39. のんびり家飲み
「こうやって麗と2人でゆっくりデートするのってさ、久しぶりだよね。」
「そうだねぇ…。お互い忙しかったもんね。」
「麗のとこ、雑誌に載って余計忙しくなったんじゃない?」
「新規のお客さん増えたよ。…だけどそれで常連さんにご迷惑かけちゃってるんだよね。従業員もなかなか有給取れないってみんな嘆いてる。だから近々アルバイト増やすみたい…専門学校の学生雇って、良い子だったらそのまま就職させるとかさせないとか?」
スーパーマーケットのカートを押しながら、近況を話し、食べたいものを2人でどんどんカゴへ入れていく。
「せっかくの休みなのに働かせちゃってごめん。でも、麗の手料理食べれるとかテンション上がるわ。」
「こっちこそワガママ言ってごめんね…。行きたいお店あったんでしょ?」
「気にしないでよ。行こうと思えばいつでも行けるし、麗とじゃなくても行けるから。でも、麗の手料理はそうはいかないじゃん?麗が作ってくれるならそっちの方が時間も気にせずゆーっくり出来るから嬉ししさ。」
「なんなら泊まっていけば?前にうちに置いていった着替えもあるよ?」
「それ、サイコー!じゃあ、ワインもう1本、いや、2本追加で!」
「貴子、流石に2本は多いって!」
「あはは…そんなに飲ませたら浅井くんに怒られちゃうね、ゴメンゴメン。だけど、足りなくなるよりはさぁ…いいよね?」
春ちゃんのご実家にお邪魔した翌週、私は貴子と2人、スーパーマーケットで買い物をしていた。
お互い、積もる話もあることだし、たまにはゆっくり飲みたいね…なんて、ずっと話していたのだ。
丁度春ちゃんも、今日はお友達に誘われて色々予定が入ったそうだし、たまには会わない週末があっても良いと思う。あんまりベッタリなのもちょっとね…。友人との時間も大切です。
初めは、貴子に新しく出来た創作イタリアンのお店に行こうと誘われたのだけれど、先日春ちゃんに外で飲むのは控えるように言われたばかりなので、今回は家でゆっくり飲む事にした。雨も降っていることだし、家でダラダラ過ごすのも悪くない。
一緒に飲むのが舞ちゃんやゆかりちゃんなら、外で飲んでも問題無いだろう。2人はお酒がすごく弱いので、彼女たちと一緒に飲んで飲み過ぎたことは1度もない。
だけど、今日の相手は貴子だ。私と貴子が2人で飲むと楽しくなってつい飲みすぎてしまう。恐らく、この前美咲ちゃんと飲んだ時と同じ位か、それ以上飲んでしまうのは明らかだ。
という訳で、外で飲むのは自粛して家でダラダラ飲む事にした。
今日のメニューは、春ちゃんの誕生日の時にも作ったパエリアと、貴子からプレゼントでもらったグリルパンで焼くイベリコ豚がメイン。
プレゼントのお礼に送った料理の写真付きメールが印象に残っていたらしく、貴子からリクエストされたパエリア。それに、貴子からのグリルパンだって『ちゃんと使ってるアピール』をしたいからこのメニュー。
その他はチーズに、野菜や果物中心のあっさり系のおつまみを作ることにして、ワインを5本(買いすぎ?)とジェラートも購入。荷物が多くなってしまったので、タクシーで帰宅。雨の中この荷物はキツイ。
「あ…クレーム・ド・カシス買うの忘れた…せっかくオレンジジュース買ったのに…」
「確かウォッカならあったような…カンパリも残ってた気がするなぁ…コンビニ寄ってく?」
「そこまでしなくていいよ。女子っぽさをアピールしたかっただけだし。」
「女子っぽさをアピールっていったい誰に?私と貴子と2人だけじゃん?」
「だってなんか麗と飲むと最後の方酔っぱらいのオヤジっぽくなっちゃうじゃん、私…。だから飲み物だけでも…ね?」
「それはカクテル飲んだところで変わらないでしょー?」
「だよねー。」
それにしてもどんだけ飲む気だ、私達。
単身者用のマンションの狭いキッチンに2人で立ち、お喋りしながら料理を作っていく。
メインの2品以外は、切るだけ、和えるだけの料理が多かったし、パエリアも、イベリコ豚のグリルも初めから食べるもんじゃない、という訳で下ごしらえだけ済ませ、食べたくなったら作る事にしたため、あっという間に準備完了。
アイスペール代わりに氷をたっぷり入れた保温調理鍋でワインを冷やし、酔っ払ってグラスを倒す事が無いよう、ステム無しのワイングラスを選んでワインを注ぎ乾杯した。
まずはキンキンに冷やした辛口の白ワイン。冷やしすぎは良くないと言うけれど、そうでもしないとあっという間に温くなってしまう。
「もう麗と出会って15年かぁ…。」
「もうそんなに経つんだね。」
なんだかしみじみとしてしまうのは、静かに降る雨のせいか、親友と2人、心穏やかにゆっくり飲むのが久し振りなせいなのだろう。
貴子との出会いは15年前の春。高校の入学式。
背が高くて綺麗な子、そんな第一印象。明るくて、活発で、サバサバしていて、カッコいいな…なんて、当初は憧れに近い感情を抱いていた。
入学してすぐ、クラスの座席は名簿順で、私は窓際の一番前。私の後ろが山内くんだった。貴子は彼とは親戚で仲が良く、私も山内くんとは席が前後なので時々話していたから、自然と貴子とも話すようになって、いつの間にか親友と呼べるほど仲良くなっていた。
因みに、私の隣の席が博之で、4人で話すことも多かった。そこに同じクラスの岡崎くんが加わって、2学期の半ばを過ぎた位…体育祭の後から、クラスは違うけれど、岡崎くんと同じ中学で仲の良かった春ちゃんが時々話の輪に加わってたっけ。当時私と春ちゃんはそんなに絡んでなかったけれど。
「私、麗と仲良くなりたくて、しょっちゅうこーすけのとこ行ってたんだよね。麗に一目惚れしたの。入学式の時。美人だなぁ、友達になりたいなぁ、って。」
「私も、実は貴子に憧れてた。私達、相思相愛だったんだね…。」
「だねぇ…。こないださぁ、仕事帰りにこーすけと飲んだんだよね。それで、お盆にまた元3組で集まりたいねって話になって。そこから高校時代の話になってさ、色々な事思い返したりして…。麗の話でめちゃめちゃ盛り上がったの。酔った勢いでさ、こーすけが衝撃的な話を連発するしさ。今だから話せる様な話もたくさん聞いたよ?」
「それで急に私と貴子の出会いの話を始めた訳ね。」
「そうそう。そうなのよ。」
2年生になると、私と貴子はクラスが別々になってしまった。
私は山内くんと同じクラスで、貴子は岡崎くんと同じクラス。春ちゃんは博之と同じクラスだった。
クラスは違っても、私と貴子はお互いのクラスを行ったり来たりしていた。貴子と一緒に下校することも多かったし、私と貴子に山内くんが加わることも時々あった。春ちゃんや岡崎くん、博之と顔を合わせる機会も割と多かった気がする。
3年生で私と貴子は再び同じクラスになり、クラス発表の時、私達は嬉しくて思わず抱き合って喜んでいたっけ。
しかも、当時好きだった博之も同じクラス。博之だけじゃなくて、2年間クラスが同じでずいぶん仲良くなっていた山内くん、彼つながりで結構仲良かった岡崎くんや春ちゃんも同じクラス。クラス分けが発表された時、すごく楽しい1年になりそうだねって、貴子と話したのを覚えている。
彼ら以外のクラスメイトも、割と個性的な人が多かったけれど、協調性のある良い子たちばかりだったし、担任の先生も生徒の目線で話を聞いてくれる良い先生だった。
それまでも貴子とは親友と呼べるくらい仲は良かったけれど、高校3年生の1年間で私と貴子の仲はより深くなった。
修学旅行では部屋も自由行動も一緒だったし、夏休みは一緒に塾の夏期講習に通い、体育祭では一緒に応援団をして、文化祭は裏方となって2人で校内走り回ってたっけ。
楽しい時間をたくさん共有して、辛いこと、大変なこと、腹の立つこと、悲しいことも一緒に乗り越えた。
たまにぶつかることもあったけれど、ぶつかる度にさらに仲良くなれた。落ち込んだ時は隣に貴子がいてくれて、慰めて元気づけてくれた。
勉強の話、進路の話、将来の話。お互いの夢に向かって、励まし合って頑張ったあの頃。
恋の話もたくさんした。博之に片思いをしていた私と、当時年上の彼氏がいた貴子。
何気ない事にも一喜一憂する私。そんな私の話を貴子はたくさん聞いてくれて、時々アドバイスしてくれたり、彼と一緒に過ごせるようにセッティングしてくれた。
夏休み、自分の気持ちを伝えることなく失恋したとき、貴子は何も言わず側にいてくれた。
貴子がいなかったら、私の高校生活はこんなに充実していなかっただろう。
貴子がいたから、失恋した後も、以前みたいに笑って過ごすことが出来たんだ。
そして、今もこうして当時の友人達とつながっていられるのも、間違いなく貴子のお陰だ。
「お盆ってさ、麗も休みだったよね?こーすけが幹事でまた飲み会って言うか同級会しようって話してて。GW集まれなかったし…。久々だから、スペシャルゲストに姐さん呼ぼうって話してるんだけど、麗ってさ、結城の姐さんと連絡取れるんだよね?声かけてもらえないかな?」
「うん、姐さんが番号とメアド変えてなければ連絡取れるよ。で、いつ集まる予定?」
「お盆の週の金土日のどれかで姐さんの都合のいい指定してもらって、その日でメール回すつもり。麗はその3日間予定ある?」
「どの日でも平気だよ。春ちゃんもその3日間はまだ予定ないはずだし。せっかくだから今、姐さんに電話かけちゃおうか?」
「そうしてもらえたら助かる!久しぶりだなぁ…元気かな?」
私はスマホを取り出し、連絡先からかつての担任で恩師の名前を探し、その名前をタップして電話をかける。7回ほど呼び出し音を聞いた後、耳に入ってきた懐かしい声。
『八重山、どうしたー?』
「ご無沙汰してます、先生はお元気でいらっしゃいますか?」
私が高校3年生の時の担任、結城先生と連絡先を交換したのは、今から5年前、岡崎くんが結婚するにあたり、お祝いのビデオメッセージをお願いした時だった。その後も、山内くん、貴子、他にもクラスメイト数人が結婚する際、メッセージをいただいている。
そして、今となってはちょっと切ないのだが、博之との結婚が決まったとき、先生を訪ねて披露宴でのスピーチをお願いしていたのだ。
一応、話が無くなった事は手紙を書いてお詫びをしているが、詳しい理由について私は伝えていない。
その後、時々やり取りしているが、今年のお正月に年賀状を出して以来は連絡を取っていなかった。
私は先生にお盆に同級会を計画していること、都合が合えば是非先生にも参加していただきたいことを伝える。
『申し訳ない。お盆は予定が入っていて……。すごく行きたいけれど生憎遠出する予定があるんだ。またそんな話があれば声をかけてよ。ところでみんな元気かー?』
「実は今、貴子と飲んでるんです。代わりますね。」
残念ながら、先生は都合がつかず参加できないそうだ。
私は貴子と電話を代わり、貴子がお正月にも飲んだこと、その時参加したメンバーは皆元気だったことを伝えていた。
一通り話し終え、電話を切ると、貴子はすぐに山内くんに連絡していた。
「予約はこーすけがしてくれるって。それで、日時はその3日間の中からお任せって事で良いよね?」
「もちろん。なんかいつも悪いね。」
「いいんじゃない?こーすけってそういうの好きだし。」
私は空になった2つのグラスに再びワインを注いだ。




