55. 2軒目 (貴子視点)
麗の親友、貴子視点の話です。
「麗、そっちが先に終わりそうになったら声かけてくれ。」
「うん、わかった。春ちゃんもね?」
「浅井くん麗ちゃんにベタ惚れだね〜。」
「愛されてるねぇ、麗ちゃん!」
本当に麗は幸せそうだ。友人達に冷やかされ、恥ずかしそうに笑う横顔は、麗の親友として15年付き合ってきた私が見た彼女の横顔の中でも、特に美しい。
博之とあんな酷い別れ方をして、別人のようになってしまった親友が、すっかり元通り…どころか、それまで以上に幸せそうに笑えるようになった。
きっかけは、親友を傷付ける様な発言だったけれど、それが逆に彼女を助ける事になったのを、私は目の当たりにしている。
浅井くんには本当に感謝だ。
「すみません、こちらとこちらのお席になるんですが…」
同級会の後、「もう1軒行こう!」とお店を探したけれどみんなで一緒に入れるところが無く、全員で一緒に飲むのを諦めて入った店。男女別々のフロア、私たちは更に2人ずつにテーブルが分かれて案内された。私達が、案内された席に座ろうとした時だった。
「あれ、もしかして…奈津子?それに雪子に…貴子ちゃんと麗ちゃんまで?」
「席離れちゃうなら、ここにおいでよ。一緒に飲まない?」
案内された一方の席の隣、4名掛けのテーブル席で飲んでいたのは知っている顔。
「美希?それに美穂子?久しぶり!」
「貴子ちゃん、麗ちゃん、せっかくだしそうさせてもらわない?」
同じクラスではなかったけれど、高校時代の友人の美希と美穂子に相席させてもらい、6人で一緒に飲むことになった。
奈津子、雪子、美希、美穂子の4人は当時仲が良かった。確か同じ部に所属していたはず。そして今はその面影は無いが、当時4人はいわゆる「ギャル系」の女子高校生だった。
私と麗は、ギャル系ではなかったけれど、美希と美穂子に声をかけられる事が多く、割と話す方だったと思う。
看護師をしている奈津子の仕事の話、雪子の2人の子どもの話、私の旦那の話、雑誌に載った麗の働く店の話、婚活をしているという美希と美穂子の話など、互いの最近の近況を飲みながら話した。
美希と美穂子は、麗に敢えて恋愛とか結婚の話をふらなかった。きっと2人も博之との事は耳にして気を遣っているのだろう。
「もしかして、3組ってまだ定期的に同級会やってるの?」
「うん。今年2回目で、私達がここに来たのも同級会からの流れで…。人数多くてバラバラになっちゃったけど、2階には男子もいるよ〜?」
「相変わらず仲良いんだね〜。羨ましいなぁ。4組は無いもんね。…因みに男子って誰?」
「浅井、井上、小川、長谷川、山内の5人。」
私が5人の名前が挙げた途端、2人の目が輝く。
「井上くんって医者なんだよね?」
「小川くん、公務員だっけ?長谷川くんは公認会計士だよね?3人はまだ独身?」
美希と美穂子のあからさま過ぎる反応に、正直引いてしまった。
「山内くん以外は…みんな独身…だけど…。」
それは私だけじゃなかったらしく、そう答えた奈津子の顔は引きつっているし、雪子と麗も苦笑している。
「「残念王子も!?」」
「「…残念王子?」」
美希と美穂子が同時に声を上げる。初めて耳にするフレーズに、私と麗が思わず聞き返してしまった。
あの5人のうち、それに該当するであろう人物はただ1人。
「あぁ…貴子ちゃんも麗ちゃんも知らないよね。」
「硬式も軟式も…テニス部の女子の間で浅井くん『王子』って呼ばれてたの。でもさ、浅井くんじゃん?『王子』だけじゃしっくり来なくって…色々残念だったから…。そんな訳で私達は『残念王子』って呼んでたの。」
奈津子と雪子の解説で、やはりそれが浅井くんなんだと理解する。
麗は相変わらず苦笑いだ。まぁ仕方ないだろう。
「それで残念王子って今何やってるの?相変わらずカッコ良い?」
「後で合流しようよ?で、もう1軒いこ?」
2人が婚活に励んでいるものの、なかなか上手くいかないとか、良い人が見つからないと言っているのも仕方ない気もする。
それにしても食いつきすぎ。相席させてもらった時点で、既に結構飲んでいたみたいだし、一緒に飲み始めてからもペースが速いから…酔ってるんだよね、きっと。
「美希ちゃん、美穂子ちゃん…浅井くんはダメだからね〜。」
「雪子?それどういう意味?」
「浅井くん、結婚するんだよねー、麗ちゃん?」
「え?誰と?」
「麗と浅井くん、結婚するんだよ。」
「嘘!?本当に!?」
「…来年の春に浅井くんと式を挙げることになりました。」
雪子、奈津子、私が麗を促し、麗が結婚を2人に報告する。
「えーマジで残念…。」
「ちょっと、美希…そこは『おめでとう』でしょ?麗ちゃん、おめでとう。良かったね。」
「ごめん、ごめん。麗ちゃんおめでとう!」
麗の報告に対する美希の第一声には驚いてしまったけれど、彼女なら言いかねない…と冷ややかに思ってしまう私もいた。美希と美穂子に対して、個人的にあまり良くない思い出があるのだ。
そんなことを知らないお人好しの麗は気にせず、笑っていたけれど、奈津子の眉間には一瞬深いシワが寄ったのを私は見逃さなかった。
***
「ところで麗ちゃん、ぶっちゃけ冬田くんと浅井くんならどっちが上手いの?」
「それ、私も聞きたかった!実際どうなの?」
「え…?突然なんの話…?」
6人で飲み始めてからもうすぐ2時間になろうかという頃、雪子の携帯にご主人から連絡があり、雪子は先に帰った。
彼女が帰った直後、美穂子と美希の質問に私と奈津子は言葉を失った。
ほんのり酔った麗だけが、キョトンとした顔で、その質問の内容を理解出来ず聞き返していた。
高校時代に比べ、随分免疫が出来ているとはいえ、麗はその手の話を積極的にするタイプではない。博之と付き合っている時も色々悩みを抱えて相談を受けていたけれど、別れてからの落ち込みようは本当に酷かった。それもあってその手の話は余計してくれなくなってしまった。話しても自虐的にネタにするだけ。恐らく、博之の件でトラウマとかコンプレックスになっていたのは間違いないだろう。
それを知る由もない2人は容赦ない。
「やだなぁ、麗ちゃん。分かってるくせにぃ…。そんなのセックスに決まってるじゃん?」
美希のストレート過ぎる返答に、麗は引きつった笑顔を貼り付け絶句していた。
「いいなぁ、麗ちゃん。冬田くんとはダメになっちゃったけど、次は浅井くんだもんなぁ…。」
「冬田くんも浅井くんもカッコ良かったもんねぇ…。当時、モテる男子と言えばあの2人だったし。麗ちゃん贅沢過ぎるよ…。」
「ちょっと!?2人共いい加減にしなよ?」
そんな麗に気付いているのか気付いていないのかわからないけれど、無神経な2人の発言に奈津子が不快感をあらわにした。しかし、美穂子には聞こえていなかったらしい。
「麗ちゃん、もったいぶってないで教えてよぉ〜?」
「そうだよ、恥ずかしがらないでさぁ。お酒の席なら普通でしょ?」
「皆が皆下ネタ好きなわけじゃないんだからね?普通じゃないよ。何でそういうこと聞くの?酷くない?」
そんな様子の美穂子と美希に、私は我慢出来ず、つい声を荒げてしまった。
「だってさぁ…冬田くんめっちゃ上手いじゃん?浅井くんはどうなのかな?って単純に興味があるって言うかさ…。」
「美穂子ちゃん…博之が上手い…ってどういう事?」
私も奈津子も耳を疑った。私達が抱いた疑問を口にしたのは麗本人だった。
博之の浮気が、今の奥さんだけじゃ無かったという噂はこーすけ達から聞いていたけれど、まさか…知り合いだったのだろうか?
麗は怖いくらいににこやかな笑顔だった。浅井くんと再会した翌日、博之にバッタリ会った時の麗が見せたのと同じ笑顔。私が好きな彼女の笑顔ではない。麗が切羽詰まった時やものすごく辛い時に見せる笑顔……。
「あーあ。本当は墓場まで持っていくつもりだったんだけど…随分前の話だし、麗ちゃんも浅井くんと結婚するんだからもう時効だよね?」
無邪気に笑って…というよりも、無邪気さを装った笑顔で話す美穂子。私は衝撃過ぎて何も言えなかった。まさか、先程の懸念が事実だったなんて…。
「昔、何度か冬田くんとしたんだよね〜。きっかけはたまたま参加した合コンで一緒になってさ…酔った勢いで…そのままやっちゃったみたいな?冬田くんが合コン参加したのは付き合いで、本当は参加したくなかったって言ってたな。だけどさぁ…私だけじゃなかったみたいだよ?浮気相手。」
「アハハ…美穂子ぉ…何打ち明けてるの?酔っ払いすぎじゃない?」
2人共どうにかしてる。美穂子も信じられないが、美穂子の話を聞いて笑っている美希もあり得ない。すごく嫌な感じ。麗を挑発しようとしているのかもしれない。でもなぜ?単なる嫉妬にしてはタチが悪い。
「だけどさぁ、冬田くん酷いなぁ…。『麗ちゃんは好きだけど、身体の相性はイマイチっだ』って散々言ってたんだけど…結局浮気相手と結婚するってその人とは相当相性が良かったんだろうね〜。」
明らかに麗への攻撃。悪意に満ちた美穂子の笑顔に寒気が走る。
「へぇ…博之、そんな事言ってたんだ。ちなみに、いつ頃の話?他に何か言ってた?」
「えーっと?麗ちゃん達が同棲してた頃?同棲中の彼女がいるのにあり得ないよね。そうそう、冬田くん実は巨乳好きらしいね…麗ちゃんは物足りないって言ってたかな?本当に贅沢だよね〜。」
麗は笑顔を崩すことなく、博之と関係を持ったのはいつ頃かと美穂子に尋ねる。
その笑顔が恐ろしく見えてしまう。ここまでの麗は初めてだ。麗は私達の殺気を感じたのか、私と奈津子に対しても笑顔を向ける。無言の圧力。口を出すなと言っているのだろう。
博之をあり得ないと言うが、同棲中の彼女がいるような男と寝る美穂子だってあり得ない。それをその彼女本人に笑いながら話すなんてやっぱりどうかしている。
「ねぇ、結局のところどうなの、麗ちゃん?やっぱり相性悪い元彼より結婚を決めた今の彼氏の方が良いのかな?」
「美穂子ちゃん、色々教えてくれてありがとう。美希ちゃん、別に私は博之が上手いから付き合ってた訳でも、相性が悪いから別れた訳でもないよ。それに…春ちゃんと結婚を決めたのだって、純粋に彼が大好きだから…。だいたい、そういう事って比べるモノじゃないよね?」
美穂子がそんな麗の答えを聞いて面白くなさそうな顔をした。
美穂子の一連の反応は、あの日の海夏さんを彷彿とさせた。美穂子も、海夏さんも、なぜ麗を挑発するような事をするのだろう…。私には到底理解できない。どう考えたって負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
浮気をして自分を抱いても、結局博之が麗の元へ戻るのが面白くなかったから、今になって憂さ晴らしでもしているのだろうか?
麗は未だ笑顔を崩さない。
「美穂子がかなり酔ってるみたいだから、もう連れて帰るわ。じゃあまたね!」
気まずくなったのか、美希はそう言うと、美穂子を連れて席を立ち、自分達の分の伝票を掴んで逃げるように去っていった。酔っ払っている美穂子は、足元が覚束ない。
「貴子ぉ…奈津子ちゃん…嫌な気分にさせてごめんね…。」
「ちょっと!?麗、大丈夫?」
「麗ちゃん、よく頑張ったよ!あの子達の挑発に乗らなかったのは偉いよ!」
麗は緊張の糸が切れホッとしたのか涙を流していた。
「あぁ疲れたぁ…。完全に負け惜しみだったよね、私。我ながら可愛げのない嫌な女だなぁ…。」
涙を拭くと、麗は大きな溜息を吐き、そして自虐的に笑った。
「麗…無理してたでしょ?っていうより今も無理してる。」
「………そんな事ないよ。ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね。」
麗が席を立ち姿が見えなくなると、奈津子も大きな溜息を吐いた。
「あの2人、麗ちゃんが羨ましかったんだろうな…。高校の時美穂子が冬田くんの事好きだったのは知ってたけど…まさか関係を持ってたなんて…。それを自分でバラすってさ、自分は遊ばれてましたって恥を曝してるのに気付かないのかな?……そう言えば美希は浅井くんの事が好きだったっけ…。だからって美穂子の話を煽る事は無いよね?酔っ払ってるにしてもさ。貴子、私ちょっとあの2人探して説教してくるわ。麗ちゃんをよろしくね。」
奈津子は麗が戻ってくると、麗には「遅いと親を心配させるから…」と言って帰った。
「麗…これからどうする?浅井くん呼ぼうか?」
「貴子…春ちゃんは呼ばないで…。貴子と2人がいい…。」
私と2人きりになってからの麗は、先程までの彼女とはまるで別人のようだった。




