろうか?
「前にさ、麗仕事をどうするか悩んでたじゃん?あの後、考えた?」
私は、小さく首を横に振ることしか出来なかった。昨日、そんな話を長尾さんや瀬田さんとしたとはいえ、話をしただけで考えてはいない。
「結論を出すのは急がなくて良いって言っておいてこんな事言うのも申し訳無いけど…もし、今と同じように働くなら新居も職場に近い方が良いよな…って言うよりもむしろ近くないと無理だよな。帰りは夜中になるわけだし…。だから、住む場所考え出すまでには決めてもらえたら有難いなと思ってる。」
「そうだよね…。じゃないと家探せないもんね。」
「麗のお父さんはまだ家を探すなって言ってたけど、いつになったら探して良いんだろうな?きっと今から探し始めたらすぐ一緒に住みたくなっちゃうから探すなっていう事なんだろうけど…。一緒に住むのは結婚式の後っていう事は探すなら年明けてから位か?そもそも、賃貸にするか持ち家にするかってのも悩むし…家買うにしても、マンションか戸建かって選択もあるしな。どうせ家買うなら賃貸に住むのも勿体無い気もするし…。だけどしばらくないだろうとは言え、数年後に転勤って可能性はゼロじゃないしなぁ…まぁそんな事は今考えてもしょうもないか。」
笑って自己完結してしまった春ちゃん。私と違って色々考えているみたいだ。
新居は借りるもんだと勝手に思っていたけれど、『買う』とか『建てる』って選択肢もある事に今更気付いた。それに、今の仕事を続けるなら出来れば徒歩圏、もしくは地下鉄で1本の所に住まなくては続けられないだろう。
一緒に住む…か。
式を挙げるまでは同棲するなという父の指示は、私にとって救いだった。猶予を与えられた気がした。だけどそれを盾に逃げたままでいいわけがない。式の日取りから逆算して…今後の身の振り方について結論を出すリミットを決めなくては、仕事の事も、不安なことについても、考えることを放棄してしまいそうだ。
「年内…を目処にどうするか結論を出すのじゃ遅いかな…?」
「俺はそれで構わないよ。ただ…何か悩みとかあるなら相談しろよ?言いにくい事を無理に言えとは言わないけど、頼って欲しい…。不安な事があるなら打ち明けて欲しい…。俺にも関わることであるなら尚更…。」
急に春ちゃんの纏う空気が重くなった気がした。真剣に私を見つめるその瞳は、私の心の中を見透かされそうなくらい真っ直ぐだ。
いつもなら、家まで送ってもらうのだけれど、その日はなんとなく気まずくなってしまって、そのまま駅で解散した。
別れ際、寂しそうに笑う彼に罪悪感を覚えたけれど、そのまま一緒にいては私の不安が伝わってしまいそうで怖かった。




