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47. 父と娘

「麗さんを…必ず幸せにします。裏切るようなことは絶対しません。未熟者ですが、麗さんとの結婚をお許しください。」


 私の隣に座り、緊張の面持ちで父へ許しを請う春ちゃん。

 深々と頭を下げる彼に倣い、私も一緒に頭を下げた。


「お父さん、お願いします。彼との結婚を許して下さい…。」


 ふぅ…と大きく息を吐くと、父はゆっくり口を開いた。


「頭を上げなさい。」


 父に促され、顔を上げる。父と目が合うが、すぐにそらされてしまう。父は春ちゃんの目をじっと見つめていた。それはまるで相手を威嚇する鷲のようだった。


「毎週あんな話を聞かされていたら許可しないわけにはいかないだろう。麗以外の女にあんなこと言ってみろ…ただじゃおかないからな。春太郎くんになら安心して任せられそうだ…。麗を…幸せにしてやってくれ。この通りだ。」


 しかし、威嚇するような視線も、途中から穏やかなものに変わる。その上父が春ちゃんに深々と頭を下げている。

 頭を上げた父の目は心なしか潤んでいるような気がした。

 隣を見れば、春ちゃんも目に涙を溜めて、それがこぼれ落ちてしまわぬよう必死で堪えているようだ。

 だが、父の言う「あんな話」とは一体どんな話なのだろうか?非常に気になる。


「あんな話って、どんな話?」


 私がそう尋ねると、父は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。一方の春ちゃんは、思い当たらないのか、不思議そうな顔をしている。

 そんな2人を見かねて、解説してくれたのは母だった。


「もう聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうような話よ?春太郎くんたらね、いつもベロベロに酔うと、すごいんだから。麗のすべてが可愛くて仕方がないだとか、笑顔を独り占めしたいだとか、高校のときすごく好きだったけれど、高嶺の花すぎてとても告白できなかっただとか、命を懸けてでも守るだとか、好きすぎて手を出せるわけないとか、良くわからないけど…やたら流暢な英語でしゃべってたわよ。私は英語がダメだから、辛うじて聞き取れたのは”Urara,I love you”位だけど…。酔って寝てからの寝言もすごかったわ。『麗愛してる…結婚してくれ』ってのはほぼ毎週言ってたわね。全くぶれない上に、毎回だから、これは春太郎くんの深層心理で本物だ!ってなってね…しかも本人は翌朝になると覚えてないみたいだし…。もっと早くに許してあげたらいいのに、この人ったら春太郎くんと飲むのを毎週楽しみにしていたものだから…。」


 そんな母の話を聞いて、父の顔はますます赤くなり、春ちゃんの顔も同じく真っ赤になっていた。

 2人とも滝のような汗を流している。

 真夏だというのに、気合を入れてスーツのジャケットまで着ているせいだけではないはずだ。

 春ちゃんは毎週、後半の記憶が無いと言っていた。つまりその失った記憶が今の母の話の内容だったらしい。


「春ちゃん、何で私じゃなくてお父さんにそういうこと言うの?私、直接聞きたいなぁ。」


 ちょっとイジワルだけれど、本音だ。自分でそんな事を言っておきながら、顔が熱くて仕方ない。


「ベロベロになるまで酔わせたら簡単に言うわよ?だいたい日本酒で5合くらいかしらね?先にビール飲ませるともっと早いわよ?」


 母が具体的なお酒の量を言うと、春ちゃんが明らかに動揺していた。

 日本酒5合…つまり、ワインを1本とちょっと飲ませてもあまーい告白が聞けるわけですね。という事は、2人でフルボトルを3本用意すれば充分と言う事で、同じペースで飲んでも私が先に潰れる事は無さそうだ。


「毎週じゃなくていい。月に一度は麗を連れてこい。麗の前でベロベロになるまで酔わせてやる。」


 私が思いっきりにやけていたせいか、父も笑いながらそう言った。

 そんな私と父の顔を交互に見て、春ちゃんは苦笑していた。


「麗、今度の週末連休だって言ってたわよね?その時、2人でいらっしゃい。もちろん泊まる準備してね?」


 春ちゃんと相談して、金曜の夜またここへ来る事になった。因みに土曜の夜は、高校のクラス会…という名の飲み会。他にも春ちゃんが予定を入れてくれたみたいだし、なかなか忙しくなりそうだ。




「ところで、結婚すると言ったが、いつするつもりだ?式はちゃんと挙げるんだろうな?」

「私と麗さんの希望としては…元旦に入籍をして、麗さんの誕生日に式を挙げたいと思っています。…まだ式場も決めていないので、式の日程は予約の関係で変わってくると思います。ですが、必ず式は挙げます。」

「ならいい。で、いつから一緒に暮らすんだ?春太郎くんは長男だろう。ご両親と同居はするのか?」

「同居は…いずれ弟がする事になっているので私はしません。新居はこれから2人で探す事になりますが、場所も時期もまだ未定です。」

「そうか。決まっていないならまだ探すな。一緒に住むのは式が終わってからにしろ。」

「…はい。」

「そのうち春太郎くんのご両親とも会わなくてはいけないだろう。細かいことはご両親の意向を伺って2人で調節してくれ。こちらはそれに合わせる。まぁ麗、お前なら色々分かってるだろう。今まで散々人の世話をしてきたんだからな。」

「はい。」

「決まり次第、逐一ご報告させて頂きます。」

「細かい事はいちいち聞かなくていい。春太郎くんのご両親のご意向を伺った上で2人の好きにすれば良い。」


 今後の事について、私達の意向を聞き、父の希望などが私達に告げられた。


「食事の支度が出来たら呼んでくれ。…麗だけ一緒に来なさい。話がある。」


 父はそう言うと、立ち上がった。


「春ちゃん、ちょっと行ってきます。」


 頷く春ちゃんに手を小さく振り、私は父の後について席を立った。






 ***


 父の自室に入り、向かい合って座ってからすでに10分程。

 父は難しい顔をして黙ったままだ。


「お父さん…話しないなら戻っても良い?」


 私は、正座した足が痺れてきて辛く、思わずそう言ってしまった。

 すると父は大きなため息を吐くとやっと話し始めた。その予想外の言葉が、私は驚いてしまった。


「麗…すまない。前回、破談になって辛い思いをさせたのは俺の責任でもある…。初めにあの男との結婚を勧めたのは俺だ。そのせいであんな事になって…麗を苦しめてしまった…本当にすまなかった…。」

「お父さん…何言ってるの?お父さんのせいじゃないよ…お父さんに言われなくても、博之と結婚の話はしていたし…色々気付けなかったのは私だもん…。お父さんには私、すごく感謝してるよ…あの時、私は冷静な判断が出来なかったから…。お父さんが間に入ってくれなかったらきっぱり別れる事が出来なかったかも知れない。そしたら今…春ちゃんと私は一緒にいないと思う。だから、お父さんは悪くないよ…むしろありがとう…。」


 父の目から一筋の涙がこぼれた。

 祖父母が亡くなった時も、姉の結婚式でも涙など見せなかった父。泣いている父の姿など今まで見た事なかった。

 父はその涙を拭うと、笑って言った。


「麗、今度こそ幸せになれよ…もう泣くな…。彼なら…あの男のような真似は出来ないはずだ…嘘をつくのが下手糞だからな…でも、万が一何かあればすぐに言え。俺が懲らしめてやる…。」

「お父さん…ありがとう。きっと春ちゃんなら大丈夫だよ…。」


 父と2人で会話をするのは久しぶりだった。1年以上、顔を合わせてもどこかお互い余所余所しかったし、父は私とまともに目も合わせてくれなかった。

 そんな父が私の目を見て笑ってくれている事が本当に嬉しかった。思わず涙がこぼれてしまう程に。


「ほら、泣くんじゃない…そろそろ戻りなさい。あいつも手持ち無沙汰だろうからな。」






 ***


「その話なら、1度聞いたことあるよ…。でも良かったな…お父さんとちゃんと話せてさ…。」

「これも春ちゃんのお陰だよ。本当にありがとう。」


 父に結婚の許可をもらい、一緒に昼食を食べて両親の家を後にした私達。

 私が父に呼ばれて2人で話した内容を帰りの車で春ちゃんに話すと、春ちゃんは以前父から聞かされていたらしい。少し意外だったけれど、つまり父はそれだけ彼を信頼していたのだろう。そう思うとなんだか嬉しかった。


 今日は、これから春ちゃんのご両親と夕食を頂く事になっている。結婚の報告と、今後の事について相談するのだ。


「相談って言ってもさ、かなり話は通してるんだけど。式も麗の誕生日でOKだって言うし…。それより、早く場所決めて予約しないとな。こないだ電話で話したとこの中からいくつか予約しといたからさ、話聞きに行こうぜ。」

「うん。春ちゃんすごく張り切ってるね。」

「そりゃ張り切るさ。俺がどれだけこの日を待ち望んでたと思ってるんだよ?…それに、麗はずっと職場だった訳だし、身近なところかもしれないけどさ、俺は友達の結婚式に招待されない限り行く機会無かったし…ましてや俺は麗と結婚できるんだからな!張り切らない方がおかしいだろう?」


 嬉しそうに話す春ちゃんに、思わず顔がほころんでしまう。




「…あれ?麗、スマホ鳴ってるぞ?メールか?」


 シガーチャージャーから電源を取り、充電させてもらっていた私のスマホ。春ちゃんにそれを渡され、画面を確認すると珍しい人物からのメールだった。


「あれ?小川くんだ…なんだろう?」

「小川くん?ってオガちゃん?」


 小川くんは高校3年生のときのクラスメイト。私は2年生の時も一緒だったし、春ちゃんは確か彼と部活が一緒だった。


「うん。…今週、時間あったら会えないか…だって。へぇ…妹さん結婚するんだ…それで、オススメの式場とか教えて欲しい…かぁ。」

「そっか…妹2つ下だっけな?」

「へぇ…そうなんだ。小川くん、水曜からこっちに帰って来るんだって。…私は木曜まで仕事だし…週末は両親のとこに泊まるし…式場の見学の予約もあるし…時間無いよね?土曜の夜の飲み会の時じゃダメかな?」

「妹が微妙じゃないか?」

「なんか、妹さんは忙しくて来れないみたい…。」

「だったらそうして貰えば?でさ、詳しい話は麗の連絡先をオガちゃんの妹に教えといてもらって直接やりとりすれば良いだろ?」

「だよね。そう言って返事しようっと。……あれ?今度は委員長?へぇ…委員長のお姉さんも結婚?」


 返信しようとしていたところ、スマホが震え、新たにメールを受信した事を知らせる。

 今度は、委員長こと井上くん。彼もまた、当時のクラスメイトでその名の通り、クラス委員長を務めていた人物だ。


「委員長も話を聞きたいって?」

「うん。奇遇だね〜。委員長も飲み会の時に話させてもらおうっと。」

「本当に奇遇だな…。」

「そうだね。だけど、今までも結構みんなの相談に乗ってきたからなぁ…専門学校時代の友達や元同僚が働いてるところならその子達紹介したり…それに色々見てきたし、同業者の話も聞いたりしてるしね。」

「あの2人は独身なんだっけ?」

「お正月の時点では…ね。でも今は分からないよ?現に私達だってあの時は独り身だったけど、こうやって結婚することになったわけだしね?」


 小川くんも委員長も地元を離れているけれど、クラス飲みにはほぼ毎回出席している。

 そんな2人から同じ様な内容の連絡が来たことには驚いた。だけど、今まで飲み会で当時のクラスメイト達の結婚関係の相談には度々乗っていたし、山内くん、岡崎くん、貴子はもちろん、他にも2組私がプランナーとして関わっていたので、相談を受けるのは不思議では無い。

 私は2人にメールの返信をして、再び春ちゃんにスマホを預け、充電してもらった。

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