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51. 記憶にございません…

「ちょっと…春ちゃん、本当に覚えてないの…?」

「途中まではちゃんと覚えてるよ、麗がかほりさん手伝って揚げたての串揚げ持ってきてくれてさ…麗のお父さんに昨日見学に行った式場の事とか、先週うちの家族と飯食った話してさ…2本目の純米大吟醸空けて…ウィスキーロックで飲んで…今日の予定を話して…その後は……覚えてない。」

「どうやって布団まで運ばれたのかも?」

「……残念ながら。」

「春ちゃん…毎週お父さんにお姫様抱っこされて布団に運ばれてるなんて…私、知りたくなかったよ…。」

「うわぁ…マジか……次からどんな顔して麗のお父さんに会えばいいんだよ…。」

「ごめん…知らない方が幸せだったよね…。」

「……いや…事実を知ることも…ひ…必要だと思う…。」


 翌朝、朝食を済ませ、割と早い時間に両親の家を出た私達。

 春ちゃんはまだ少々酒臭いので、私が運転をしている。慣れない車だけど、意外に運転しやすい。

 助手席に座る春ちゃんは、私が出来心で言った冗談を真に受け、頭を抱えて悩んでいる。可哀想だけど、面白いので、本当の事を教えるのはまたにしよう。我ながら性格悪いな…。

『父にお姫様抱っこされる春ちゃんの図』の破壊力は半端ない。想像しただけで吹き出してしまう。それを必死に堪えつつ、気になっていたことを聞いてみる。


「ねぇ、昨日、布団の上に父に春ちゃん座らせられて…その後の事も覚えてないの?」

「……つまり…お姫様抱っこされた後…って事だよな……ごめん、覚えてない。」


 覚えていないだろうな…と思いつつも、少し期待してしまっていたことを後悔する。そりゃお姫抱っこされたっていう嘘を信じてしまうくらいだから覚えてるハズないよね…。


「そっか…残念。」


 ついつい、溜息を吐いてしまった私に、春ちゃんの表情が曇る。


「残念…って、俺何したんだよ…麗、教えてくれ、俺は一体何をしたんだ!?」

「私を抱きしめてキスしてくれたことなんて、覚えてないよね?」

「……それって…まさか麗のお父さんの前で?」


 春ちゃんの顔がどんどん青ざめていく。さすがに可哀想なので、この件でからかうのはやめよう。


「もちろん、お父さんが部屋を出て行った後だから安心して。『麗ぁ…愛してるよ…俺が幸せにするからな…』って言ってくれて、抱きしめられてキスされて…私、すごく嬉しかったのに…本人が覚えてないなんて残念すぎる。」

「マジか…本っ当にゴメン…そのうち…素面で…はさすがに無理だから…ベロベロになる前に言う…ように努力するから…。」


 春ちゃんの青ざめた顔が今度は真っ赤になる。


「それとね、お風呂に入ってメイク落とした私の顔見て、メイクした顔よりもメイク落とした方が好きって。めちゃめちゃ可愛い…って言ってくれたんだけどなぁ…。」

「うわぁ…麗のすっぴん…なんで覚えてないんだよ…俺の馬鹿…すげぇ損した気分。麗ぁ…なんで今朝化粧してから俺を起こしに来たんだよぉ…化粧する前に来てほしかった…残念すぎる。」

「残念なのは春ちゃんだよ?本当に途中から…ウィスキー飲むと覚えてないんだね…。」

「記憶にございません…っていうのがすげぇしっくりくるんだよ、マジで。俺、他におかしなこと言ってなかったか?」

「ウィスキーのグラスが半分になったころから、お父さん相手に惚気話して…その後私はお風呂に入っちゃったからわかんないよ。お風呂あがったら…既に春ちゃんお姫様抱っこされてたし。もうちょっと飲む量控えたらいいんじゃないの?普段、仕事のときとかどうしてるの?美咲ちゃんに聞いた話だとさ、接待でやたら飲ませたりする人もいるらしいじゃない?」

「仕事の時はかなりうまくかわせるんだけどなぁ…なんだろう、麗のお父さん相手だと、まったくそのスキルが生かされないと言うか…『俺の酒が飲めないのか?』的な笑顔の圧力を感じると言うか…。」

「やっぱり春ちゃんもそうなんだ…昔、巧さんも同じこと言ってた。」


 あーあ。私の昨日の夜、お風呂入っているときの緊張はなんだったんだろう。すっぴん披露するの、結構ドキドキしたんだけどな。覚えてないとか…わかってはいたけど、残念だ。

 次見せる時また緊張するのか…昨日は可愛いって言ってもらえたけど、酔っぱらい視点だとフィルターかかってそうだし…こんなことなら春ちゃんの言う通り、今朝のうちに見せておけばよかった。次回は絶対ベロンベロンになる前に見せよう。


 きっと春ちゃんが頑張っても父はベロンベロンになるまで飲ませるのをやめないだろうな。春ちゃんがお酒に強くなるか父が弱くなりでもしない限り無理だろう。現に、巧さんは父と飲むと未だに毎回ベロンベロンだし。

 そしてそれ以上に…父も春ちゃんが惚気るのを楽しんでるのがネックかな…昨日なんて2人ではしゃいじゃってたし。


「なんか悪いな、麗に運転させちゃって。」

「別にいいよ、嫌いじゃないし。一応ドライバー保険かけてるから。車持ってないけどさ、お姉ちゃんとか友達と遠出したりとかする時運転代われるのも気が楽なんだよね。」

「助かるよ。さすがに酒臭いまま運転するわけにいかないし…酒抜けるまで待ってたら約束の時間に間に合わなかったし…でも昨日は久しぶりに飲みすぎたなぁ…。」

「今日も飲むんだから気を付けてよ…って昨日は仕方ないよ。お父さんも嬉しかったんだと思うよ、私の『婚約者』になった春ちゃんと飲めて。」

「『婚約者』かぁ…なんとも言えない響きだな…。今日さ、麗のこと俺の婚約者だって言ったら皆驚くかな?」

「驚くんじゃない?貴子や山内くん、岡崎くんたちに付き合い始めたって言った時もすごく衝撃だったみたいだし。」

「中村にお父さんが許してくれたこと言ったのか?」

「ううん、折角だから直接会った時に言ってびっくりさせようと思って…まだ言ってない。春ちゃんは?」

「俺もまだ康介とか啓には言ってない。倉内には言ったけど。」

「倉内さんに言ったんだ…私、美咲ちゃんにまだ言ってないんだけど…。」

「倉内にまだ誰にも言うなって言ってあるから…もちろん野沢さんにも、麗が言いたいだろうから内緒にしてくれ…とは言ってあるから大丈夫じゃねぇかな。」

「2人、最近どうなの?なんかうちのカフェで仲良くランチしてること多いみたいだけど?」

「うーん、倉内的にはイマイチらしいぞ?なかなか進展がないってぼやいてる。まぁ…焦りは禁物だって本人が言ってたからいい感じなんじゃないのか?」

「あの2人も私達みたいに上手くいくといいね。」

「そうだな。」




 会話が弾んでいたせいか、車はあっという間に目的地に到着する。

 本日の1件目は正統派フレンチレストラン。美味しいと有名なところで、私も数回食事をしたことがある。雰囲気も良いし、料理ももちろん美味しい。そのときの印象では、年配のゲストには少々くどいかな…という気もしないでもないけれど、通常のディナーと婚礼料理は少々違うし、そこまで気にすることもないいだろう。

 今日はレストランではなく、そのレストランでの結婚式をプロデュースしているウェディングデスクに行くことになっている。

 細かいことを言えば、近くの教会での式と、レストランでの披露宴をプロデュースしているのだけれど。


 ウェディングデスクに到着し、大まかな説明を受ける。

 提携している教会の事、レストランの事、ドレスショップの事…。


「やはり一番の売りは本物の教会でお式を挙げられることでしょうか?結婚式場にある建物としての教会ではなく、普段からミサが行われていますし、重みが違いますよ。それから、やはり老舗の本格派のフレンチですから…普段、なかなか予約の取れない有名店ですし、ゲストの皆様の満足度が違いますね。」


 そうは言われたものの、私達には『本物の教会』がデメリットでもあった。

 その教会はカトリックの教会だったのだ。カトリックでは信者でも、信者でなくとも結婚講座なるものを受講しなくては挙式できない。改宗しろとか、洗礼を受けろと言うわけでもないけれど、挙式までに決められた講座をすべて受講する必要がある。しかも講座は平日の夜で、1回2回で受講が終了するものではなかった。

 どうしてもこの教会で挙げたい、とか、本人や家族でカトリックの信者がいる、とか、時間も融通が利くし面白そうだから…なんて場合は良いけれど、私も春ちゃんも互いの家族もカトリックの信者は1人もいなかったし、その教会で挙げたいとか、このレストランでどうしても披露宴をしたいとか、そこまで強いモチベーションも無かった。

 ただ、なんとなくレストランの雰囲気も良いし料理も美味しいのでとりあえず見学してみようか…という私達には敷居が高すぎた。




「教会式って結構大変なんだな…。」

「あの教会はカトリックの教会だったからね。1度友人の式でカトリックの教会式に出た事あるけど、神父様のお話しがすごく良かったし、誓いのキスがないのも良いなぁと思ったけど…敷居が高いよね。結婚式場とかホテルとかレストランウェディングとかの教会式はほぼカトリックじゃなくてプロテスタント系の教会だから、普通は教会式って言っても結婚講座無い事が多いよ。ちなみに、プロテスタントは神父じゃなくて牧師ね。教会式もさ、素敵だけど…この歳になって儀式とは言え人前でキスは…ちょっと恥ずかしいよね。」


 本日の1軒目もあっさり候補から外れ、春ちゃんが本命だと言う料亭に向かう。

 春ちゃんが本命というだけあって、食事の予約もしているらしい。前以て資料請求して、3日前までに予約をすれば、その季節に出している婚礼料理をリーズナブルに(とはいってもランチにしてはかなりお高めだけど…)頂けるそうだ。

 その食事の後、担当の方とお話をすることになっている。


 無料試食会などをフェアなどでやっているところも多いけれど、今までの経験上、そういうところよりも試食とはいえちゃんとお金を取っているところの方が期待できる。それだけ料理に自信があるって事だ。

 結構有名なところだけれど、残念ながら私は来たことが無い。結婚式も出来るというのは聞いたことがあるけれど、ここはブライダルフェアなどをやっていないし、結婚情報誌などにも広告を打っていない。

 食事を行くにしても、ちょっと敷居の高い料亭だ。


 なので、今日はそれなりに気を遣った服装で来ている。

 春ちゃんは真夏だというのにジャケットを羽織り、ドレスシューズを履いているし、私も綺麗目のワンピースにつま先の開いていないパンプスを合わせた。お昼だから気を遣いすぎかな?とも思ったけれど、気を遣わなくて浮くよりは、多少浮いてもちゃんとしていた方が良い。


 車を予約の際に指定されたという駐車場に停め、料亭に向かう。

 写真で見るよりもずっと立派な佇まいに私の期待もより高まるのだった。

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