12. 運命の人
『もしもーし?麗ちゃん?元気?』
「舞ちゃん、久し振り!彩ちゃんの風邪、良くなった?」
『うん、やっと治ったよ。実はあの後、私がうつって、康介もうつって、また今度は違う風邪を彩がまたもらってきて…みどりちゃんにまでうつって岡崎家にも蔓延して…この時期はやっぱりダメだね〜。そんなんでなかなか誘えなくってこんなに遅くなっちゃった。今度の日曜日、夕方からうちに来ない?鍋とたこ焼きしようよ?彩も麗ちゃんに会いたがってるよ〜?そうそう、こないだのチョコありがとうね。彩がさぁ、独り占めして…しかも自分で全部食べておいて、動物が可哀想…食べなきゃ良かったって泣いてるの。食べた後におかしいでしょ?』
「そっか、泣いちゃったとはいえ気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ。今度の日曜日…夕方なら大丈夫。私、デザート持っていくよ。いつものメンバー?」
『ありがとう。メンバーはね、いつものメンバー…うちと、岡崎家と、貴子ちゃんと、それから浅井くんだっけ?彼も誘うって康介言ってたよ?なんか以前麗ちゃんに酷いこと言ったみたいだけど大丈夫…かな?』
「じゃあ彩ちゃんとみどりちゃん含めて9人だね?…しゅ…浅井くんのお正月の件ならもう平気だよ。むしろ、彼に聞いていて助かったくらい。だから気にしないで。じゃあ、日曜日お世話になりまーす。」
山内家の奥様、舞ちゃんからのお誘いで日曜は山内家で夕食を頂くことになった。
いつものメンバーだったら春ちゃんも一緒に行ってもいいかな?なんて聞くつもりだったのに、その必要はなかった。春ちゃんもご招待されていたのだから。
まだ貴子にも、みんなにも春ちゃんとの事は言っていない。内緒にして、当日驚かせちゃおうかな?でも春ちゃんが山内くんとか岡崎くんに言っちゃったかな?
舞ちゃんからの電話を切ってしばらくしたら、春ちゃんからメールがあった。やっぱり山内くんから今度の日曜日のお誘いの件についてのメールで、夕方からならOKしても問題無いよね?麗も誘われた?といった内容だった。
もちろん、OKの返事をした事と、デザートを担当する事を伝えるメールを返信。何度かやり取りをして、一緒にデザートを買いに行く事と、待ち合わせの場所と時間を決めた。
***
「もうすっかり春だね。」
「苺に桜…ひな祭りかぁ…お、これチビッコが喜びそうだな。」
姉の家に行く前にパティスリーに立ち寄る。山内家への手土産を調達する為だ。
ショーケースには苺・イチゴ・いちご。それから桜を使った焼き菓子やマカロン、桜風味のムース、ひな祭りモチーフのケーキもたくさん。
春ちゃんが見つけたのは、ウサギと桜があしらわれた陶製のカップに入ったプリン。クリームや苺がのっていて彩ちゃんやみどりちゃんがすごく喜びそう。
「大人用は苺のタルトにしてさ、彩ちゃんとみどりちゃんにはこのプリンにしようか?」
これなら、食べ終わっても彩ちゃんが泣いちゃう事はないしね。私の提案に、春ちゃんも笑顔で同意。
お会計を済ませて、それらは夕方取りに来る旨を伝え、今はシュークリームを6個を買って姉の家へ向かう。
「ふーん…麗ちゃんって結構面食いなんだね。」
姉の家に着き、リビングに通された私と春ちゃんに向かってすみれはそう言い放った。
「ちょっと、すみれ…第一声がそれって失礼でしょう?」
「だってさぁ…博之だって顔は良かったし、新しい彼氏もさぁ…。」
「すみれちゃん…その名前は…ちょっと…。」
「いいじゃん、ここにおじいちゃんはいないし。彼氏だって博之と知り合いなんでしょ?」
「すみれ、自分の部屋に行って勉強でもしてこい…。」
姉、母にやんわり注意されても全く気にしないすみれに対し、巧さんは席を外すように促し、彼女は渋々自室へこもった。その後、私も同じく席を外すように言われたので、姉が用意してくれた紅茶とシュークリームを持ってすみれの部屋へ向かう。
トントントン。
「すみれ、入っても良い?」
ガチャリ。
「あれ?麗ちゃんも追い出されたの?」
「そう。だから入れて?」
「仕方ないなぁ…追い出されたもの同士…仲良くしてあげるよ。」
「ありがと。追い出されたもの同士、仲良くお茶でも飲もうよ?すみれの好きなシュークリームあるよ。」
「なら大歓迎!」
私とすみれは顔を見合わせて笑った。
「随分雰囲気変わったね…。」
姉の家に世話になっていた半年前とは随分様変わりしていたすみれの部屋。以前はアイドルのポスターが貼られていた壁には、コルクボードが固定され、アクセサリーや可愛いポストカードがピンで留められていた。
たくさんあったアイドルの雑誌も、ファッション誌に変わっている。
すみれ曰く「アイドルのファンは卒業した」そうだ。
「さっきも言ったけどさ、麗ちゃんって結構面食いだよね?」
「それってどういう意味?」
「博之だって顔は良かったし。今日連れてきた彼氏もさぁ…。」
「何々?春ちゃんもカッコ良いって事?」
すみれは何度も頷いた。
「いくら春ちゃんがカッコ良いからって好きになっちゃダメだよ?春ちゃんは私の彼氏だからね?」
「なにそれー?麗ちゃん惚気てるの?ベタ惚れなの?」
「まぁ否定はしないわ。」
また顔を見合わせて笑った。
シュークリームを頬張りながら、春ちゃんについて色々質問してくるすみれ。私はそれにひとつずつ答えていく。
すみれの質問は特に高校時代のことが多かった。すみれも先週、私の卒アルや当時撮った写真を見ている。彼女的には、当時も今も博之よりも春ちゃんの方がカッコ良いらしい。なのに、なぜ私は春ちゃんじゃなくて博之だったのかとか、春ちゃんはどんな高校生だったのかとか、高校生の頃、私は春ちゃんの事をどう思っていたのか、なんで高校時代の友人とよく遊ぶのに今まで春ちゃんの名前が出てこなかったのかなど質問された。
「高校卒業してすぐ、春ちゃんは留学してたんだよね。帰国してからも、ずっと地元離れてて、去年の秋、やっとこっちに戻って来たんだって。」
「じゃあさ、英語得意なの?」
「うん、仕事でも話す機会が多いみたいでペラペラだよ。今度勉強みてもらえるか聞いてあげようか?」
「本当!?教えて欲しい。麗ちゃんありがとう!」
すみれはすっかり春ちゃんが気にいったらしい。私も話したかったのに…っなんてブツブツ言っていた。
「それにしても、随分時間長いね。」
「仕方ないよ…。午前中、パパとママとおばあちゃんが聞きたいこととか話すべきことについて相談していたみたいだけど、あぁでもない、こうでもないってってかなり揉めてたもん。麗ちゃんの彼氏にとってはとんだとばっちりだよね…。パパ達に拷問みたいに問いつめられて、上手くいっても今度はおじいちゃん説得しないといけないんでしょ?」
「拷問って…それは言い過ぎじゃない?」
「だっておばあちゃんが『それじゃあ拷問じゃない?』って言ってたもん。それにパパの目がやばかったし…。」
春ちゃんは一体何を詰問されているのだろうか?急に心配になってしまう。
時計を見ると私がすみれの部屋に来てから2時間以上が経過していた。
「麗ちゃんは行かない方が良いと思うよ。知らない方が幸せな事もあるし…。ところでさ、なんで結婚したいって思ったの?今すぐしたいってわけじゃないなら『今』結婚にこだわらなきゃ良いでしょ?…別におじいちゃんなんて無視して勝手に付き合ってさぁ…そのうちうちのパパとママみたいに授かり婚でも良いんじゃないの?色々言う人はいるけど、私は結構幸せだよ?」
私がこの家の居候だった頃と変わったのはすみれの部屋だけでは無かった。すみれ自身も変わっていた。もともとませているなとは思っていたけれど、あの頃はもっと親に対して反抗的だった。
「すみれ、随分丸くなったね。」
「パパとママには感謝してるし…麗ちゃんいなくなってから考えさせられる事が色々あったんだよ、色々。」
「そっかぁ…でも、すみれの今の幸せの為に巧さんもお姉ちゃんも色々大変だったんだよ?お父さんの説得するのに巧さんがどれだけ苦労したと思ってるの?」
もしかして、春ちゃんもあれと同じ事をしなくちゃいけなくなるのかな…と思うと申し訳なくなった。すみれの言う通り、完全にとばっちりだ。
「ほら、お姉ちゃん達の場合は上手くいったけどさ…私の場合、そんな事したら余計お父さん怒らせるだけで上手くはいかないよ…。」
「やっぱ博之のせい?」
「否定は出来ないよね…。まぁ…気付け無かった私も悪いし…。」
「なのにさ、別の人とはいえよく結婚したいとか思えるよね?しかも博之とも知り合いとかさぁ…。」
「それは自分でも驚いてるよ…まさかこんなに早く…博之以上に好きになれる人が現れるなんて私も思わなかったし…しかも博之と付き合ってる時以上に結婚したいとか思っちゃったし…。春ちゃんの人徳じゃないかな?本当に良い人だよ。みんなにも…お父さんにもわかってもらえると良いけど…。」
「要するにさ、博之は麗ちゃんにとって運命の人じゃなかったって事だね?その『春ちゃん』が麗ちゃんの運命の人なんだね…。」
「運命の人」、その響きが照れ臭くて、気恥ずかしくて…でも、すごく幸せだった。
「すみれの言う通りかもね。」
「麗ちゃんが照れてる!可愛い〜!!」
「ほらほら、大人をからかわないの。」
「私も応援してあげる。頑張ってね!」
「ありがとう。…もうこんな時間?この後予定があるからもう行かなくちゃ…。」
「待って、ちょっと様子見てくるから…。」
気付けば、山内家を訪問する約束の時間まで30分を切っていた。タクシーを使えばギリギリ間に合う…でもケーキを受け取るとなると微妙だ。
すみれのOKが出たので、リビングを覗くと話もほとんど終わったところの様だった。
「随分しつこく突っ込んだ質問までしてごめんなさいね。きちんと答えてくれてありがとう。お約束があるならもう行きなさい。」
「春太郎くんの誠意は伝わったよ。お義父さんはかなり手強いけれど…頑張って欲しい。麗ちゃんの為にも君の為にも。そのうち一緒に呑もう。」
「私も出来る限り2人を応援する…でも麗を裏切るようなことをしたら…絶対許さないから、覚悟しておいてね。」
「また…うちに来ていいよ。」
母と姉、巧さん、そしてすみれにも春ちゃんは受け入れられたようだった。
春ちゃんは緊張していたようで、姉の家を出ると大きく深呼吸をした。その後の春ちゃんの顔はとても清々しい顔をしていた。
手をつないで、ケーキを受け取りに行き、大通りでタクシーを拾い山内家へ向かった。




