21. ようやくスタート
「お母さん…夜遅くにごめんなさい…春ちゃんの様子はどう?」
『うふふ…もうとっくに潰されて寝ちゃってるわよ?和菓子、麗が持たせたんでしょう?浅井くんが寝た後、あの人はブツブツ言いながら嬉しそうに食べていたわ。』
「潰されて…って…大丈夫なの?」
『大丈夫じゃなさそうよ…明日は確実に二日酔いだと思うわ、浅井くん。』
「ちょっと、お母さん?大丈夫じゃないのになんで笑っているの?」
『…だって益々気に入っちゃったんだもの。お父さんを動揺させちゃうのよ?』
「どういう事?」
『簡単に言えばお父さんの脅しが一切通用しなかった上、浅井くんの方が一枚も二枚も上手だったってことかしら?』
「お父さんって春ちゃんにそんなに酷いこと言ったの?」
『酷い事ではないでしょうけど…麗が聞いたらきっと怒るでしょうね。でも大丈夫。浅井くんは全然動じていなかったもの。それになかなか好感触だったし。』
「なら良いけど…話を戻してもいい?二日酔い確実って春ちゃん吐いたりしてない?具合悪そうだったりとか無い?」
『それは心配ないわ。後半は呂律が回ってなかったし千鳥足だったけれど、吐くような素振りは無かったし、どうにか布団には自分で移動出来たもの。横になったらあっという間に寝たわ。お酒は…弱くはないけれど、決して強いとは言えないわね。巧くんよりはマシだけど、お父さんや彼に比べたら随分弱いわ…。明日は会う約束をしているんでしょう?運転があるから午前中に帰るのはおそらく無理よ。気長に待ちなさい。』
土曜日、春ちゃんが気になって仕方なかった私は、夜中であるにもかかわらず、仕事の後に母に電話をかけた。
妙に機嫌の良い母。春ちゃんの様子を聞けば「大丈夫ではない」となぜか嬉しそうに言う。言っていることと態度が違いすぎる。総合して考えると、二日酔いは避けられないけれど、父とのやり取りは特に問題がなかった、むしろ想像以上に良かったという事のようだ。母が春ちゃんを益々気に入ったと言うくらいだし…。
だからと言って、父がすぐに認めるなど決してあり得ない。まだようやくスタートしたばかりで道のりは長いのだ。
***
「二日酔い、大丈夫?」
「大丈夫だよ。頭痛だけだったし、もう平気だから心配すんなって。」
お昼過ぎに「今から両親の家を出る」との連絡を春ちゃんからもらい、私のところに彼が到着したのが14:00過ぎ。
昨晩、母に気長に待つように言われたものの、午前中のうちに家の事を終わらせて手持ち無沙汰でそわそわしっぱなしだった私は春ちゃんからの電話を切るとまた母に電話をかけてしまった。
春ちゃんは平気だって言っていたけれど、朝の彼の様子は酷いものだったらしい。本人の言う通り、吐いたりはしていなかったそうだが、母の予想通り起きた時点ではお酒は抜けきっておらず青い顔。父に勧められ朝食を一緒に取り、父が席を外したところで春ちゃんの顔色の悪さを心配した母が「本当に大丈夫なのか」としつこく聞いたところ、ようやく頭痛を訴えたらしい。
頭痛薬を母が渡して、しばらくすると顔色は良くなったが、運転をする事を考えるとまだ不安があったので昼過ぎまで母が引き留め、出発が昼過ぎになった。
そして、今は彼の運転する車の助手席に私が座っている。
横を見ると随分スッキリした顔をしているので、本当にもう心配はないのだろう。
「変な時間だけどさ、なんか食わないか?俺、腹減ってきたし…。」
「うん、どこかゆっくり出来るとこないかな?」
結局、お好み焼き屋さんへ行き、お好み焼きともんじゃ焼きを注文。
もんじゃ焼きはダラダラ食べるのに最適。微妙な時間なので、店内も空いていて気兼ねなくゆっくり話が出来る。
「春ちゃん、お疲れ様です。お父さん、どうだった?酷い事言われなかった?」
自分では気付かなかったが、私は心配のあまり酷い顔をしていたらしい。春ちゃんに笑いながら「心配しすぎだ」と言われてしまった。
「気持ちは有り難いけどさ、せっかく一緒にいるんだから笑ってくれよ?麗が心配する様な事は無かったよ。」
「どんな話をしたの?」
「そりゃさ、麗の話に決まってるだろ?だけどやっぱりちゃんと話すのは初めてだったからさ、俺の事を知ってもらいたくて俺の話ばっかしてたかな。どんな仕事してるとか、今までの勤務地の事とか。それに学生時代とか留学してた時の話。高校の時の事も聞かれたよ。…もちろん博之の事も。俺とあいつはどの程度の知り合いなのかとか、あいつと麗との事どの程度知っているのか…とか。当たり障りないように答えたつもり。」
母が、私が聞いたら怒るような事を父が言っていたと教えてくれたけれど、春ちゃんの今の話の中には含まれていなそうだ。
「でもさ…後半何話したか全く記憶がないんだよ。自分の事話しながらビール飲んで、博之の話の頃は日本酒飲んで…その後、ウィスキーをロックで飲みながら何か話したはずなんだけど、何を話したか全然覚えてない。気付いたら俺は布団の中で…朝になってた。」
春ちゃんが脅された事ってなんだろう?覚えてないなら良いけれど…いや、良くない。記憶がなくなるまで飲ませるなんて…お父さん、酷い…。
「そんなに飲ませられたの?」
「麗、怒るなって。俺は平気だからさ、次回からうまいことセーブするから…それに、麗が頼んでいてくれたお陰で、麗のお母さんには本当に良くしてもらったから。ありがとな。」
私はそんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか?以前は感情を顔にあまり出さないようにするのは割と得意だったはずなのに…。私が顔に出やすくなったのか、春ちゃんが私の心を読むのが得意なのか、どちらかわからないが春ちゃんにはお見通しだったようだ。
「麗のお母さんにさ、今朝聞いてみたいんだよ。俺の記憶がなくなってからの事。そしたら、問題なかった、大丈夫だって笑顔で言われたよ。妙に意味ありげな笑顔だったけど…。今朝の麗のお父さんの様子見ても、多分問題はなかったんじゃないかと…少なくとも怒らせてはいないと思う。例の如く朝食後はすぐ出かけちゃったけどさ…しつこいと言われるくらいお礼を言ったらまた来いって言ってもらえたし。向こう出るとき、お母さんも来週土曜の同じ時間にいらっしゃいって。これって順調な出だしだよな?巧さんの時の話を考えると、まだ20〜30回は通う必要がありそうだけど…。週一で行くとして、下手したら半年以上か…。まだ時間はかかりそうだけど気長に待っていてくれよな。」
「もちろん待つよ。半年でも1年でも…それ以上でも。春ちゃんにだけ負担かけちゃってごめんね。」
「そんな事気にするなよ。俺がやりたくてやってる事だし。」
そんな春ちゃんのために、午前中のうちに調べてメモしておいた二日酔いになりにくい飲み方や対処法について話した。それから、お酒を飲む前に飲んでアルコールの分解を助けるドリンク剤、サプリメントや頭痛薬などもメモと一緒に渡す。手持ち無沙汰でいてもたってもいられず、春ちゃんが来る前に買ってきたものだ。
「麗は本当に良く気が利くよな。」
「だって…来週はもっと早くに会いたいから…。」
「だよな…俺も早く会いたかったし。まぁ、来週も期待しないでくれ…俺は酒が弱いみたいだからな…。」
「それ、比較対象が悪いだけだって。お母さんが言うには巧さんよりはずっとマシだって。」
「マシって…やっぱり弱いってことじゃん?…もしかして…麗は強いのか?」
「うーん、どうだろう?ここ1年飲んだっていうほどは飲んでないし…体調次第かな。でも安心して。お父さんよりは遥かに弱いから。でも、巧さんよりは強かったよ?」
「なんか俺よりいけそうだな…。」
「それはどうかな?あんまり飲んでないから弱くなってるかも。今度2人で思いっきり飲んでみたいね。」
「そうだな、一緒に飲んだのは正月と誕生日の翌日くらいか?でもこないだは食事がメインだったからな…正月は麗ほとんど飲んでなかったし…。」
「じゃあ、お父さんに認めてもらったら2人で祝杯を挙げない?」
「そうしようぜ、約束な?早くそれが叶うように頑張るよ。」
お父さんに認めてもらえたら思いっきり2人で飲もう、そう春ちゃんと約束した。それが叶う日が待ち遠しくてたまらない。




