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44. ヤキモチ

「麗ちゃん…昨日は話を聞いてくれてありがとう。なかなか会社での愚痴を言える人がいなかったから、麗ちゃんに聞いてもらえて気持ちが楽になったよ…。」

「ただ、話を聞くだけで良ければ声かけてね。愚痴でもぜん構わないから…。アドバイスとか求められると困っちゃうけど、ただ聞くだけならいつでも話聞くよ。」


 翌日のお昼前、美咲ちゃんと私はそんな言葉を交わし、彼女は帰っていった。




 春ちゃんが迎えに来てくれたのはその僅か30分後。荷物も多い事だし、春ちゃんに家まで乗せて行ってもらったらどうかと美咲ちゃんに提案していたけれど、昨日の夜泣いたせいで目が腫れているから…と断られた。

 そんな美咲ちゃんの判断は正解だったと思う。


「実はさ…俺だけじゃないんだよね…。」


 迎えに来てくれた車の後部座席には倉内さんも乗っていた。もしも私が美咲ちゃんだったら、泣いて目を腫らした状態で好きな人…つまり倉内さんには会いたくないと思う。無理に美咲ちゃんを引き留めなくて良かったと心から思った。

 しかも、倉内さんは明るかった髪がダークカラーに染められ、短く切られていた。全然雰囲気が違う。チャラいイメージが払拭されている。相手が気合入っているのならば、余計にそんな姿など見られたくない。


「麗ちゃんが言うからさ、髪染めて切ってみたんだけど…野沢さん帰っちゃった?見せたかったんだけどなぁ…残念。で、どうでしょう?」

「こっちの方が似合ってますよ。…それにしてもすごい行動力ですね。」

「それだけ本気って事なんだけど。なかなか本人には伝わらないんだよね…。」

「ノリが軽いんだよ、倉内はさぁ…。」

「浅井が硬すぎるんだろ?麗ちゃんはどう思う?」

「私は春ちゃんくらいが丁度良いです…。」

「だーよーねー。聞いて損した…というか聞く相手間違えた。ところでさ、これからどこ行く?」

「倉内…デートの邪魔すんなよ。」

「いいじゃん、どうせ俺がいてもイチャイチャすんだろ?昨日だってさぁ…麗ちゃんに食べさせたり、花火見ながらべったりだったじゃん?肩なんか抱いちゃってさぁ。浅井くんって結構積極的なのね!とか、羨ましくてちょっと妬けちゃったわよ?」

「倉内…なぜオネエ言葉…?」


 昨日、ばっちり見られちゃってたんだ…あちらはあちらでとても良い雰囲気だったから安心しきっていたのは失敗だったらしい…。顔が熱くてしかたない…手で顔を扇いでいたら春ちゃんが無言で冷房を強めてくれた。私の為だけじゃなさそうだ。春ちゃんも顔が真っ赤。


「2人ともシャイだね~仲良く真っ赤になっちゃってさ。」


 私も春ちゃんも反論できず、3人でランチをすることになった。




「昼間っから焼肉ですか?」

「ほら、ニンニク気になってキスとかできないでしょ?」

「嫌がらせのつもりですか…。そんな事されなくても人前でキスなんてしませんよ…。それに私、夕方から出勤なんです…。」

「冗談冗談。ここ、基本下味とかついてない肉を塩で食べるメニューが多いから、ニンニクのオイル焼きとかキムチでも頼まない限りニンニク臭は平気だよ。それに換気扇も強力だから服にも臭いつかないしね。」

「倉内…お前、俺をなんだと思ってるんだ?」

「十数年越しの初恋を叶えた奥手な父ちゃん坊や?…って言ったら物凄い残念臭が漂っちゃうかな?」

「父ちゃん坊や…なかなか聞かない単語だよね…。」


 思わず笑ってしまった私に、春ちゃんは少し不満そうな顔をする。春ちゃんはどちらかと言えば童顔だし、純粋で少年っぽいから、その表現は間違ってない。だからこそ幼く見られることを気にしている彼にとっては面白くないんだろうな。


「まぁ冗談はさておき。いろいろ聞きたかったから個室っぽい方が良くて焼肉にさせていただきました。昨日、麗ちゃんが言っていたことも気になってたし。」

「何の話だよ?」

「浅井と付き合うの躊躇ってた理由とか参考までに聞かせてほしいな…なんてね。それにあの後の彼女の様子も聞きたいし。」

「俺と付き合うのを躊躇っていた話…か。そんなこともあったっけ…。」


 春ちゃんが遠い目をしている。本人には話していることだけど、当時の私の態度で彼自身にもきっと思い当たる節があったんだろうな…。


「そもそも恋愛の仕方なんて忘れてましたから。変に期待して傷つきたくなかったし、うまくいっても価値観が同じかどうかも不安だったし…それに…」

「それに、浮気する人だったらどうしよう?とでも思ってた?」

「おい、倉内…」

「何があったのか知らないけどさ、麗ちゃん浅井がモテる話とか浮気ってワードにすごく敏感だよね。それからさ、俺と初めて会った時も、野沢さんとおかしな空気になってたし。もしかして昔付き合ってた男に浮気でもされた?」


 うわぁ…笑顔でサラリと聞かれちゃったよ…。これ以上気まずくならないように私も笑顔でサラリと答えなくては…。


「ええ。浮気されました。だから、彼氏がモテるって不安なんです。春ちゃんはモテてるって自覚がないみたいですけど。…だけど、倉内さんはご自身がモテるタイプだって自覚されてますよね?その辺の配慮が大事だと思いますよ?しかも職場恋愛ですよね?女の妬み僻みは怖いですから。昨日、倉内さんから伺った、春ちゃんのモテエピソードありましたよね?ご自身にも当てはまりますよ、きっと。」

「麗…こいつに何聞いたんだよ?」


 私としては、昨日あんな話を聞いたわけだし、美咲ちゃんの悩みというか、彼女がなかなか前に進めない理由を倉内さんには気付いて欲しいと思う。だからと言ってそれをそのまま伝えるのは違う気がする。だから、自分の話にすり替えて気付いてもらえたら…と思って言ってみたものの、少し棘のある言い方になってしまった気がしないでもない。

 思いっきり黒い笑顔で倉内さんに言い返した私を見て、春ちゃんの顔が引きつってる。何かやましい事でも?なんて聞いたら意地悪過ぎるかな。…いや、鈍い春ちゃんに聞いたところで、首を傾げるのが関の山か…。

 もうちょっと自分がモテるって自覚してもらいたい気もする。


「春ちゃんの事が好きな女の子がお酒の席で…歓送迎会でしたっけ?で、揉めていたという話。本人の知らないところで酔っぱらった2人が言い争ってたらしいよ?仕事中に色仕掛けしたとか、色目使うなとか。倉内さんによると、色仕掛けされてる本人はスルーしてたとか、見事に気付いてなかったとか?」

「くーらーうーちぃー。適当なこと言って麗の不安煽るなよ?」

「いや、これ実話。嘘だと思うなら俺と一緒に止めに入った重里さんに聞いてみろよ?」

「……………。」

「こんな話を聞いたら不安にもなりますよ?私は倉内さんや美咲ちゃんに聞かない限りそんな話は耳にする機会無いですけど、美咲ちゃんは嫌でもそういう話耳に入っちゃうでしょうね。…というわけで、この話はやめましょう。」

「じゃあ、昨日帰ってからからの彼女の様子聞かせてくれない?」

「それは…お断りします。」

「昨日は結構手ごたえあったんだけど…」

「手ごたえあったからって、焦るのは良くないんじゃないでしょうか?…いろいろ難しいお年頃なんですよ。」

「難しいお年頃ねぇ…。まぁいろいろ考えるのは男も一緒だし…な、浅井。」

「あぁ…そうだな。」


 なんとも言えぬ微妙な空気になってしまった。

 聞こえるのはお肉が焼ける音と炭が爆ぜる音だけ。みんな無言だ。

 言葉は選んだつもりだけど、ちょっと喋りすぎてしまった気がしないでもない。倉内さんに乗せられてしまったというか丸め込まれてしまったというか。なんだかものすごい敗北感…。


 この人がモテるのわかる気がする。

 話すのも、話させるのも上手い。腹黒さは否めないけど、良い人だし。

 美咲ちゃん、自分に素直になれると良いな…。


 昨日だっていい感じだった。空気感が意外と合っていると思う。美咲ちゃんと一緒だと倉内さんは雰囲気が柔らかくなる。毒っ気が抜けるというか…。美咲ちゃんだって倉内さんの前だといつも以上に可愛くなるし。





「そんなに不安なのか…?」


 倉内さんが席を立った時、春ちゃんにそう聞かれた。春ちゃんの顔には笑顔が無かった。困ったような、少し悲しそうな…そんな表情をしている。


「ごめんね。ちょっと大袈裟に言い過ぎちゃったかも。なんだろう…倉内さんにアドバイスというか…美咲ちゃんの不安を間接的に伝えられたら…と思って…だから、春ちゃんの浮気を疑ってる訳じゃないよ…。」

「本当に?なんかやたら言葉の端々に棘があるって言うかさ…いつもの麗と違ったから…。」

「うーん。。。倉内さんに聞いた話はやっぱり良い気はしないけど…春ちゃんはスルーしてるとは言え、色目使われてるのはね…。」

「本当にそれだけ?倉内も言ってたけどさ…浮気って言葉出る度、麗不安そうな顔してたぞ?」

「…多分…それって…条件反射みたいなものだと思う。」

「結局のところ、理由はどうあれ、不安なものは不安なわけだ。そりゃあんな事されちゃ仕方ないよな…。」


 春ちゃんにそう言われ、私は何も言えなくなってしまった。その通りだったからだ。


「でも、四六時中不安な訳じゃないよな?時々不安になる事があるって事だよな?」


 私は頷いた。すると、春ちゃんの顔にやっと笑顔が戻る。


「じゃあ、不安に思う事が少なくなるようにしていけば良いだけだな。些細な事でも不安だったらちゃんと言えよ?」

「ありがとう…。春ちゃん…優しいね。…でも他の女の子に優しくしちゃダメだよ?」

「麗、妬いてんのか?」

「ヤキモチくらい妬いても良いでしょ?」


 ヤキモチを妬いてるって言ったらすごく嬉しそうな顔をされてしまった。そこ喜ぶところじゃないから!


「麗ちゃん、ヤキモチじゃなくて肉焼こうか?」

「倉内さん…聞いてたんですか…。」

「うん。春ちゃん男前過ぎて俺も惚れちゃうかも。」

「倉内…気持ち悪りぃ…お前が『春ちゃん』はやめてくれ…。」


 いつも絶妙というか微妙なタイミングでこの人は現れる。

 どこから聞かれていたんだろう?春ちゃんに男前!って言うくらいだし…他の女の子に優しくしないで欲しいってのは聞かれてるよね…あー恥ずかしい…。


「良いなぁ…俺も『他の女の子に優しくしちゃダメ』とか言われたい…。」


 そう言いながら、網の上にどんどんお肉をのせていく。うわぁ…思いっきり聞かれてたよ…。この人、悪い人じゃないんだけどこういうところちょっと苦手かも…。

 やたらニヤニヤした倉内さんと、恥ずかしさのせいかちょっぴり不機嫌そうな顔をした春ちゃんと、真っ赤になってしまっているであろう私。

 特に会話がある訳でもなく、3人で黙々と食事をして店を出る。

「良い事聞いちゃったから…それにアドバイスありがとう」と、またしても倉内さんにご馳走になってしまった。

 そして、彼はそのまま上機嫌で帰って行った。




「あの様子だと、麗の言いたかった事、ちゃんと伝わったみたいだよな…。」

「そうだと良いんだけど…。」


 出勤時間が迫っていたので、そのまま家まで送ってもらい、念のため念入りに歯磨きをして、シャワーを浴びてから出勤した。

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