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57. 嵐の後・後編 (貴子視点)

麗の親友、貴子視点のお話しです。

「貴子ぉ…温泉ってさぁ…やっぱり裸にならなきゃ入れないよねぇ…。服着たまま入っちゃダメだよねぇ…?」

「そんな着衣水泳じゃないんだからさ当たり前でしょ。タオルも湯船に入れちゃダメだからね。」

「春ちゃんって…部屋に露天風呂とかついちゃってる宿予約してくれちゃったりしそうな気がするんだよね…。」

「カップルで行こうと思ったら普通そうなるよね。そうしなくちゃ一緒には温泉入れないし。部屋になくても、家族風呂のあるところだろうな。うちも夫婦2人で行く時、大体そうだもん。」

「一緒に入るの…嫌だな…服脱ぎたくないし…。裸を晒すとか…無理。」

「またそんな事を…。」

「だって…自信ないもん…。」


 まったく博之は私の親友になんという劣等感を植え付けてくれたんだ…。2人が付き合っていた当時から思っていた事だし、実際、博之本人に何度も文句を言ってやった事だけど…明らかに以前より酷くなっている…。

 まぁ、数時間前、昔博之が手を出した女に嫌味を言われたばかりでは卑屈になってしまうのも仕方ないとは思うけど…。

 そんな麗を見ていると、かつて博之の巨乳好きをネタにしていた私の旦那やこーすけ、啓さえ恨めしい。流石に麗の前じゃ控えていたけど…男だけで飲んでる時は普通にしてたもんなぁ…。


「男の人が皆、巨乳好きって訳じゃないんだから…実際、啓は小さい方が好きだって公言してるし…まぁ公言するのはどうかと思うけど。それに、麗だって世間一般の基準からしたら小さくないと思うよ?麗のサイズで小さいなんて贅沢すぎるんだよ…。そんなんで嘆いてたらゆかりちゃんに殺されるよ?」

「だけど…改めて言われて思い出しちゃったって言うかさぁ…。」

「麗…ショックだったのも、思い出して凹むのも分かるけど…博之の評価に囚われるのはもうやめなさい。今麗が好きなのは?麗のそばにいてくれてるのは?博之じゃないよ?浅井くんだよ?」

「うん、大好きなのも、そばにいて支えてくれるのも春ちゃんだよ…。そうだよね、博之に言われた事、いつまでも気にしてたらダメだよね…だけどもし、春ちゃんも大きい方が好きだったら…ショックだなぁ…。」

「ほらほら、決めつけない。それに大きけりゃ良いとも限らないよ?麗のはバランスが取れてて綺麗なんだから自信持ちなさい。」

「貴子はいいなぁ…大きくて…。」


 麗の飲むペースがいつもよりも随分速いのが気になる。飲まなきゃとてもやってられないって気持ちは痛い程分かる。

 このコンプレックスをどうにかしてあげられるのは浅井くんだけ。私がこれ以上何か言おうものなら間違いなく逆効果。だけどこの様子じゃあ先が思いやられる。


 いつもだったら、酔っ払うとずっとニコニコして、たくさん笑って、私にくっついて甘えてくる麗。

 その姿は本当に可愛くて、もし私が男だったら間違いなくお持ち帰りしているだろう。それ以前に私が男だったら麗と付き合いたいし、結婚したい。

 私だけじゃなくて、麗にそんな事されたら大抵男の人は落ちちゃうだろうな…。まぁ、そこまで麗が酔う事って滅多に無いし、そんな姿見せる事ってほとんどないんだけど。それに、酔っても甘える相手は完全に選んでた。大体私だ。博之がいても私に甘える事の方が多かった気がする。


 浅井くんは酔った麗を見たことあるのだろうか?……おそらく見てしまったから、思い切り飲みたい時は外で飲むなと麗に釘を刺したんだろうな…。




 先程から麗は同じ話を何度も繰り返して凹んでいる。笑顔はないし、いつもみたいに甘えてこない。だけど、確実に酔っている。話し方がいつもと違って酔った時の物だし、すごく眠たそうだし。

 そろそろ飲むのをやめさせた方が良いかもしれない。


「貴子ぉ…眠い…。そろそろ帰って寝たい…かも。」

「そうだね。もう飲むのはやめよっか。帰るなら、浅井くんに連絡しなきゃ。」

「そうなんだよね…でも、こんな姿見せたくないなぁ…。連絡するの、家に着いてからじゃダメ?貴子と一緒だし…良いよね?」

「ダメダメ。せめて、私と先に帰るってメールくらいしなよ?…あれ…麗?ほら、起きて?寝るのは早いよ?」

「うーん…そうだよね…寝ちゃダメだよね…。」


 麗はそのままテーブルに突っ伏して寝てしまった。外で寝落ちする麗なんて見たこと無い。麗は嫌がるかもしれないけど、浅井くんを呼ぶことにする。

 浅井くんには申し訳ないけれど、今日は私が麗の家に泊まらせてもらおう。いや、逆に浅井くんと2人にした方が荒療治になって良いかも?…だけどそれでギクシャクされても困るから…やっぱり私が泊まるべきか…。

 私はバッグからスマホを取り出した。とりあえず、こーすけに電話をかける。


「もしもし、こーすけ?そっちはどんな感じ?」

『貴子?こっちはそろそろ出ようかって話してる。で、もう1軒行こうかって話になってるんだけど、そっちは?一緒にどうだ?』

「もう帰るよ。ちょっと浅井くんだけこっち来てもらって良い?」

『春太郎だけ?麗どうかしたのか?』

「私が飲ませすぎて寝ちゃったんだよね…だからさ、タクシー乗せるの浅井くんに手伝ってもらおうと思って。」

『珍しいな…潰れるまで飲むなんて…。すぐ春太郎行かせる。じゃあな。』


 電話を切るとすぐに浅井くんは駆けつけてくれた。余程麗が心配だったのだろう。


「中村ぁ…潰れるまで飲ませるなよ…っつうか麗が潰れるなんて…何かあったのか?」

「ごめん、その話は後でも良い?今日は私が麗のとこ泊まるから…タクシー乗せるとこまで手伝ってもらえないかな?着いてからはなんとかするわ。」

「だったら家まで送るよ。悪いけど、その後は宜しくな。戻らないとあいつらに殺されかねない…。」

「良いよ、タクシー乗るまでで。行ったり来たりするの大変でしょ。」

「大した手間じゃねぇって。それに……」

「麗が心配?」

「そりゃあ心配に決まってるだろ?」

「じゃあよろしく。とりあえず、私は会計してくるわ。」


 浅井くんに麗をお願いして、会計を済ませ、2人で麗を支えて歩かせる。寝ぼけている…と言うより、ほとんど寝たままだが、両脇から支えてあげたら歩いたので、難なく店から出られた。最悪、背負うか引きずる事も考えていたのでほっとする。


「寝たままでも人って歩けるもんなんだね…。」

「そうだな…。」


 店の前でタイミング良くタクシーをつかまえることが出来たので、3人で後部座席に並んで乗り込んだ。




「大丈夫?麗を落とさないでよ?」

「大事な麗を落とすわけ無いだろ?バカにすんなって。」


 タクシーから麗を降ろすと、浅井くんは麗を大事そうに抱き抱える。いわゆるお姫様抱っこって奴だ。重そうなそぶりなど一切見せず、まるで繊細なガラス細工でも運ぶかのように、両腕で包み込むように麗を抱きかかえている。


「軽々お姫様抱っこしてもらえる麗が羨ましい…。うちの旦那はそんな事絶対してくれないわ…。」

「いざとなったら中村の旦那もしてくれるんじゃねぇの?…まぁ俺は麗が望めばいつでもするけどな!」

「麗の選んだ人が浅井くんで本当に良かったよ…。」


 照れているのか浅井くんの顔が赤い。


「でも、残念だね。酔って寝落ちしてお姫様抱っこなんてさ。せっかくなら寝落ちする前にお姫様抱っこしたかったよね…首に両手回してもらってさぁ…。ベロベロに酔った麗ってやたらとキスしたがるからね~!」

「…中村…お姫様抱っこを連呼するのやめてくれよ。恥ずかし過ぎる。それにそういう情報は正直複雑……」

「大丈夫、あの子は酔ってもちゃんと相手選んでるから!それにしたがるだけで我慢も出来るから浅井くんが心配するようなことはないよ?」


 ちょっとからかったら本気で恥ずかしがられてしまった。面白い…。そりゃあんなに大事そうにしてるんだからヤキモチ妬いちゃうよね。複雑そうな表情の彼の顔はまだ赤い。


 彼に麗を運んでもらい、バッグの中から拝借した鍵で先に私が麗の家に上がる。布団を敷き、浅井くんにお姫様抱っこされたままの麗から靴を脱がせる。麗は浅井くんにお願いして、脱がせた靴を置きに私は玄関へ戻った。

 浅井くんは麗を布団に寝かせると、麗の顔を愛おしそうに眺め、髪を撫でてそっとキスをしていた。私がニヤニヤしながら部屋を覗いているとも知らずに…。先程からの様子を見ていれば、いかに彼が彼女を大事にしているか、これでもかと言うほど見せつけられた気分だ。


「見ぃちゃったぁ…。気持ちはよーく分かるよ、寝顔可愛いもんねぇ…。」

「うわっ、マジかよ…見ても言うなよ…っつうか見るなよ…恥かしい…。」

「私がいるのわかってるんだからさぁ…そういう事しなきゃ良いじゃん?」

「確かにそうなんだけど…出来心だよ、出来心!それに婚約してるんだから良いだろ?大目に見てくれよ…。」


 浅井くんは顔を真っ赤にして慌てふためいている。やっぱり浅井くんってからかい甲斐がある!なんてニヤけていると、急に浅井くんの表情が曇り、ため息混じりにぽつりと呟いた。


「なぁ、麗って酒強いんだろう?」


 確かに、普通よりは強い。お世辞にも弱いとは言えない。


「なんでここまで飲んだか…理由知ってるなら教えてくれよ。」

「……今日はさ、こーすけ達待ってるから戻りなよ。」


 そう言って、浅井くんを送り出す。腑に落ちない顔をしているが、麗の寝ている部屋で話すのは気が引けた。麗の様子を見るに、聞いているという事はないと思うが、万が一という事もある。部屋から追い出すような形になってしまうが仕方ない。きっとわかってくれるはず。私は玄関から出たところで浅井くんに声をかけた。


「話したら長くなるからさ、今日はやめとこうよ。近々、仕事帰りに時間作って。できたら私と会うこと、麗には内緒にして欲しいんだ…。」

「わかった。都合の良い日メールで教えてくれ。…じゃあ中村、麗を頼む…。」


 麗が気になるのだろう。彼は何度も振り向きながらエレベーターへ乗り込んだ。

 浅井くんを見送ってから麗の部屋に戻ると、麗は穏やかな顔でぐっすり眠っていた。

貴子に「お姫様抱っこ」と言われるたび、麗の両親宅でべろべろに酔って麗の父にお姫様抱っこで布団まで運ばれた自分を想像してしまう春太郎なのでした。

未だ、それが麗の冗談だということを知らないので、本気で恥ずかしがってます(笑)

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