53. 同級会
「もう完全に遅刻だよね、私達。」
「まぁ良いんじゃねぇ?俺らが多少遅れても他の奴らは飲み始めてるんだろ?」
「うん、さっき15分は遅れるから先に始めててって貴子にはメールしたけど…。」
同級会の会場は、康介の友人山井くんが経営しているハワイアン居酒屋。私は同じクラスにはなった事がないけれど、山井くんは同じ高校で同学年だった人だ。
2年程前にこの店が開店してから、毎回ここが同級会の会場となっている。
料理もゴハンもドリンクも美味しいし、リーズナブル。清潔感があってオシャレな雰囲気。人数がまとまれば時間を区切って貸切にしてくれるのも嬉しい。
約束の時間から15分程遅れて到着した私達。
春ちゃんがドアを少し開けると、ざわめきが聞こえた。もう出席者はほとんど集まっているのだろうか?そのままドアを押せばカランカランとベルが鳴る。春ちゃんに手を引かれ店に入ると、「お、誰か来たぜ?」とか「おせーよ?」とか「麗?それとも春太郎か?」とか声が聞こえる。客席から、店の入り口は見えないようになっており、私達の姿も、皆の姿もまだ見えない。
「遅れてごめんね。」
「お待たせー!すげぇ久しぶりだなぁ。」
皆の姿が見えるところまで、奥に進むと、それまで賑やかだった店内が急に静まり返る。
あれ?何で?もしかして…みんな固まってる?
「ちょっと待て、遅れてやって来て、なんで2人は手を繋いでるわけ?」
「しかも、真夏にジャケットって…春太郎…何めかしこんでるんだよ?」
「まさか…お正月の浅井くんの空気を読まない爆弾発言の後…何かあったりする?」
「あんだけ麗に酷ぇこと言っておいて…?」
「ちょっと!何?何が起こった!?」
「貴子ちゃん…笑ってるけど知ってたの?」
手を繋いでいる事を指摘され、慌てて手を離す私達。いつもの事で意識していなかったけれど、指摘されるとなんか恥ずかしい。
私達が付き合い始めた事を貴子達に報告した時もそうだったが、予想外の展開に皆が驚愕の表情を浮かべている。
そんな中、この場で笑っているのは貴子、山内くん、岡崎くんの3人だけ。
「いやぁ、私達も初めて聞いた時衝撃だったからさ…内緒にしておいたらみんなどんな反応するかと思って。ね、こーすけ、啓?」
「あれはマジで衝撃だったなぁ…。」
「間違いない。衝撃じゃなかったら驚愕?というわけで、春太郎、解説!」
まるでイタズラが成功した子どものように笑う3人。岡崎くんに振られた春ちゃんが笑顔で報告する。
「実はこの度、俺と麗は婚約しました!そして、式及び披露宴は来年の3月末に挙げることが先程決定しました!!」
「「「「「「エェーーーーーー!?」」」」」」
「「「「「「あり得ない!!」」」」」」
「「「「「「マジでか!?」」」」」」」
店中に響き渡る驚きの声。
「ちょっと待て、それは俺も聞いてない!なぁ、こーすけ?」
「春太郎、どういう事だよ?」
「麗ぁ、お父さんに許してもらえたんだね!おめでとう!!」
「貴子ぉ、ありがとう!黙っててごめんね。」
結婚の話が進んだ事を伝えていなかった山内くん、岡崎くんもさすがに驚いたらしく、春ちゃんが絡まれている。
貴子は私に抱きついて、涙目で喜んでくれた。
いつの間にか、皆からも、「おめでとう」とか、「良かったね」とか「今度こそ幸せになれよ」とか「春太郎浮気すんなよ?」などのお祝いの言葉(?)と、拍手で店内が盛り上がる。
「みんな!ありがとうー!俺は博之みたいに浮気なんて絶対しない!必ず麗を幸せにするから安心してくれ!!」
「バーカ!その名前出すんじゃねぇよ!」
「マジで残念過ぎる…。」
「浅井くん、相変わらず空気読まないね…。」
「麗、本当に春太郎で良いのか?」
「そうだぞ、思い留まるなら今だぞ?」
「麗ちゃんも大変だね…って麗ちゃん笑ってるけどもしかしてこういうの慣れてる?まさか日常?」
「麗、いったい春太郎のどこが良いわけ?」
毎度お決まりの質問に春ちゃんは苦笑いしていた。
「デリカシーの無いところも含めて全部?」
「麗…それって俺は褒められてるのか?」
「もちろん褒めてるよ?春ちゃん。」
春ちゃんはイマイチ腑に落ちなさそうな顔をしているけれど、私としては嘘偽りなく、褒めているつもり。そういうところも含めて、彼が大好きなのだから…。
「はぁ!?『春ちゃん』だって!?」
「うわぁーマジかよ!?」
「麗ちゃん、惚気すぎ!それだけ浅井くんが好きって事だよね?」
「あーりーえーなーいー!」
「本当に良かったねぇ…。」
「麗に春太郎の残念なのが感染ってる気がする…。」
「春太郎、絶対今言ったこと守れよ?」
「春太郎…マジ死ね!」
「春太郎…爆発してしまえ!」
「麗ちゃん、ご馳走様。」
「すごいなぁ…私もそんな事言ってみたいよ。」
「もしかしなくても……馬鹿ップル?」
好意的な声に混じって、何やら物騒な叫び声も聞こえた気がしないでもないけれど、最後に誰かが呟いた一言に全部持って行かれてしまう。
「「「「「間違いない!馬鹿ップルだ!!」」」」」
30過ぎて馬鹿ップル扱いはすごく恥ずかしい。春ちゃんは満更でもなさそうな顔で笑ってるけど…。
「はいはい、みんな手元に飲み物ある?改めて乾杯するよ~?」
貴子がみんなをまとめる。飲み物が空になった人にはお代わりのドリンクが渡され、私と春ちゃんもとりあえず生ビールを受け取る。
「麗と春太郎の婚約祝いな!」
「皆グラス持ってるな?じゃあ行くぞー?麗、春太郎、婚約おめでとう!!かんぱーい!!」
「「「「「「「「「「かんぱーーーーーーい!!」」」」」」」」」」
「馬鹿ップルにかんぱーい!」
「委員長の失恋にかんぱーい!」
「俺だけじゃなくてオガちゃんもだろ?オガちゃんの失恋にもかんぱーい!」
「ついでに啓の2人目妊娠にかんぱーい!」
「ついでに長谷川くんのお見合いの成功を祈ってかんぱーい!」
「それに雪子ちゃんの5年ぶりの同級会参加にかんぱーい!」
「5年は長かったよぉ…みんなに会えたことにかんぱーい!」
「とにかく、こうしてまた集まれたことにかんぱーい!!」
皆にお祝いしてもらい、それに続いていろんなことにこじつけてたくさん乾杯して、みんなで笑って。
当時のクラスは36人。今日はその半数以上の22人が集まっている。
貸切とは言え、22人が皆一緒に飲むことも難しいので、必然的にいくつかのテーブルに分かれ、状況に合わせて席を移動しながら飲むことになる。
「ほら、2人一緒に座らなきゃ。麗ちゃん、ここ座りなよ?」
「ありがとう、ユキちゃん。」
「こっち来いよ、春太郎。」
妊娠・出産・育児で5年ほど同級会に参加できていなかったユキちゃんと岡崎くんが席をつめてくれて、私と春ちゃんは座らせてもらった。
「岡崎くん、知らなかったよ、おめでとう!ゆかりちゃん今何か月なの?みどりちゃんもお姉ちゃんかぁ…。」
「本当に分かったばっか。それより、聞いてねぇよ。良かったなぁ麗…マジで春太郎尊敬するし。」
「啓、みどりちゃん元気か?また会いたいな。」
「おい、それを彩が聞いたらヤキモチ妬くぞ?」
「康介、彩ちゃんにももちろん会いたいよ。」
少し離れたテーブルの山内くんも会話に参加する。みどりちゃんだけじゃなくて彩ちゃんも春ちゃんが大好き。特に彩ちゃんはすごく懐いている。私も久しぶりにみどりちゃん彩ちゃんに会いたいなぁ…。
「良いなぁ、春太郎は麗だけじゃなくて康介と啓の娘にもモテモテかぁ…。」
「ところで正月のあの状況からどうしたらこうなるんだよ?」
「あの時はマジで皆ドン引きだったよな…麗も無理して笑うしさぁ…どう考えてもあの時の事考えたらこうなるとは思えないだろ?」
「お正月の事、噂には聞いてたけど…私も2人の馴れ初め聞きたいなぁ。」
春ちゃんの向かいに座る、小川くんと委員長こと井上くん、それに私の隣のユキちゃんまでもが腑に落ちない顔で春ちゃんに尋ねる。3人がそう思うのも無理はないだろう。
あの時の雰囲気は酷いものだった。あの時もここで集まっていたけれど、春ちゃんのあの発言の直後、賑やかだった店内はシーンと静まり、春ちゃんの笑い声だけが響いて…。
「あの翌日に康介に呼び出されて啓と中村に説教されて…それで麗を飯に誘って謝ったのがきっかけだな…」
春ちゃんが今までの経緯を話すと同じテーブルの人達だけじゃなくて、他のテーブルの人達も聞いていたらしい。私は皆に冷やかされ、春ちゃんは皆にからかわれ、皆で笑いながら食べて飲んで、楽しい時間はどんどん過ぎていく。
「1年前の麗は酷かったもんな。見てるこっちが辛かった…。」
「あの頃の麗ちゃん、笑っても目が笑ってなかったもんね。」
「嘘でしょ…私はちゃんと笑えてるつもりだったんだけどなぁ…。」
そう言えば、以前家族にもそんな事言われた気がする…。
「麗ちゃん…笑顔はお正月の時点でも怪しかったよ?」
「やっぱり麗ちゃんは笑ってる方が良いよ、きっと浅井くんのお蔭なんだよね。」
「……なんか悔しいけど春太郎のお蔭ってのは認めざるを得ないよな。」
「……悔しいけどその通りだよ…。それにまた一段と綺麗になったって言うかさぁ…本当に春太郎には勿体ねぇよ…。」
「まぁそう言うなって。それにしてもさ、マジで麗変わったよな。博之よりも春太郎の方が麗には合ってるよ。」
「あー、それ分かるわ。すげぇ幸せそうだしな。辛い思いはしたけど、結果オーライってやつだな。」
岡崎くんにそう言われ、改めてみんなにすごく心配かけてしまっていたという事に気付いた。
「本当に結果オーライって感じだよ。博之の話、今はもう普通にされても平気だし、高校の時のクラスメイトで…まぁ付き合っていたこともあったかな…位の感覚だし。今日の春ちゃんの言動見てたら分かると思うけど…思いっきりネタにされてるし…もはやネタにされても大丈夫!って思えるのはやっぱり春ちゃんのお蔭だもん。」
今、胸を張ってそう言える。
「麗ちゃん、強くなったね。」
「春ちゃんカッコ良すぎ!いつから残念じゃなくなったんだよ?残念じゃない春太郎なんて春太郎じゃないじゃん?」
「残念じゃない春太郎ってなんか残念だな…。」
「何で残念じゃないと残念なんだよ?っつうか俺ってそんなに残念?それに『春ちゃん』はやめてくれ…なんか麗以外…特に男に言われると気持ち悪い…」
「なんかそれムカつくなー?何で麗以外に言われると気持ち悪いんだよ、春ちゃん?」
「残念ってのはある意味春ちゃんのアイデンティティだからな!」
そんな感じでワイワイ騒いでいたら、あっという間に貸切の時間は終わってしまう。これ以上長居したら山井くんにも迷惑がかかってしまうので、皆でお礼を言って解散となった。
この歳になると奥さんや旦那さん、子どもが家で待っているからと帰っていく既婚のメンバーが多い。いつもは2軒目、3軒目と率先して飲みに行く岡崎くんさえ、ゆかりちゃんの体調があまり良くないからと珍しく同級会が終わるとすぐに帰った。
残れるメンバーで2軒目にも行こうという話になり、久しぶりだからと旦那さんの許可をもらって出てきたユキちゃん、独身の委員長、小川くん、長谷川くん、奈津子ちゃん、奥様の舞ちゃんにOKをもらっている山内くん、旦那さんが単身赴任中で自由な貴子、春ちゃんと私の9人で飲むことになった。
***
「麗…さっきはなんか調子に乗って散々博之の事ネタにしちゃってごめんな…。」
次のお店への移動中、春ちゃんにバツの悪そうな顔で謝られてしまった。
「もしかして、さっき私の言った事気にしてる?」
「あぁ、ちょっと気になってる…皆の手前、無理してるんじゃないか…って。」
ネタにされても大丈夫だって言うのは本当だ。無理なんてしていない。
「本当に平気だから気にしないでよ。……だって、私のそばには大好きな春ちゃんがいて、今がすごく幸せなの。もうあの時の苦しみは全部春ちゃんが消してくれたから大丈夫。それにこれから、春ちゃんと一緒にもっともっと幸せになる予定だしね。だから私を捨ててくれた博之にはある意味感謝してるよ?それから、春ちゃんに指輪の事教えてくれた竹内君にもね。」
私はそう笑顔で伝える。私のそんな表情を見て、繋いでいた手はより強く握られて、バツの悪そうな表情だった春ちゃんも笑顔になる。
だけど、すっかり浮かれていた私は自分が抱えていたある不安をすっかり忘れてしまっていた。そして、その不安がこの直後、博之の名前と共に私をさらに苦しめることになるなんて、この時の私はまだ知らなかった。




