4. 女子会
「バレンタイン…かぁ…。」
ここ数年バレンタインは私にとって、自分の為に高級チョコレートを買い漁るイベントだった。
百貨店の催事場では、普段なかなか手に入らないショコラがたくさん売っている。
ショコラトリーのもの、有名パティスリーのもの、有名パティシエ監修のオリジナルのものが国内外から集まる。限定品だって多い。
チョコレートが好きなので、目新しいものに色々手を出して食べ比べしたり、可愛いものを見つけては女友達にプレゼントしてみたり、お気に入りを買って毎日少しずつ楽しんだり…毎年この時期は「ひとりチョコレート祭り」、そんな感じだ。
気が向けば手作りして、職場とか友人との集まりに持って行ったりもしてたな…。
博之はあんまりチョコレートが好きじゃなかったから、バレンタインにチョコレートをあげたことがない。
去年、一昨年はワインとチーズをプレゼントした…というか、一緒に飲んだ。
その前はチーズケーキとかチョコレートじゃないお菓子を手作りしてプレゼントしていたっけ。
今日は、仕事が夕方から。お昼は貴子達とランチをする約束がある。その前に今年も、チョコレートでも買い漁ろうか?と百貨店の催事場を覗いてみた。
目ぼしいものを、自分用に少しずつ購入。セーブしたつもりなのに、いつの間にやら結構な量だ。
それから可愛い動物の形のチョコレートを2箱買う。…いや、3箱にしておこう。今日一緒にランチをする3人にお土産。いつもお世話になっているし。彩ちゃん、みどりちゃん喜ぶかな?アレルギー無いって言ってたし、3歳半だしそろそろ食べれるよね?
父にはチョコレートよりも日本酒の方が良いだろうから、酒屋で手配するとして…。
巧さん…結局はすみれの胃袋に大半が入るであろう葉山家へのプレゼントはボンボンショコラよりもチョコレートケーキの方が良いかな?中学生はボリュームあったほうが嬉しいよね?というわけで、勤務先の店のトルタ・ディ・チョコラータに決定。ガツンとくる美味しさは食べ盛りにぴったりな筈。
浅井くん…じゃなくて春ちゃんのはどうしよう?
なんだか春ちゃんって呼ぶのはまだ照れ臭い。
あげるなら…私が1番好きなショコラトリーのお気に入りかな?さすがに手作りは重たいよね…手作り苦手な男の人も多いって聞くし…。
今度会う時にあげるのはちょっと早い気もする。あげるならその次の日曜日かな?だったら今日買うのは早いよね…。
とりあえず、今は保留にしてゆっくり考えよう。
約束の時間も迫っているので、待ち合わせ場所に向かう事にした。
「麗〜、こっちこっち!」
待ち合わせ場所に着いてウロウロしていると声をかけられる。
もう既に、貴子、山内くんの奥さん舞ちゃん、岡崎くんの奥さんゆかりちゃんが集まっていた。
「お待たせ!あれ?今日彩ちゃんとみどりちゃんは?」
「預けてきたよ。じゃないとゆっくり出来ないもん。やっと私じゃなくても平気になったからさ。」
「うちも母にお願いしてるから、今日は目一杯楽しむの。」
「じゃあ行こうよ?今から向かったら予約時間よりもちょっと早いけど…。」
こうやって、4人だけで集まって遊ぶのは久しぶり。舞ちゃんとゆかりちゃんに子どもが生まれてからは初めてだ。いつもはお子様同伴。それはそれで楽しいけれど、母達はいつも大変そうだもんな…。
今日はホテルのランチビュッフェ。
子連れじゃなかなかゆっくり食べられないと2人は嬉しそう。
それぞれが食べたいものを取ってきて、席に着く。女子会開始!って女子っていう歳でもないけどね。
「日程、無理言って今日にしてもらってごめんね…。」
「いいよ、平日の方が空いてるし、時間制限も長いし安いもん。」
「それに、旦那に子ども預けるよりも、親に預ける方が安心だしね。」
みんな気にしないでって言ってくれる。優しいなぁ…。
「ところでさ、日曜日の先約って何?もしかしてデート?」
貴子の質問にドキリとしてしまう。
「何々?麗ちゃん、彼氏出来たの?」
「そんなんじゃないよ。友達。」
「そんなんじゃない…って事は男の人?1対1?」
「…え?…まぁそうだけど…一緒に食事しただけだよ…。」
「何?前言ってた年下の料理人?それとも愛人のお誘いの人?」
以前貴子に浮いた話は無いのかと問い詰められ、職場の人に告白された話と、お客様から変なお誘いを受けた話をした事があった。
職場の人は丁重にお断りさせていただいたし、お客様の方は、何度お断りしても結構しつこいので上司に相談して、なるべくサービスの担当を外してもらっている。
「前話した人とは全然関係ないよ。」
「どんな人?かっこいい?」
「もうその話は勘弁してよ…そうだ、これお土産。彩ちゃんとみどりちゃんも食べれるかな?」
話を逸らしたくて、チョコレートを3人に渡す。
「ありがとう…チョコレート?彩喜ぶよ。こないだ解禁したの。そしたらめっちゃ食いついてた。ねぇ…麗ちゃん?その彼にもバレンタインにあげるの?手作りしちゃうの?」
「いやいや…さすがに手作りは迷惑でしょ?あげるかどうかわからないし。」
「迷ってるならあげちゃいなよ?」
「麗ちゃんのは手作りじゃなくて売り物レベルだから大丈夫!」
「そうだよ、あげようよ?で、どんな人なの?カッコ良い?」
残念ながら逆効果…。
もうこのまま逃げる訳にはいかなそうだ。でも、それが春ちゃんだと言うのは気が引けるな…。隠すみたいで嫌だけど、変に盛り上がられてしまって非常に言い辛い。でも、言ってしまったら意外に「なーんだ」で終わるかもしれないから言うべき…?
「うん…すごくカッコ良い。優しいし、笑顔が素敵だし…さりげない気遣いが嬉しい。実は…」
「麗ちゃん、その人の事が好きなんだね!?」
「え…?」
「え?じゃないわよ?今の聴いてたらどう考えても好きだって言ってるようなもんじゃない?」
実は…浅井くんなんだけどね。そう言うつもりが、完全にタイミングを逃してしまった。
「好きってなんだろうね?もう、恋愛の仕方なんて忘れちゃったよ。」
そう言って笑ってごまかした。
私は本当に恋愛の仕方を忘れてしまっていた。恋をするのが怖い。自分の気持ちに素直になれない。彼の事は好きな自覚があるだけに厄介だ。
「その気持ち、分からなくもないかも。」
貴子だった。
「あんまり問い詰めても麗困っちゃうよね。ごめんごめん。でもさ、もし彼氏になったらちゃんと紹介してよね?」
「うん、その時はちゃんと紹介するから。でも可能性は低いから期待しないでよ?」
貴子のお陰で話題は変わり、彩ちゃんみどりちゃんの話になった。子どもの成長は早いねなんて話しているうちに、あっという間に店を出る時間になった。
「また、みんなで集まってご飯しようね!啓も会いたがってたし。」
「近々鍋でもしようよ。康介と相談してメールするね。」
「今日はありがとう、じゃあまたね〜!旦那サマ達にもよろしく〜!」
舞ちゃん、ゆかりちゃんと別れて、貴子と2人、場所を変えて話をする。
「麗…大丈夫?」
「貴子、いきなり何?大丈夫も何も…私は元気だよ?」
「いやいや、今日もおかしいって。あの日、あの後博之と話したんじゃないの?」
「……急にどうして?」
「先日…2人を見たって話を聞いて…。」
「そうなんだ…。確かに話したよ。聞いていてあまり気分の良い話じゃなかったけど…。」
「苦しそうなのはそのせい?」
「ううん。それとは別件。その時の事はもう平気。きちんと吐き出したから…。」
本当にあの時の事は平気。春ちゃんのお陰。
春ちゃんがいてくれなかったら、私は今も酷い状態だったに違いない。
「じゃあ…さっきの話?日曜日食事した人、麗は好きなんでしょう?」
私は小さく頷いた。
「奥さんとか彼女がいる人なの?」
今度は首を横に振る。
「その人と一緒に居たいと思う?…その人と一緒に居たら楽しい?…その人に…そばにいて欲しいと思う?」
小さく3回頷く。
「麗、自分の気持ちに正直になった方がいいと思うよ?何を我慢してるの?久しぶり過ぎて怖いの?傷付きたくないの?…それとも…お父さんの事?…やっぱり…博之も?」
「…全部…かな?博之の事はほぼ平気だけど、ゼロかと言われると肯定は出来ない。結局のところ、傷付きたくないだけなのかも。自分でもどうしたいのか分からなくて困ってる。」
「そっか。だったら無理しちゃダメだよ。ゆっくりでいんじゃないかな?上手くいかなかったなら、そこまでのご縁って事でさ。ちゃんとご縁のある相手なら、お父さんの事も乗り越えられるはずだし…気楽に行こうよ?麗は今まで無理し過ぎてきたもん。あまり深く考えないでさ、気の向くままにしたら案外上手くいくことだってあるしね。」
気楽に行こう…かぁ…。
うん、そうしてみよう。