18. Happy birthday
クローゼットの扉を開け放ち、かれこれ1時間程、服を出しては「なんか違う…」と呟いては戻し、また違う服を出しては「さっきの方が良いかも…」とクローゼットに仕舞う作業を繰り返す私。
何しろ今日は、1ヶ月振りの「純粋な」デート。しかも昨日のサプライズに引き続き、私の誕生日を春ちゃんがお祝いしてくれるというので、ついつい気合が入ってしまう。
本日のコーディネートの中心は、もちろん昨日春ちゃんがプレゼントにくれたピアス。
ピアスをくれるって事は私がピアス開けてることに春ちゃんが気付いてくれていたって事だよね?春ちゃんと会う時、耳は出さずに髪の毛で隠れている事が多かったし、ピアスはしていても目立たなくてシンプルなものばかりだったから、気付いているなんて思わなかった。
本当に私の事見ていてくれてるんだな…って嬉しくなる。
私、あんまり春ちゃんの事知らないなぁ…もっと知りたいな…なんて考えていたら、春ちゃんが迎えに来てくれる時間まであと30分に迫っていた。こんな事考えながらにやけている場合じゃないよね…急いで支度しなくっちゃ。
結局、ネイビーの七分袖でハイウエストの切り替えのあるシンプルなワンピースに、アイボリーのヒールとクラッチバッグを合わせて、髪も耳が見えるようにまとめる。
スプリングコートを羽織るか、薄手のストールにするか迷うところだけれど、今日の天気予報を確認したところ、最高気温が5月上旬並みだというので、羽織りものは無しにする事ににした。
そして、仕上げにプレゼントのピアスを付けて準備完了。
敢えて他のアクセサリーは付けない。だって、主役はピアスだもの。
丁度準備が終わったところでインターホンが鳴った。春ちゃんのお迎えだ。春ちゃんには下で待っていてもらい、急いで部屋を出る。
「早速付けてくれてるんだ…やっぱ似合うな。」
「昨日は本当にありがとうね。会いに来てくれて…色々いい事聞いちゃったし…プレゼントもすごく嬉しかったよ。…このピアスは春ちゃんが選んでくれたんだから似合わないわけないでしょ?」
「だよな〜、俺が選んだんだもん、似合うに決まってるよな?」
満足そうな顔で頷く春ちゃんは、いつもよりもきちんとした服装。タイはしてないけれどジャケットを着ている。私もこのワンピースにしといて良かった…。このワンピースか、ニット+パンツか、カットソー+スカートかの3パターンで悩んでいたけれど、他のだったら春ちゃんと並ぶとちょっとカジュアル過ぎる。
「それに服装も完璧!じゃあ行こうか?」
何気に服装チェックが入った?何でだろう?まぁいっか。
外は思っていた以上に暖かくて、日当たりの良いところでは桜の花もちらほら咲き始めている。
家まで迎えに来てくれるというから、てっきり車で来るものだと思っていたら、車じゃなかった。そんな事なら、何処かで待ち合わせにした方が春ちゃんが楽だったのに…と私が言うと、まぁそう言うなって…と笑って返された。
春ちゃんが連れてきてくれたのはお洒落なフレンチレストランだった。
「ここ、一応それなりの服装じゃないとまずいしさ…普段会う時の麗の格好なら問題ないと思って黙ってたんだけど…ほら、服装の事言うと何となくわかっちゃうだろ?万が一の場合、着替えてもらおうと思って家まで迎えに行ったんだよ。まぁそんな心配なんて結局無駄だったけどな。」
店に入り案内を待っている間、春ちゃんが家まで迎えに来てくれた理由をそう説明してくれた。
服装チェックもそういうことだったんだと納得する。そんな会話をしているうちに、ギャルソンがやってきて、私たちは半個室になっている席へ案内された。
「せっかくだから少し飲もうか?」
「お昼は飲まないんじゃなかったの?」
「今日は特別。麗の誕生日のお祝いだし?」
ドリンクもお料理もオーダーは春ちゃんにお任せ。
しばらくしてロゼのスパークリングがサーブされた。
「麗、1日遅れだけどおめでとう。来年は当日に祝いたいな。」
「ありがとう。でも今年も当日ちゃんとお祝いしてくれたじゃない?…来年も当日お祝いしてくれるの?約束だよ?」
すごく嬉しい。「今から来年の誕生日が楽しみ」なんて言ったら、春ちゃんは「期待していいぞ」って相変わらず素敵すぎる笑顔で返してくれる。
お料理は季節のコースだった。
アミューズは春蕪とグリーンピースのムース。カクテルグラスに2層になった白とグリーンのコントラストがとても綺麗。
前菜は、菜の花と2色のアスパラガス、蛤のテリーヌに、釜揚げ桜海老を散らしたベビーリーフのサラダが添えられていた。
蛤のブイヨンが染み込んだ春野菜が美味しい。甘い釜揚げ桜海老とも良く合う。
魚料理は、甘鯛を鱗付きでソテーしたもの。カリカリの鱗の食感が楽しく、桜葉風味のソースも面白い。
肉料理は、牛フィレ肉のグリル、バルサミコソース。添えられた筍やタラの芽、そら豆など春野菜ののグリルで春の味覚を満喫。お肉も文句無しに美味しい。
お料理に合わせてサーブされたふくよかで丸みのある白ワインも、フルーティで軽い口当たりの赤ワインもとても美味しかった。
「思いっきり春の味覚を満喫した感じ。すごく美味しいね。」
「喜んでもらえて嬉しいよ。」
「春ちゃんってさ、やっぱりお店選びのセンス良いよね?」
「そうかな?」
「それにね、食べ物の好みがすごく私と近いんだと思う。」
「あぁ、それは俺も思った。初めはさ、麗が遠慮してるんだと思ったんだけどさ、美味そうに食べる姿見てたら俺に合わせてる訳じゃなくて食べたいもの選んでるんだって感じた。」
「好みもあるんだろうけど…春ちゃんと食べるとなんでもすごく美味しい。それに食事がすごく楽しいの。」
「俺も同じ事考えてた。」
それってすごく幸せなことだよね、そう言って顔を見合わせて笑っていたら聞こえてきた歌声。
「「「Happy birthday to you, Happy birthday to you, Happy birthday dear Urara, Happy birthday to you〜♪」」」
運ばれてきたのは、直径10cm程の小さなバースデーケーキ。ロウソクも3本立ててある。
それを見た瞬間、私の視界はぼやけ、頬に涙が伝ってしまう。まただ…感情が抑えられない。
「ほら、麗、泣く前にする事あるだろう?」
「そうだよね…春ちゃん…ありがとう…。」
「だから泣くなって…。」
涙を拭いてロウソクを吹き消す。お店の人にも、拍手をしてもらい、私と春ちゃんでケーキを持って写真を撮ってもらった。
「私…酷い顔してる…涙目だし…。」
「大丈夫、そんな顔も可愛いからさ。」
「せっかくだから泣いていない写真が良かったよ…って泣いたのは私なんだけど…。」
「不満ならこの写真俺がもらっていい?」
「不満なわけじゃないけど…春ちゃんが欲しいなら良いよ。」
「それと、笑った麗の写真も撮らせて?」
食事を終えて店を出る際、ケーキを持って2人で写った写真はプリントアウトして台紙に入れてプレゼントしてもらった。案の定、涙目で写る私。すごく残念。
近くの広い公園のベンチに座り、見ていた写真を春ちゃんに手渡す。春ちゃんはそれを鞄に仕舞い、代わりにスマホを取り出す。
「ほら、笑って…。」
「…春ちゃんと一緒に撮りたい…。」
「麗だけで撮ってからな?」
「えー?春ちゃんの意地悪…。」
そう言って不満そうな顔をしたら、膨れっ面まで撮られてしまった。結局、春ちゃんの話術で笑わされ、パシャパシャ響くシャッター音。しばらくすると満足したのか、引き寄せられて2ショットも春ちゃんに撮ってもらった。
それを私にも送ってもらって、春ちゃんからの着信の画面に設定した。今まで以上に春ちゃんからの着信が楽しみになりそう。
「これからどうする?どこか行きたいところある?何かしたい事とか…。」
「春ちゃんと手をつないでのんびりしたいな。」
「そんなことでいいのかよ?」
私は笑顔で頷いた。
 




