37. 対面
「えっと、こちらが結婚を考えたお付き合いをしている八重山 麗さん。こないだ説明したけど、高校の同級生。…で、これがうちの両親。」
「初めまして、八重山 麗と申します…。」
案内された部屋に入ると、そこで待っていたのは小太りと言うよりも体格の良いと言った方がしっくりくるにこやかな男性と、とても愛想の良い笑顔の素敵な女性だった。その笑顔は春ちゃんの笑顔にそっくりだ。
「私が父に信用されていないがために、春太郎さんには大変な思いをさせてしまって…ご家族の皆さまにもご迷惑をおかけして…申し訳ありません。」
まずはお詫びしなくては…。私の口をついて出たのはそんな言葉だった。
「麗さん…頭を上げてもらえないだろうか…あなたが頭を下げる必要なんて全く無いよ。」
少しの沈黙の後、春ちゃんのお父様にそう言われて、恐る恐る顔を上げると、彼のご両親は困惑した様な顔をしていた。
「う…麗さん…本当にうちの春太郎でいいのか?こんなデリカシーの無い残念な男で…。」
「親父までそれ言うわけ?それ友達にも同僚にも、麗紹介するたびに言われたんだけど。」
「春太郎にはもったいないわ…。こんな良く出来た綺麗な御嬢さん…。」
「母ちゃんもかよ…。一体俺の評価はどうなってるんだ?『残念』だとか、『もったいない』とか…マジ凹むし。」
緊張のピークに達していた私だったけれど、ちょっぴりおちゃらけた口調の春ちゃんのお陰で、少し気持ちが楽になった。それだけでなく、場の雰囲気も和んだ様だった。
そのお陰で、先程のお父様の質問にもきちんと答えることが出来た。
「春太郎さんの支えがあったから私は救われたんです…真っ直ぐで優しくて…一緒にいられるだけですごく幸せなんです…。」
だけど、ものすごく恥ずかしい。顔から火が出そう…。ふと、隣にいる春ちゃんを見ると、彼の顔まで真っ赤だった。
「やだ、もう……。若いっていいわねぇ、あなた。」
楽しそうに笑う春ちゃんのお母様。なぜか同意を求められたお父様まで顔が赤い。
ちょうどその時、食事が運ばれてきて、私はホッとした。もうこれ以上、先ほどの発言を引っ張られるとか恥ずかしすぎて耐えられない。
私も春ちゃんもお酒を勧められたけれど、春ちゃんが私を送って行かなくちゃいけないからと断ったので、私もそれに便乗してお断りさせてもらう。
そんなに弱くは無い自信はあるけれど、万が一の事を考えたらとても飲めない。この間、記憶があやふやになっちゃったばかりだし…。
お料理は、雲丹の煮こごりや鱧のお椀など夏らしい会席料理。鰻屋さんだけあって、〆の食事は小さな櫃まぶしと肝吸いだった。
今の仕事の事、以前の仕事の事、両親の事、姉の家族の事、高校時代の事。
食事中の会話はそんな内容だった。
春ちゃんも彼のご両親も気を遣ってくださっていたのか、博之に関する話は出てこなかった。
お酒のせいか、春ちゃんのお父様は終始ご機嫌。お母様もずっとニコニコしている。
春ちゃんの笑顔はお母様似だと思ったけれど、お酒を飲んで豪快に笑った感じはお父様にそっくりだ。
春ちゃんが天真爛漫で真っ直ぐなのは、いつもご両親の笑顔に囲まれて育ったからなんだろうな。
食事を終えると、1度ご両親と分かれ、先に春ちゃんのお家にお邪魔した。
お2人は急な用事が入ったらしく、それを済ませたらご自宅へ戻られるそうだ。
春ちゃんの家は、私と春ちゃんが通っていた高校からほど近い住宅街にある一軒家。
「「「「いらっしゃーい。」」」」
「うわっ、なんで皆揃ってるんだよ…。」
「そりゃあ顔出さないとねぇ。春が女の子連れて来るとか奇跡だもん。」
リビングには、春ちゃんのお姉さん夫婦と弟さん夫婦が集まっていた。
「何見てんだよ…。」
「アルバムだよ?いやぁ、春の彼女が高校の同級生ってお母さんちらっと言ってたからさ…気になって冗談半分で物置覗いたらあっさり卒アルが出てきたからどの子だろうね?って皆で見てた。ついでに子どもの頃の春も彼女さん見たいんじゃないかな…って思って。」
テーブルの上には、何冊ものアルバムや写真が広げられ、中央には高校の卒業アルバムが開いた状態で置かれていた。開かれていたのは、3年3組の個人写真のページ。
「もしかして…八重山さん?」
「初めまして。八重山 麗です。よろしくお願いします。」
予想外の展開で、すっかりご挨拶をするのを忘れていた私。慌ててご挨拶をする。なぜかあがった歓声。
「麗、これが姉ちゃん。で、旦那の河瀬 宗一さん。」
「姉の河瀬 弥生です。うららちゃん、っていうんだ〜!てっきり『れいちゃん』だと思ったよ。」
「春太郎くん、もしかして当時から彼女の事好きだったんじゃない?」
春ちゃんのお姉さんの弥生さんは明るくて元気な人。旦那さんの宗一さんも似たようなタイプっぽく見える。ご夫婦揃って高身長の美男美女。
宗一さんのニヤニヤ顔に春ちゃんが動揺しているのがとても可愛い。春ちゃんはそれを誤魔化すかの様に、続けて弟さん夫婦を紹介してくれた。
「こっちが弟の秀治。それから涼子さん。」
「初めまして。秀治です。実は涼子が兄の彼女は麗さんじゃないかって写真見て言い出して、俺と姉は『こんな可愛い人なんてあり得ない」って反論してたんですけど…実際麗さんが来た訳で…本当にこんな兄で良いんですか?」
「そうそう、残念な春にはこんな美人もったいないでしょ?」
「なんだよ、秀治と姉ちゃんまでそんな事言うのかよ…俺はそんなに残念なのか!?」
ますます凹む春ちゃん。そんな春ちゃんをフォローするかのように、涼子さんと宗一さんが口を開く。
「私は麗さんじゃないかなって思ってましたよ?ほら、写真見たらお義兄さんが麗さんの事好きだったのがまるわかりじゃないですか?それにこれ、2人すごくいい感じだし…。ずっと浮いた話が無かったのに急にそんな話になるなんて、お付き合いしてるのが初恋の人だったりするんじゃないかな?なんて…。」
「それに弥生や秀治くんが『残念』だって言うのはさ、春太郎くん顔も性格も良いのにさ、空気読まなかったりデリカシー無かったり、そういう部分だけが残念な訳であって…ほら、完璧な人間ってつまらないじゃないか?敬意のこもった『残念』だから、一種の褒め言葉だよ?」
宗一さんの無理のあり過ぎるフォローに思わず笑ってしまった。でも、言いたいことは良くわかる。
ご両親や弥生さん、秀治さん…ご家族だけじゃなくて、山内くん、岡崎くん、貴子、倉内さんも…皆春ちゃんを『残念』だって言うけれど、その言葉に悪意は無い。皆、春ちゃんが好きで、『残念』という言葉に親しみがこもっている、そんな気がする。
「いい奴。だからこそ、放っておけない」そんなニュアンスを含む『残念』。
私は、その『残念』な所も含めて春ちゃんが大好きだ。
春ちゃんはイマイチ腑に落ちない顔をしているけれど。
「これとか、どう見てもツーショットで撮ろうとしてる2人の邪魔してるじゃないですか? 明らかにお義兄さんが割り込んでるし。それに麗さん1人の写真も何枚かありますよ?好きでもない子の写真ばかり集めるなんておかしいでしょう?間違いなくそういう事じゃないですか?」
「しかもさ、麗さんが写ってる写真、扱いが違ったからな。1冊にまとめた上でそのアルバムを丁寧に袋に入れてしまってあるとかさぁ、兄ちゃん分かりやす過ぎ。」
そう言って秀治さんに渡されたポケットアルバム。
主に3年生の時の修学旅行、体育祭、文化祭などの行事や、何気ない日常を切り取ったスナップ。
本当にすべての写真に私がいて、春ちゃん、貴子、山内くんと岡崎くんなどいつものメンバーと、時々博之も写っている。先程涼子さんが「割り込んでる」と言ったのは、私と博之の間に春ちゃんが満面の笑みで写った写真だった。
その写真を見て春ちゃんは苦笑いした。私も、笑ってごまかす。
懐かしい高校時代の写真を一通り見た後、私は弥生さんの解説付きで、赤ちゃんの頃から、中学卒業するまでの春ちゃんと春ちゃんの家族の写真を涼子さんと3人で見せてもらった。
春ちゃんは宗一さんと秀治さんと3人で何やら真剣に話をしている。
「何これ…春ちゃん可愛すぎる…。」
「昔はすっごく可愛かったのよ〜。私が男の子に間違えられて春が女の子だと思われちゃうくらい。」
「弥生さんと秀治さん、小さい頃そっくりですね。」
「そうなの。私と秀が父に似てて、春だけ母似。」
「でも最近、お義兄さんと秀ちゃん似てきたと思いません?」
「私もそう思う。だけど秀よりも春の方が末っ子っぽいわよね。童顔だし。」
確かに3人並ぶと春ちゃんが末っ子っぽく見える。さらに言えば、弥生さんよりも秀治さんの方が年上に見える。
「ところで、麗さんがお義兄さんとお付き合いするきっかけってなんだったんですか?」
「それ私も聞きたかった。」
涼子さんと弥生さんの発言に、結局全員が集まって囲まれてしまった。
「きっかけは、お正月にみんなで集まって飲んだ事だよね?」
「まぁその時、ちょっとしたトラブルがあって、そのこと謝りたくて麗を食事に誘って、何回か食事して…俺から告白した。」
2人でざっくりと馴れ初めを話すと、さらに突っ込んだ質問が繰り出される。
「麗ちゃん、春のどこが良かったの?本当にデリカシー無いでしょ?」
「裏表無くて、ストレートなところとか…優しいところとか…。ある意味、そのデリカシーの無さにも惹かれました。」
私が冗談めかして言うと、弥生さんと秀治さんにすごく驚いた顔をされた。
「春太郎くんは高校の頃から麗ちゃんが好きだったんだろう?当時告白はしなかったのか?」
「好きだったけど、当時麗には年上の彼氏がいるって噂になってたし。」
「何それ?私、高校3年間で彼氏いたことなかったよ?」
「ほら、時々巧さんが車で迎えに来てただろ?それ見た奴が勘違いしてさ…。」
「ああ、なるほど…。」
「結局、それは麗の彼氏じゃなくて、麗のお姉さんの旦那さんだったんだけど…。それに当時はライバルが多すぎたし、俺なんか望み無かったからさ、とても告白できなかった…。」
なんだか話を盛りすぎなんじゃない?と突っ込もうかとも思ったけれど、そんな余裕もなく新たな質問をされる私達。
付き合い始めてすぐ、姉の家で質問攻めにあった春ちゃんの気持ちが、ちょっぴりだけどわかった気がした。




