バレンタイン特別編 『春太郎とチョコレート』 (春太郎視点)
明日はバレンタインということでちょっとした小話を…。
麗と再会し、お付き合いが始まる前のバレンタイン当日の春太郎のお話です。
麗は名前のみで出てきません。
短編『ほろ苦くほの甘い』と一部台詞が被ります。
短編『ほろ苦くほの甘い』は高校3年生のバレンタイン当日の春太郎のお話がメインとなっております。
宜しければ、こちらもよろしくお願いいたします。
「浅井さん、今日バレンタインっすよ。」
「バレンタインねぇ…。」
「なんか興味無さそうですね……。」
「興味無いって言うか…お返しが面倒くさい……。」
「浅井さん…何気にモテ自慢っすか?」
「仕事関係の人からしかもらえねぇし…どうせそんなもん義理とか付き合いで…深い意味は無いだろ?とはいえちゃんと返しとかないといけないしさ…。結構金額も馬鹿にならないもんなぁ…。そういう付き合いで高いチョコ幾つももらうより、例え100円の義理チョコでも好きな子に1個だけもらう方が嬉しいな……なんて思ったり。」
「もしかして昔、たくさんもらった本気のチョコより、好きな子にもらった100円の義理チョコの方が嬉しかったって実話っすか?」
「本気のチョコなんてそんなにもらってねぇよ…。だけど100円の方は実話。もう12年も前の話。高3の時…あるじゃん?期間限定のゲン担ぎのネーミングで桜のパッケージのチョコがさ。箱に手書きで『試験頑張ってね!』的な事が書いてあって…もらったの俺だけじゃなかったんだけど、30年生きてきた中であの時のチョコが1番嬉しかった。試験に持って行ったら、その日はすげぇ調子良くて…合格してからも箱捨てられなくてさ、就職試験の時にもお守り代わりにしたりして。社会人になってからも辛い時とか、頑張らなくちゃって時にそれ眺めたら不思議と頑張れたんだよ。だけどあれ、どこいっちゃったんだろう…」
今日がバレンタインデーだということに気付いたのは外回りの仕事の帰り道。土屋の何気ない一言がきっかけだった。
俺と土屋がそんな会話をしながらオフィスに戻ったのは、定時を1時間以上過ぎた頃だった。
「確かに…これはお返しが面倒くさいっていうのも頷けますね…。」
俺のデスクを見た部下の土屋の顔が引き攣る。
山積みになったファイルの隣に、チョコレートらしき箱が積まれ、隣の土屋のデスクへ向かって崩れていたのだ。
土屋は、俺のデスクから雪崩れたらしきチョコレートを回収するとどこかから大きくて厚手の紙袋を持ってきてそこへ入れた。
「浅井さん、モテモテっすね。」
「チョコレートの数が多いからってモテるってのは安直過ぎるだろ?入社年数考えろよ?単に知り合いが多いだけだって。俺の取り柄は愛想の良さくらいだからな!」
「俺なんて3個ですよ?そのうち2つは全員がもらえるやつだし…仲の良い同期の野沢さんくらいっすよ、個人的にチョコくれるのなんて…と言っても、彼女も間違いなく義理なんでしょうけどね…。」
そして土屋は彼のデスクに置かれた洒落たチョコレートの包みを開けるとパクパク食べ始めたのだった。
「これ美味い!空腹は最高のスパイスって言いますけど、多分このチョコ、腹減ってなくても美味いと思います。」
「なんかそれ、食い方間違ってるだろ?胃もたれ起こすぞ?」
スナック菓子か何かを食べるかのように次から次へと口へチョコレートを放り込み、彼はあっという間に一箱空けてしまった。
「あ、野沢さん、チョコレートすげぇ美味かったっすよ?ありがとうございます。」
今食べたチョコレートの贈り主が現れ、土屋が礼を言うと、礼を言われた野沢さんは首を傾げた。
「私、土屋さんにチョコレートなんてあげてませんよ?昨日、飲みに行った時、『明日バレンタインなんだから奢ってくださいよー』って言われて奢ったじゃないですか?それで十分でしょう?」
「だってこれ、『いつもありがとうございます。野沢』ってメモ…。」
「!?そのチョコレート、浅井さん宛てなんだけど…。」
「え?マジっすか?てっきり俺のだと思って…全部食べちゃった…。」
「一箱全部ですか!?あり得ない…だから土屋さんは若いのにメタボ検診引っかかるんですって!」
野沢さんは呆れたような表情で肩を落とした。
「ごめん、俺のデスクから崩れたのが土屋のデスクに乗っててさ、それで多分紛れたんだよ、こいつに悪気はないから許してやってくれよ。気持ちはありがたくいただくし、ファイル散らかしたまま出かけた俺も悪かった訳で…今度飯でもおごるからさ。」
「そうですよ、片付けなかった浅井さんの責任でもあります。と言うわけで、俺も飯に連れて行ってくださいよー。いっそ今日なんてどうですか?」
「土屋くん……?そんなに飯連れて行って欲しい?今日は無理だけど一緒に連れて行ってあげるよ…その代わり、このチョコレートくれた人達リストアップしてさ、お返し用意して配ってね☆見積もり出た時点で言って貰えば代金はすぐ用意するからさ!間違えたとは言え、一気食いしたのは土屋くんだよねー?」
「ハイ、ヨロコンデ手配サセテイタダキマス…。」
自分でも汚いと思ったが、チョコレートに関わる1番面倒な『お返し』という問題を土屋に押し付けたのだった。
「モテるってすげぇ羨ましいと思ってましたけど、こういうのは全然羨ましくないっす…面倒だって言う浅井さんの気持ち、やっと分かりましたよ…。」
先に仕事を終えた土屋が、俺のチョコレートの贈り主をリストアップし、げっそりした顔で申し訳なさそうに言った。
「だから俺はモテるわけじゃねぇって…モテるならこんなに苦労してねぇし…口説き方も下手くそだしさぁ…そもそも、モテる奴は別れてもすぐ次が出来るだろ?何年彼女いないと思ってるんだよ?」
「あれ?彼女いないって本当だったんですか?じゃあ、浅井さんっていつから彼女いないんすか?」
「25になる直前に別れた。『仕事と彼女、どっちが大事なの?』って聞かれて仕事って即答したら『ついていけない、もう無理!』って。」
「思いっきり定番の別れ方じゃないですか…つまり彼女いない歴5年?……マジっすか?あ、そっか。彼女はいないけど、遊びの女はいたってことですよね?」
「は?んなもんいるかよ。女と遊ぶ暇も気力もなかったんだよ、ここ来る前は。休みの日なんて起きたら夕方…ってのが定番だったしな!」
「今、流行りの社畜ってやつですね!っていうか、うちってそんなにブラックだったんですか?」
「たまたま俺が貧乏クジ引いただけだろ…暇そうな奴は暇そうにしてたし…。でも、いい経験だったと思うよ。」
お陰で、効率的に仕事をこなせるようになったし、先の先まで見通す癖や、トラブルへの対応力だってついたと思う。
それだけではなく、地元に戻ってから、時間に余裕があると思えるのも、毎日が充実していると思えるのも、きっとその経験があるからなのだろう。
「ところで、今日約束でもあるんすか?さっき、『今日は無理』って言ってたじゃないですかぁ。彼女はいなくても、どーせいい感じの子はいるんですよね…。もしかしてその子とデートっすか?」
いい感じの子…か。
麗はきっと仕事をしているのだろうな。彼女と会えるのは2日後。残念だが今日じゃない。
「約束はあるんだけど、残念ながら相手は野郎なんだよ…。」
「バレンタインなのに男同士っすか…なんか苦いっすね…。」
数日前、「飲まないか?」と誘ってきたのは、10年来の友人、竹内 大介だ。
正直、会うのは少し気が重い。
裏表の無い良い奴なのだが、博之の友人でもある彼は、麗の過去の恋愛について良く知っている。
それだけでなく、彼の近況も把握しているのだ。
そもそも、俺と麗が2人で食事へ行くきっかけとなった指輪の話をこいつから聞いたのだ。
自然と共通の友人である博之の話が出るであろう事は間違いない。非常に気になる反面、彼の話を聞きたくない俺もいる。
そして、なぜかはわからないのだが、俺と彼女が毎週会っている事を博之はおろか大介にも知られたくは無いと思ってしまうのだった…。
***
「結婚…かぁ…。」
大介と飲んだ帰り道、口をついて出た独り言。
自分の年齢を考えれば、そんなことを考えてもおかしくはない。
ただ、今までの俺にとって結婚とは「親を安心させるためにすべき事」という認識であって、まぁそのうち考えればいいか、としか思えないものであった。
なのになぜだろう。大介と飲んでいて、俺は結婚するなら麗としたい、彼女と結婚できないのならば一生独身でも構わないとさえ思ってしまった。
大介から聞いた博之の現状は麗から以前に聞いていたものとほぼ同じ内容ではあったが、俺が思っていた以上に麗に執着をしているようだった。
彼女は辛い過去を必死で忘れようとしているのに…あれだけ苦しめておいて、まだ彼女を苦しめるつもりなのだろうか。
それだけではない。妻子があるというのに何を考えているのだろう。
そもそも、博之が浮気などしなければ麗が苦しむことなく、彼女は幸せに…。
そう考えて、気付いてしまった。
博之が浮気をしていなかったら…俺と麗は……
そう考えると、非常に複雑だった。それまでこみ上げていた怒りさえ引いてしまった。
しかし、何とも言えぬ気分だ。後味が悪いと言うか…決して気分のいいものではない。
彼女が苦しめられた上で、俺のこの恋愛が成り立っているのかと思うと辛かった。
だからこそ、彼女の苦しみを取り除いてあげたいとも思う。
そして、大介に言われた言葉が引っかかっている。
「俺らしくない…か。俺らしさってなんだろうな?」
デリカシーが無い、空気が読めない、調子が良い、明るいのだけが取り柄。
思いつくだけ並べてみて少し落ち込んでしまう。
大介と飲む際、邪魔になるからと思い、コインロッカーに入れていたチョコレートを回収する。
家の近くで、何となく立ち寄ったコンビニ。
12年前、麗がくれたチョコレート菓子は当時とは少し形状が違っていたが、今年も期間限定の桜のパッケージで売られていた。
地味に重いと感じてしまうほど、紙袋にはチョコレートが入っているというのに、俺はそのチョコレート菓子を手にレジへ向かっていた。
帰宅後、ダイニングテーブルに紙袋を置く。
ここに置いておけば、気付いた家族が食べるだろう。
俺自身、甘いものもチョコレートも好きだが、さすがに食べきれない。1人で独占してそのうち捨てる羽目になるくらいなら、大人数で美味いうちに消費するべきだろう。
部屋に戻り、先ほど買ったチョコレート菓子の封を開け、かじる。それは想像していた以上に甘かった。その甘さが落ち込んだ心を少しだけ癒してくれた気がする。
どこかに紛れ込んでいるのではないかと、12年前の空き箱を探してみるが見つからない。
きっと今の俺にとって必要のないものなのだ。
過去に縋るのはやめよう。彼女の思い出に勇気をもらうのではなく、今度は俺が彼女を元気づけ笑顔にする番だ。
俺らしさなんて考えるのは辞めよう。
どうあがいたって俺は俺。悩んでも仕方がない。時間の無駄だ。
無理する必要だって無い。自然体でいいんだ。
明後日は、そんなありのままの俺で麗を笑顔に出来たらいいな…いや、笑顔にしてみせる。




