49. 見学
いつもより短めです。
「なんだ?今日はやたら機嫌良いなぁ?」
ニヤける私の顔を覗き込んで春ちゃんが言う。春ちゃんだってご機嫌だ。目尻は下がって、顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「だって嬉しいもん。ニヤけちゃうに決まってるでしょ?」
かつてプランナーをしていた頃、偵察とか勉強とかそんな建前で何度もウェディングフェアや、試食会などに足を運んでいた。
それに、当時博之と結婚をするつもりだった私は、プライベートでも、色々なところを見学をしていた。その時は、どうしても同業者視点で見てしまう癖が抜けなかったけれど。
でも、あれから3年以上経っている。プランナーという仕事から離れ、純粋に自分達が式を挙げる式場を探して「見学」するのはすごく新鮮だったし、変な話、歳を取ったせいなのか、春ちゃんのお蔭なのか、自分が実際に結婚するんだっていうリアリティも幸福感も全然違う。
1軒目に訪れたのは、明治時代に建てられた洋館を改装したフレンチレストラン。フレンチとはいえ、和食の要素をふんだんに取り入れた料理と、レトロモダンな雰囲気が売りらしい。
春ちゃんには言っていないが、昔、ここのウェディングフェアには参加したことがある。
リーフレットに書かれているキャパに対して、ギリギリだな…と実際のテーブルの配置を見て思った気がする。「アットホームな雰囲気」と言えばそうなのかも知れないが、圧迫感が非常に気になった。
「招待人数考えると狭くないか?料理とか雰囲気は良いけど微妙かもなぁ…。」
ちょうどセッティング中の披露宴会場を覗かせてもらったが、当時の印象と同じだった。春ちゃんもそこが気になったようで、一通り見学した後、簡単に説明を受けたが、春ちゃんの中で候補から外れたようだ。
2軒目は、最近出来たというゲストハウス、一軒家貸切のタイプの式場だ。ちょうどウェディングフェアをしていて、模擬挙式を見学したり、披露宴会場のコーディネートを見る事が出来たのだが、なんだか気後れしてしまうというか、すごく落ち着かない。
「なんだろう…写真と雰囲気違うなぁ。」
「春ちゃんの雰囲気とも違うよね。」
派手なロココ調の装飾が施された家具や調度品は、どう考えても、私や春ちゃんの好みとはかけ離れていて、ちょっと引いてしまった。しかも安っぽさが否めない。
HPの写真で素敵だな…と思ったガーデンも、なんか違う。
フェアに参加しているカップルも派手というか…若い子も割と多かった。
私も、春ちゃんもどちらかと言えばシンプルなデザインが好き。ここはなんか違う。
予定よりも早めに切り上げて、会場を出た私達。落ち着かない空間にすごく疲れてしまった。
「なかなかイメージ通り…とはいかないもんだな…HPとかパンフレットの写真ってすげぇよ、本当に。」
「プロが撮影してるだろうし…かなり加工もしているんだろうなぁ…。」
その後も2軒目、ホテルと神社を見学したが、「フツーだな」とか、「なんか違う…」と却下されていた。
今回、見学したり、見学予定の中に、私が勤めていた2カ所は入っていない。春ちゃんが気を遣ってくれたのだと思うし、彼自身もちょっと微妙なのかも。
昔の職場って微妙だし、博之とのことを知ってる人も少なくない。
山内くん、岡崎くん、貴子、それに他にも数人その2カ所で挙げているからかぶっちゃうし。皆に自信を持っておすすめ出来る設備とホスピタリティではあるけれど、何となく気まずいし。
私の両親の家に向かう途中、春ちゃんは運転しながら悩んでいた。
春ちゃんの希望は、料理が美味しくて、雰囲気が良いところ。料理のジャンルや挙式のスタイルにこだわりはないらしい。
ただ、直感で「良い!」と思ったところにしたいのだそうだ。
なので、春ちゃんに会場選びは任せている。私自身、こだわりもないし、春ちゃんのセンスは好き。食べ物の好みだって近いので、安心して任せてはいるものの、悩んでる姿を見るとなんか申し訳なくなってしまう。
「まぁ、俺的には明日見学に行くところが本命なんだけどさ…そこもイマイチだったら…麗の今の職場じゃダメかなぁ…。」
「一応、貸切には出来るよ。…結婚式とか披露宴は聞いたことないなぁ。それに、日曜はどうだろう?休み明けに聞いてみようか?」
「もし、候補が見つからなかったら頼んでも良いか?せっかくなら料理は美味い方が良いもんな。ちょっと狭いかもしれないけど…雰囲気は好きだし。披露宴はそれでいいけど…式をどうするかだよなぁ…同じところで人前式か…どっかの神社とか教会で式を挙げるか…だと移動が面倒だよなぁ…あの辺りにそんなん無いし…。」
「とりあえず、明日も2軒行く予定だし、明後日も予約してるんでしょ?それ見てから考えればいいんじゃない?」
「まぁそうだな…今悩んでも仕方ないもんな。」
すぐ笑顔になって「腹減ったなぁ…」と呟く春ちゃん。それぞれの会場で試食をつまんだり、お茶をいただいたりでお腹が減っておらず昼食は食べていない。
外はうっすら暗くなり始めている。父はきっと首を長くして待っていることだろう。
「もうすぐ着くけどさ…なんか怖いなぁ…俺、麗の前でベロベロに酔わされるのか…。」
「春ちゃんの愛の告白聞けるの楽しみにしてるんだからちゃんと飲んでね?」
「その話はやめてくれ…俺、毎週何してたんだろうな…。」
「お父さん相手に惚気てたんでしょ?私にはそんな事、滅多に言ってくれないのに…。」
「いやぁ…ご所望とあればいつでも…って流石にあそこまでのは恥ずかしくて無理…。たまーに…気が向いたら…言うから許して。」
「じゃあ今お願いします。」
「事故ってもいいのか?」
「スミマセン…安全運転でお願いします。」
「麗のそういう素直なところ、可愛くて大好きだ…。」
「私もなんだかんだ言って優しい春ちゃんが大好きデス。」
「もう…運転中はやめてくれって。」
春ちゃんの横顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。そんな照れた姿が可愛くて、愛おしくて、眺めているだけで何だかすごく幸せな気分になる。
半年後、私は戸籍上、彼の奥さんになってるんだ…と思ったら思わずニヤけてしまった。
春ちゃんは真っ赤な顔のまま、私はニヤけた顔のまま両親の家に到着。お互い、いつも通りの顔に必死で戻して家に上がった。




