36. 紹介
梅雨はまだ明けてはいないもののすっかり夏本番。外を歩けば至る所で蝉の大合唱、ジリジリと照りつける夏の日差しが痛い。
今日から7月。春ちゃんが私の両親のところへ通い始めてから丸3ヶ月が経過したが、父は相変わらずだった。
数日前、いつもの日曜日と同じ様に、両親の家から直接迎えに来てもらって出かけ、一緒に昼食を取り、お茶を飲み、日が暮れる頃家まで送ってもらう。
随分日が長くなったので、一緒にいられる時間が長くなった。もっと一緒にいたいとは思うけれど、春ちゃんは実家暮らし。土曜日は外泊している訳だし…日曜日の夜くらい家族で食事するべきなのだろう。
今日は夕方からの出勤。今週は一緒にランチをする予定ではなかったのだが、話があるから時間を作って欲しいと日曜日の夜遅くに電話をもらったのだ。
少し早めに待ち合わせしているカフェに入り、2人分の日替わりランチをお願いする。今日はアボカド入りのタコライスと冷たいビシソワーズ、それにちょっとしたデザートが付いている。いつもよりもオーダーしてから出てくるのが早い。
春ちゃんがやってきたのは注文したランチが出てきて5分経つか経たないか…といった頃。
「麗、いつものことながら待たせてごめん…。こないだ電話でも言ったけど…今度の日曜日、俺の両親に麗を紹介したい。」
席に着くと緊張の面持ちで開口一番、そう言った春ちゃん。もうすでに電話でも聞いて、OKの返事もしているものの、改めて面と向かって言われるとこちらもちょっと畏まってしまう。
何気に初めての経験だし…。
「それでさ…麗の了承を得ないままで申し訳ないんだけど…。うちの親にさ、博之との事は話させてもらったんだよね…。」
「別に構わないよ。言わなくちゃいけない事だと思うし…。隠すほどの事じゃないもん。…そういう事って早めに知ってもらった方が誤解が少なくて済むしね。むしろ言ってもらった方がありがたい。私から言うのはちょっと…ね?」
私がそう返すと安堵の表情を浮かべ、具体的な予定を話し始めた。
「とりあえず、一緒に食事しようって。それで、その後うちでお茶でも…という事になってる。一応博之の話は麗には聞かないでくれってお願いはしてるんだけど…もしそんな話出したらごめんな…なるべくフォローはするから…。」
「あ…うん。多分聞かれても大丈夫。でもフォローしてもらえたら助かるから…よろしくね。」
「無理するなよ?」
「春ちゃんの家族って、ご両親とお姉さんと弟さんだよね?」
「おう。実家に住んでるのは俺と両親。弟は すぐ近所にマンション借りて住んでる。姉も割と近くで、暇さえあればうちに入り浸ってる。」
「手土産って何が良いかな?」
「気ぃ遣うなって。」
「いやいや、そういう訳にもいかないでしょう?」
春ちゃんからご家族の好みを聞きながら相談して、手土産の候補を絞った。冷たい和菓子が良いんじゃないか?ということになった。
春ちゃんと別れた後、帰りに百貨店まで足を伸ばし、地下1階をフラフラする。手土産は小洒落た瓶に詰められた3種の水羊羹と梅酒ゼリーと白桃のゼリー。彩りよく箱に詰めてもらう。
1番の悩みどころの手土産はこれでOK。
さて、日曜日は何を着て行こう?第一印象は大切。特に私の場合、前回は結納も済ませているのに結婚の話が流れている。
これって間違いなくマイナスポイントだ。既にあまり良い印象を持たれていない可能性だってある。
たまたま籍を入れていなかったから良かったものの、それでも気にする人は気にするような事…。
だからせめて見た目だけでも、なんて浅ましい考えだけど、春ちゃんが頑張って毎週私の父を説得してくれているのに、私のせいで春ちゃんのご両親に反対されてしまっては元も子もない。
春ちゃんのご両親はどんな人なんだろう?
***
そして迎えた日曜日。
緊張しているせいか、いつもよりも早く目が覚めてしまった。
軽く朝食を取った後、朝イチで予約していた美容院へ行く。少し傷んだ毛先を切り揃え、色が抜けてきた髪を自然な感じにカラーリングしてもらう。
ここは以前春ちゃんとデートした帰り道に見つけた美容院。美容師さんとはもうすっかり顔馴染み。
「へぇ〜、彼のご両親に会うんですか?結構髪って印象を大きく左右しますよね…って、責任重大じゃないですか!?」
「こういうの初めてなんでどうしたらいいか分からなくって…。ご両親ウケのいい感じでお願いします。」
「八重山さん、甘いですね…ご両親ウケも大事ですけど、義理のも含めて彼の姉とか妹のウケも重要ですよ?彼氏の家族と会うことって今までなかったんですか?元彼とか含めて…。」
「実は彼のご家族に会うのは初めてで…。以前付き合っていた人のご両親とは付き合う前からなんとなく面識ありましたし…。それに、元彼はひとりっ子だったんですよね。」
ふと博之の両親の顔が思い浮かんでしまった。私は随分可愛がってもらったし、父の話によると、博之の両親は最後の最後まで頭を下げ続け、私の心配をしてくださっていたらしい。お2人はお元気なのだろうか…おそらくもう会うことはないと思うけれど…。
「ホントに女兄弟の評価はシビアですよ…特に実の妹とか非常に厳しいです。って私と私の妹の事だったりするんですけどね、アハハ。兄が彼女連れて来た時、2人で散々チェックしてたんです。嫌な小姑でしょう?」
なんかハードル上がった気がするのは気のせいじゃないよね?
私は姉妹で男兄弟がいないからよくわからないけれど、確かに友人でも、女同士の服装とか髪型に関するチェックは厳しいもんなぁ。
なんか胃が痛い…。自分でこれ以上考えたら余計胃痛に苦しめられそうなので、「自称:嫌な小姑」の美容師さんに委ねることにした。
2時間後、ダークブラウンに綺麗にカラーリングされた髪は緩く巻かれ、ふんわりアップにまとめられている。せっかくだからとメイクの手直しまでしてもらった。
「これでバッチリです。また次回お話し聞かせて下さいね〜。」
帰宅して、シフォンの白いブラウスとネイビーのスカートに着替え、手土産やバッグを準備して春ちゃんが迎えに来てくれるのを待つ。
もちろん春ちゃんからもらったピアスも忘れずつける。
ソワソワしながら待つこと30分。
予定通りの時間に春ちゃんはやってきた。
「ドキドキするよぉ…私、変じゃないかな?」
「今日もすごく可愛いよ?麗は俺の自慢の彼女だから大丈夫。うちの両親なんてどこにでもいそうな小太りのおっさんと、ただの良くしゃべるおばちゃんだから緊張しなくていいって。」
待ち合わせしているという鰻屋さんに着くまでの間、私は何度も同じ様な事を春ちゃんに尋ねていた。それに対して、春ちゃんは毎回笑いながらもちゃんと答えてくれた。
「大丈夫。うちの両親は麗の事絶対気に入るから。俺が保証する。」
そう言われて嬉しい反面、なんだか申し訳ない気持ちになった。
私は、父が春ちゃんを認めてくれるって信じている。けれど、残念ながら私が父に信頼されていないので、話は未だ平行線のまま。
今日の話が出たのだって、毎週末外泊する春ちゃんにご両親が苦言を呈したのがきっかけだったみたいだし。
そりゃ毎週末行き先も言わずに外泊していたら、いくら30過ぎの大人とはいえ親は良くは思わないはずだ。
幸い、春ちゃんのご両親は春ちゃんの行動を好意的に捉えてくれたようだけど…。
私たちがお店に着くと、すでに春ちゃんのご両親はお待ちのようだった。




