40. 昔話と近況報告
白ワインを1本空けたところで、キッチンに再び立ち、お肉を焼き、パエリアを仕上げる。パエリアの鍋をオーブンに入れたら、グリルパンでソテーしてカットしたイベリコ豚と付け合せのクレソンのサラダを盛り付け。
「美味しそー!」
「アツアツのうちに食べよ。…ところでさ、衝撃的な発言って何?」
赤ワインを開け、グラスに注ぐ。ルビー色の鮮やかなイタリアワイン。
フォークに刺した肩ロース肉を、一口で頬張ると貴子は意味有り気に口角を上げる。
「当時の男子の恋愛事情。」
「恋愛事情?つまり当時好きだった人の話?」
「男は初恋を諦められず…って聞いたこと無い?まさにその通りなんだなぁって思わされたよ。」
それって、もしかして春ちゃんの事?
私は当時全く彼の気持ちに気付かなかった。ただ、仲の良い異性の友人の1人としてしか見ていなかったのだから。
「当時もそんな気はしていたんだけどさ、やっぱり麗は男子の憧れだったみたいよ?」
「それを言うなら貴子の方がモテてたでしょ?私は3年間で彼氏がいたことも告白された事も無かったけどさ、貴子は彼氏もいたし、時々男の子に呼び出されてたじゃない?」
当時、私なんかよりも貴子の方がずっとモテてたはず。頻繁に声をかけられてたのは貴子だったし、彼女は当時から明るくて活発でカッコよくて美人。もちろん今も。
「今だから言えるけど。実は呼び出されてた理由って、私が告白されてたんじゃないんだよ。」
「貴子じゃなかったら誰が告白されるのよ?時々、『好きな人いるから…って断った』って言ってたじゃない?」
「私じゃなくて麗だよ。麗が好きだから協力して欲しいとか、告白したいからセッティングして欲しいとか。だいたい、麗に直接言わないで私に言ってくるのも腹が立ったし、麗には好きな人がいたからさ。それで、私が麗に言ったら結局私が伝えることになっちゃうから『麗には好きな人がいて、私はそれを応援してるから協力は出来ない。そういう事は本人に直接言ってくれ。』って断ってたの。」
初耳だった。正直信じられない。私よりも貴子の方が目立っていた筈なのに。
もしかして、その断られた中に春ちゃんもいたりするのだろうか…?
「安心して。その中には浅井くんいないから。こーすけもさ、私と同じ立場だったみたい。名前挙げたら何人か被ってた。誰かっていうのは麗には内緒にしとく。私もこーすけも相談された訳じゃないけど、浅井くんは当時も麗の事が好きだったみたいだよ?」
「うん、それ本人から聞いちゃった。」
私はニヤケ顔で頷いた。
貴子はちょっと残念そうだったけれど、私が「惚気ても良い?」と聞くと、すぐに笑って「もちろん」と言ってくれた。
「誕生日の時、高校の時私の事好きだったって。教えてないのに誕生日知ってたから不思議に思って聞いたら教えてくれた。最近、それを裏付ける様なもの見ちゃってさ、なんか恥ずかしかったなぁ…。」
「裏付ける様なものって何?」
そう聞き返す貴子の顔はものすごくニヤけている。私のニヤニヤがうつったのかもしれない。
「実はね、先週春ちゃんのご両親に紹介してもらったの。…とは言え、うちの父に認めてもらえた訳じゃないんだけど。」
私は、春ちゃんのご実家にお邪魔して、その際、写真を見せてもらった事を話した。もちろん、私の写っている写真が1冊にまとめられ、丁寧にしまわれていた事も…。
「そりゃあ本物だね。こーすけが言うには、1年生の時から浅井くんは麗が好きだったんじゃないかって。2年の時は確実。3年の時は最早ネタだったもんね。」
「ネタ?」
「そうだよ、姐さんにもさ、『授業中に麗に見惚れるな』って注意されてたじゃん?」
「確かにそんな事もあったかも…。」
懐かしいね…なんて顔を見合わせて笑っていたら、私と貴子のケータイにメッセージが届いた。
「お、流石こーすけ。仕事が早い。」
それは、山内くんからの同級会の案内だった。当時のクラスメイトに一斉送信されたそれの受信者リストは、当時のクラスの人数よりも1人少なかった。
「やっぱり1人少ない…。」
うっかり口にしてしまったその言葉に、貴子の表情が曇る。
「やっぱり気になる?」
困惑した表情の貴子。私は、笑顔を作って答える。
「気にならないって言ったら嘘になるかな。確実に会わなくて済むのは正直有難いんだよね。春ちゃんも良い気はしないだろうし、心配かけたくないから…。だけどさ、なんだか後ろめたい。私との事が原因だし。」
「麗が気にすることじゃないよ。もちろん麗の事もあるけど、連絡先知ってる人がいないんだって。それに、あの頃の彼の態度にはみんな腹を立てたの。麗には言えないような事がたくさんあったんだよ。それで、こーすけと啓はもちろん、小川くんとか長谷川くんとか、委員長…ほら、同級会の出席率高いメンバー達がめちゃくちゃ怒っちゃって。その後すぐ、番号もメアドも変わっちゃったんだよね。誰にも変更の連絡無かったし、博之自身がうちらを切ったんだよ?だから麗が後ろめたく感じる必要なんてないんだからね!」
語気を強めた貴子に、彼女が今でも腹を立てている事を悟る。一体、博之はどんな態度を取ったのだろう?私に言えないような事ってなんだろう。
尋ねてもきっと答えてはくれないのだろうな。
喉まで出かかった言葉を、私は無理やり飲み込んだ。
しばらくの沈黙の後、パエリアという存在を思い出した私は席を立った。
オーブンに入れて15分、その後20分程蒸らす必要があったが、もうその時間はとっくに過ぎている。
オーブンから鍋を取り出し、テーブルに運ぶ。まだ熱々だ。
蓋を開ければたちこめる湯気と魚介の香り。
空になったボトルを流しへ置いて、冷蔵庫から取り出したのは辛口の泡。コスパの良いオーストラリアのスパークリング。
さっとすすいだグラスに注いだ弾ける泡。その泡の様に、先ほどまでの重い雰囲気も消えて無くなる。
「1年前はさ、どうなっちゃう事かと思ったけれど、麗がこうして前みたいに…ううん、前以上に明るくなって嬉しいよ。浅井くんの事話す麗も、彼と一緒にいる麗も、今までに見た事無いくらい幸せそうだし。浅井くんには感謝してもしきれないわ。」
「春ちゃんには本当に感謝してる。でも、春ちゃんと同じ位…ううん、それ以上に貴子には感謝してる。私が1番辛い時、側にいて、外に連れ出してくれたのが貴子だから。もちろん、山内くん達や姉夫婦、両親にもすごく感謝してるけど、1番は貴子かな。あの頃、両親…特に父と顔を合わせるのはすごく辛かったんだ…。」
「そうなんだろうな…って思ってたよ。麗のお父さんも憔悴しきってたもんね…。」
貴子は、そんな父にまで気を使って、時々一緒に実家へ遊びに行ってくれたのだ。
一人暮らしを反対していた父を安心させるため、山内くん家族や、岡崎くん家族を誘って両親の家でBBQをしたりもした。
私には支えてくれる友人がいる事を知った父は、安心したようで私が一人暮らしをする事を許してくれた。
貴子をはじめ、友人たちの訪問は父にとっても良い気晴らしになったようだった。
彩ちゃんとみどりちゃんに芋掘りをさせてみたり、山内くんや岡崎くんと昼間からビールを飲んだり、結構楽しんでいたのだから。
「浅井くんもさ、早く認めてもらえると良いね。麗の変化を見れば彼のお陰だって一目瞭然なんだけどさ、お父さんとしてはやっぱり複雑なんだろうね…。」
***
「そう言えばさ、貴子の話したい事って何?ずっと私の事ばかりでごめんね。」
2人でボトルを3本空け、満腹で苦しくなったので腹ごなしに一旦片付けることにした私達。
洗い物を終え、今日の約束をした時に貴子が話があると言っていた事を思い出した私は彼女に尋ねた。
「ごめん、私もすっかり忘れてた。実はね、秋に旦那が戻れる事になったの。」
「良かったね!おめでとう!」
「ありがとう。やっぱり北海道は遠かったからね。」
貴子の旦那さん、中村 達哉さんは研究職。何の研究をしているかは詳しく知らない。彼が仕事について話し始めると止まらないため、決して聞いてはいけない事になっている。
3年前から、北海道の大学との共同研究のプロジェクトのメンバーに選ばれたとかで、単身北海道で暮らしていた。
当初は、貴子も一緒に行く予定だったのだが、丁度彼女の母が体調を崩し入院してしまった時期と重なったため、止むを得ず離れて暮らし、お母さんの体調が回復してからは、月に1度程旦那さんの所に通っている。
貴子が言うには、3度の飯よりも研究が好きな「研究バカ」だそうで、浮気の心配よりも、食事を忘れて仕事に没頭しているのではないか?という事の方が心配になる位女性に興味が無いらしい。
大学時代、彼に一目惚れした貴子が、押して押して押しまくり、どうにか交際にこぎ着け、4年前、彼女の逆プロポーズで結婚した達哉さん。
もちろん2人の結婚式を担当したのは私だ。
貴子は「彼は自分よりも仕事の方が好き」と言うけれど、達哉さんは貴子にベタ惚れ。一緒にいると見てるこっちが恥ずかしくなる位仲が良い。
「貴子のご両親もひと安心だね。」
「うん、すごく喜んでくれてる。やっぱり夫婦は一緒が良いもんね。」
そう言う貴子は本当に幸せそうで、私まで目尻が下がってしまう。
「達哉さんにさ、婚約者として春ちゃん紹介出来たら良いんだけどなぁ…。」
もちろん、彼も博之との件はご存知で、達哉さんにも物凄くご心配をおかけしてしまっている。
「実は浅井くんの事、達哉には言ってないんだ。びっくりさせようと思って。私だって初めて聞いた時衝撃だったんだから、達哉にもそれを味わってもらわなくちゃね。」
悪戯っぽく笑う貴子はすごく可愛い。昔から、「大人っぽくてカッコ良い」という表現がよく似合う彼女だけど、達哉さんが絡むと物凄く可愛くなる。
結局、その後ワインを更に2本空け、夜遅くまでお喋りを楽しんだ私達。
翌朝、まだ雨は降り続いていていた。仲良く二日酔いの頭痛に悩まされながらもお互い笑顔でそれぞれの職場へ向かうのだった。




