62. 妹 (小春視点)
麗の姉、小春視点です。
「もしもし?」
『お姉ちゃん…今まで本当にありがとう!』
「麗ったら急にどうしたの……ってまさか!?」
『お姉ちゃん、やったよ!お父さんが春ちゃんとの結婚認めてくれたよ。……実は今日、改めて2人でお願いに行ってきたの。その後、春ちゃんの実家にもお邪魔して、ご挨拶というかご報告をして…今その帰り。』
「おめでとぉ…良かったねぇ…」
『お姉ちゃんと巧さんの協力があったからこそだよ。それでね、今度の金曜日の夜って何か予定ある?両親のとこ行かない?皆で食事しようって。』
「ごめんね。その週末、巧の両親と旅行に行くのよ。……ねぇ、その翌週の日曜は麗たち予定ある?良かったらうちにおいでよ。話したいことたくさんあるし。お昼の方がいいかな?夜の方が都合良いなら夜でも良いよ?。」
『ありがとう……じゃあお昼にお邪魔しようかな?』
「うん、楽しみにしてるね。」
『ありがとう。巧さんにもよろしくお伝え下さい。春ちゃん運転中だから代われないけど、春ちゃんもお姉ちゃんと巧さんにすごく感謝してるって。』
***
2週間前、妹から届いた喜ばしい知らせ。
あまりの嬉しさに、夫の巧と密かに祝杯を挙げてしまった。中学生の娘は呆れたような顔をしていたけれど、2人がうちに来る事を告げたところ、やたらと嬉しそうな顔を一瞬ではあるが見せたし、その日以来、時々カレンダーを見ながらニヤけている。
もしかしたら呆れたような顔は照れ隠しで、本当は私達と一緒にお祝いしたかったのかもしれないな…なんて今更ながら思ってしまった。あの子だって喜んでいるのは間違いない。
今日、張り切って料理を手伝ってくれているのが何よりの証拠だろう。
麗が産まれた時、私は5歳だった。「お姉ちゃん」というものに憧れていた私は、妹が出来たことが嬉しくて仕方がなかった。
嬉しさのあまり、必要以上に世話を焼き、母を困らせていたようにも思う。大きくなってから、「小春は麗を玩具にしていた」と散々言われた。当時の私としては、精一杯お世話をしているつもりだったけれど、両親からしたら冷や汗ものだったのだろうな…と自分が親になって初めてその意味を理解した。
麗は、人見知りで、引っ込み思案で、泣き虫で、小さい時はいつも私について歩いて、恥ずかしい時や困った時は私の後ろに隠れている様な子だった。私が小学生のうちは私の友達にまざって一緒に遊んだりする機会も多かった。
けれど、私が中学生になると、一緒に過ごす時間は減ってしまった。勉強、部活、友人関係……私自身が忙しかった。高校生になるとさらにその傾向が強まった。
とはいえ、常にベッタリではなくなったけれど、時々は一緒に出かけたりもしたし、家にいるときはそれまで通り仲良しだった。私が麗の理解者で相談相手であるのは変わりなかった。
中学生までの麗は、内気な優等生タイプだったと思う。
私の当時の彼氏で今の旦那である巧と、麗を初めて合わせたのは麗が中学生、14歳の時だ。巧に麗に会った時の第一印象を聞けば、「小春と顔は似てるけど性格は真逆?おとなしそうだね。良くも悪くも優等生って感じ?」と言われた。
巧に対しても思いっきり人見知りをして私の後ろに隠れてしまった麗だったけれど、何度か会ううちに、すっかり巧に懐いて普通に接することが出来るようになっていた。
男子は苦手…と言っていた麗だったので、巧と仲良くなる事で男の子の友人(あわよくば彼氏)を作るのに役立つと良いな、なんて思って会わせた面もあるので、巧に意外とあっさり懐いたのはいい傾向だ。
その甲斐あってか、高校生になった麗は変わった。高校生に入って知り合って意気投合し親友となった貴子ちゃんの影響も大きいと思う。
内気で引っ込み思案だった麗が、今までよりもずっと明るく積極的になった。相変わらずおっとりはしていたけれど、ちゃんと自己主張するようになったし、男女問わず沢山の友人に恵まれた様だった。
そして、恋をした。
妹からの初めての恋愛相談にすごくテンションが上がった。当時は片思いで、恥じらいながら打ち明ける麗が物凄く可愛かったのを覚えている。
仲の良かった私と麗が、更に仲良くなるきっかけとなったのが、私と巧の結婚だった。
巧とすっかり仲良くなっていた麗は、私と巧の結婚に賛成してくれて、一生懸命両親を説得しようとしてくれていた。
意地になった私にはできなかった、冷静で筋の通った説得の甲斐あって、母はあっさり私の味方になってくれた。
父も、麗の説得があったからこそ巧と話をする気になった様だった。
今思えば、なんて浅はかでバカなことをしたんだろうと思う。最悪父に親子の縁を切られる可能性だってあったのだ。
だけど、後悔はしていない。1番の目的だった、巧を可愛がってくれた彼の祖父に巧の晴れ姿を見せる事が出来たし、ひ孫の顔を見せる事も出来たのだから。
彼の祖父が亡くなった時、それを知った父に私はすごく怒られた。私だけじゃなく、麗まで一緒に怒られた。「なんでそんなに大切な事を隠しているんだ」と。
そんな父に麗は笑って言った。
「お父さんが大きな声で怒ったらすーちゃんが起きちゃうよ?」
その一言で、父は怒るのをやめ、「可愛い孫とバカ息子に免じて許してやる」と恥ずかしそうにつぶやいた。
娘のすみれは幼い頃の麗にそっくりだった。麗は、かつて私が麗にしたようにすみれを物凄く可愛がってくれた。暇さえあればうちに遊びに来て「すーちゃん、すーちゃん」と世話を焼いた。首も座っていない、ふにゃふにゃなすみれを、壊れ物を扱うようにそっと抱く麗を見て、幼い頃の自分の麗に対する粗雑な扱いを反省したものだ。
麗がプランナーになるきっかけとなったのも、私と巧の結婚だった。
私へのサプライズを計画した巧が、麗に協力を仰ぎ、プランナーさんとの打ち合わせに連れて行った。
お陰で本当に思い出深い良い式になった。担当の方は本当に良い人で、麗が彼女に憧れるのも頷ける。
それから麗は結婚式場でバイトをするようになり、高校卒業後はブライダルの専門学校へ通い、夢を叶えた。仕事も、プライベートも充実して、毎日楽しそうだったし、あの頃の麗はすごく輝いていた。
私は麗の理解者だと思っていたけれど、いつの間にか麗が私の理解者で、私の味方だった。
そんな麗にはずっと幸せになって欲しいと思っていたし、幸せになるものだとばかり思っていた…。
「ママ?ちょっと聞いてる?さっきからボーッとしてどうしちゃったの?」
おっといけない。つい物思いにふけってしまった。どうやらすみれに何度か声をかけられていたのに気が付かなかったらしい。
「ごめんごめん。ちょっと色々思い出しちゃって。すみれ、なんだった?」
「麗ちゃんからメール来てるよ?」
麗からのメールは、今こちらに向かっていて、30分程で着くというものだった。
「あと30分かぁ…待ち遠しいなぁ…。」
「そんなの準備してたらあっという間よ。」
「もう野菜は全部切ったよ?サンチュも洗ったし、タレも作ったし、お米だって炊飯器のスイッチ押したらおしまいじゃん?お肉は切る必要ないし…もうすることないよぉ…。」
どうやら私がボーッとしている間にすみれがどんどん準備を進めてくれていたらしい。
「ありがとう…。気が利くじゃない?どうしたのよ?」
「私、麗ちゃんの姪っ子だからね。麗ちゃんに似てきたんじゃない?」
「え?私じゃなくて麗なの?」
すみれは麗が大好きだ。麗に憧れて、姉のように慕い、昔っから麗が遊びに来ると言えば来るのを毎回楽しみにしていたし、来たら来たで麗にベッタリだった。
すみれが物心ついた頃から、麗の元彼博之くんはうちに出入りしていたし、親戚のお兄さん的な存在だった彼の裏切りは、麗だけでなく、すみれをも傷付けた。
中学生になったばかりのすみれだったが、大人の話を隠れて聞いていたらしく、その意味を全て理解してしまったのだ。そして、そのせいで変わり果ててしまった麗を目の当たりにして、すみれ自身も変わってしまった。
たまたま反抗期と重なってしまったのもあるだろう。原因はそれだけではないにしても、その出来事が大きく影響していたのは間違ない。
そんなすみれも、すっかり丸くなった様に思える。 まだまだ素直ではない部分も多いし、生意気な口ばかりきくけれど、角が取れたというか、以前よりも突っかからなくなった。
それにも、麗が関わっているのは明らかだ。
半年前、麗が結婚したいと言い出して、春太郎くんをうちに連れて来た日、麗と2人で過ごしてから急に言動が可愛らしくなった。
元気になった麗を見て安心したせいかもしれない。とにかくそんな妹と娘の姿に私達夫婦はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
それにしても、今日はやけにすみれの機嫌が良い。鼻歌まで飛び出している。
「おい、すみれどうした?」
「麗達が来るのが嬉しいみたいよ?」
ビールを買いに行って帰ってきた巧がその姿に驚く程だ。
「そういやぁ、前うちに2人が来た時、春太郎くんと全然喋れなかったって怒ってたっけ…。麗ちゃんに『面食い』だって言ってたけど、すみれも絶対その素質あるよな…何しろ小春の娘のだし…。」
「はいはい…どうせ私は面食いですよ。だから巧も顔で選んだよ…巧、顔だけは良いからね。」
「小春!?それ酷くないか?」
「だって巧が面食いだって言うからでしょ?」
「いやぁ…それとこれとは別だろう…。なんか中身空っぽって言われてるみたいで傷付くなぁ……」
「何を今更……巧は顔だけじゃなくて性格も最高!……とか言って欲しいわけ?」
「なんかそういう言い方されると余計傷付くんだけど?」
私も巧も、こんな話をすみれがすぐ近くで聞いているなんて微塵も気付かなかった。
「パパもママも娘の前で何イチャイチャしてるの?麗ちゃん来ちゃうよ……ってほら、来たみたい。」
冷ややかな口調とは裏腹に、目はなんだか嬉しそうだ。子どもにとって、両親が仲が良いのは良いことだしね!
すみれの言う通り、彼女が話している途中になったインターホンは麗と春太郎くんだった。




