17. Tanti auguri a te ♪
その日、私は朝からソワソワしっぱなしだった。仕事も身に入らない。これではいけないと、時々気を引き締めながらどうにか仕事をこなしていった。
「かしこまりました。では来週の木曜日、19時に4名様でお席をご用意してお待ちしております。…お電話ありがとうございました。」
予約の電話を受け、ふとカレンダーを見て私はある事に気付いた。
誕生日…。
自分の誕生日をすっかり忘れていた。歳をとると自分の誕生日なんて忘れるとか、自分が幾つなのか忘れるなんて話を昔聞いて、「そんな馬鹿な」と思っていたけれど、本当に忘れていて笑ってしまった。さすがに三十路…30歳という年齢は覚えていたけれど…。
そういえば、春ちゃんに私の誕生日教えてなかったな…春ちゃんの誕生日も私は知らない。春太郎って言うんだから春生まれだよね、きっと。30過ぎて居酒屋に入店拒否されたエピソードがある位だから、3月ではないだろうな…じゃあ4月生まれかな?明日会えるし聞いてみよう。
誕生日プレゼントに、いい話…お父さんに話を聞いてもらえた…なんて話が聞けたら最高なのにな…春ちゃん頑張ってくれてるから、それだけでもう充分なんだけどね。
何か連絡があるんじゃないか、メールが気になって、休憩時間にずっとスマホを眺めていたけれど何も連絡はなかった。
「「「Tanti auguri a te〜 Tanti auguri a te〜♪」」」
「ほれ、今日誕生日だろう?余ったドルチェだってよ。」
「なんでご存知なんですか?」
「昨日偶然事務所の片付けしていてさ、履歴書見ちゃったんだよね。それで、今日が誕生日だって…ね、支配人?」
「まぁそういうことだ。」
「八重山ちゃん、おめでとう!ようこそ!30代!!」
「ありがとうございます…実はお昼過ぎまで忘れてました…自分の誕生日…。」
仕事が終わると、支配人、フロアチーフ、バリスタの3人で結成(?)されている、自称チーム三十路の3人にお祝いしてもらった。
『Happy birthday Urara』
ドルチェのプレートにはちゃんとメッセージまで書かれていて、思わず目頭が熱くなってしまった。
「今日から八重山さんもチーム三十路の正式メンバーに加入って事で。」
「ようやく大人の仲間入りだね…。これから4人で…」
「瀬田ぁ、飲みに行くとか野暮なこと言うなよ?八重山、休憩中ケータイ気にしてただろ?男だ、男。今日は誘うな…。」
「じゃあ3人で飲みに行きましょう!本人不在でも誕生日会しましょうよ?」
今日はゆっくり電話をしたかったので、飲みに行くお誘いはお断りし、そのうち飲みに行きましょうなんて話をしながらドルチェを美味しく頂いて、3人と声をかけてくれた厨房のスタッフに何度もお礼を言って退勤した。
「お疲れ、麗。」
「春ちゃん?どうしたの?」
「ちょっとドライブしよう?」
びっくりした。店の外に出ると春ちゃんが待っていてくれて…すごく嬉しくて…夢みたいだった。
わざわざ車から降りて、助手席のドアを開けてくれて、私が乗り込んだのをちゃんと確認してからドアを閉めてくれて…。やけに機嫌の良い春ちゃんに期待してしまう。私の誕生日は教えていないから知っているはずは無いし、という事は…父に話を聞いてもらえたに違いない。
「今日、どうだった?」
「帰れって言われた。」
「そうだったんだ…。」
残念ながら、私の期待は外れていたようだ。
「今日は、麗の誕生日だから帰れって。代わりに来週話聞いてやるから俺だけ来い、そう言われた。」
期待は外れていなかった!!
今日は話を聞いてもらえなかったけれど、これは間違いなく前進している。これからが大変なんだけれど…春ちゃんはお酒、強いのかな?お正月の集まりを思い出すと、特別弱い訳ではないけれど…強い印象も無い。嬉しいけれど、すごく心配になってしまった。
私の心配をよそに、春ちゃんはすごく嬉しそうに笑っている。
そして、信号待ちで停車した時、彼は小さな包みを私の膝に置いた。
「麗、お誕生日おめでとう。これ、プレゼント。俺、来週から頑張るから。時間はかかりそうだけど…期待してて!」
「春ちゃん…ありがとう…私、そんなこと言われたらすごく期待しちゃうよ?」
「おう、任せとけ!麗のお父さんに許してもらえるまで…半年でも1年でも、2年でも、3年でも、それ以上でも俺、頑張るし、許してもらえるまで粘るから。」
プレゼントはもちろん嬉しかったけれど、それ以上に、春ちゃんの言葉が、気持ちが嬉しくて、涙が溢れて止まらなくて、泣いてしまった。
春ちゃんは、わざわざ車を停めて、私が泣き止むまで引き寄せて抱きしめてくれた。
「ほら、泣くなって…嬉しいなら泣かないで笑って欲しいからさ…麗には笑顔が似合うから…笑ってて欲しい。」
そう言って、そっとキスしてもらって、私はやっと笑うことが出来た。
春ちゃんと再会して以来、私の涙腺はどうしちゃったんだろう。それまでは、泣きたくても泣けない事も多かったのに、今は泣きなくないのに涙が溢れてしまう。
「これ…開けて見ても良い?」
「もちろん。気に入ってくれると良いけど…。」
春ちゃんが私の膝に置いてくれた包みをそっと開ける。
「ピアス…?すごく可愛い…。春ちゃんが選んでくれたの?」
「俺が選ばなきゃ誰が選ぶんだよ?」
ホワイトゴールドの細いチェーンの先に一粒、キラリと光る石が付いている。薄暗くて、色がよくわからないけれど…もしかしてアクアマリン?
「麗3月生まれだから…誕生石のアクアマリン。麗って寒色系が好きだろ?これなら合わせやすそうだし…似合うかなって思って。」
「本当にありがとう。大事にするね…。」
また泣きそうになる私。そんな私を気遣ってか春ちゃんが笑いながら話してくれた。
「ほら、やっと泣き止んだんだから…もう泣くなって。実はさ…俺、今日が麗の誕生日だって知ってたんだよ。初めて麗の手料理食べさせてもらった…俺が告白した日、実は出刃庖丁でもプレゼントにあげたら喜ぶかな…とか考えてた。そんなプレゼント微妙だよな。…俺知ってたのにさ…すっかり忘れてて、麗のお父さんに言われてやっと思い出したんだよ…大事な事忘れていて本当にごめん。」
「そんな…気にしないでよ。こうやって会いにきてくれるだけでも嬉しいのに…プレゼントまで用意してくれて…いい話も持ってきてくれて…私は充分過ぎるくらい幸せだよ…。…でも、私言ってないのに何で知ってるの?」
私が質問すると、春ちゃんが耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうに教えてくれた。
「実はさ…高校の時、麗の事好きだったんだよね…その時から知ってた。」
「本当に!?なんかそれ、すごく嬉しい。」
「本当だよ…証拠ならこの前見ただろ…?修学旅行の写真。やたら一緒に写ってるのが多いのは偶然じゃねぇよ。俺が意図的に麗の隣キープしてたんだからな…。」
思いがけない春ちゃんの告白。これが一番のプレゼントかもしれない。
「実は私だって自分の誕生日忘れていたの…仕事中、ふとカレンダー見て思い出したの。今日から三十路だって…春ちゃんと一緒に過ごせたらいいのになぁって思ったけど、仕事だし、春ちゃんに言うの忘れちゃった事にもその時気付いたの。それに春ちゃんの誕生日知らないから教えてもらわなくっちゃって。 春ちゃん、私の為に一生懸命頑張ってくれてるじゃん?だからプレゼントはその気持ちで十分だったし…明日会えたらそれで良いかな…って思ってた。」
「それじゃあ俺が不満。やっぱ当日に祝いたいし…でもまだ祝い足りないから、明日も付き合えよ?明日、11:00に迎えに行くから。」
そう言って春ちゃんは私を家まで送り届けてくれた。




