14. ドライブデート?
「一昨日、仕事の後巧さんと飲んで…巧さんの時の話、聞かせてもらった。…今日さ…俺、玄関で追い返されるかもしれないけど…つうかむしろその覚悟で来てるんだけど…長い目で見てくれ…最悪年単位でかかるかもしれないけど…俺、諦めないから…。」
春ちゃんが運転するのは青いコンパクトなSUV。私は助手席に座っている。
青い車ってあんまり春ちゃんっぽくないなと思っていたら、もともと弟さんの所有の車を破格で譲ってもらったそうだ。
両親の家までは約1時間半。ちょっとしたドライブデート感覚な私に対してガチガチに緊張している春ちゃん。
「母にお願いしているから玄関で追い返されるって事は無いと思うけど…話は聞いてもらえないって思っていた方が良いかも…。巧さんの時より大変だって私も思うし、母も姉も同意見。…ごめんね…春ちゃんに負担をかけることになってしまって…。だからさ、せめて行きと帰りはドライブデートって事で楽しまない?ずっと緊張してたら疲れちゃうよ?」
「確かにそうだな…。なぁ…変な事聞いても良いか?…嫌なら嫌って言ってくれ…」
「もしかして博之の時の話?」
「ああ…。思い出させるようで申し訳無いけど…。」
「別に良いよ。気になるでしょ?私はもう平気だから…。」
姉が初めて巧さんと結婚したいと連れてきたのは姉が20歳、短大生の時だった。卒業したら結婚したいと言う2人に対して父はまだ早いと相手にしなかった。
姉が短大を卒業して半年後、再び巧さんが結婚したいとやって来て、姉が妊娠していると打ち明けたものだからさぁ大変。
巧さんは3ヶ月間、うちに通ってやっと結婚の許しを得たのだ。はじめはマンションのオートロックさえ開けてもらえなかったこともあった。玄関で追い返される事もしばしばで、姉や母、私が家に上げたら激怒して追い出していたけれど、巧さんがうちに通い初めてひと月半程経った頃、巧さんの真剣さにようやく父が折れて話を聞くようになった。
しかし、ここからが本当に大変そうだった。あまりお酒の強くない巧さんは来るたびに父の晩酌に付き合わされ、毎回吐くまで父に付き合ってやっと認めてもらったのだ。許してもらえる前の2週間は週5で父と飲んでいた位だし…。
ところが、博之はそうじゃなかった。20歳の頃から付き合いはじめ、うちにもよく遊びに来ていたし、博之が通っていた大学が父の出身校だった事もあり、その頃から博之と父は仲が良かった。博之はすごくお酒が強かったので、楽しく父の相手をしていた。
姉が22歳で結婚しすみれを産んでいるのに対し、仕事が楽しかった私は付き合って5年経っても6年経っても全く父に結婚の話をしなかった。博之とも、いずれは結婚しよう…と話していたものの、具体的な話はほとんど出ておらず、結局痺れを切らした親達の勧めで同棲を始め、結婚の時期も親を交えて相談して3年後と決まったので、許しを請う必要など皆無だったのだ。
「じゃあ…つまり、博之との結婚は両家の親の勧めでまとまったってわけ?」
「まぁそう言えなくもないかな…。でもいずれは結婚しようって話はあったよ?」
「博之は麗のお父さんにすごく気に入られてたんだな…。」
「…うん。すごく可愛がってた。だからこそすごく怒ってた…ううん…怒ってたじゃなくて、今でも怒ってる。……春ちゃんは何も悪くないのに…ごめんね…私が浮気に気付いて別れてたらもっとマシだったと思うんだけど…。」
「まぁ高校時代、俺は散々あいつにフォローしてもらったからな…ほら、俺が羽目を外しがちなのを止めてくれたのっていつも博之だったじゃん?…その時のツケって言うかさ…借りだよ。だから麗は気にするなって。それに麗があいつの浮気に気付いてさっさと別れてたら今こうして一緒にはいないと思うぜ?これからも一緒にいられるように、目の前の問題をひとつずつクリアしていく、それで良いんだよ。」
この人を好きになって良かった。
春ちゃんと一緒にいると本当にそう思える事が多い。
博之の話を普通に出来ることも、彼との過去を受け入れてくれることもすごく有難い。私だけで抱え込んでいるよりも、吐き出して、共有してもらった方が早く忘れられる気がするし、実際、私の心の中にいた博之という存在はどんどん小さくなり、彼との思い出に苦しめられることもほぼなくなった。
その代わり、春ちゃんという存在がそのほとんどを占めている。彼の笑顔、ぬくもり、優しさ。春ちゃんに対する甘い思いと、これから父を説得しなければいけない現実に、彼に負担をかけてしまう申し訳なさや罪悪感。
そんな苦しみでさえ、春ちゃんは軽減させてくれる。何気ない一言に、私を気遣ってくれる優しさに私は救われ、どんどん彼に惹かれ、好きになってのめり込んでいっている。
「麗…なんでそんなに嬉しそうなわけ?」
「だって…春ちゃんが大好きなんだもん…。」
「…嬉しいけど…運転中はやめてくれ。嬉しすぎて運転に集中できない…。ほら、まだ事故って死ぬわけにはいかねぇし。」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに笑う春ちゃん。緊張もすっかりほぐれたみたいだ。
途中、サービスエリアに立ち寄り、昼食を済ませる。運転中ではないので、先程我慢して言い足りなかった分の「大好き」を言ってみたり、1つのジェラートをはんぶんこして「あーん」って食べさせたりしたところ、めちゃくちゃ照れている姿が可愛かった。
出発前、運転席に座った春ちゃんのシャツの袖を引っ張って私の方に引き寄せ、彼の唇にそっとキスしたら、ちょっと怒られた。
「マジで心臓に悪いから麗からそういうことするなら予告してくれ…それと運転中だけじゃなくて運転前も禁止。悪いけどそういう免疫無いんだよ…。」
「だったらそういう免疫つけようよ。そのためならいくらでも協力しちゃうよ?」
調子に乗った私がもう一度春ちゃんのシャツの袖を引っ張ろうとしたらふり払われてしまった。…ちょっと凹む。
しかし、次の瞬間、春ちゃんの両手が私の頬を包み込んで…キスされた。
「運転前どうしてもしたいなら俺からするから。麗からはしないでくれ…不意打ちとかマジでやばいから。」
「春ちゃん顔真っ赤だよ?可愛い~!春ちゃん大好き!!」
「だからやめてくれって…抱きつくのも運転前は禁止な?…悪い、もっかい休憩。ガムでも買いに行くけど麗も行くか?」
「うん、もちろん。」
私たちは手をつないでサービスエリア内のコンビニへ向かった。
「なぁ…博之にもああいうことしてたのか?」
「春ちゃん、そんなに気になるの?」
「まぁ…気にならないって言ったら嘘になるかな。」
「春ちゃんは本当に正直だね…そういうとこ好きだよ。…博之はね、ベタベタするのあんまり好きじゃなかったからさせてもらえなかった。好きって言っても嬉しそうじゃなかったし。そんな人にそういうことしてもつまんないでしょ?だから殆どないよ。」
「マジか…麗にそんなこと言われて嬉しくないとかあり得ないわ…。博之からはそういうこと言われなかったのか?」
「まったくなかったわけじゃないけど…普段は無かったね。好きとか可愛いって言ってくれるのは…まぁ…そういう事してる最中とか直後だけ。さすがにウェディングドレスの試着の時は似合うとか綺麗だって言ってくれたけど、お店の人に言わされてる感満載だったし。」
「俺は普段からしつこいほど言うから覚悟しとけよ?」
微妙な空気が流れてしまいそうな内容の会話でも、春ちゃんは不思議と笑いに変えてしまっていた。
ガムを買って、車に戻り、改めて出発。もちろん出発前にはキスしてもらったなんて言うまでもない。




