45. 三十路会
「八重山ちゃーん、爽やかくん今週3回も来たよ〜。そうそう例の2人も最近さぁ、頻繁に来るんだよね〜。カフェの奥の方で仕事の話してるみたい。倉内様、雰囲気違って最初誰か分からなかったわ…『先日はご迷惑おかけしました。』って言われても何のことやら分からなかったし。八重山ちゃんの名前出されてやっと気付いたよ。それにしてもカッコ良いわ…今の方が断然良い!八重山ちゃんに言われて髪型変えたって言ってたけど?なんで?」
「恋愛相談的な事でアドバイス求められたんで軽い気持ちで言ってみたんですけど…翌日早速変わってたんで私もびっくりしました…。」
「はぁ〜なるほど。相手は例の彼女でしょ?あの時、めちゃくちゃ心配そうだったもんね〜。それに仕事の話っぽいけどなかなかいい感じだよ?」
あれから2週間。
どうやら倉内さんと美咲ちゃんはちょっぴり進展があったらしい。
真夏の厳しい暑さで客足が少し鈍くなったせいか、アルバイトが増えたせいか、店の忙しさは落ち着いた。そんなわけで伸び伸びになっていたチーム三十路の飲み会、通称『三十路会』に初参加した土曜の仕事終わり。とは言え、支配人は不在。奥様がご懐妊されたそうだ。安定期に入ったから…と今日皆に発表され、支配人不在だけれど「お祝い」という名目で飲んでいる。
「ここ数ヶ月、飲んでも私と瀬田ちゃんの2人だったからね。支配人、『忙しい忙しい』って言うだけで帰っちゃう理由教えてくれなかったし。八重山ちゃんの彼氏は土日休みだからさぁ…土曜の夜に声かけるのは野暮だよねって瀬田ちゃんと話してて。彼氏と会ってないならもっと早くに声かければ良かったわ。」
「本当に支配人も八重山ちゃんもつれないなぁ…。報告・連絡・相談は大事だよ〜!ホウレンソウだよ、ホウレンソウ!」
「スミマセン、以後気を付けマス。…それにしてもおめでたいですね。性別どちらなんでしょうね?」
「支配人は男の子が良いらしいよ?静香さんは女の子が良いみたいだけど。だから産まれるまで聞かないんだって。さっきメールしたらそう返って来た。」
「静香さん、元々妊活で仕事辞めてるから…本当に良かったよね!何度かダメになってたみたいだし…。私達の仕事ってさ、夜も遅いし、拘束時間も短くないし、ヒールで立ちっぱなしだし…。結婚したらどうするか、もし続けるにしても、いつまで続けるかが難しいよね…。」
初めて聞いた事実に、少し驚いた。確か支配人の奥様の静香さんは私よりも7歳か8歳年上だった。周囲からの信頼も厚く、仕事がすごく出来る、すごくカッコいい女性。私が以前お会いした時は、まだご結婚もされてなくて、仕事が生き甲斐だと仰っていた。そんな静香さんがその決断をするのは簡単じゃなかったはず。
仕事と結婚出産の関係は難しい。福利厚生がしっかりしている大企業ならまだしも、飲食関係のサービス業はなかなかシビアだ。
足りない人員は非正規で使い捨てみたいなところもあるし…。
「私は向こうが自分の店を出す時、今の店を辞めて結婚するつもり。実際のところいつになるか分からないけど…。出産は…理想としてはその店が軌道に乗ってから…かな。一応いつ迄に…とは決めてるけど、どうなるのかな…。」
「長尾さんの彼、フレンチの料理人でしたっけ。私は…お互い結婚願望なんて皆無だからなぁ…。妊娠するとかきっかけが無い限り結婚しない気がする…って思っちゃう自分が嫌だ〜!…まぁ、実際、今は彼氏よりも仕事の方が大事って言い切れる位、今の関係に満足してるんですけど。…ところで八重山ちゃんは?」
瀬田さんにそう聞かれ、困ってしまう。結婚したら今の仕事はどうするか?なんて考えた事なかった。
未だ父の態度は変わらないし…。現状そこまで考えられない。
「考えた事なかったです…。どうするんだろう…そもそも生活リズムが違うんですよね…相手の意向を聞いて…続けられたら続けるのかなぁ…?だけど、前職にも未練が無いわけじゃないし…。今の仕事も楽しいですけど、仮に結婚する事になったとして、自分がお世話されたら…また戻りたくなっちゃう気がするんですよね。」
「確かに、相手が一般企業に勤めてるとなかなか理解得られないんだよね。私は同業者としか付き合った事ないけど、昔の同僚たちはみんな結婚を機に仕事辞めてるなぁ…。八重山ちゃん前職プランナーだっけ?」
「はい…。」
「式を挙げようと思ったら…現役のプランナーと絶対関わるもんね…。なんかこの3人の中で八重山ちゃんが1番最初に辞めちゃう気がするなぁ…転職するのもリミットあるし…結婚にも1番近そうだし。爽やかくん、いい旦那さんになりそう…意外と亭主関白だったりして?」
「結婚したら家庭に入って欲しい…的な?」
「黙って俺について来い…的な?」
「どうなんでしょう…そんな話、した事ないからなぁ…。」
「付き合ってまだ半年経ってないんだっけ?だったら別にそんな話無くても不思議じゃないか…。」
「私なんて5年経ってもそんな話皆無ですよ…長尾さんの彼は良いなぁ。実現的な目標があって。私の彼は『好きな洋服に囲まれて生活したい』ってものすごく漠然とした希望だからなぁ…。と、言いつつ私もそんな感じで…似た者同士ですからね。お互い個性が強すぎてそもそも一緒に生活出来る気がしません。」
結婚後の仕事の事もちゃんと考えていて、料理人の彼氏と自分達の店を持つ目標に向かって頑張っている長尾さん。
今は結婚よりもお互いの仕事や自分の時間が大切な瀬田さん。
結婚を強く望んでいるのに、その後の自分について全く考えていなかった私。
三者三様。だけどなんだか1番ダメダメな気がするな…私。
春ちゃんはこの4ヶ月間、毎週土曜日に父の所へ通ってお酒を飲まされている。相変わらず、飲まされ過ぎて気付けば朝…というのが毎回らしい。なんて話を毎回聞いてたら、春ちゃんの体が心配だ。
私が変に口を出すと、父がヘソを曲げて拗れるから「何もするな」と母にも、姉にも、巧さんにも言われている。何も出来ないのがもどかしい。
春ちゃんは、私の前ではニコニコ笑っているけれど、父の態度に変化が見られない事に、焦りや不安を感じているみたいだ。
先が見えなくても、自分の身の振り方について考える事位出来るのに、私は何も考えていなかった。
今の仕事は、労働条件も悪くないし、上司や先輩、同僚にも恵まれている。仕事は楽しい。…嫌なことが無いわけではないけれど目を瞑る事が出来る程度。そして、正社員だ。
簡単に辞めてしまうのは惜しいと思う。だけど夜遅い仕事というのは周りの理解を得られるだろうか?
なら正社員からパートに切り替える?それはそれでもったいない気もする…。周りを説得して続ける?だけど、せっかく一緒に暮らしてもすれ違いばかりなのは嫌だ。
それ以前に、春ちゃんとしてはどう考えているんだろう?こういう話、したことなかったからなぁ…。でも、専業主婦になって欲しいって言うタイプじゃない気がする。
1人で考えても仕方ないよね。明日も会う予定だし、さりげなく聞いてみよう。
今日も春ちゃんは父の所へ行って話をしている。もう日付が変わってしまっているから、きっとベロベロに酔って布団で寝かされているんだろうな…。
「八重山ちゃん、難しい顔しちゃってどーしたの?」
つい考え込んでしまった私に、瀬田さんが明るく声をかけてくれた。それに続けて、長尾さんも口を開く。
「確かに難しい問題だよね。自分1人で決められる事じゃないし。すごく悩んで決めても外野がごちゃごちゃ口出してくるしね。」
「全くその通りで。早く結婚しろだの、子ども産めだの、たまーに実家に帰れば親戚でもない近所のおばさんにまで言われるんですよ?しまいにはそのおばさん、息子の嫁に…って。その息子っていうのが、バツイチ子持ちの10歳年上で…。せっかく若い彼氏がいるのに…無理ですよ、どんな嫌がらせですか?って感じです。だったら土下座で頼み込んででも年下の彼氏に結婚してもらいますから。」
「瀬田ちゃん…大変だね…。」
「田舎なんてそんなもんですって。」
「私も、父の従姉に当たる親戚にお見合いを勧められましたよ。お見合い写真持ってこられた時、たまたま彼がいたのでなんとか諦めてもらえたみたいですけど、両親が困ってしまう程しつこかったみたいです…。」
「八重山ちゃんもかぁ…。じゃあうちは平和な方なのね…。せいぜい伯父叔母に『相手がいるなら早く孫の顔を見せてやれ』だもん。」
「それはそれでプレッシャーですよね…。」
3人で顔を見合わせて、お互い大変ですね…と苦笑していると、瀬田さんの表情が急に満面の笑みに変わった。若干黒い笑顔な気がしないでもないけど…。
「八重山ちゃーん、ご両親遠くに住んでるんだよね?」
「遠く…と言っても車で1時間半くらいですけど…。」
「親戚のおばさんと爽やかくんが会ってるって事はさ、ご両親には紹介済みって事だよね?わざわざ1時間半かけて連れて行ったって事はさぁ…」
「結婚の話が出てるって事?ちょっと、聞いてないよ?」
「長尾さん、私のセリフ言わないで下さいよ!」
瀬田さんだけでなく、長尾さんまでニヤニヤしている。
「ちょっと、どーゆー事かな?」
「具体的な話が出ているわけではなくて…それに父が頑固で…。」
「つまり、八重山ちゃんのお父さんが結婚を反対していると?」
「あんなに爽やか好青年なのに!?一体何したの!?」
「いえ、決して彼に問題がある訳では…」
「お父さんは八重山ちゃんが可愛くて仕方ないんだね。『可愛い娘を嫁にやれるか!』的な感じ?」
「それともちょっと違うような…私が信頼されてないというか…。」
「要するに八重山ちゃんが心配なんだね、お父さん。」
「八重山パパの許可待ちかぁ…爽やかくん頑張れ!…八重山ちゃん、お許しが出たらちゃんと報告してよ?」
「やっぱり八重山ちゃんが1番結婚に近そうだね…。決まったら私にもちゃんと教えてよ?」
「その時は必ず…でも、いつになるかわかりません。父はすごく頑固なので…。」
「そりゃ娘がこんだけ可愛いならお父さん心配だよ。」
「『娘はやらん!』って言われ時の爽やかくんを見てみたいかも…やっぱり落ち込んだ姿も爽やかなのかな?」
「それ、私も見てみたいかも!」
瀬田さんと長尾さんがよくわからない願望で盛り上がっている。確かに、春ちゃんは落ち込んだ姿もカッコ良い。爽やかかどうかは謎だけど。でも、やっぱり笑っている方が好きだな…なんて思ってしまう私。
そうこうしているうち、飲んでいたお店の閉店の時間になってしまったので、三十路会はお開きとなったのだった。




