33. 続・酔っ払い (春太郎視点)
酔っ払いの麗に代わって、「はるのひだまり」では初の春太郎視点です。
ここ数日、麗と連絡を取っていない。
今すぐにでも会いに行って誤解を解きたい、そう毎日思っているのに…。
この仕事は終わらせなければ…そうすればゆっくり時間を取れる。中途半端に言い訳をするよりも、きちんと向き合いたい。
なぜ、麗は話してくれないのだろう?
何を苦しんでいるのだろう?何をそんなに不安に思っているんだろうか?
そんな彼女に、俺はなんて事を言ってしまったんだ。あの直後の彼女の表情を思い出せば、後悔の念に駆られるばかり。
スマホに触らないで欲しいだなんて…。ただ、待ち受けを見られるのが恥ずかしかっただけなのに…。
麗に告白した1週間後、麗の作ったカレーを食べて、返事をしてもらって…その後やたら甘えてきた麗。疲れていたのかそのまま眠ってしまった寝顔をこっそりカメラに収め、それをずっと待ち受けにしていたなんて本人に恥ずかしくて言えなかった。
それで俺の口から咄嗟に出てきた言葉に、明らかに傷付いた様子だった。
運悪く、仕事のトラブルの電話を受けてしまったため、きちんとフォローをしないまま別れてしまった日曜日。
あれから5日。俺も連絡していないが彼女からの連絡も特にない。麗も忙しいのだろう。麗の働く店がいつもより混んでいたって行った奴らが言ってたもんな…。そういえば雑誌に載ってたって誰か言ってた。そりゃ忙しくなるわけだ…。
社内に残っているのは俺と土屋の2人だけ。1時間程前まで、上司も一緒だった。上司に手伝ってもらったお陰で、どうにか徹夜せずに済みそうだ…。
「あー、なんとか終わった…土屋はどうだ?」
「あともう少しっす…。重里さんのフォローが無かったらヤバかったっすよね…。それにしても、トラブルの原因の小林さんがなんで接待に…」
「それ言うなって…仕方ないんだよ…」
土屋と俺、2人分のコーヒーを淹れてデスクまで戻ったその時、俺のスマホが鳴った。
「こんな時間に…彼女からですか?」
ニヤける土屋につられて、少し期待してしまった俺だったが、待ち受けを見れば仲の良い同期からの着信。
「いや…倉内から。どうしたんだ?こんな時間に…。」
時刻はもう間も無く午前1:30。普通に考えて電話がかかってくる時間じゃない。何かあったのだろうか?
「もしもし、こんな時間にどうした?」
『今から出てこれるか?会社の近くまで…。』
「今まだ残ってるんだよ…そろそろ帰ろうと思ってたところだからすぐにでも行けるぞ?」
『そりゃ助かる。実はさ…。』
倉内の話を聞いて俺は頭が痛くなった。
倉内と野沢さんが接待で麗の働く店に行き、そこで麗が俺が以前担当していた取引先のおっさんからセクハラを受け、同じくセクハラを受けた野沢さんとトラブルを起こし、今はなぜか野沢さんと飲んでいて…すっかり楽しくなっちゃってる?
しかもそのセクハラおやじとの接待で麗の働く店最初に使ったの俺だし…すっかりその店が気に入って何度も通ってるって聞いてたけど…気に入ったってそういう意味かよ…。
重里さんが、小林を接待に行かせた理由はつまりそういう事だったわけだ…。
「あー、すぐ行く。それでどこに行けばいい?」
電話を切り、あとは土屋に任せて先に帰らせてもらう。
倉内に教えてもらった店の前に着くと、店の前に停まったタクシーから倉内が降りてきたので2人で店に入った。
「なんか会話の内容が聞いていて心配になるような内容だな…。」
「とても他の男とは酒を飲ませられない…。」
「浅井の気持ち解るよ…。」
店内に入ると、麗と野沢さんはすぐに見つかった。どこからどう見ても酔っ払いだ。麗が酔うとキス魔になるとか聞いてない。女の子の唇は奪わないって…中村に唇ではなくともキスしてたって事かよ…。野沢さんは麗よりもヤバそうだな…。
「五十歩百歩って言葉知ってる?」
倉内が2人にそう話しかける。倉内に気付き驚く野沢さん。振り向いた麗が俺を見つけた。
「わぁ…春ちゃんだぁ…。」
とろーんとした目、赤く染まった頬。満面の笑みで少し首を傾げる麗。
か…可愛い。ってそうじゃない…。
「麗…飲み過ぎ。明日も仕事だろ?」
「春ちゃんが悪いんだよ?待ち受け見られたくないならそう言ってくれたら良いのに…あんな言い方されたらショックだよ…。思わずヤケ酒しちゃったよ?」
ってバレてる?俺が悪いってそのせいで飲んでたのか?
「あはは、春ちゃん、冗談だよぉ?そんな顔しないで?ね?」
とびきりの笑顔で言われてしまっては怒る気力も失せ、何も言い返せない俺。
溜め息を吐いた俺は、早めに酔っ払いをどうにかすべく、伝票を回収し会計を済ませてしまう。戻ると、女子2人が盛り上がっていた。
「今日は麗ちゃんちに泊まりまーす。」
「そうでーす、美咲ちゃんがお泊りしまーす。」
「浅井…残念ながらそういうことらしい。」
「いや…残念も何も俺は麗のとこに泊まるつもりなんて無かったし…。ほら、麗帰るぞ…立てるか?」
麗を立ち上がらせるとふらついていた。どさくさに紛れて抱きつく麗。嬉しいが素直に喜べる状況では決してない…残念だが、抱きつくのをやめさせ、手を引いて店を出る。
「この様子じゃ送って行かないと無理だよな…。タクシー呼ぶか?」
麗以上にフラフラの野沢さんを支える倉内と、フラフラなくせに倉内に抵抗する野沢さん。
「私、歩けますって。麗ちゃんち近いらしいですし。っていうか大丈夫ですからぁ…倉内さん、離して下さいよ?」
「野沢さんが大丈夫だったらさ、俺はこんな事しないから…。」
「倉内さんの言うとおり明らかに大丈夫じゃないよぉ、美咲ちゃん?いいじゃん、そのままでさぁ。」
「麗も大丈夫じゃないからな…こんなになるまで飲むなよ…。」
タクシー呼ぶほどの距離でもないということで、結局歩いて麗の家へ向かう。べったり甘えてくる麗。
後ろを見れば、倉内達もそんな感じ。…いや、それでは語弊がある。野沢さんはべったり甘えているのではなく、倉内の支えがないと歩けない程酔っていると言った方が適切かもしれない。
そんな事を考えている時、麗がさらに甘え出した。甘えられるのは非常に嬉しいが、店での2人の会話を聞いた後では、なんだか悔しい。
「春ちゃん…チュウしたい…。」
「無理だぞー。酔っ払いとはしてやらねぇぞー。」
「えぇ?春ちゃんのいじわる…。チュウしてよぉ?じゃなきゃしちゃうよ?」
「麗…我慢しろ…。今は無理だ。」
頬を膨らませて拗ねる姿もいつも以上に可愛らしい。こんな形で麗の酔っ払った姿を見られるとは思わなかった。得したような、残念なような複雑な気分。それ以上に、今後同じ様な事があっても俺が行けるとは限らない。それを考えただけでぞっとしてしまう。
「俺と一緒じゃない時はもっと飲む量セーブしろよ…こんな姿、他の男に絶対に見せるなよ…。」
「うふふ…心配してくれてるのぉ?」
「嬉しそうな顔するところじゃないぞ?反省しろ、反省。俺が行かなきゃどうするつもりだったんだよ?この酔っ払いめ。」
「酔っ払いじゃないし。美咲ちゃんと一緒に帰るつもりだったよ?」
「そんな千鳥足でかよ?」
「千鳥足じゃないもん。」
そう言って俺の手を振り払う麗。その瞬間、よろめいて倒れそうになるのをどうにか受け止める。
「ほら、言わんこっちゃない。」
「えへへ…ありがと。」
こんな笑顔久しぶりだな…。
それにしても、お花見の時も、ランチした時も、野沢さんと麗の様子がおかしかったのは一体何だったんだろう?
今日はやたら打ち解けているし…。まぁ麗が楽しそうならそれで良いけどな。
「春ちゃん、チュウしたいよぉ…。」
「…今日は我慢しろ。日曜日な?」
「やだ…今が良い…。」
「倉内と野沢さんに見られたいのか?」
「それとこれとは別だもん。」
振り向くとすぐ後ろにいると思っていた2人はおらず、よく見れば少し離れたところで…。
「「!?」」
俺と麗は顔を見合わせてしまった。
「今のは見なかった事にしようぜ…。」
「うん、そうだね…倉内さんが野沢さんに壁ドンしてキスしてるとこなんて絶対見てないよ、私。…春ちゃん…1回でいいからチュウしたい…。」
「仕方ないな…。」
周りに誰もいないを確認して、1度だけ。
麗は満足そうに笑っている。
その場で2人が来るのを少し待って、麗の家まで…やたらご機嫌な麗と赤い顔で慌てふためく野沢さんを送った。
「倉内くん…見なかったことにしておくよ。」
「………見たのかよ。」
「まぁ頑張れ!ちょっと意外だったけど…。」
「……実は前から気になってたんだよ。なかなかアクション起こせなかったけど……彼女、やっと諦められたみたいだしな。全部麗ちゃんのお陰。」
「麗ちゃんって…倉内、気安く呼ぶなよ?」
「お前…本当鈍いよな…。」
呆れたように溜め息を吐く倉内。お前が野沢さんが好きだったとか知らねぇよ…。
「まぁ、麗ちゃんを大事にしてやれよ?立川さんのセクハラについては触れないでやってくれ。店の方でも対処してくれるらしいしさ…。お前に心配かけたくないんだろうな…。」
「う…我慢するよ。」
倉内に声をかけてもらった事に対して礼を言い、俺と倉内はそれぞれ家路についた。




