3. 喜ぶ私と戸惑う私
次の日曜はあっという間にやってきた。
当日早めに家を出て、待ち合わせの時間の前に、セレクトショップに立ち寄る。
今まで3回程食事をしているが、食事代は浅井くんに全額出してもらっている。申し訳ないとは思うし、割り勘にしようと提案してはいるものの、彼が色々と理由をつけて払わせてくれない。
女の子と2人でご飯に行くのが新鮮だとか、自分はモテないからそういう機会が無く、奢りたくても奢れなかったんだとか…。
もう既にそれなりの額だし、何かお礼をしないと私だって気が済まない…。何かプレゼントしようと思って来てみたけれど、何が良いんだろう?
なるべく、もらっても負担にならない物の方がいいよね…実用品か消耗品…文具あたりが無難かな?仕事で使える物の方がいいかな?それにあんまり嵩張らない方が良いし…。
プレゼントを選ぶってワクワクする。男の人にあげる機会ってなかなか無いから新鮮。博之へのプレゼントは、いつも一緒に出かけて一緒に選んでいたっけ…。
結局、レザーのIDカードホルダーと書き心地のよさそうなボールペンを選んで、プレゼント包装してもらった。
使ってもらえたらいいなぁ…喜んでくれるかな?そんな事を考えながら待ち合わせ場所に向かう足取りはすごく軽い。
待ち合わせ場所に着いたのは約束の5分前。
浅井くんはまだみたいだ。ショーウィンドに映る自分の姿をさりげなく見て、髪やメイクが崩れていないかチェックする。特に問題なし。
浅井くんはきっと地下鉄でくるから…向こうからかな?そう思って地下鉄の駅の方を向くと彼の姿が見えた。私に気付いたみたいで、手を振ってくれているので、私も小さく振りかえす。
浅井くんって、こんなにカッコ良かったっけ?
高校の時は、キャラの濃さ故に、クラスでは完全に三枚目だった。けれど、なかなか整った可愛らしい顔立ちだし、スポーツ…特にテニスが上手くてプレイする姿がカッコ良いと他のクラスとか、違う学年の女の子達が噂をしてるって話はよく聞いた。
大会では他校の子が浅井くん見てキャーキャー騒いでたって山内くんたち言ってたな…。私は応援に行ったこと無いし、テニスしてるところさえ見た事無いからよく分からないけれど…。
浅井くん本人はモテないって言うけれど、そんな事ない気がする…
確かに、昔からちょっぴり(?)デリカシーが無いというか、思った事をすぐ口にしてしまって空気を凍りつかせてしまう事もあるけれど、そんな欠点以上に彼には良いところがたくさんある訳だし。
明るいし、優しいし、面白いし、顔も悪くない。いや、むしろ顔だって良い。最近わかった事だけど、結構レディファーストだよね。私から見たら女性の扱いに慣れている風に見える。
ごく自然にドアとか開けてくれるし、椅子とか引いてくれるし。さりげない気遣いが嬉しい。
それに…先週…絶妙なタイミングで抱きしめてくれちゃうし…。
あー、なんだか思い出して恥ずかしくなってきた。
浅井くん、絶対モテるよね?
きっと彼にとってハグもキスも挨拶と同じ感覚。うん、きっとそう。
私はそのうちお見合いをしなくちゃいけない…。
変に期待をしたら浅井くんは迷惑だろうし、自分が傷付くだけ。
そう自分に言い聞かせて、笑顔で彼と合流した。
「悪りぃ、待たせちゃった?」
「ううん。待ってないよ。」
「じゃあ…行こうか?」
半歩先を歩く浅井くん。この間よりも短くなった髪の毛。爽やかで…すごく…カッコ良い。この前よりもカッコよく見えたのは髪型のせい。きっとそう。
「どうかした?」
「え?…あ、髪の毛切ったよね?すごく似合ってるよ。」
つい浅井くんに見惚れてしまった。声をかけられ慌てて返事をしたけど…変に思われなかったかな…。
「あ…ありがとう。」
照れながらそう答えてくれた。
なんだか恥ずかしくて、会話が続かなかった。
今日浅井くんが連れて来てくれたのは中華。ビルの高層階にあるお店。またいいとこ連れてきてもらっちゃったよ…。
「コースの内容イマイチだからさ、アラカルトで食べたいもの頼もうぜ?」
そう言って、メニューを開いて見せてくれた。テーブルにはメニューが2冊用意されているけれど、1冊を2人で眺める。
浅井くんは予約をしていてくれたみたいで、店に入るとすぐ窓際の眺望の良い4人掛けの円卓に2人で並んで座るように案内された。隣同士で座っているから1冊を2人で眺めても不自然な感じはしないけど…むしろ1冊を2人で見ろ的なメニューの置き方されているけど…浅井くんとの距離が非常に近い。
向かい合わせで座って、真正面から顔を見ずに済んだのは助かるけれど、これはこれで戸惑ってしまう。
って、私思いっきり動揺してるよ…ドキドキしてるよ…落ち着け、自分。
「八重山?どうする?何が食べたい?」
「…え?浅井くんは?」
おっといけない、考えてなかった…。食べたいもの…食べたいもの…麻婆豆腐と小籠包とエビ蒸し餃子があればそれで良いかな?それと、フルーツ杏仁。海老チリと春巻きも捨てがたい。マンゴープリンも良いなぁ…。
「うーん。麻婆豆腐と海老チリ、小籠包、春巻き、エビ蒸し餃子…それからライスと…なんかデザート?八重山は他にある?」
「…フルーツ杏仁かマンゴープリン。」
「それデザートじゃん?料理は?」
「浅井くんに全部言われちゃった。」
「マジで?遠慮するなよ?」
「遠慮してないよ。本当に全部言われちゃったんだって。」
「そうか?なら良いけど…。じゃあ、それ全部頼もうぜ?」
浅井くんは私の心の中を覗いたのだろうか?って思ってしまうくらい、食べたいものが同じだった。
しかも、私が野菜足りなかったかな?なんて考えているのまでお見通しだったのか偶然なのかはわからないけれど、先程あがった料理とデザートに加えて、青菜炒めまで注文してくれた。
それからポットサービスの温かいジャスミン茶と瓶のアルコールフリーのビアテイスト飲料。温かいお茶、欲しかったんだよね…ジャスミン茶好きだし…。
「ちょっとバランス悪いだろ?野菜食べなきゃ。それと中華にはあったかいお茶とビールな?まだ昼間だから今日は気分だけ。昼間はなるべく飲まないって決めてるから、俺。」
ニカっと笑いながらそうさらりと言った。
料理が来ると、浅井くんが取り分けてくれた。サービスのバイトでもしたことあるのだろうか?と思ってしまうくらい手際が良くて驚いてしまった。
「ありがとう…何もせずにごめんね。」
「なんだろう、癖みたいなもん?…俺、取引先との接待とかだといつもこういう役回りだし、気にすんな。」
取り分けた料理を渡してくれる時、彼の手と私の手が触れた。その瞬間、先週の事が鮮明に思い出されてしまって顔が熱くなった。
「ごめん…。」
浅井くんに謝られた。彼の顔も赤い。もしかして、私と同じなのだろうか?
なんとなく気まずい空気が流れてしまったが、運ばれてきた小籠包をきっかけに、高校時代の話になり、そんな空気も何処かへ行ってしまった。
「そう言えばさ、みんなでで小籠包食べに行ったよな?」
「岡崎くんが、小籠包食べて口の中火傷した話がきっかけになったやつ?担任の結城先生が岡崎くんに正しい食べ方レクチャーして…せっかくだから実践しようって話になったんだよね。結局岡崎くんまた火傷してたけど…。」
「懐かしいなぁ…。結城の姐さん元気かな?」
「元気そうだよ。去年会ったけど、全然変わってなかった。今もたまにメールするんだよね。」
「うわぁ…会ってみてぇ…。」
「今度クラスで集まる時にでも声をかけてみようか?みんなも驚くかな?」
「きっと驚いた後喜ぶぜ?楽しみだなー。」
高校時代の話から、何気ない世間話、チラッと浅井くんの過去の恋愛の話も飛び出したりもしたけれど、先週の事にはお互い触れないまま食事を終えた。
「八重山、俺に恥かかせるなって。」
お会計の際、割り勘にしてもらうつもりが、やっぱり払ってもらってしまった。
テーブルでチェックを済ませる彼に笑顔でそう言われては仕方がない。
プレゼントは今までの分のつもりで今日こそ払いたかったけど…また来週会う時に何かプレゼントしよう。諦めて奢ってもらって、プレゼントを渡す方がお互い楽なのかもしれない、そんな事を考えていた。
え?私、来週も会うつもり?まだ誘われてもいないのに?
今日も楽しかったし…ちょっとだけ気まずかったけれど…また会いたいな…誘ってくれるかな…もういっそ私から誘うべき…?
そう思いながらも、戸惑ってしまう私がいた。
「浅井くん、今日もごめんね…ご馳走様でした。これ…良かったら受け取って。」
「ありがとう。気ぃ遣わなくて良いのに…。」
「ほんの気持ちだから…使ってもらえたら嬉しいデス。」
「あのさ…八重山。」
「浅井くん?どうしたの?」
「『八重山』って言い難いからさ…『麗』って呼びたいんだけど…嫌かな?」
少しの間をおいて、浅井くんはそう言った。
浅井くんの口から『麗』と聞いた時、思わずドキリとしてしまった。
「もちろんいいよ、みんなそう呼ぶし。…私も『浅井くん』じゃなくて、違う呼び方してもいい?」
「麗、むしろそうしてくれ。春太郎でも、春でも、好きなように呼んで。」
飛び上がるほど嬉しかった。
私は彼をなんて呼ぼう?
春太郎…春太郎さん…春太郎くん…春…春さん…春くん…春ちゃん…。
春ちゃんがいい!
「じゃあ…春ちゃんって呼んでも良いかな?」
「もちろん。麗、来週も一緒に食事しないか?」
「うん…是非。誘ってくれてありがとう…春ちゃん。」
彼と別れた後も、しばらく浮かれてしまう程嬉しかった。帰り道、やたらウキウキしてしまったし、寒いはずの冬の夕方なのに全然寒くなかった。
しかし、それはそう長くは続かなかった。家に帰って冷静になった途端、急に苦しくなってしまったのだから…。
麗が「浅井くんって女の子の扱いに慣れてるよね…」と感じたのはレディファーストな訳ではありません。
…実は、社会人として、取引先のおじ様相手に培った接待スキルなのです(笑)
春ちゃんは何気に「気遣いのできる人」に12年という時を経て成長していたんですね。思った事口に出しちゃうのは相変わらずですけど、多分こちらも高校時代よりは随分改善されているはずです。