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11. "Don't forget to smile!!"

 父が部屋に引きこもった後、私は姉と母と一緒に高校の卒業アルバムと、高校時代の写真を眺めながら春ちゃんについて話していた。

 博之との写真は父によってほぼ全て処分されていたが、さすがに卒業アルバムまでは捨てられる事はなく、だからと言って私が目にすることがないように両親の暮らす家の物置の奥にひっそりとしまいこまれていた物を母が出してきてくれたのだった。



「やたらと写ってるね、浅井くん。」

「本当だ…今まで全然気付かなかった…。」

「しかも、麗の隣が多いじゃない?」


 春ちゃんは、卒業アルバムにも、それ以外のスナップにもたくさん写っていた。私は今までそれに全然気付いていなかった。この写真は、博之と挙げるはずだった結婚式で流すムービーで使うために何度も見ていたはずなのに…。

 姉の指摘する通り、春ちゃんは私の隣に割り込んで写っている事が多かった。他にも私の後ろで変な顔をして戯けていたり、なぜか私とツーショットの写真も何枚かあった。


 "Don't worry, be happy. Don't forget to smile!!"


 卒業アルバムの最後のページの寄せ書きには、彼の豪快な文字でそう書かれていた。

 それは、まるで今の私に訴えているかのようだった。


『気楽に行こうぜ?笑ってりゃいい事あるって!』

 写真の中の笑顔の春ちゃんが、今の私にそう言ってくれているみたいで、春ちゃんに早く会いたくなった。




「浅井くんの話をしている麗は随分楽しそうね。あなたのそんな顔、久しぶりに見たわ…。」

「…え?」

「今まで笑ってるつもりだったんだろうけど…目が笑ってなかったから…。顔が引きつってたし…。麗は気付いていなかったでしょう?私とお母さんだけじゃなくて、貴子ちゃん達も気付いていたわよ。」


 知らなかった…地味に凹む…。

 皆を心配させたくなくて、無理して笑っていたのが、逆に皆に心配させていたのだと言われてしまった。


「でも、もう大丈夫よ。麗はちゃんと笑えているわ…これも浅井くんのお陰なのかしらね?」


 小さく頷く。母の言う通りだ。春ちゃんとあの日、再会していなかったら、そしてあの話を聞いていなかったら、今笑っている私はいないはず。


「私からもあの人にちゃんと考える様にお願いするけれど…お父さんも寂しいのよ。あの人なりに例の件では責任を感じているの…きっとまだ決心がつかないだけ。真摯に向き合えばきっとわかってくれるわよ。」






 ***


「いらっしゃい。」

「これ、お土産。」

「ありがとう。今日のも可愛い。」


 返事をする約束の日、私の部屋にやってきた春ちゃんは、また「お土産」と言って小さなブーケを渡してくれた。

 オレンジと淡いグリーンの小ぶりのバラ、ヒペリカム、それにかすみ草がほんの少しあしらわれたブーケ。

 先週もらったブーケも可愛かったけれど、今日のブーケもとても可愛らしい。私はヒペリカムが好きだ。花ではないけれど、ブーケやアレンジメントにこの紅い実を添えるとすごく雰囲気が柔らかくなる。

 花言葉は「きらめき」とか「悲しみは続かない」。

 なんだか、春ちゃんに「きっといい事あるよ」って言ってもらってるみたいで嬉しい。


 早速ガラスのフラワーベースに生けて部屋に飾る。お花があるだけで、部屋が明るくなる。今日のは特に元気になれそうな色の組み合わせ。ありがとう、春ちゃん。




「返事は食事の前と後、どっちがいい?」

「………………………じゃあ食事の後で。」

「ごめん、少し座って待っていてくれるかな?」


 春ちゃんが食後と言ってくれたので少しホッとする。早く話してしまいたい気持ちもあるけれど、私が今日伝える事は手放しに喜べる内容ではない。正直、春ちゃんの反応が少し不安だった。彼に負担をかけてしまうのだ。出来たら、食事した後ゆっくり話したい。




 キッチンに向かい、鍋を火にかけ、カレーを温める。今日はバターチキンカレーと、ヨーグルトをたっぷり入れた海老とほうれん草のカレー。

 それから、捏ねておいた生地を薄く伸ばしてフライパンで焼いた後、焼き網の上で直火で炙る。プクーっと膨れたらOK。焼きあがったのは香ばしいチャパティ。

 温めておいたココットにカレーを入れ、バターチキンカレーには生クリームを少し垂らして、大きなプレートの上にココットをのせる。その脇にご飯をよそって、チャパティものせて…。

 あらかじめ揚げておいたクミンを効かせた唐揚げはトースターで温めて盛り付け、グリーンサラダにはすりおろし玉ねぎのドレッシングをかけて完成。




「お待たせ…品数少なくてごめんね。」

「いや、十分過ぎるし…大変だっただろ?」

「作るの楽しかったから…チャパティ、焼きたてのうちに食べて。」

「いただきます。」


 先週は前日が半日休みだったということもあり、時間も手間もかけられたけれど、今日はこれが限界。春ちゃんは美味しそうに食べてくれるから、ついあれもこれも作りたくなってしまう。先週の春ちゃんの様子を思い浮かべながら作ったら、すごく楽しくて、全然苦じゃなかった。


 今日だってとても美味しそうに食べてくれる春ちゃん。たくさんお代わりしてくれて、あっという間にお皿もお鍋も空っぽになる。春ちゃんの笑顔と空っぽのお鍋を眺められるだけで大満足。嬉しくて顔が緩んでしまう。


「ご馳走様でした。今日も美味かったー!麗はマジで料理上手いよな。」

「そんなに褒められたら調子に乗っちゃうよ?」


 もうニヤニヤが止まらない。

 しかも、今日も2人で並んで後片付け。片付け終わったらハンドクリームを渡す。

 残念ながら、今日はハンドクリームを出し過ぎる事はなかったようで、「麗も塗っとけよ?」と言って蓋のしまったチューブを渡された。


 デザートは、シナモンを効かせたザクザクの生地の上にチーズのフィリング、更にサワークリームを重ねた3層のチーズケーキ。それに温かいジンジャーティーを合わせて。春ちゃんは蕩けるような笑顔で食べてくれた。




 そして、今から私は春ちゃんに返事をする。




「えっと…ここまで返事を引き延ばしてごめんね。私は…ううん、私も…春ちゃんが好き。大好き。一緒にいたら楽しいし、笑顔になれる。ご飯を本当に美味しそうに食べてもらえるのもすっごく嬉しい。」


 真っ直ぐに春ちゃんを見つめて、ちゃんと気持ちを伝える。私の言葉に一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに柔らかな笑顔を見せてくれる春ちゃん。


「3回目に食事した時、あの時話を聞いてもらえなかったら、私は今も苦しんでいたと思う。それにね、抱きしめてもらったのも、キスしてもらったのも、本当に嬉しかった。それで、私は春ちゃんが好きなんだって気付いた。……私も、春ちゃんと結婚を前提にお付き合いしたい…けれど…結婚相手は…私が…決められないの…。」


 苦しい…でも、本当の事を伝えなくちゃ…。

 春ちゃんは私の顔を心配そうに見つめる。さっきまでの柔らかな笑顔は消えてしまっていた…。

 不安だ…深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。


「博之との件でね…私の父が激怒して…私の結婚相手は父が決めるって、私が立ち直ったらお見合いさせるって言われていたの…。だから、春ちゃんにキスされた時も、嬉しかったのに素直に喜べなかった。先週告白された時も、すごく嬉しかったのに、それ以上に苦しかった。

 先週、あの後、姉の所に行って、相談して、夜、両親の所に連れていってもらって話をしてきた。春ちゃんが、高校の時の同級生だって言っただけで父には猛反対された。博之との事を知っているって言ったら、弱っている私を口説くなんてって激怒された。

 幸い、姉夫婦も母も私の味方になってくれて…。それで、みんなで父を説得して…初めはお付き合いする事にさえ反対されていたんだけど…結局、お付き合いする事に関しては好きにすればいい、勝手にしろって。でも、お付き合いする事を父が認めた訳じゃないし、結婚は絶対に許さない、そう嫌になる程言われたの…。春ちゃんに会って欲しいって言ったら会いたくないって言われた。父には会ってもらえそうにないんだけど…来週、姉夫婦と母に会ってもらえないかな?」


 やっとの思いで伝えた私に、春ちゃんはまた柔らかくて、優しくて、あったかい笑顔を見せてくれた。


「もちろん。俺も会いたい。麗のお父さんは…俺が必ず説得する。何より、麗の気持ちを聞けた事が嬉しい。また辛い思いをさせていてごめん。俺、頑張るから。信じて欲しい。」


 自分で思っていた以上に私は緊張していたみたいだ。春ちゃんの笑顔を見て、優しい声を聞いて、安心してしまったら急に涙が溢れてしまった。春ちゃんに抱きしめられたら余計に涙が止まらなくなってしまった。

 春ちゃんは、私が落ち着くまでずっと抱きしめて、優しく背中をさすってくれた。


「春ちゃん、ありがとう…私、春ちゃん信じてるから…一緒に頑張ろう…。」

「"Don't worry, be happy. "…まぁ、俺に任せとけって。」


 それからしばらく、私は春ちゃんにぺったりくっついて甘えさせてもらった。

 春ちゃんは時々、私の頬を突いてみたり、髪を触ってみたりしながら、嫌がらずに付き合ってくれたのですごく嬉しかった。

 いつの間にか、安心しきった私は眠ってしまったみたいで、目が覚めると外は真っ暗になっていた。


「1時間位かな?麗の可愛い寝顔存分に楽しませて頂きました。俺としてはもっと眺めていたかったから起きちゃって残念だけど。」


 寝てしまった事を詫びる私に、春ちゃんはニヤニヤしながら冗談っぽく言った。

 そして、軽く触れるようなキスをして、帰っていった。


「じゃあ、また来週。」

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