26. まったり
いつもに増して甘めです。
「麗…約束。」
「だって…春ちゃん甘えていいって言ったもん。」
「甘えていいとは言ったけど、予告しなくていいとは言ってない…。」
「えー?春ちゃんの意地悪。…もう1回しても良い?」
「麗からしちゃダメ。」
「ほら、聞いたら春ちゃんダメっていうから……」
片付けを終えたキッチンで、私は春ちゃんに抱きついていた。
そしたらちょっぴり不機嫌そうな、でも顔の赤い春ちゃんに引きはがされた。私からキスをするときは予告をするようにと約束させられているけれど、今日は2回ほどその約束を破っているせいだろう。でも、春ちゃんからするときは予告なんてしてくれないのに不公平だ。それに予告したらしたで毎回「ダメ」だと言われてしまう。というわけで、そんな約束、私は守る気なんてさらさらない。
今だって、怒られたから予告したら案の定ダメだって言われたし…それなのに春ちゃんからキスしてくるとかズルい。ズル過ぎる。このことについては、何度か訴えているけれど相手にしてもらえない。「俺はいいの」と、意味不明な理由で毎度却下されている。別にいいけど。この約束に関しては破るためにあるって解釈しますので、私。
「意地悪な春ちゃんにはバースデーケーキあげないもん。」
「麗さん、すみませんでした。」
「じゃあ私からキスさせてください。」
「……仕方ない…1回だけ…だぞ?」
思わず「うへへ…」と怪しげな笑い声をあげてしまった私。そんな私を訝しげな目で見る春ちゃん。お願いだからそんな目で見ないで欲しい。それじゃあ私が変態みたいじゃないか…。
再び、爪先立ちになってそっと触れるようにキスをする。
春ちゃんはやっぱり顔が赤い。
春ちゃんにはソファで座って待っていてもらって、紅茶の用意をする。今日はヴァニラのフレーバードティ。更にカップの中にスライスした苺をいれて、先にテーブルに置く。
それから、ケーキに長いロウソクを3本、短いロウソクを1本挿して火をつける。火が消えないようにゆっくり運んで…。
「Happy Birthday!春ちゃん、おめでとう。」
「もしかして…手作り?」
「頑張りました。」
「マジか!?」
「うん。早く早く、ロウソクが溶けちゃう…。」
直径12cmほどの苺のショートケーキ。細いのですでに3分の1ほど溶けてしまっているロウソクを吹き消してもらったところで用意しておいたプレゼントを渡した。
色々悩んだけれど、結局無難にネクタイとネクタイピン。ネクタイをプレゼントするって「あなたに首ったけ」って意味なんだよね…。実際春ちゃんが大好きで仕方ないので良いとして…ネクタイピンは独占欲の現れ…的な意味合いが何処ぞの国ではあるみたいだけど…これもあながち間違ってないからなぁ…束縛はしたくないけど、独占はしたいです。
「なんかよくわからないけど麗っぽいな。色も柄も俺は絶対選ばないと思う。」
「これだけ見ると『ないな…』って感じだけど、スーツと合わせると結構オシャレで違和感無いの。春ちゃんに似合いそうだな…って思って。使ってもらえたら嬉しいデス。」
割と好きなタイプのピンクではあるけれど、自分でもこれを選んでびっくりした、そんな色のネクタイ。落ち着いたピンク地に小紋柄。それとシルバーのタイピン。
「何気にこれが1番嬉しい…。」
そう言って春ちゃんが手にしているのは、プレゼントに同封してもらったメッセージカード。名刺サイズのカードには、日頃の感謝のコトバをしたためました。
「『春ちゃんとまた出会えて、私は本当に幸せです。これからもずっと、私の隣で笑っていてね。いつも笑顔をありがとう。愛を込めて。麗』…愛を込めて…だって。マジか…。」
「お願いだから声に出して読むはやめて!恥ずかしくて死ねる…。」
「頼むから死なないでくれって。」
ネクタイよりもカードの方が嬉しいと言われて、ネクタイが気に入らなかったのかと思ったら、そうでもなかったみたい。今日着ているシャツに結んで、鏡を覗き込んで、「俺、意外とピンクもイケるな…」なんて嬉しそうにしていた。喜んでもらえたみたいで嬉しい。
「麗、ありがとな。早速明日から使うから。」
「良かった…ケーキ食べよっか?お茶冷めちゃったかな?」
「意外と平気そう。っていうかまだ結構熱いぞ?手作りのバースデーケーキとか初めて…あ、ホームステイしてた時、ホストマザーが作ってくれたのは…あれはパイだからノーカウントだな。というわけで手作りは人生初。しかもそれが可愛い彼女からとかテンション上がるな、やっぱ。」
もう切るのは面倒だから2人でつつく事にした。甘えて良いと言われたので、「あーん」とかしてみたり…。春ちゃんはちょっと恥ずかしそうだったけれど、嬉しそうに口を開けてくれるので、照れ隠しで「餌付け成功!」と言ったら「餌付けかよ…?」と笑いながら怒られた。
「それにしてもすげぇな。料理だけじゃなくてケーキまで…。なんでそんなに出来るわけ?」
「元々好きだったんだけどね。仕事辞めて引きこもりがちだった時、お姉ちゃんとか貴子に誘われて一緒に料理教室とかお菓子教室に通ったの。今日のケーキもその時習ったレシピ。」
「こんなに美味いケーキ初めて食べた。」
「そこまで言われると大袈裟過ぎて嘘っぽいよ?」
「いや、マジで。俺、お世辞とか苦手だから。」
「はいはい、じゃあそういうことにしとく。」
「冷たいなー。今日、俺の誕生日なんだけど?」
「冷たいのは春ちゃんだよ?」
そう言ってまた私からキスしようとしたら避けられてしまった。
「…心の準備ってもんがあるの。冷たい訳じゃないから…。その…好き過ぎてさ…麗からそういう事されると堪えられないから…マジでやめてくれ…。」
「…良く分からない。なんで私からはダメで春ちゃんからは良いの?」
「あれだ、麗からだと…さっき麗も言っていた『恥かし過ぎて死ねる』ってやつだ。だから頼む…。」
言っている意味がイマイチ分からず、不貞腐れた私に、春ちゃんは具体例を挙げて説明してくれた。それでもなんだか腑に落ちないけれど、やたらと必死なので、渋々約束を守る事を約束した。
ティーセットとケーキのお皿を片付けた後は、何をするでもなく、ただまったりとソファに2人で並んで座って過ごした。いつもは私の右側にいることが多い春ちゃんが珍しく左側に座っているので、なんか変な感じ。
春ちゃんに断りを入れて、姉と貴子にメールをする。こういう事は早めにしないと忘れてしまう私。先程全て春ちゃんとお腹の中にしまった料理の写真と、何気に惚気話も添えて…。
春ちゃんは私の左手にハンドクリームを塗ってマッサージしてくれている。さっきから、ずっと薬指をそっと撫でられている気がする…。なんだか照れ臭い。
お陰で頭が回らなくて、メールの文章がおかしなことになっているけれど…。
そう言えば、春ちゃんが電話かけたりメールしている姿ってあんまり見ないな…。時々、鳴っているみたいだけど、ちらっと見るだけ。
春ちゃんがスマホを取り出すのは、もっぱら写真を撮る時。しかも撮り終わるとすぐしまっちゃうし。
春ちゃんのスマホは私と同じ機種。ダークブラウンのレザー手帳型のケースに入っている。以前、裸で持ち歩いていたら、1年経たないうちに液晶と背面がバキバキに割れて使い物にならなくなってしまったらしい。
「なぁ、旅行行くならどこが良い?」
私がメールを送り終えたのを確認してそう尋ねてきた春ちゃん。
「うーん、行く時期にもよるよね?美味しいもの食べたいしゆっくり出来るところが良いかな?でも、テーマパークとかも楽しくて良いよね…。」
「美味しいものがあってゆっくり出来るところといえば温泉だよな…。」
「良いね…温泉。…先に言っておくけど、私、卓球とかびっくりする位下手くそだから絶対しないよ?」
温泉といえば卓球。実は私は球技全般、特にラケットを使うものが非常に苦手だったりする。卓球、バトミントンは本当に酷いもので、恐ろしくてテニスには手を出していない。
今でも時々テニスをするという春ちゃんの姿は是非見てみたいと思うけれど、誘われて醜態を晒すのが嫌で話に出さないようにしている。誕生日プレゼントにテニスウェアあげようかともちょっと思ったけれど、そんな理由で即却下した。
「それ、逆に見てみたいかも…。」
「本当に酷いもんだよ?何度かみんなで行った時に卓球したけれど、利き手使わないハンデつけてもらってもゆかりちゃんに負けたし…。幸い舞ちゃんも私と同類だからダブルスは私と舞ちゃんが別れればそれなりに楽しめたけど…。」
「なんかそういうのも楽しそうだな…。俺、社会人になってからそういう事なかったからな…。社畜って言葉、俺の為にあるんじゃないかって位。休みの日はずっと寝て…海外赴任してた時は割と休みがあったけど、本社に送る書類作らなくちゃで、休みでもする事は色々あったし。周りも歳上で家族のいる人ばっかでさ。現地のスタッフのホームパーティに時々お邪魔する事はあっても、純粋に『友達』って呼べる奴と遊ぶって事は皆無。同世代は仕事関係か大介と時々飲む程度。唯一大介くらいか、仕事関係じゃなくてずっと連絡取ってた友達って。まぁ、あいつも『友達』っていうより『戦友』って感じだけど。
年末に啓に地元でばったり会ってさ、同窓会声かけてもらって本当良かったよ。やっぱ良いな、昔からの友達って。」
「…すごく意外。春ちゃんって友達すごく多いイメージだったから…。」
「浅く広くって感じだったんだよ。社会人になって3年は本当に余裕なかったからな…いろんな場所にたらい回しにされてたし。大学も帰国してから単位取るのに必死だった。2年留学してたじゃん?向こうで結構遊んじゃったんだよね。就職に関してもそれまでは全然情報収集して無かったし。その5年で見事に友達との縁が薄れた感じ?携帯も何度か壊れてデータぶっ飛んでるし。去年地元帰ってきて仕事にも時間にもびっくりする位余裕が出来て…本当に良かったよ。初めは同じ会社でもこんなに違うもんかと腹が立ったけどな。しかも給料は忙しくない今の方がほんの少しだけど上がったとか…マジで理解に苦しんだ。」
「じゃあ私、すごく良いタイミングで春ちゃんと再会したんだね。」
「本当にそう思う。高校卒業してから…学生の頃に1人、社会人になって2人と付き合ったけどさ、そんなんだから長続きしなくって。電話とかメールとかあっても毎回なんて返す余裕なかったし。会う時間も取れないし…まぁ正確には睡眠とか仕事関係の奴と飲んだりを優先させてたんだけど。たまに会っても携帯手放せなくていつも気にしてさ…。『仕事と私どっちが大事なの?』って聞かれて『仕事』って即答してた。それで『ついていけない』とか『デリカシーなさ過ぎ』とか『もう無理』って言われて振られて…別に『ああ、そうか』としか俺も思えなかったし。あの頃は恋愛なんて面倒臭くて仕方なかったハズなんだけど…。」
なんだか私の知っている春ちゃんとはまるで別人みたいだ。それだけ忙しかったんだろうな…。本人が『社畜』って言うくらいだし。なかなか聞けない話が聞けて良かった。今まで春ちゃんの話を聞くよりも、私が話を聞いてもらう方が圧倒的に多かったから…。
「最近の俺はどうしちゃったんだろうな?…まだ一緒にいたいけど、明日もお互い仕事だし今日はもう帰るよ。麗、本当にありがとう。」




