5. 片思いを楽しもう
貴子のアドバイス通り、焦らずゆっくり気の向くまま、気楽に行こうと思えるようになったら、苦しさが軽減された。
博之と別れて1年が経つまで…即ち、お見合いさせられるまで「あと3ヶ月しかない」と思えていたのが、「まだ3ヶ月ある」…そう思えるようになった。3ヶ月あったら、何か変わるかもしれない。
ポジティブに行こう。
仕事も、今週はいつも以上に調子が良い。
日曜日。今日も早めに家を出る。
大好きなショコラトリーを覗く。今度春ちゃんと一緒にここにも来たいな…。パフェとかアイスクリームも美味しいし、ショコラ・ショーもこの季節には堪らない。
お目当てだったお気に入りのショコラの詰め合わせは残念ながら売り切れ。他も美味しいけれど、あげるならやっぱりそれがいい。というわけで、今日はチョコレートをプレゼントするのは辞めることにする。
代わりに何が良いかな?
色んな店をフラフラした結果、プレゼントは石鹸とハンドクリームにした。いい香りだけど、男の人でも抵抗なく使える控えめの香りのもの。
同じものを自分用にも購入。こっそりお揃いにしちゃったりして…。
片思いって楽しいな。そうだ、純粋に片思いを楽しめば良いんだ。
いろいろ考えちゃうから苦しくなるんだよね。
今日も、待ち合わせ場所に向かう足取りは軽い。
待ち合わせ場所に着いたのは今日も5分前。今日も私の方が先だったみたい。
春ちゃんは、待ち合わせ場所の指定がピンポイントなのでわかりやすくて助かる。
例えば、この間貴子達とランチした時は、「ホテルのロビー」が待ち合わせ場所だったけれど、これが春ちゃんだと、「ホテルのロビーの大きなフラワーアレンジメントの辺り」と具体的になる。
待ち合わせ場所にお互い着いたのになかなか会えないって事が無いのはありがたい。
あんまり有名な待ち合わせスポットだと、待ち合わせしてる人自体が多すぎて相手と会えないって事もあるもんね。電話かけて「どこどこ!?」なんて事も良くあるし…。
因みに今日は、地下鉄の駅の6番出口出たところで待ち合わせ。
すぐ近くに美味しいパン屋さんが近くにあるから、帰りに寄ろうかな?
「お待たせ!」
突然、後ろから肩を叩かれる。ビクッと驚いてしまった。待ち合わせ時間のほんの少し前、パンの事を考えて気を抜いていたから必要以上に驚いてしまった。
「驚かせちゃた?悪かった。ごめんな。」
「大丈夫…ほんのちょっと驚いただけ。」
春ちゃんに連れられ並んで歩く。美味しいパン屋さんの前を通りかかった時、香ばしいいい香りが鼻をくすぐる。
「帰りに寄ろうか?なんか美味そう。」
「ここ、美味しいよ。ハード系が特にオススメ。クロワッサンも。実は私、帰りに寄るつもりだったの。」
「じゃあ先に寄って取り置きしとく?」
「予約の時間は大丈夫?…でも売り切れちゃって種類少なくなるとと悲しいから…先に寄れると嬉しいな。」
「少しなら大丈夫。せっかくだし行こうぜ?」
店内に入ると、クロワッサンが焼きあがったばかりのようで、バターの香りがいっぱいに広がっていた。
「うわぁ…空腹時にこの匂いは耐え難い…。」
クロワッサンとバタール、ドライフルーツたっぷりのカンパーニュを1/2カット、それからパン・オ・レザンのお取り置きをお願いして店を出る。春ちゃんはそれにパン・ド・ミを足した内容でお取り置き。
「今すぐ食べたい!ってのを我慢するのが大変だった…。」
「焼きたての香りは堪らないよね。ありがと、先に取り置きさせてくれて。」
「俺も行きたかったし。気にすんなって。」
パン屋さんから更に10分ほど歩いて目的地に到着。
今日のランチは、外観も内装も可愛らしい雰囲気のビストロ。
ご夫婦で経営されている、アットホームな良い感じのお店。
春ちゃんの提案でプリフィクスのコースにする。
「前菜はサーモンで、メインはお肉にしようかな?デザートは…迷うなぁ…。」
「麗はどれとどれで迷ってる?」
「タルトとムース。」
「じゃあ、俺がタルト頼んで、麗がムースにして半分こしようぜ?そしたら両方食べれるだろ?料理は俺も一緒、この選択肢なら絶対サーモンと肉だよな?」
私たちのそんな会話を聞いていたのか、デザートはお店の方が「あらかじめ半分に分けて盛り合わせにしましょうか?」と提案して下さったので、お言葉に甘えそうしてもらうことにする。
そういうサービスって嬉しい。勉強になります。
「春ちゃんって、素敵なお店たくさん知ってるね。」
「みんな仕事で使った事のある店ばっかだけどな。でもそろそろネタ切れ。来週はどうしようか?何食べたい?」
にっこり笑いながらさり気なく誘ってくれる春ちゃん。来週も一緒に食事が出来るのが嬉しい。嬉しいけど…良いのかな?良いんだよね?何でだろう?戸惑ってしまう。
「来週は…一緒にフラフラしてその時の気分で決めない?予約とか大変でしょ?」
「予約は電話かけるだけだし大丈夫。でも、たまにはそんなのも良いかもな。」
場所は、私の家と春ちゃんの家の間にあるターミナル駅の辺りにする事にした。だいぶ私の家寄りだけど、お店の選択肢も広がるし、毎日の通勤よりも近いから気にするなと言われた。
前菜も、スープも、メインも、パンもデザートも全部美味しかった。
食後の紅茶がアールグレイなのも嬉しい。
やっぱり今日も、春ちゃんに奢ってもらってしまった。
「今日もご馳走様でした。いつもありがとう。これ、良かったら使って。この時期すごく乾燥してるから…ハンドクリーム。」
「なんか悪りぃな。こないだもありがとう。もらったやつ、仕事で使ってる。使い勝手すごく良いよ。IDホルダーも、ボールペンもすげぇ使いやすい。ありがとな。」
使って貰えてるって言われただけなのになんでこんなに嬉しいんだろう?
春ちゃんの笑顔を見ているとすごくドキドキして苦しいよ…。
帰りに、パン屋さんに寄ってパンを受け取る。
「取り置きしといてもらってマジで正解だったな。」
春ちゃんがそう言う通り、私達が買ったパンはみんな売り切れ。他も随分種類が少なくなっていた。
パンを受け取って、地下鉄の駅に向かう。来週は、今日よりも30分早く待ち合わせにしようとか、待ち合わせ場所は駅に直結してる百貨店のサービスカウンター近くの入り口にしようとか、次の約束の話をしながら歩いた。
春ちゃんとは路線が違うので、地下鉄の駅で別れた。
来週の約束があるから、別れ際も寂しくはない。
帰り道、新しくオープンした美容院を発見する。なんだかこぢんまりしていて可愛らしい。
今日は可愛らしいお店に縁があるのかも?と思い、ふらりと立ち寄る。話を聞くと、数日前にオープンしたばかりで、今日は予約が入っていないらしい。「良かったら今からカットカラーパーマにトリートメントのフルコースでもOKですよ?」と言われたので、フルコースでお願いすることにする。
「お任せ…とかって出来ますか?カラーは同じ感じで、パーマかけちゃおうかな。出来れば、纏められる長さのままで…ってお任せじゃないですね…。」
「じゃあ、その条件でお任せされますよ?」
私よりも少し年上の女性のオーナーさん。
なかなかお茶目で話も弾む、笑顔の素敵な美容師さんだった。お店もいい感じの音楽が流れて居心地の良い空間。
仕上がりも満足、私好みだ。また来よう、そう思える美容院。
髪を切ってカラーをしてパーマをかけてトリートメントとマッサージまでしてもらって、気分も上々。
来週春ちゃんに会ったら気付いてくれるかな?気付いてくれると良いなぁ…。
すごく楽しい気分だったのに、帰宅後、父の顔を思い出してなんだかすごく後ろめたく感じてしまう自分がいた…。