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31. 似た者同士?

「なんとなく話はわかった…。お前が行っていたら浅井さんだって良い気しないぞ?俺が彼ならマジ切れするだろうな…。」

「すみませんでした…。」

「まぁ、誰が悪いってあのお客様が悪いんだけどな…次からは突然の来店でも担当からはずれろ。というかあれだな、あの人の接客は男がすることにする。ケツ触られたらしいじゃないか?前からなのか?何で言わないんだよ?」

「すみませんでした…。」

「すみませんじゃねぇよ?今度からちゃんと言えよ?今日はもう上がれ。」


 閉店までバックヤードに引っ込んで仕事をして、閉店後は店内に残された食器やクロスの回収などいつもの片付け。それらが終わったところで支配人に呼び出され、事の経緯を大まかに説明し、注意をされた。

 もうすでに倉内さんからある程度聞いていたらしく、私の説明など補足程度にしかならなかったようだが…。


「そんな事して浅井さんに愛想つかされたら元も子もないだろう?愛人になれとしつこく誘うような客だぞ?酒飲むくらいで済むわけないだろう?浅井さんの気持ちも考えろ?今度こそ幸せになれよ…。」


 最後に呆れたように、そう支配人に言われてしまった。

 本当にその通りだ。

 涙目で着替えていたら瀬田さんに頭を撫でられ、私は思わず泣いてしまった。




 着替えを済ませ、落ち着いたところで店を出る。


「八重山さん…さっきはごめんなさい。」


 急に後ろから声をかけられ、振り向くとそこには野沢さんがいた。私も目を腫らしていたが、彼女も同じだった。


「いいえ…。あのお客様はいつもの事なので…。今回たまたま野沢さんが嫌な役を押し付けられただけなんですよ。」

「…そうだったんですか…。それでも、八重山さんを巻き込むべきでは無かったと思います。本当にごめんなさい…。良かったら立ち話もなんですし、どこかでお話しでもしませんか?」

「そうですね…ってこの時間開いているのはそこくらいですけど。」

「せっかくだから飲みましょうか?」

「せっかくだしそうしましょう。」


 そんな訳で、私と野沢さんは朝まで営業しているチェーンの居酒屋に入ったのだった。






「これも何かのご縁ですし…よくわからないけど乾杯しましょうか?」

「そうですね、八重山さん。」


 生ビールで意味不明な乾杯をして、まずはお互いの自己紹介をした。

 野沢さんは入社3年目。転職しての中途採用だそうで、学年は1つ下だが、誕生日は1週間も違わなかった。それをきっかけに、彼女が私を「麗ちゃん」、私が彼女を「美咲ちゃん」と呼び合うことになった。

 今まで顔を合わせる度、微妙な空気が流れていたのが嘘みたいだ。


「麗ちゃんて、私が浅井さんの事好きだって気付いてましたよね?」


 急に美咲ちゃんにそう尋ねられ、私は頷いた。


「実は、3年前、新入社員のオリエンテーションで私のグループの担当になった浅井さんに憧れて。カッコいいし、優しいし…同じグループの子たちだけじゃなくて、浅井さんその場にいた女の子大人気でしたよぉ?その時はただ素敵だな、こんな人とお付き合いしてみたいな…って感じだったんですけど…。去年の9月に、部署は違うけど浅井さんがうちの支社の同じフロアに来て…夢かと思いました。それで、4月からチームは違うけど、同じ部署になって…。その前から結構仲良くしてもらってるつもりだったんですけどね。どさくさに紛れてバレンタインにチョコあげましたし。でもそのチョコ、土屋さんが間違えて全部食べちゃうし、お花見でバッタリ会えば名前覚えてもらってないしで…私なんて全然望みなかったんです。」


 自虐的に笑う美咲ちゃん。


「浅井さん、彼女が居ないって聞いてたから…歳も近いし…頑張れば…なんて思って。実際は麗ちゃんみたいな彼女がいた訳ですケド…お花見の時、思いっきり顔に出しちゃったら気付いちゃうよね。麗ちゃんもあの時すごい顔してたけど…。」


 私も、美咲ちゃんも苦笑していた。


「私、実は美咲ちゃんが苦手だったの。お花見の時、美咲ちゃんに会って…たまたまあの時の美咲ちゃんの服装とか髪型が、私のすごく苦手な人にそっくりで、嫌な事思い出しちゃって…。それ以来、また美咲ちゃんに会ってその時の事思い出したらどうしよう…って思ったら怖くて…実は今日もそんな事考えてビクビクしてた。でも、さらに苦手な人が一緒で思い出さずに済んだの。」

「それがあの人?」

「そうなの。私、去年の11月からあそこで働いてるんだけど、11月・12月は週1位のペースでいらっしゃって、愛人にならないかって…。ふざけてるでしょ?丁重にお断りしてもしつこいから、顔を合わせないように支配人が配慮して下さって…今日、久しぶりに会ったら以前よりタチ悪くなってた…。美咲ちゃんにも嫌な思いさせちゃってごめんね。」

「それはむしろこっちが謝らなくちゃいけないのに…。」


 私も美咲ちゃんもなかなかのハイペースでグラスを空けていた。酔いが回ってきたのか、少し暑い。


「ところで、私に似ている苦手な人ってどんな人なの?今の仕事の前ってどんな仕事してたの?って、1度に聞いたらダメだよね…。」


 ごめんごめんと笑いながら謝る美咲ちゃんに、自然と本当の事を話している私がいた。


「あー、それ、微妙に関係あるんだよね。実は、春ちゃんと付き合う前、結婚の予定があったんだ。」

「え?うそ?」

「ほんとほんと。去年の4月白紙になったんだけど。前の仕事、ウェディングプランナーでさ。一応寿退職だったんだよ?だけど退職後に色々な事が分かってさ…。向こうが浮気してたんだよね。しかも相手妊娠させて、そちらの責任を取らなくちゃいけないから私との結婚の話は無かった事にして欲しいって。その浮気相手…っていうか、現在の奥さんなんだけど、お正月にバッタリ会っちゃって。その時の彼女の服と髪型がお花見の時の美咲ちゃんにそっくりで…そこから苦手意識が…。」

「麗ちゃん、それ笑いながら話す内容じゃないから!…元彼の件、浅井さん知ってるの?」

「うん。付き合うきっかけもその事が絡んでるしね…。むしろ春ちゃんの方が別れた後の彼のことは詳しかった…。」

「何それ?元婚約者と浅井さんって知り合いなの?」

「2人とも高校の時のクラスメイト。卒業してからは疎遠だったみたいだけど、当時は2人、結構仲良かったよ。」


 私は、春ちゃんとの馴れ初め、博之との9年間の事を美咲ちゃんに聞かれるがまま答えていた。話しながらも、なんで彼女に普通に話せるのか不思議で仕方なかった。


「浅井さんと付き合ってまだ4カ月だったんだ…もっと長いと思ってた…。すごく仲良いし…。」

「それは自分でも変な感じ。高校の時、結構仲良かったせいかな?」

「やっぱり結婚とか考えてるの?プロポーズはまだ?」

「うーん。プロポーズかぁ…。」

「その反応は!?それに近い事はあったってこと?」

「まぁ…そういう話はするにはするけど…何しろ、私1度失敗してるから…父がね…。」

「私、麗ちゃんだから浅井さんの事諦められたんだと思う。だから…頑張って!」

「…ありがとう。実は今、春ちゃんが頑張ってるの。毎週土曜の夜、父のところに通って許してもらえるようにお願いしてる…。」

「その事だったんだ…。『土曜の夜は俺の人生がかかってるから』とか『人生の一大プロジェクトを進行中だから』って意味不明な事を言って週末は色んな誘いを断ってるんだよ、浅井さん。聞いても教えてくれないし…なんだろうね?って時々話題になってるんだけど…麗ちゃんとの結婚がかかってるって事だったんだ…。」


 やたらニヤニヤする美咲ちゃん。そんな美咲ちゃんに気になることを聞いてみる。


「ねぇ、春ちゃんってやっぱりモテるよね?」

「すごくモテるよ。狙ってたの私だけじゃないから。ライバルたくさんいたもん。優しくて、カッコ良くて…仕事も出来るし。でも、一時よりも狙ってる子は減ってると思う。麗ちゃんの事、噂になってるから。ものすごく可愛い彼女だって浅井さん本人が言ってるの。…もしかして、麗ちゃん不安?」


 春ちゃんの「モテない」は当てにならないことが判明。多分本人は気付いていないんだろうけど…地味に凹む。


「おーい、麗ちゃん?そんなに落ち込まないでよ?」

「…色々不安にもなるよ。」

「キモチわかるよ。1度寝取られると不安だよね…。私も2度程あるし…。」

「美咲ちゃんもあったの…?わかってもらえて嬉しいよ…。でもさ、寝取られたのにはそれなりの理由があるんだよね…。」

「麗ちゃん…そうなんだよ…それなりの理由が私にもあったんだよ…麗ちゃんにもあったの?」

「うん。思い当たる節は幾つかあったよ…。美咲ちゃんも?」

「あはは…私も幾つかあったよ…。私なりに努力していたつもりだったんだけどね。」

「一緒だ…私も歩み寄ってるつもりだったんだけどね…。」


 私と美咲ちゃんは同時に大きく溜め息を吐いた。


「「つもりじゃダメだったんだよねー。」」


 思いっきりハモって、私と美咲ちゃんは顔を見合わせて笑った。そして、再び意味不明な乾杯をした。


「似た者同士なのかもね、私と麗ちゃん。」

「なんか楽しくなってきちゃったね!」




 酒の力は恐ろしい。

 会話の内容が…三十路の女が2人で飲むとこうもエゲツないのかと、酒に酔っていない私なら思ったに違いない…。

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