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42. 花火大会

 梅雨が明けた。

 今年はそんなに雨が多く無かった様に思える。


「夏本番」

 そんな響きがぴったりな三連休の中日。

 昼間から花火大会の場所取りをしている人達にとっては有難いとは言えない程、よく晴れた真夏の昼下がり。


 私の家を訪ねてきた美咲ちゃんと2人、この炎天下で場所取りをしているであろう春ちゃんと倉内さんの為に料理を作る。

 こんなに暑いのだから、きっとあっさりした物の方が良いだろう。


 美咲ちゃんが持ってきてくれた重箱に彩り良く出来上がった料理を詰める。

 昆布で〆た平目、穴子、スモークサーモン等の手毬寿司。塩茹でした枝豆、生春巻き、そして野沢家特製のぬか漬け。

 味見をさせてもらったけれど、サラダ感覚で食べられてすごく美味しい。

 茄子・胡瓜・人参・茗荷・変り種のセロリ…特にセロリが、独特のクセが和らいで歯触りも良く最高。ビールにも合うこと間違いなし。


 流石にそれだけではあっさりし過ぎなので、つまんで食べられるよう一口サイズの串カツも作った。これだけは重箱に詰めず、別包装。

 重箱は保冷効果のあるバッグに入れ、保冷剤でしっかり冷やして持って行くからだ。




 料理が仕上がったところで、さっとシャワーで汗を流し、浴衣を着せてもらう。


 お料理の時も思ったけれど、美咲ちゃんは手際が良い。ひとつひとつの過程が丁寧で、だからと言って作業が遅いわけでもない。


 あっという間に浴衣の着付けが終わったけれど、キツすぎず、楽すぎず、程よい緊張感のある、着崩れの心配を感じさせない着心地。下手に美容院で着付けしてもらうよりもずっと安心感がある。

 美咲ちゃん自身も、さささっと浴衣を着て、髪をまとめとても凛々しい。

 この女子力の高さ、見習いたいです。


 話を聞けば、美咲ちゃんのお母さんは華道と茶道の先生だそうで、美咲ちゃんも子どもの頃からお花とお茶を習っており、着物を着る機会が多かったとか。

 それで、浴衣もたくさん持っていたんだと納得。

 それにしても、美咲ちゃんは浴衣がよく似合う。美咲ちゃんが着ているのは、藍色の地に紫陽花と蝶が描かれた浴衣。それよりもワントーン明るい帯を締めている。

 私がお借りしたのは、濃紺の絞りの浴衣。描かれているのは牡丹の花。それに縞模様の白い帯。

 きっとこの浴衣も、美咲ちゃんによく似合うんだろうな。






 ***


「麗ちゃんってさ、本当は野沢さんと約束していなかったよね?」


 倉内さんの笑顔が怖い。思わず笑顔が引き攣る。




 春ちゃん達と合流したのは、花火大会が始まる1時間半前。荷物を置いて、花火会場で私を見たという中学時代の友人からの着信で、彼女に会いに行き、少し話してから戻ると待っていたのは倉内さん1人だった。

 私が席を外した直後、追加の飲み物を買いに行った春ちゃん。美咲ちゃんもその後しばらくしてお手洗いへ行ったらしい。


「別に良いんだけどさ。元々2人は誘うつもりだったし。……たださ、女の子口説こうとして、こうも上手くいかないのが初めてっていうか…。俺避けられてんのかなー?嫌われてんのかなー?って思ったり。」


 つまり、今まで惚れた女は確実に落としてきたタイプって事ですね。


「もしかして、それってモテ自慢ですか?」

「麗ちゃんも結構言うねぇ…悪いけど、俺、浅井ほどモテないよ?」


 意地悪な笑顔で返されてしまう。やっぱり春ちゃんはモテるのね…。


「あいつに限って浮気は無いと思うけどさ、そんなに不安?それよりさ、彼女から何か聞いてない?俺の事とか。」

「本人に聞いたら良いんじゃないですか?」

「それが聞けないから麗ちゃんに聞いてるんだけど…。」

「あまり結果を急がない方が良いと思いますよ?美咲ちゃん見てると、半年前の私と被るんです。30過ぎると、素直に恋愛出来ないって言うか…色々有るんですって。」

「それって浅井と付き合うの躊躇ってたって事?」

「話をすり替えないで下さい…。この歳でお付き合いを始めるって…遊びで付き合うのと訳が違うじゃないですか?少なくとも、私はそうだったし、彼女もそうだと思いますよ?」

「俺は結構真面目なんだけどね…その先の事も考えてるし…。」

「倉内さんって、見た目で損するタイプだと思います。とりあえず、髪色と髪型を変える事をオススメします。」

「それ、浅井にも言われた…。そんなにチャラく見える?」


 私が笑顔で頷くと、倉内さんは苦笑いしていた。

 それから、春ちゃんのモテエピソードを聞いて軽く凹んだ私に、倉内さんは呆れていた。


「何をそんなに不安がる必要があるわけ?俺、あいつと付き合って8年経つけどさ、今年に入ってからすげぇ変わったよ。なんかいつも楽しそうだし、仕事も調子良さそうだし。女子社員にモテるって言ってもさ、あいつは麗ちゃんしか見てないから大丈夫。」


 本当にあいつって鈍いんだよなーと、高らかに笑う倉内さん。


「楽しそうじゃん?何の話?」

「おかえりなさい。春ちゃんがモテるって話だよ?」

「おい、倉内、適当な事言うなよ?どうせ話盛ってんだろ?」


 そこに凍ったペットボトルを買って来た春ちゃんが戻ってきて、クーラーボックスにそれをしまいながら笑って言った。






 美咲ちゃんが戻ってきたのは春ちゃんが戻ってから更に10分程経った頃だった。

 花火の打ち上げ開始30分を切ったその頃になると、花火大会の会場の河川敷は人でごった返していて、隙間なく敷かれたレジャーシートやブルーシートの上にはビールやおつまみが並べられている。

 例にも漏れず、私たちのシートの上にも冷えたビールとお重に詰められた料理を並べ、少し早いけれど食べ始める事にした。


「麗、今日は飲み過ぎるなよ?」

「野沢さんもね?」


 春ちゃんと倉内さんに釘を刺された私と美咲ちゃん。あの時は飲みすぎたとか、本当に酷かったという自覚がある。でも、あの時はちょっと特別だったって言うか…。ともかく、今日は持ってくるビールの量も控えたつもり。無ければ飲み過ぎる心配も無いわけだし。


 私が皆にビールを配り、美咲ちゃんが持ってきたお重の蓋を開ける。


「おぉー!美味そう。」


 そんな倉内さんの反応に顔を綻ばせる美咲ちゃん。


「美咲ちゃん、お料理上手でしたよ?すごく手際が良かったし。美咲ちゃんちのぬか漬け、すごく美味しくて、特にセロリがオススメ!」

「麗ちゃん、恥ずかしいからやめてよ…麗ちゃんの方が上手だし…料理もオシャレだよ。」

「まぁとりあえず、2人共料理上手って事で良いじゃん?腹減ったし早く食べようぜ?な、倉内。」


 春ちゃんに促されて、手を伸ばす倉内さん。その姿をじっと見つめる美咲ちゃん。

 どう考えても相思相愛なんだけどな、この2人。

 なかなか素直になれない美咲ちゃんの気持ちもわかるけど、何だかとてももどかしい。


 ビール片手にそんな初々しい美咲ちゃんの姿を眺める私。浴衣美人を眺めながらビール飲んでるとかどこのおっさんだ?と自分でも突っ込みたくなる。


「麗、もう2本目も空ってペース早くないか?」


 料理を食べず、3本目の缶を開けようとしていたところ、春ちゃんに指摘されてしまった。私ってそんなに信用されてないのだろうか…。

 先週貴子とがっつり飲んだせいか、暑さで喉が渇くせいか、ついついペースが早くなってしまう。しかも今日は空きっ腹で飲んだせいか、アルコールの回りもいつもより早い?もしかして、もう顔に出てるのかな?


「ほら、ちゃんと食べながら飲めよ?」


 目の前に出された生春巻きに、口を開ける。

 口の中に入ってきた一口サイズの生春巻きはまだ冷たくて美味しい。

 枝豆、串カツ、手毬寿司と、目の前に出されるたびに口を開けていたら、なぜかため息が聞こえてきた。


「何?普段からそういうことしてるわけ?それともわざわざ見せつけてくれちゃってるのかな?」


 倉内さんに指摘されるまで、この状況を客観的に理解していなかった。恥ずかしい…恥ずかしすぎる。


「何?倉内くんも俺に食べさせてもらいたかった?それとも野沢さん?麗はダメだぞー?」


 戯けた春ちゃんに呆れ顔の倉内さん。倉内さんの隣で、慌ててビールを一気に飲み干す美咲ちゃんは顔が赤い。


 その時、音楽とアナウンスが鳴り響き、花火大会が始まった。






 菊、牡丹、椰子、柳、大柳、UFO、スターマン、ナイアガラ…。

 次から次へと打ち上げられる色とりどりの花火にあちらこちらで上がる歓声。

 いつの間にやら、春ちゃんに引き寄せられて、彼の肩に頭を預けて夢中で見上げていた。




「綺麗だね…。」

「来年も一緒に見れると良いな。その時は麗が俺の奥さんになってたら良いんだけど…。」

「昨日はどうだった?」

「相変わらずだよ。もうずっと膠着状態。一応先週、俺の親に麗を会わせた事伝えたけど、特に何も。昨日もいつもの感じだったしなぁ…。今日花火を見に行くこと話したけど、特に話が広がるわけでもなかったし…。」

「やっぱり途中からの記憶は無い?」

「残念ながら…。でも、最近は二日酔いほとんどしなくなった。」

「何だかごめんね…私は何も出来なくて…。」


 すごく切ない。何か出来ることはないか考えても思い付かないし、母や姉夫婦に相談しても、私は逆に何もしない方が良いのだと言われてしまう。


「今こうして一緒にいられるだけで幸せだよ。それで良いじゃん?」


 そう言う春ちゃんの笑顔が、大輪の花火に照らされて輝いていた。

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